急がば回れ。

 昼過ぎともなれば辺りは当たり前のように明るく。イストが王都より冷える地域といっても、そこそこの日光に包まれて快適に過ごすことができる。



 魔法都市イストは人の流れが非常の多く、町にいるのは決して研究者ばかりではない。ここはなんといっても魔法都市、魔法に長けている者達が集まる都市でもあった。



「ほら見て行って!見て行って!」


「おひねりはこちらにどうぞ!」



 初めて見た時は唖然としたアインだったが、しばらく歩いていると慣れたものだ。



 クリスによると王都ではあまり見かけられない光景だが、ほかの都市ではありふれたことらしい。

 何をやるにしても金がかかる魔法の分野では、あらゆることを使って金稼ぎをしていると。

 そのためにまるで大道芸のような真似をするのも、珍しいことではない。



「……冒険者やってるほうが儲かるんじゃないの?」


「アイン様の仰る通り、冒険者の方が儲かりますよ。ただ常に命を晒し続けられるか、そうじゃないかの違いでしょうね。資金稼ぎの方法は皆違いますから」


「なるほどね」



 イストの町に出てからというもの、何度クリスに質問をしただろうか。

 アインはこんなにも身近で魔法を多くみる機会は初めてだったので、驚きの連続だった。



 手を振り回しながら炎を繰り出す男や、水を出現させて形作ってから凍らせて、まるで彫刻を造る女性など……多くの者達が自らの魔法を披露している。



「授業で習ったけど、魔法の方が攻撃は強くなるんでしょ?だったらどうして王都では騎士がメインになってるの?」


「正しくは魔力を使った攻撃ですね。普通の剣技であろうとも、魔力を纏わせれば強くなります。このことはアイン様もご存知ですよね?」


「あぁそういえば……たしかにそうだ」


「あとは向き不向きの問題でしょうか。魔法の系統という意味では、人によって無理ということはありません。ですが向いている系統と、向いていない系統はございます。……結局その影響で、実戦でも使えるようにするには難しいですからね」



 例えば5つの属性があっても、基本的には使えない属性というものは存在していない。

 だが向いているか向いていないかの問題によって、まるで意味のない状況となることはいくらでもあり得る。



「あとはそうですね……。魔力は成長しにくいということもあって、純粋に魔法だけで戦う人が育ちにくいといった理由もあります」



 クリスの説明を聞いていると、いくつか疑問が浮かんでくる。……そういえばと、アインは前から疑問に思っていることがあった。


「治療系の魔法を使える人たちってのは?」


「それは治療師のような応急処置をしてから、体の回復力を高めるような者達以外でということでしょうか?」


「そういうこと。治療師ってあくまでも治療の魔法ではないんでしょ?」



 治療師とはアインが海龍騒動の時もかなり世話になった者達のことだ。彼らのおかげで、アインの腕も早く回復したのだから。だが彼らのあれは魔法というよりも、ある種整体などに近い分野だ。

 また、専用の魔道具を使ったりすることもあり、どちらかというと医師に近い。



「例えば腕を生やせるような、そんなすごい治療を使える人たちはいないの?」



 だがアインが気になるのはもっと先のことだ。アインはイシュタリカに来てからも、腕を生やしたり死んだ者を蘇生するといった魔法を見たことがない。むしろあるのか気になっていた。



「片手で数えるぐらいはいますね……。ただどこか定住しているというわけでもないので、会うのは難しいですが」


「もしかして冒険者だとか?」


「慧眼ですね。その通りです。イシュタリカでも高名な治療魔法を使える者達は、皆が冒険者として活動しています。なので呼びつけるのも一苦労ですし、必ず応じるという訳ではありません」


「イシュタリカとして、国家で雇っている人はいないんだ」


「それが出来れば一番いいのですがね……。なかなかうまくいかないものです」



 クリスが口にするような治療魔法の使い手。そんな者達が王都にもいたらどれほどいいだろうか。……だがその希少性ゆえに、やはり難しい話なのだろう。



「いつか会ってみたいけどね。そんな魔法を使える人たちに」



 痛い思いをするのはこりごりだが、実際どんな風に傷が治っていくのか。それを自分の目で見てみたいという思いはあった。



「……ところで、カティマ様達はどこまで行ったんでしょうね」


「ディルは生贄になったんだよ。いいね?」



 ディルは生贄になったという言葉に、決して嘘はない……それには訳があった。

 今日皆が目を覚まし、集合したときのことだった。カティマが見て回りたい店があるからディルを貸せというのだ。

 全く意味が分からなかった、どうせなら皆で一緒に行けばいいのではないのか?アインはそう考える。だがカティマは頑なに別行動をとるといい、結局彼女が折れることはなかった。



