シルヴァード達の結論
イシュタリカ王都、その城ではまだこれからのことについての話が続けられていた。
大会議室では数多くの重鎮たちだけではなく、城へと届く数多くの報告などを届けるため、執事たちも慌ただしく出入りを繰り返していた。
「余が課した教育に問題があったのか?それともこれはオリビアなのか?または環境が悪かったのか、どう思うウォーレン」
「……私ならその懸念材料に、産まれた国も加えましょう」
「なるほど。一理ある」
その部屋でも特にシルヴァードの周りは空気が悪い。王太子アインが無理やり城を脱出し、危険な場所へとわざわざ向かって行ったからだ。
怒りや心配、いくつもの感情が入り混じった結果。なんとも言葉にしづらい現状となってしまっている。
特にロイドが顕著にその状態を露にしている。
後れを取り、アインを行かせてしまったこと。それだけでなく、息子のディルがそれを手助けして港まで連れて行ってしまったこと。
拳を強く握りすぎてしまい、少量の血が滴っている。
そんな緊張状態にあった中。皆が待ち望んでいた報告が大会議室へと届くこととなった。
「陛下。失礼致します」
ウォーレンや各大臣、重鎮たちに報告が届いてきた中。港町から連絡を受けた執事室の人間が、シルヴァードの元へと直接出向いて耳打ちをする。
「っ……誠か?」
「はい。司令官から直接連絡を頂戴しました」
「陛下?何かありましたか?」
少し惚けてしまった顔のシルヴァードを見て、ウォーレンは不思議に思って尋ねた。
「ロイドよ」
「……はっ」
シルヴァードはウォーレンに返事をする前に、ロイドに話しかけた。今だ正気に戻れず、これからのことを考えていたロイド。
唐突にシルヴァードに声をかけられたことに、少し反応が遅れた。
「信賞必罰という言葉がある」
「……存じ上げております」
「だからこそ。余は今悩んでいる」
何を悩むと不思議に思ったロイド。万が一ディルが帰還しようとも、処罰は一つしかない。処刑以外に考えられなかった。だというのにシルヴァードが口にした悩んでいるという言葉を不思議に思う。
処罰はディルだけでなくもちろんロイドもだろう。アインを止められず、息子がそれに加担したのだから。
「一体、どういうことでしょうか?処罰など一つしか……」
そのロイドへ返事をする前に、シルヴァードは手を叩き自らを注目させる。
「皆。海龍に対する会議は一端閉めることとする」
その言葉を聞いて驚かないものは居なかった。国家の危機に準ずる事態であり、国の中心でそれの会議を閉じるなど正気の沙汰ではない。
「落ち着け。余とて希望を捨てたわけではない。会議をする必要がなくなったと言うことだ!討伐隊が1頭の海龍を討伐。その後王太子アインがもう1頭をほぼ単独で討伐……壊滅的な被害であったものの、隊員は半数以上が生還、司令官である近衛騎士団副団長クリスも無事生還した!」
王太子アインが単独で海龍を討伐したという、意味の分からない言葉。だが一瞬だけ静寂となった会議室も、すぐに歓喜の渦に包まれる。
「へ、陛下今のはっ……!?」
「そんな馬鹿なっ。アイン様が海龍を単独討伐だと……?」
ウォーレンにロイドの二人も例にもれず驚く。これほどまでの非常事態だったというのに、王太子ともあろう者がそれを成し遂げてしまったのだから。
「だから言ったであろうロイド。信賞必罰、余はどちらもきちんと評価しそれを決定したい。だからこそこれは難しい」
「はっはっは。陛下……陛下のお孫様はどうやら英雄となられたようです。これは大きくパレードでも行うべきですかな?」
「ウォーレンが言う通り。アインは英雄となった、詳しく話は聞かねばならんがな」
「へ、陛下?私としても信賞必罰の意味は理解できます。だがディルがしてしまったこと、そして私ができなかったことはとても」
「その通りだ。だがこのような結果を出してしまった、そうすれば余が悩む理由ができる。ディルはアインを危険な場所へと連れて行ったが、内心で言えば奴なりの忠義を果たした。それは国に対しての忠義ではなく、アイン個人に対しての忠義である。これは国に対する反逆に値すると言ってもよい」
