幕間:アインの学園生活一年目[前]
イシュタリカには多くの学園や私塾が存在している。そんな中、どこが頂点なのか?そう話題になると必ず挙がる学園、それが王立キングスランド学園。
その試験はとてもじゃないが、8歳がうけるレベルではないといわれ、非常に狭き門だ。
生徒数は数多くの学園の中でも、下から数えたほうが早いほどの人数しかない。だが学園の敷地面積でいえばトップクラスに広く、設備も充実している。
イシュタリカ王家が私費を投じていることや、寄付金などにより高い教育水準を保っている。
一学年100人で構成され、五組(フィフス)、四組(フォース)が25名ずつ。三組(サード)、二組(セカンド)が20名ずつ。……そして一組(ファースト)が10名という少数の組み分けになっている。
たとえ五組(フィフス)といえども、卒業後の進路は保証されていると言ってもいい。そしてもし三組(サード)以上に昇格できたならば、将来のイシュタリカの要人となることも、決して届かない夢ではない。
そしてもし一組(ファースト)に入れるほどのものならば、在学中であろうとも国から目をかけて貰えることだろう。そのため、多くの生徒たちは昇格するために、命を削るほどの努力をしていると言っても過言ではないのだ。
とはいえ、ここで会話をしている彼らの様に、そこそこの余裕を持ち、学園生活を大いに楽しむ者達も存在している。
「じゃあロランは、国営の開発機関で働きたいんだ」
「そうそう。でもいずれはその技術を生かして、大きなものも作ってみたいと思ってるよ。例えば……そう、ホワイトキングみたいな大きな事業とかね」
ホワイトキングは、歴代のイシュタリカ王が受け継いできた戦艦の名だ。
新技術などは惜しみなく新たな装備として配備されており、その仕組みの多くは最高機密とされている。
「あぁ陛下の船かぁ……。確かに、夢があるな」
「いずれはアイン様が自分専用の船を持つとき、俺が関われたら嬉しく思うけどね」
「よし。じゃあ約束してよ。将来ロランは、俺の船に関わってくれるってさ」
「えっ!?いや、確かに今関われたら嬉しいって言ったけど、でも……」
アインは同級生には、あまり堅苦しい態度で接してほしくなかったため、学内ではそれなりに砕けた態度で接してくれと、ロランにお願いしている。
だがロランとしても、王太子であるアインを呼び捨てなんてできるわけがない。
口調はなんとかするとしても、敬称に様をつけることは譲らなかった。
「でもさ、ロランの魔道具に対しての考え俺好きだよ。なんていうか新しいよ、便利になりそうだしすごく期待してるからさ」
ホワイトキングのような、国の重要な戦艦の開発に関わる事。これは開発者にとってはまさに夢のようなことであった。だがロランや一般的な開発者や技術者からしてみれば、ホワイトキングは化け物のような開発技術を使われている。自分たちとは比べ物にならない知識や開発力、発想力、その全てを持っているのが、その開発者たちだった。
「……アイン様からそう言ってもらえると、大きな自信になるけどね」
「まだまだ時間はあるからさ。俺が自分の船持つのはまだ先のことだし、もし最初から関われなかったとしても、後からいくらでも設備は整備されるだろ?だから俺はロランが何かしてくれるって思うけどな」
ロランが考える魔道具は、すでに薄れてきたアインの前世の記憶、その世界で存在していた技術に近いものだった。
彼は入試で、ある1つの問題を出された。
『今イシュタリカでは水列車に関して、いくつかの問題が生じている。その中でも一番の問題は線路の敷設に関してである。現状理想的な場所に敷設しており、数多くの路線が大陸イシュタル上を通っている、だが更なる文化の向上、発展を目指すにあたって、それは足りているとはいえない。だが簡単に増やすことも、土地の関係上難しい。この現状を打破するため、改善案を提案せよ』
アインはそれをロランから聞いたとき、この学園馬鹿なんじゃねえの?と思ってしまった。
決してアイン達、8歳の子供に出す問題ではない。それを打破するための案を提出せよなんて、正気の沙汰とは思えなかった。だがその時アインは思った、ロランはその問題をクリアして入学したのか?と。
気になったアインは、ロランに続きを促し答えを聞き出した。
ロランが提出したのはこうだ、完全に別の場所から攻めたのだ。彼は試験の場で、地中を安全に掘り続けるための魔道具を設計、提案した。それと同時に掘り終えた穴を、トンネルとして壁を固めるための案を付け加える。
その後は、そのトンネルを用いて新たな路線を開発する。その結論で試験を突破した。
今となっては、ロランとしてはその提案には大きな穴があったと聞く。特に大きな問題は、コストの問題だ。その魔道具の開発について、あまりにも費用が掛かりすぎてしまうと予想されたため、現実味はなかったと彼は言った。
それでも地中に巨大なトンネルを掘り、それを利用するという発想。それは試験官たちの目に輝いて映った。
王立キングスランド学園の文系科目の入試は、合格発表が数日後に届く仕組みだ。これは武術系統とは違う点だった。
その間、ロランの提案はなんと国の開発機関へと内容が送られ、吟味された。
彼ら、優秀な研究者たちからすれば、穴だらけの提案だったものの、その将来性や可能性は高く評価された。ロラン本人は全く聞いていないが、現状でも開発機関では彼のことを、将来有望な少年だと認識している。
「うーん……そうだね。開発者を目指してる俺が、今から諦めてたら駄目だよね」
「あぁ。だから待ってるよ俺は」
