いろんなこと。
貿易都市バードランド、そこはハイムやエウロ、そしてロックダムに囲まれた中立都市。
そこでは3年ごとに大きな催しが行われている。大陸中から集まった猛者がその力を競い合う大会だった。
数多くの力自慢たちが参加するこの大会、貿易都市としても稼ぎ時であり、数多くの出店や商人が鎬(しのぎ)を削る、一大イベントなのだ。
そして今年の大会も、ついに決勝戦が始まっていた。会場のボルテージも最大級に跳ね上がり、多くの完成が会場を包み込む。
決勝戦はとある盛り上がる理由があり、多いに盛り上がっていたのだ。決勝の組み合わせは、奇しくも3大会連続で同じ二人となったということ。そしてその二人の、その鍛え上げられた体躯から繰り出される数々の技は、大陸中から集まった多くの人々の目を奪う。
「チィッ!……まだ崩れんか!」
「3年前より随分とお強くなられた。見違えるようですね」
「嫌味にしか聞こえぬがなっ!ぜあああ!」
一方はハイムから代表として出場した、ハイムの大将軍ローガス。彼は3大会連続で、この大会の決勝へと足を運んでいる。
そしてその相手となる初老の男性、彼はエウロの代表だった。彼の名はエド、エウロ公国が元首アムール、彼の幼馴染であり今まで側近として勤めてきた男だ。
3大会連続で同じカードとなった決勝、だがエドは3大会連続で決勝に来ていたわけではない。
彼がこの大会に足を運ぶようになったのは、およそ18年ほど前。それから6大会連続でこの決勝の舞台へと足を運んでいる、個人的な武力で言うならば、大陸でも他に類を見ないほどの槍使いだった。
国力の差でハイムが優位なのは間違いない、だがもし同じぐらいの兵力を集め、装備をそろえていたならば、エウロが大陸の覇権を手にしていたかもしれない。そう言われるほどの男がエドだ。
勿論ハイムやロックダムなどは、多額の金を積み、彼を勧誘したこともある。だが彼の答えは常に変わらず、『私はエウロの民である』それ以外の返事をしたことがない。
「正面から素直に貰うには、あまりにも重すぎる一撃のようだ」
「っ……相変わらずその槍捌き、本当に人間技とは思えぬな!」
ローガスが連撃を仕掛けるが、ただの一度もクリーンヒットすることはない。
エドは、時にはいなし切れない攻撃を受け、後退するものの、ただ後退するだけでダメージにはなっていない。うまくその圧力を分散しているからだ。
「いやはや参りましたな。その剣捌き、前回とは比べ物にならない程重く、私の老躯には辛く感じてしまう」
「ではどうだろうか。このまま一撃頂戴してみるというのは」
「私がそれを貰ってしまっては、確実に大きな怪我となるでしょうね。まだまだ働き盛りのこの身だ、それは遠慮しておきます。……だからこそ、決着をつけてしまうのが好ましい」
緩急をつけた動きでローガスの懐へと入り込むエド。槍を使うというのに、それでは利点が生かせないのではと思う観客が声を上げた。
だがその考えはすぐに破られた。槍を主軸に体を綺麗に移動させ、ローガスの迎撃を交わし、誘導する。そして槍の柄の部分で体を倒されたローガス、そのまま一歩下がったエドは、ローガスの首元へと槍を突きつける。
「試合終了!勝者、エウロ公国所属エド!」
ローガスは成人し大将軍となってから、決闘において負け知らずだった。だがそれもこの初老のエドという男が大会に姿を現し始め、変わってしまう。
このエドという男こそが、この大陸において唯一ローガスに土をつけられる、特別な一人だった。
もしかしたら冒険者たちの中にも、同じことができる猛者がいるかもしれない。だがそういう者達は表立って力を見せることは無い。それでもローガスはこの大陸において、間違いなく最強の一人だった。
「今回もいい戦いが出来た。さぁどうぞ」
倒れたローガスに手を伸ばすエド、ローガスはその手を掴み起き上がる。
悔しさは大きい。だがこれほどの強者と武を競い合えることは、ローガスにとっても貴重な体験だった、だからこそエドへの感謝は忘れていない。
「……いつになれば、貴方を倒せるのかと常に考えている」
「いずれ、必ずそうなるでしょう。貴方は強いお方だ、そしてまだ若い。だからこそまだまだ未来がある」
「そう言っていただけるとありがたいものだな」
前人未到の6大会連続優勝、それを成し遂げたエドは、この大会を機に表立って武を競うことはなくなる。彼はもはや若くない、だからこそ今回が頃合いに感じていたのだ。