シルヴァードが語ることを静かに受け入れるロイド。何一つ間違いはなかった。
「だが結果はどうだ。アインは海龍を1頭討伐し、英雄と言える働きをした。そして我らが宝である近衛騎士団副団長クリスの命も救い、多くの討伐隊の隊員を生還させた。少なくともアインはディルの手助けがなければそれができなかった。そうだなウォーレン」
「左様でございます。ちなみに陛下、その海龍の素材は」
「丸ごと港に運び入れたそうだ」
「であるならば討伐隊が全滅していた場合、その2頭の素材も手に入りませんでしたな。海龍の素材を丸ごと持ち込んだとあればその功績は計り知れません。なにせ金で買える素材ではありません」
隣でシルヴァードも『うむ』と納得した。海龍の素材はとても貴重で、使い道を検討すればそのようなものはいくらでも出てくる。
決して金で手に入れることができる素材でなく、歴代の討伐した際も丸ごと持ち帰るということはできていなかった。今回はそれが2頭ということで、その価値は計り知れない。
「ディル殿がアイン様を手助けし、アイン様が打ち立てた功績を整理致しましょう。まずは1頭をほぼ単独で討伐し英雄となられたこと。もう一つは全滅を阻止し、数多くの命を生還させマグナを守ったこと。そしてそのおかげで2頭もの海龍の素材を丸ごと国に持ち帰った事。最後に近衛騎士団副団長クリス殿を生還させたこと。間違いありませんな陛下」
「うむその通りだ。これほどまでの功績であるならば……余としても何も考えないわけには行かぬ。信賞必罰、それが重要なのだ」
「ですがこうなれば困りますな陛下。罰を与えないのはできません、王太子を危険にさらしたのは事実ですから。ですが功績が大きすぎます。特に多くの存在の命を救ったこと、それが重要ですな」
「そうだ、だからこそ余はそれを決めかねている」
ロイドはそのことを聞いて、少しの希望を見出した。自分たち親子が迷惑をかけ被害を与えてしまったと言うのに、ロイドはそれでも息子が処刑されずに済むかと思うと、それだけが頭を駆け巡る。
「陛下。伏してお願い申し上げます。どうか私の首とグレイシャーの取り潰しで、ディルとマーサの首は助けて頂きたく存じます」
ロイドがその場で土下座のような体制をとり、シルヴァードに頭を下げた。このような姿を見るのはシルヴァードだけでなく、ウォーレンも初めてだったため。少しの驚きを表情に出す。
「……ディルは重罪といっても過言でないことをした。だがロイド、功績を無視できぬといったであろう」
「……はっ」
「ディルはグレイシャー公爵家からその身分を剥奪。そして騎士としての身分も剥奪として、平民へとその身分を落とす。そしてグレイシャー家には年間収入10年分の罰金を申しつける。よいか?」
「へ、陛下?それは罰の話を仰っているのでしょうか」
「最後にもう一つ。ディルは80年の国家奉仕を申しつける」
国家奉仕、それは言葉の通り国への奉仕をさせる罰だった。それはあくまでも人道的な範囲で課せられる。
生活は保障され命が奪われることは無かったものの、自由は奪われる。
「寛大な処置に、感謝申し上げます……っ」
ロイドは涙を流す。公私を分けて厳しく接し、時には殴りつけることもあった息子がディルだ。だがそれもロイドの愛があったのは間違いなく、そのディルが死なずに済むこと、そしてマーサまで処罰されないことが何よりも有難く感じた。
「そして国家奉仕の内容はアインに選ばせるとする。アインへの処罰は後ほど本人へと告げる」
「はぁ……陛下。それではアイン様が決める内容はわかりきっているのでは」
「……これだけが、今回アインへ与えられる唯一の褒美だ。文句はあるまい?」
「なるほどなるほど。なら仕方ありませんな……」
罪は罪、そして功績は功績として評価をする。今回に限って言えば、国に与えた功績が歴代イシュタリカの人間たちと比べても、特に高かったための寛大な処置だったともいえよう。