 恐らく今頃のディルは、護衛というよりも荷物持ちとして大いに活躍していることだろう。



「い、生贄ですか……」


「そう生贄。カティマさんの別行動は一応反対したけど、正直な事をいえば振り回されないのはありがたいよね。これもディルという生贄のおかげだから、ちゃんと感謝しようねクリスさん」


「えっと……私も護衛という身からしてみれば、カティマ様を別行動させるのはまだ心配なのですが……」



 ——カティマは口にはしていないが、実はこの別行動はクリスのことを想っての行動だった。

 クリスがアインのことを気に入ってるのはわかってる。海龍の騒動以来、どうにもその様子が変わったのはカティマもオリビアもわかっていた。



 だが現状、やきもきする状況が続いているアインとクローネの関係があった。



 当事者たちがどう考えるかは、カティマにもオリビアにもわからない。だがアインは王太子として、未来の王として一人以上の妻を娶るのが望ましい。

 そう言った意味ではシルヴァードは失格だ。頑なにララルア以外の妻を娶らなかったのだから、これは王としてはいい判断だったとは口が裂けても言えない。



 将来がどうなるかなんてわからない。アインがもしかすると、シルヴァードと同じような宣言をする可能性もあるだろう。



そうして様々なことが考えられるが、それでもカティマとしてはクリスを応援したく思っていた。



『……まぁ。魔石食べるマザコンとかいうアインを好むのは、いい趣味とはいえないニャ』

 誰の耳にも届くことは無かったが、別行動が決まった時のカティマの独り言だ。



 カティマからしてみれば、自分が生まれた時からそばにいたのがクリスだ。そんなクリスが初めてみせた、異性に向ける好意を見ると応援したくなるのも当然のことだ。



「でもさ、案外あの二人って相性いいと思うんだけど。そう思わない?」


「カティマ様とディルの二人ですか?」


「そうそう。いいコンビだと思うんだよね、性格的にも相性いいと思うけど」


「言われてみれば……はい。悪くないですね」



 簡単に言ってしまえば、気が利いて世話をするのが好きなディル。そして主に世話をされる側となるが、相手を引っ張れるカティマ。二人の相性は、決して悪くないように思える。

 それは異性としての関係だけでなく、例えば護衛する側とされる側であろうとも。



「そう思うと、カティマ様に引っ張られっぱなしのディルの姿が目に浮かびますね」



 口に手をあてながら、柔らかく笑みを浮かべるクリス。同じくアインも笑みを浮かべた。



「簡単に想像できるのがカティマさんのいい所だよ。……っあ!面白そうなの見つけた。行こうクリスさん!」


「えっ……ちょ、ちょっとアイン様っ!?」



 いきなり速足で進みだしたアインを追うクリス。

 ディルはカティマに引っ張りまわされているかもしれない。そう思っていたが、アインにもカティマに似た性質があるのは失念していた。




 *




「いやー面白かった。さすがクリスさんだね」


「も、もうっ!……あ、あんな見み物のようなことは初めてですっ!」


「ごめんってば。でもカッコよかったよ」



 アインが見つけた面白い物とは、一つの大きな氷の壁。魔法で作られたその氷の壁を壊せれば、賞金を贈呈するというものだった。参加料金1000Gということで、それを支払った。