「っ父上!」
会場には、息子のグリントも観戦に来ている。父が負けるという、グリントには考えられなかった事態に、少しばかり混乱してしまったが、何とか気を強く持つ。
「……母上!父上は負けてしまいました、ですがあれほどの武を示せたのです。私は父上を誇りに思います!」
「えぇそうねグリント。旦那様は……ローガス様は本当に、ご立派に自らの強さを見せてくれました」
貴賓席に座るのはグリントとアルマの二人、ローガスの試合を最初から観戦していた。
二人はエドという男を目にするのは初めてだったが、圧倒され続けてしまう。絶対的存在であったローガス、その彼を圧倒する技術を目にし、ただただ驚くばかり。
だが決してローガスに幻滅することは無く、彼の武人としての強者との戦いは、二人の心を奪ってやまなかった。
「母上。あのエドという方は、6大会連続優勝とのことですが。ならば私がそれを超える記録を打ち立てましょう」
「それは素晴らしいわ!私も旦那様もそれを待ってますね、でも……もしかしたら旦那様とグリントの戦いも見られるかもしれないわ。そうなったらお母様はどちらを応援すればいいのかしら」
「え、ええっと……ううん……」
自分がローガス、父とこの場で戦うこともあるかもしれない。それを聞くとつい迷い始めてしまうが、同時に笑みも浮かべてしまう。
目標である父、その人とこのような場で武を競い合えると思えば、滾ってしまうのも無理はない。
だがアルマはグリントが勝つかもしれない、そう思っていた。
聖騎士として産まれたグリントは、才能の塊だった。あまり努力をせずとも周囲を追い抜き、圧倒的な速度で成長を続けている。そしてもう一つ、許婚であるアノンだ。
エイド大臣が連れて来たことにより、グリントの許婚となった、赤毛の可愛らしい女の子だ。彼女の祝福というスキルが、グリントを強くするに違いないと考えている。そしていつかは、天騎士となることを期待されたグリント。
アルマは彼の将来が楽しみでならない。
*
場所は変わり、貿易都市の高級宿の一室。そこでは落ち着かない様子で、報告を待つ一人の王族の姿があった。自国の代表が決勝を戦っているにも関わらず、それを観戦することなく、宿の部屋で待っていたのには理由がある。
「まだ……まだ見つからぬのか!」
「で、殿下もう少しお待ちを……。もうそろそろ到着なさるかと」
ティグル・フォン・ハイム。ハイム王国第三王子にして、王位継承権三位の男。彼は一人の女性を探していた、彼の心を捕え続けた一人の女性。その女性はここ貿易都市を最後に、姿が分からなくなっていた。
「何故だっ!何故……何処に行ってしまったのだ、クローネっ!」
聖魔法を産まれ持ち、クレリックとなっている第三王子ティグル。彼の心をとらえ続けた女性は、クローネだ。幼き頃求婚し、なんとかして妻にしたいと考えた唯一の女性。その美しくも可憐な容姿、光を浴び、キラキラと輝くその髪。博識で、話をしているだけで、とても楽しく感じることができた。ティグルにとって、何処をとっても欠点がない女性が、クローネだったのだ。
同じく隠居したグラーフも姿を消したということ、それを理由に国費から捻出し、多くの冒険者を雇い情報の収集や、捜索に当たっている。だがその結果もあまりよいものではなく、手がかりらしい手がかりは手に入っていなかった。そのせいか、つい共に部屋で待っていたアウグスト家の当主、ハーレイに当たってしまう。
「ハーレイ!どうしてお主はそうまで落ち着いていられるのだっ!」
「恐れながら陛下。私も妻のエレナも、長きにわたり悲しみを堪え続けてきております。姿が消えたという情報が届いたとき、自分の命を絶つことも考えたほどでございます。吹っ切れたという訳ではございません。ですがこうしてティグル殿下が、強く心配してくださっている姿を見ておりますと、親として、そして殿下の家臣として気を強く持ち、捜索に全力で当たらなければならないと、そう感じているのでございます」
「……すまぬ。一番悲しみを感じていたのはお主たちであったな」
「そのようなお心遣いを頂戴し、恐縮してしまうばかりでございます」
内心ではすべての事情を分かり切っているハーレイ。貴族社会で培った演技力で、それを凌ぎ続けてきた。
今だイシュタリカから直接の連絡は受けていない。一つだけ過去に届いた連絡は、エウロ経由だ。クローネとグラーフの二人は、無事に受け入れられ、楽しく暮らしていると言うことだけ。