終わり良ければすべてよしという言葉は、あまりにも雑すぎるように思える。
だが今回に限って言えば、これが最善であったとシルヴァードは思った。
*
アイン達は激戦を終え、少しの休みをとっていた。
港で食事にありつこうとしたところ、アインに一つの異変が起きる。
「……あれ?」
「どうしましたアイン様?」
「何か問題でも?」
クリスとディルがアインの声に反応した。
「……なるほど。あれだけ使っちゃったことの反動か」
「ア、アイン様?反動って一体、私何かしちゃったんでしょうかっ……」
「あぁいやクリスさんが俺を横にしててくれたのはすごく助かったよ。おかげで体も疲れなかったし、でもそれじゃないんだ……」
「ご説明、頂けますか?」
ディルが続きを促す。あれほどの激戦の後だ、何かあるかもと思っていたディルも警戒している。
「いやぁ。腕動かない」
その瞬間クリスが気を失い、椅子に倒れこんでしまう。
「アイン様そのようなことを軽々しく……」
「あぁいやでも大丈夫だよ。痺れとかの感覚はあるんだ、たぶんすごく酷使し続けちゃったからさ。だからその反動が強く体に来てるんだと思う……はいクリスさん起きて」
そのアインの様子はいつも通り飄々としたもので、ディルたちの大きな心配をものともしていない。
「はっ!?ア、アイン様の手が動かなくなってしまった夢を」
「夢じゃないから。あと別に一生動かないわけじゃないよ、ちゃんと休めば治るって」
「医師でもないのに何を言うのですか!さぁ行きますよ!」
「ちょっ……え、どこに行くのさ!」
「多くの治療師がこの港町に来ていますから!さぁ治療に行きましょうアイン様!」
「お、おいディル助けて」
唐突に連れていかれそうなことになり、アインはディルへと助けを求めた。アインとしては、先に空腹を満たしたかったため後にしたかった。
「クリス様。先程聞きましたが船で王都を目指すとか」
「ん……?あぁそうだ。プリンセスオリビアに乗り、王都の港へと向かう。海龍のお披露目と新たな英雄のお披露目ということで、プリンセスオリビアの使用許可が出た」
王都への帰りは陸路ではなく海路を進むこととなった。討伐された海龍のうち、アインが倒した方を運ぶことになる。
「でしたらもうプリンセスオリビアに向われては?ついでにアイン様はベッドにでも括りつけて、しばらく体を癒して頂くのがよろしいかと」
「なっ……お、おいディル!」
「なるほど。ディル、お前の考えを採用するとしよう。……さぁアイン様、参りますよ」
「待って、持ち上げないで!それは少し恥ずかしいから、だからせめて歩かせて」
アインの必死の嘆願を聞き入れ、持ち上げるのはやめてくれたクリス。アインは自分の足でプリンセスオリビアへと向かうことにした。
「あぁクリス様。後ほど食事を届けさせます。そのほうがアイン様も早く召し上がれるでしょうから」
「すまないそうしてくれ」
「承知しました。ではアイン様、私も後程プリンセスオリビアに向かいます。ごゆっくりお休みくださいませ」
「う……裏切者っ!お前今日一日で随分態度が変わったぞディル!」
「はっはっは!そんなことはございませんよ殿下?それでは後ほど」
そうしてアインはクリスに連れられプリンセスオリビアへと向かった。途中で何人かの治療師が拾われ、船内でアインの治療に努めることとなる。
「……私がアイン様の護衛ができる最後の日ですからね。少しぐらい気持ちを露にしても罰はあたらないでしょう」
これほどまでのことを犯してきた。だからこそ自分がこれからもアインのそばにいられるわけがない。父や母にも迷惑をかけるだろうと思ったディル、親不孝なことをしてしまったことを心の中で詫びた。
だが決して後悔があったわけではなかった。少なくとも自分は仕えている王太子アインに対して、最大級の忠義を持って彼を手助けできた。そう思うと自分が処刑になるだろうと思っても、決して気持ちが沈むことは無かった。