 そしてアインはクリスに挑戦させたのだ。



「ほ、褒められても簡単には……っ!」


 見事な切り口で、すんなりと2つに切り分けてくれたクリス。目には見えない風魔法だが、見事な技を見せてくれたのだった。



 ちなみに賞金は辞退した。元帥がそれをするのは、姿を隠しているとはいえなにかずるい気がした。だからその後は足早に立ち去ったのだが……。



「……ところでさ。ここ何処だろうね?」



 ぷらぷらと歩き続けているうちに、細い道を行ってみたり、坂になった通りを渡ってみたりと続けてきた。

 もう少し考えて歩けばよかった?その通りだ。どうにかなるだろうと思って歩いていたら、つい全く分からない場所へとたどり着いた。



「言い訳するならさ。イストの道ってわかりづらいよね?」


「……独特の作りですが、それならなぜ細い道に……」


「せっかくの探検みたいなもんだから、いいかなって」



 今夜答え合わせをすることにしたクリス。内容は自分とディルの、どちらが振り回されたのかという件についてだ。



 今いる場所は路地裏なのはわかってる。ちょっとばかり、スラム街のような雰囲気が広がっている。

 うっすらと生ごみのような匂いが漂い始め、重苦しい空気に感じてきた。



 どうしたものかと考えていたアインの耳に、人の話し声が聞こえてくる。



「人の声聞こえるし。道聞いて戻ろっか」


「畏まりました。そのほうがよさそうですね」



 あまり長居したい場所ではない。早く道を聞いて開けた場所に戻ろうと決める。そして二人は声のする方角へと足を運び、徐々にその話声は大きくなってきた。



「——……の!駄目、なの!」


「いいから……せっていってんだろっ!」



 小さな女の子の声と共に、男の声が聞こえてきた。何やら落ち着いた雰囲気には思えない。



「駄目なの!これは私とお姉ちゃんのご飯なの!」


「うるせえよ!黙ってよこせっていってんだろ!」



 小さな女の子が必死に荷物を守ろうとしている。アインの想像通り、ここはスラム街のようだ。女の子の言葉から想像するに、食べ物を男に奪われそうになっているのだろう。



「おいそこの。……これをやるからその女の子から引け」



 小さな布袋に入れた小金を男に投げつけたアイン。力で止めるのは簡単だと思うが、騒ぎになるよりはこのほうが楽だと考えた。



「あん……誰だお前?」


「さっさと中身を確認しろ」


「偉そうに……お、おおお!?おい坊ちゃん……いいのかこれ!?」


「いいからさっさと行け」



 袋の中身を確認した男は、ホクホク顔になって立ち去って行った。小銭で5000G程は入っていたと思うが、おそらく彼にとっては大金だろう。この小さな女の子から食べ物を巻き上げようとするぐらいなのだから。



「……大丈夫か?」


「え……えっと。ありが、とう……ございます……」



 アイン達のいきなりの登場に、状況が分からなくなった女の子。こげ茶の髪に、汚れた服を着ている小さな子だ。歳はおそらく5歳程度だろう。



「金で解決って好きじゃないけど。まぁよかったよねクリスさん」


「無駄に力を見せるよりはいいかと。もし更に求めてきた場合は、剣を抜きましたが」


「そうなったら仕方ないよね……さて。一人かな?」



 アインはしゃがんで、女の子と目線を近くにする。するとその仕草に少し安心できたのか、女の子が先ほどより流暢に話始めた。



「し、仕事があるからここで待ってなさいって……お姉ちゃんはそばのお家に入っていきました」


「仕事かぁ……お姉さんはどんな仕事をしてるの?」



 アインなりに優しく、女の子が落ち着けるように会話を続けた。探るような聞き方なのは申し訳ないが、だが女の子はそんなことは気にせず、自分の姉について説明を始めた。



「あのねあのねっ!お姉ちゃんはすごいんだよ!」



 彼女自慢の姉なのだろう。姉の話になると更に喜びの表情を浮かべる。



「ここはちゃんとしたご飯食べられないし、たくさん怪我するの……だから、お姉ちゃんはそんな人たちを治してあげる仕事をしてるの!」



 ピクリとクリスが反応した。アインも同じく大きく興味を抱いたが、まずは続きを聞こう。そう思った。



「それはすごいな!……お姉ちゃんはすぐに怪我とかを治しちゃうの?」


「うん!危ない仕事をして足を折っちゃった人達のことも、ちゃーんと治してあげるんだよ!」



 なるほど、ただの治療師とは別のスキルや魔法なのかもしれない。アインとクリスの二人はそう感じた。



「そんなすごいのお兄ちゃんも初めて聞いたよ!……うんうん。道に迷ってみるもんだね」


「うん?……うん!お姉ちゃんはすごいの!」



 アインの言葉の意味が分からなかったが、姉を褒めてくれるのは理解できた女の子。アインはそういうと、クリスの方をチラっと見上げた。



「……会ってみるべきかと」


「お姉ちゃんが来るまで一緒に待っててあげるね。もう怖くないから心配しなくていいよ!」


「ほんと!?ありがとうお兄ちゃん!」



 助けたおかげなのか、女の子に懐かれたアイン。彼女の話を聞きながらたまに頭を撫でてあげていた。



 ……その後ろでは、クリスがおあずけを貰ったような表情をしていたのだが、アインが知る余地もない。



 彼女の姉についてどの程度の話となるか、本人と会って聞いてみなければわからない。それからは数十分程の間、三人で女の子の姉を待ち続けた。


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