アインが自分の専用船を持つのはまだ先のことだ。だからこそそれを考えれば、ロランにも大きなチャンスはある。アインは学園でできた初めての友人、ロランがそれに開発に関わってくれるのを期待していた。
「了解。期待してて待っててよ……っと、アイン様。お迎えだよ、ディル先輩だ」
6年次、最高学年の一組(ファースト)に所属しているディルが、アインを迎えに来た。
時刻は午後の3時を過ぎた頃、参加しなければならない授業を終えたディルが、急ぎ足でアインの元へとやってきた。
「やぁディル。今日もお疲れ様」
「アイン様、お待たせしていたしました。ロラン君、アイン様と共に居てくれたことに感謝する」
「い、いえいえ……俺もアイン様とお話しできるのは、光栄な事ですから」
ディルはロランのことをよく知っている。というよりもアインは聞いてないが、ディルにはウォーレンが調べ上げた同級生の情報が、事細やかに伝えられている。
それは安全性や、何かあった時のために必要な情報だった。そしてディルが直接話すことによって理解できたロランの人となりは、ディルとしても好印象に感じている。
「そう言ってもらえると私も助かるよ。……ではアイン様、参りましょうか」
「わかった。じゃあロラン、今日もお疲れ様。また明日!」
「殿下、それではまた明日」
アインは気にするなと言ってるが、やはりディルが護衛としてそばにいるときは、ロランも口調を少し丁寧にしていた。
「アイン様。本日は如何でしたか?」
「自由受業制のおかげでいろいろ自由に出来てるよ。気になってた図書館だっていくらでも行けるしね」
「それは何よりです」
一組(ファースト)は教室での授業が、基本的には行われない。時間が空いた教員たちの許へと出向き質問することや、自習が主なものだった。
だがこの組はそれでいいのだ。皆が自分で勉強を進められる者達ばかりで、自分のペースで学園の施設を使い、実験や研究、自習に励むことができるここは、最高の環境と言えた。
「ところで時期的に近くなってきた定期試験ですが、問題はありますか?」
「偉そうにいう訳じゃないけど、範囲を見た感じだと全くないかな。城で勉強してきた範囲は、まだまだ余裕があるみたいだから」
「承知いたしました。それを聞けて私も安心です」
優しそうに微笑むディル。近くを歩く女生徒が、その笑顔に見とれていた。ディルは父のロイドと違い、純粋な美少年といった顔立ち。そして剣の実力もトップクラス、そんな完璧イケメンなディルは一目見て分かるほどモテている。別の学園の女生徒にすら、名が知られている有名人なのだ。
「そういえばさ、最近なんか学園都市賑やかだよね。なんかあるの?」
「……そうですね。たしかに1つ大きなイベントがございます」
「っ何それ?聞いてないんだけど」
「一組(ファースト)と二組(セカンド)は関係ありませんから、告知もされませんからね。学園都市の、学園対抗戦がございます。それで徐々にお祭り騒ぎの様になるのです」
学園都市の対抗戦と言われ、心躍ったアイン。だが自分たちは関係ないとはどういうことだろうか」
「何それすごい楽しそうじゃん!あれ?でも俺たち関係ないってどういうこと?学園対抗戦なんでしょ?」
「えぇアイン様の仰る通りなのですが……残念ながら、特別措置です」
「特別措置で出られないの?」
「……簡単に申し上げますと、実力差です。対抗戦は武術だけでなく、多くの分野でそれを競い合います。ですがはっきり申し上げてしまうと、王立キングスランド学園はレベルが高いのが仇となります。ですが完全に参加できないのは問題だということで、三組(サード)以下の組の生徒たちが、我々の代表として出場するのです」
「あ、あー……なるほど。ぶっちゃけると勝負にならなくなっちゃうってこと?」
「大きな声では言えませんがね。その通りです」
統一国家イシュタリカ、その大陸中から数多くの生徒が集まるのがここ、学園都市。その中でも更に一握りの人材を集めたのが王立キングスランド学園。正直に言ってしまえば、他の学園とは格が違いすぎた。
上位の生徒たちを出場させないとはいえ、それでも毎年大きな結果を出しているからこその、特別措置だったのだ。
「じゃあディルも出たことないの?」
「そうですね。稀に交流として他の学園へと出向き、腕を振るうことはありましたが」
「……が?」
「……わ、私はアイン様の護衛としての任務を王家から頂戴しております。そして父は、現在の元帥であるロイド。幼い頃より、城で多くの鍛錬を積ませて頂きました!」
「わかってるってば……それで?どうだったのか教えてよ」
「……恐らくお互いに、実りは無かったと思われます」
力量差がありすぎて、意味がなかったのだろう。アインも城で騎士達にもまれてきたが、イシュタリカの王城にて仕事を許された騎士達は、まさにエリート揃い。その中でも更にエリートなディルからしてみれば、同年代は当然のように相手にならない。
「まぁわかった。そうなっちゃうんだね、でもその対抗戦。観戦はいけるの?」
「アイン様がお望みとあらば」
「そっか。それじゃ見に行きたいかな」
「承知いたしました。クリス様にもお伝えしておきますね」
多くの者達が集まる対抗戦。その場はやはり、学園内よりも高いレベルでの護衛が求められる。だからこそ、おそらくクリスが共に護衛として足を運ぶこととなるだろう。
その後もクリスと合流するまで、この会話は続いた。
なんでもディルの幼馴染の男が出場するらしい。彼は騎士養成学校へと入学し、それから疎遠になったと聞いた。なんでも昔から強い男だったらしく、今ではどれほど成長しているのか楽しみだと、ディルは口にしていた。
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