「一人というのは少し寂しいですが。余韻に浸るのは悪くないですね、今日のアイン様の活躍を肴に食事というのも良いものだ」
クリスより短い期間だったものの学園では護衛を務め、数年間成長を見守ってきたアイン。
そんなアインが英雄となり多くの命を救ったことは、ディルとしてもとても誇らしく感じた。
*
治療用の魔道具に囲まれ、多くの治療師から治療の魔法を受けた。その結果アインはそれなりに体を癒すことができた。だが腕の損傷と疲れは激しく、少しは動かせるようになったものの、本調子には至らなかった。
そして一つだけ治療師から忠告を受けることとなった。
「王太子殿下がどのようにスキルを使われたのかはわかりません。ですがこれは我々治療を生業とする者としての総意です。今回のような使い方をするのはおやめください、次は下手をしたら腕が完全に機能を失うことがあるかもしれません。それどころか、腕が千切れることも有り得ます」
「……俺としても無理をしたのは理解してる。忠告感謝する」
「ご理解いただけて何よりです。ですがどういったスキルを使えばこのような……人が自分で自分に与えられるようなダメージではない……」
すこしぶつぶつと考察をしながら部屋を出て行った治療師。やはりアインの受けたダメージは大きかった。治療師が去っていったのを見て、クリスが口を開く。
「アイン様。私の考えを言ってもいいですか?」
「お願い」
「幻想の手がうけるダメージはすべてが伝わるわけではないとはいえ、いくらかの割合でアイン様の実際の手にも影響を与えるんじゃないかなって……」
「うん。たぶんそうだと思う、デュラハンみたいな強靭な肉体を持ってるわけでもないから、人の体には有り余る能力だったんだろうね」
あんな無茶はそうできない。というか体のことを考えるならあんな使い方はするべきではない。
今回の腕のダメージに関して言えば、しっかりと数日休んでいれば治るらしい。だが二度目は恐らくないだろう。
「さてそれでは……」
意見を交わした後、クリスが居住まいを正す。アインとしてはあぁ説教のお時間かと考え、少しだけ気が滅入ってしまった。だが今日のことは怒られて当然だったため、アインも反論はできない。
「お腹もすいているでしょうから。食事にしましょうか」
「あ、あれ?」
「あれって、どうかしましたか?」
怒られると思っていたアインは拍子抜けしてしまった。
「あぁなるほど。説教でもされると思ったんですか?」
「い、いや別にそんなことは……」
「今日だけですからね。さぁ食事も届いてることですし、頂くとしましょう」
クリスが甘い。クリスが優しい。いやいつも優しかったものの、長い長い説教が始まると思っていたアイン。
「隣。行きますね」
そしてクリスがアインのそばにより、ベッド横の椅子に腰かける。
「あれそんな近くでどうしたの?」
「アイン様腕動かないでしょう。私が介助しますから」
置かれた食器を手に持ち、スプーンでそれを掬いあげるクリス。
「いやいやクリスさんっ!?さすがにそれは恥ずかしいっていうか」
「じゃあどうやって食べるんですか?まったく」
掬われたものは大きく湯気を発していたため、クリスがフーフーと息をかけ少しだけ冷まし始める。
その様子も見ていると、照れくさくて口を開けづらくなったアイン。
「……アイン様。さぁどうぞ」
だがほかに手段がないのも事実だった、だからこそアインは照れくささを我慢しそれを受け入れた。
「うん。うん」
味は分からない。落ち着けてない今では、味を楽しむ余裕なんてものはアインにはなかった。
だがゆっくりと咀嚼した久しぶりの食事に、アインの体は喜びだす。
「美味しいですか?」
味感じませんなんて口にできないアイン。だがせっかくクリスがこうまでしてくれてるのに、素直にそれを口にするのも憚られる。
「美味しいよ。ありがとうクリスさん」
料理はマグナでとれた海産物を使った料理で、普段であればほっぺたが落ちる程の美味だっただろう。
だが今はその味が分からない。だから嘘だったが、美味しいと答えることにした。