わざわざイシュタリカともあろう国が、嘘をつく必要もない。エウロとしても嘘を言ってしまえば、万が一イシュタリカとの関係が悪化する事を考えると、この話は信憑性が高いと思えた。
「失礼致します殿下」
報告を今か今かと待ち望んでいたティグルに、一人の騎士が到着した。
「おぉ来たか!早速報告せよ!」
「はっ。いくつかお二人が利用した宿を突き詰めました。また最後に利用したと思われる馬車もです。ようやく手がかりと言える情報が集まって参りました!」
「大儀であった!そのまま継続せよ!……ようやくだ。ようやく少しずつ情報が手に入ってきたな!」
ここまでたどり着くにもしばらくの時間と金がかかっているのだ。
グラーフが作り上げたフェイクは、王族と言えども簡単に破れるものではなかったようで、特にここ貿易都市ともなれば苦労し続けている。
「ハーレイよ。お主の父と娘……クローネの姿をまた見られるのは、そう遠い未来ではないかもしれぬ!」
愚直なまでに、二人の無事を信じているティグル。ハイム国内の貴族たちには、もう殺されているか、奴隷として売られているとの意見が蔓延っている。
そんな中、無事を信じ続けていたティグルに感心したものの、決してその思いは届きそうにないとハーレイは心に思った。
「殿下のご尽力に感謝致しております。妻も常日頃、その感謝の思いを抱いております……見つかりましたら、父だけでなく、クローネにもしっかりと礼を言わせましょう」
「……なれば、クローネを妻にしたいものだな」
「クローネも、掛け替えのないものをくれる殿下には、心をお渡ししてしまうでしょうね」
「ははは!そうだな、そのためにもこの捜索を更に広げねばならん!」
どこか少しかみ合っていない会話。クローネが見つかろうとも、ティグルが何か掛け替えのないものを、クローネへと与えるわけではない。そして殿下という言葉は間違いではなかったものの、それはどの殿下なのか、そしてどこの殿下なのか。
言葉というものは、受け手によってもその意味を大きく変えるものだ。
*
「それで、ここに来たわけね」
「うん。追い出されたんだよね」
第三王子ティグルがクローネを探している最中、クローネはイシュタリカの王城に用意された、自分の部屋で寛いでいた。
「はぁ……当たり前でしょう。いきなりそんなもの持ち込んで、飼っていい?なんて聞くんだから。犬や猫を拾ってきて、飼いたいというのとは訳が違うのよ?」
猫を拾ってと例えを言われ、とある人物の姿がアインの頭に浮かぶ。頭の中でシミュレートしてみたところ、その猫の姿はカティマだった。絶対人には言えない。
「いやその通りなんだけどね。でも可愛いっていうか、保護欲を掻き立てられたというか」
海龍の双子を連れ帰ったアイン。決めていた通り飼いたいと言ったところ、シルヴァードから『とりあえず謹慎であろうお主』そう言われ部屋を出されてしまった。
この話を誰かに聞いてほしかったアイン、許可を取りクローネの部屋を訪ねていた。
「何を言ってるのか理解できないのは、私の教養が足りていないのかしら……」
「……い、いやたぶん俺が悪いよ」
「ふぅ。昨日今日のこの短期間で、貴方はどうしてそんなに騒動を起こすのかしら。全くもう……まぁいいわ、とりあえずこっちにいらっしゃい」
対面のソファに腰かけていたアイン。クローネに呼ばれ、素直に隣に向かった。口にはしないが、多くの心配をかけたことにより、しばらくは素直に言うことを聞こうと心に決めていたからだ。
「あら。随分と素直なのねアイン」
「いつも素直だよ」
「そうだったかしら?素直なら、昨日も私と部屋に来てたと思うけど。まぁいいわ、心の中で罪滅ぼしみたいに考えていても、許してあげる」
駄々洩れなことに若干の冷や汗が出る。だがこうなってしまってはどうしようもない、開き直ることにしたアイン。
「はいそのままこっちに来て」
「え?え……?」
腕を回され、されるがまま頭をクローネの膝の上に乗せた。
「これは一体なんでしょうか」
「王太子殿下は膝枕ってご存知じゃない?」
「いや知ってるけど、急だから驚いたっていうかなんというか」
「……そう。こうしたい気分なの、だから付き合ってもらうわ」
クローネにこうされるのは嫌いじゃない。だからこそ黙ることにした、クローネが放つ花のようないい香りが、アインの鼻を通る。
「腕。どうなの?」