「ふふ……そうですか。ならよかったですっ」
彼女がみせる今までで一番の美しい笑顔。つい見惚れてしまうほどのその笑顔を見て、アインは考える。
あぁよかった本当にクリスを救えたんだ……と。
そのせいかアインも瞳に涙を浮かべてしまい、それがクリスの目に留まった。
「ア、アイン様っ!?まだ熱かったですか!?ごめんなさい私ったら……っ」
「いや丁度良かったよ、ただ嬉しかっただけだからさ。さぁ次はまだかな、俺まだお腹減ってるんだけど」
アインが涙を浮かべた理由はクリスには分からなかった。だがそれでも笑顔で次を要求するアインを見て、なんとなく心が暖かくなった。
*
王都は大騒ぎだった。2頭の海龍が討伐されたと言うことだけでなく、その内容にも注目された。
王太子が1頭の海龍を単騎で討伐したというニュースが、王都中を駆け巡っていた。
なぜそのような場所に行かせたのだと言う言葉も多く上がったものの、いくつかの話題でその声は消し去られる。
王太子が、自らの護衛を務めるクリスを助けに行った。どこからかその話が王都の民へと流れて行った。
その美談に強く感動した民は心配というよりも、新たに生まれた英雄の帰還をただ楽しみに待つばかりだった。
王都にある港は港町マグナと比べれば半分程度の大きさしかない。それでも夜だというのに辺りはとても明るく、まるで日中のように光に満ちていた。
多くの家は灯りが付き、たくさんの出店が出店され道には多くの灯りが設置されている。
王都でも年に何度かの大きな祭りはあったものの、それと比較にならないほどの賑わいを見せている。
そしてそれは、とある時が近づくにつれてボルテージを上げていく。それはプリンセスオリビアの到着だ。
城からの情報によれば、プリンセスオリビアと一隻の戦艦が王都の港へと到着する。そしてその戦艦は王太子が仕留めた海龍を引き連れて入港するというのだ。
だからこそ未来の王が仕留めた海龍を一目見ようと、そしてそれを称えようと多くの王都民が集まっていたのだ。
「お、おい見えて来たぞ!」
一人の男が叫ぶ。プリンセスオリビアと戦艦の姿が見えてきたのだ。
プリンセスオリビアが停泊する場所の近くは、騎士達によって進入禁止にされている。
イシュタリカ王シルヴァードが足を運んでいるのだ。その横にはロイドとウォーレンが控えている。
城からこの3人という重鎮がしばらくいなくなってしまうが、今回ばかりは仕方がなかった。
「大きいわ!あれが海龍なの!?」
「この距離からあんなにでっかく見えるなんてよ……ほんとに戦艦よりでかいぞありゃ」
多くの驚きの声が響き渡る。
一体丸ごと海龍を運んだ事例など今までなく、イシュタリカとしても初のことに国民は大いに沸く。
ブオーとプリンセスオリビアから汽笛の音が鳴り響く。それを耳にした国民は更にボルテージを増し、港は賑わい始める。
「殿下ーッ!」
「王太子殿下-ッ!お帰りなさいませーッ!」
何人かの騎士達も声を上げる。英雄となった王太子が帰還するのだ。
「余はこの後アイン達に説教をせねばならんのだが、気が重くなるな」
「仰る通りです。良いことは褒め、悪いことは叱る。それでいいじゃありませんか」
「……私としても、ディルを折檻せねばなりません」
桟橋に到着し、プリンセスオリビアが炉を停止した。そしてプリンセスオリビアから足場が降ろされ、アイン達が姿を見せたことでボルテージは最高潮になる。
「陛下。そしてロイド殿。一つだけこの私に、イシュタリカ国民ウォーレンとして話させてください。この声をよく聞いて欲しいのです。これは陛下の孫である王太子殿下が成し遂げたことへの声、そしてディル殿がアイン様を手助けしたことにより成し遂げられたことでもある。宰相としてはこんなこと口にできませんからな。内緒ですぞ」
「……ふふ。ウォーレン、別に余とて鬼ではない」
「かたじけないウォーレン殿……」
「さぁ英雄たちの帰還だ。お迎えに上がりましょうか」
ウォーレンの声に同意し、三人はアイン達の近くに向かう。
「いやしかし見事な物ですな、アイン様があれを仕留めたのですから。そうは思いませんか陛下、ロイド殿」
「……全くだ。一つの軍の働きを個人でして見せたのだからな。しかしなんと大きく雄々しい姿よこの海龍。なんとしても有用に扱わねばならんな」
「ウォーレン殿が仰る通り。まさかあのような大物を仕留めてくるとは、イシュタリカに来た頃のアイン様を思い出すと。感慨深く思えますな」
三人がそう話していると、アインとクリス、その後ろからディルがプリンセスオリビアから降りてきた。
「……ただいま戻りました。陛下」
「うむ。余は今多くのことを考えておる、だが先に王としてはこれを口にすべきだな。大儀であった」
「お帰りなさいませアイン様。あれほど見事な海龍を仕留められるとは、驚きましたぞ」
「よくご無事にお帰りくださった。……ディル、わかっているな?」
「はい。元帥閣下……いえ、父上。私がしたことは全て理解しております、そして覚悟も」
アインを出迎えた後、やはりロイドはディルに対して厳しい目を向ける。
「ロイド」
「っ……はっ!」
アインがロイドを敬称をつけずに呼んだのはこれが初めてだった。そのことをわかったロイドは、少し動揺する。
「これは"私"が命じたことだ。王太子の名に置いて命じたことに、文句は言わせない」
その言葉を聞いて一番驚いたのはウォーレンだ。アインが発した王の気配、それは若き頃のシルヴァードに勝るほどの、強き王の器と感じたのだ。
「で、殿下いったい何を!」
「っアイン様……いえ、殿下!いくらそのように言われても」
「二度は口にしないぞロイド。ここでその話をするつもりはない」
ディルとロイドが親子そろって驚く。まさかアインがこのような事を口にするとは、ディルも思ってもみなかった。
「私が行使した"いくつか"の王族令に関して、それを是か非を判断する必要がるのはわかってる。それはここですべき話ではない……。まずはさ、俺たちが喜んでないと集まってくれた人たちも喜べないよ、だからまずは笑顔で城に帰ろう」
アインは王族令を行使したのは一度だけ。それ以降はその権利を行使していない。だからこそいくつか行使したと言うアインの言葉を受けて、当事者だったディルだけでなくシルヴァードやウォーレンもその意図を察した。
「……仰せのままに。殿下」
有無を言わさぬアインの気配にロイドが折れる。
「陛下。では馬車に参りましょう、アイン様お疲れのところ大変申し訳ありません。よろしければ窓から国民へとお顔を見せてはいただけないでしょうか」
「それぐらいならもちろん。じゃあ行こっか」
そういってクリスに付き添われ馬車に向かうアイン。今回用意された馬車は窓が大きく作られたもので、パレード向きの馬車だった。
その馬車にシルヴァード達3名とアイン達3名の合計6名が乗り込み、城を目指し出発した。
*
王都の大通りもものすごい賑わいだった。大通りにも数多くの出店が出て、多くの国民が歓喜に沸いている。アイン達を乗せた馬車は港町からずっと歓声にこたえ続け、ようやく城近くになる落ち着いてきた。
「一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか、アイン様」
「いいよウォーレンさん」
「……"いくつか"の王族令とはいったいどのような内容ですか」
その言葉を聞いて、ディルとロイドが大きく体を揺らす。
「2つだね。一つは王家専用列車を無理やり稼働させたこと。あとはディルに馬を用意させて、助言と護衛を命じたこと。この2つ」
「な、なにを仰るのですかアイン様っ!」
それを聞いて、ディルは勿論反論した。王太子が説明している最中、それを遮るのは不敬罪にあたるがそのことについて指摘する者はいなかった。
「なるほど。承知しました。ではこれが不適切だった場合、アイン様が王太子としてだけではなく、王家から追放となることもお考えでしたか?」
「考えたよ。でもそれとクリスさんたちの命を天秤にかけて、行動しないことは考えられなかったからね」