「昨日よりは少し良くなった、まだ本調子じゃないからちょっと困ることもあるだろうけど」
窓から差し込む光が眩しかった、だがそれを察してかクローネの頭が少しずれ、アインに日陰ができる。開いた窓から部屋を通る風は心地よく、港町マグナでクローネと再会した日のことを思い出した。
外を飛ぶ小鳥たちのさえずりが、少しだけクローネの部屋にも届き、ちょっとした音楽気分に浸れる。
「少しでも休める?」
「うん。なかなかいい場所を発見したよ」
「それはよかったわ」
クローネもアインのことを、強く心配していた。昨晩はオリビアに譲ったとはいえ、それでもアインとゆっくり話せる時間を設けられたことは、クローネにとっても僥倖。
「ねぇ。海龍と戦っていた時、どんな気持ちだったの?」
「……気になる?」
悪戯心を秘めた返事に、クローネが優しくアインの頬を叩く。
「ごめんごめん、結局さ。俺にできる攻撃手段って、説明したことぐらいだけだったから、だからそれだけを必死にやるってことで精いっぱいだったよ」
「怖くなかったの?」
「帰って来てから、ようやく怖かったのを実感したぐらい。海に引きずり込まれた時だって、なんだかんだあいつの魔石は美味しかったし、瀬戸際の勝負で呼吸も苦しかったけど、不思議と辛いとは思わなかったかな」
「貴方は、アインは海龍を倒して英雄になった。でも最初から英雄となれる素質があったのね、きっと」
「そう言われるとさすがに照れるけど」
ストレートに褒められて照れた顔を浮かべるアイン。
「でもそんな戦いの中でも食べ物なんて。随分食いしん坊な英雄様が産まれたものね」
「い、いいだろ……それぐらい美味しかったんだから」
「それは何よりだわ。私が心配してた時、美味しそうに海龍を味わってたんだものね?」
「そう言われるとなんか罪悪感が」
「アインが多くの命を救ったのは確かだもの、私もそれを誇りに思うわ。でもね、心配してたことはわかってほしいの、それだけよ」
そして頭を少しずらすクローネ。彼女なりの少しのお返しだ、ずらしたことによりアインの顔に火の光が当たり、少し眩しく感じる。
「それはさ、みんなの静止を聞かずに出て行ったから、本当にごめんって思ってるよ」
「ふぅん……そうなの?」
「当たり前だろ、さすがにそれぐらいは俺も考える」
風がカーテンを揺らし、緩急のある風が二人に届く。クローネの髪の毛が風に揺れ、そこからアインに届く香りが、アインの心を奪う。
外からは騎士達の訓練の声が、少しだけ聞こえてくる。
午後の訓練が開始されたのだろう。同じく聞こえてきたクローネ。
「ちゃんと治るまでは、訓練はお預けね」
「一応2カ月は城内謹慎の身だからさ、実は丁度よかったりする」
「そうね。陛下はお優しいから」
「いつも感謝してるんだよ。これでもさ」
窓の外を見るクローネ、その姿をしたから見るアイン。
形がよく、ツヤのある魅力的なクローネの唇。ついそれに目を奪われる。そしてそれに誘われるかのように、アインの頭が少し動いた。
「……こら。いい子にしてなさい」
「……はいはい」
それはさておき、体を起こし、お茶に手を伸ばしたアイン。まだ本調子でない腕だったが、手を伸ばし、茶をとるぐらいはなんとかなる。
「美味しいお茶だ。本当に城の人たちは、いつもながら完璧な仕事ぶりだよ」
いつもながら城で飲む茶は美味しい。前はあまり茶を楽しむことがなかったアインだが、イシュタリカに来てからその趣味は変わっている。
「あら、それはありがとう。嬉しいわ」
「えっと、なんでクローネが?」
「淹れたの私だもの。学園で習ったの、教養をつけるためとかいわれてね。勉強するときも自分で用意するから、もう慣れたものだわ」
「……御見それしました」
マーサたちが用意する茶に慣れたアインでも、その紅茶は見事に感じる一級品。
アインがそういうと、クローネは立ちあがり窓へと向かった。
「いい天気ね。こんな天気の中、わざわざ厄介ごとを持ってこられたなんて、陛下達の苦労が分かるわ」
「も、もういいだろ!悪いとは思ってるんだからさ……」
「ふふ。そうね、ならもう言わないであげる」
窓の外を見ながら、ご機嫌に語るクローネ。
「ねぇクローネ。昨日言ってたことって、本気だったの?」
「……どのことかしら?」
「わかってるだろ?」
『今から私の全てを自由にさせてあげると言っても?』というクローネの言葉だ。アインを止めるために口走ったとはいえ、アインからしてみればどのぐらい本気だったのか、つい気になってしまった。
「ねぇ……いいこと教えてあげるわ、アイン」
「どんなこと、かな?」
窓から振り返らず会話を続けるクローネ、アインはその後姿を見ている。
「私ね、アインの事好きよ?」
「……唐突に言うんだな」
唐突なクローネの言葉、いきなり好きだと言われたアイン。こう口にするので精いっぱいだった。それでも頑なに、アインの方を振り返らないクローネ。食い気味にアインの言葉を遮り、言葉を続ける。
「イシュタリカに来てからも、それは変わらなかったわ」
アインの言葉に返事をすることなく、クローネは話し続ける。決して振り返らず、アインからはクローネの後ろ姿しか目にすることはできない。どのような表情をしているのか気になってしまう。
「顔を見せてよクローネ。教えてよ、どこまでが本気なのか」
「……さぁどうかしらね。好きに受け取ってくれていいのよ?」
好きに受け取れと言われると、つい考え込んでしまう。アインとしても、クローネが自分のことをそれなりに良く思っていてくれてたのは知っている。それでも断言されないことに、少し不安になってしまう。
その後、ようやく顔を見せたクローネ。それは横顔だけで、完全にアインの方を向いたわけではなかった。だが横顔からも、クローネの頬が赤く染まっているのは、アインにも確認できた。
「でもね。貴方が無茶ばっかりしてると、私もずっと心配してしまうの。だからね、頼れるときは誰かを頼ってほしいの」
そして振り返るクローネ。両方の頬が赤く染まっているが、それは太陽の熱に当てられてなのか、それとも気持ちを伝えることを少し恥ずかしく思っているのか、そのどちらかはわからない。
「心配しすぎて、私もオリビア様もどうにかなっちゃうかもしれないわ。もしそうなっちゃっても……」
そして少し溜めて、クローネは振り返った。
『お姉さん、知らないぞ?』
腰を軽く折り、少し姿勢を低くしたクローネ。アインの方を向きながら、自分の口に人差し指を当てそれを口にした。優しそうに微笑みを浮かべるクローネ。その仕草はアインの心を完全に奪うのに、十分すぎる成果をあげている。
そのあとのアインは、自分が思ったことを口にしようと、クローネの近くへと歩を進めた。クローネはそのアインの姿を見て、ただじっと黙って待っていた。彼女にいつもより余裕が無いように見えるのは、気のせいだろうか?
だがタイミングを完全に見計らっていたかのように、ドアがノックされた。外からはマーサでございますと声が聞こえた。
「……あら、今日はここまでみたいねアイン」
「クローネ……強がってるけどさ。顔赤くしてたら、あまり強がれてるとは言えないかな」
「お互い様でしょ。貴方も同じぐらい顔、火照ってるわよ」
随分と体温が熱くなったと思った、アインの顔はクローネと同じく、赤く染まっているようだ。
それを指摘されたことで、また少し熱くなってしまう。
「さぁ行ってらっしゃいアイン。新しいペット、飼ってもらえるといいわね?」
「……あぁ。期待して行ってくるよ」
見送られるアイン。結果が出たようなので、シルヴァード達の待つ場所へと向かうことにした、後ろ髪が思いっ切り引っ張られたままのアインだったが、クローネも今日はここまでと口にしたことから、仕切り直しとなることは明白。素直に今日は引き下がることにしたのだ。
「ねぇアイン?」
「ん?なに?」
「ありがとう、楽しかったわ」
まだ火照った顔をしているクローネ。アインを呼び止め、今日自分のところへ来てくれたことへの礼をした。
「俺も楽しかったよ、お茶ご馳走様。今度からクローネに淹れてもらうのも、良いかなって思ってたとろだよ」
「……もうっ。ほら早くいきなさい。陛下達が待ってるわよ」
「わかったって、それじゃまた来るよ」
そしてドアを開き、アインはシルヴァード達の元へと向かう。海龍の双子の件が決着がついたようなので、その結果を聞きに行かなければならない。すでに始末されたと言うことが無いように、そう心の中でアインは祈っていた。
「……はぁ。もうっ……ドキドキした、心臓破裂するかと思ったわ……」
いつものクローネからは考えられない、慌てた姿。彼女の鼓動はアインが去った後も、しばらくの間大きな音を奏で続けていた。
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