「ええ確かに救えた。その結果が今です……だが失敗した場合、我が国は王太子まで失うこととなっていた。オリビア様、そしてクローネ嬢も悲しませてしまったのですぞ?」
それを言われてしまえば、すぐに反論できないアイン。だが予想外の場所からアインへと味方が来た。
「……申し訳ありませんウォーレン様。私の失態です。私の指揮、そして私の力が足りぬことからアイン様が来てくださいました。アイン様はとてもお優しいご立派な方です。私にこそ処罰が必要です、だからどうか」
どうかアインに罰を与えないでくれと。そう嘆願するクリス。
クリスのそんな姿を見るのも初めてだったシルヴァード達も、一瞬次の言葉に詰まる。
「クリスさん。今は静かにしててほしい」
「ですがっ!」
「まるで余たちが悪者だな、ウォーレン?」
「はっはっは。誠そのようで……長引かせても可哀そうです。いかがですか陛下。もう口にしては?」
ウォーレンが笑みを浮かべながらシルヴァードを促す。
「終わり良ければ全て良しという考えは余は好かん。だが信賞必罰、そのどちらも考えなければならないことは否定できん」
シルヴァードが考えを口にする。
「アインよ。お主がもたらした功績はいくつかあるが、その中でも最も大きいものはイシュタリカに2頭の海龍を丸ごともたらしたことだ。ウォーレン、試算を」
「イシュタリカの国家予算およそ24から26年分ほどの価値があると私は考えます。有用性は計り知れず、その質は現存するイシュタリカの素材でもトップクラスですから」
「全ての国民が大いに助かることであり、更に我々が繁栄することとなる。だから王族令を"2"つ行使した件に関しては不問とする。だが専用列車を乗り潰したことや、いくつかの損害を与えたことを考えるとアイン、お主に褒美を与えることはできん。意味が分かるな?」
相殺ということだった。それでもアインにとっては有難いことに違いはない。
「はい。陛下」
「それ以外の件に関しては、いくつか細かい罰を与えることとする。それまで二カ月ほど城内謹慎とする」
「はっ」
「では次にロイド。お主に対する罰だ」
そしてシルヴァードは次にロイドを見る。
「はっ!」
「アインを止められなかったことに対しての罰だ、グレイシャー家10年分の収入を国に収めることとする。また、イシュタリカ騎士としての立場を剥奪。元帥でもなくなるわけだ」
「……仰せのままに致します」
「今回の褒美として、元帥の席にはクリスを昇格とする。異論は認めん」
唐突な人事に、クリスも驚き声をあげそうになった。だが王の前と言うことでなんとか今回は抑えることができた。
「ロイド、お主は今この時より余の専属護衛となる。命を賭して励むのだぞ」
「へ、陛下……!?」
「ロイド殿。陛下も大変なのですよ……ねぇ陛下」
「……どうしろというのだ馬鹿者共め。港町マグナを救い、海龍を国に2頭ももたらし、貴重な騎士であるクリスを救い、討伐隊を救出した。これほど多くの功績を上げた者達に、強く罰を与えることができるわけがなかろう」
数万の国民の命を救い、数十年分の国家予算規模の潤いを国に与え、貴重な戦力たちを救出したということ。このような功績を打ちたてた者達に、強く罰を与えることはできなかった。
「では陛下。ディルに関しての罰は……」
「もう疲れた。陛下などと呼ぶな」
「……お爺様?」
「あぁそれでよい。全く今日は大変な事ばかりだ。……アインが王族令をディルに使ったと言われてしまえば、我々はアインを罰するしかないのだ。だがアインが打ち立てた功績を考えると、そう大きく処罰することはできぬ」
「アイン様、我々の負けなのですよ。アイン様が王族令を2つ使ったと仰ることがなければ、ディル殿は騎士としての身分も、グレイシャー家としての身分も失っていたのですから」
アインが命令したと言うことなら、アインを攻めなければならなかった。それが命令を下した王族の責任であり、義務だったから。
それほどまでに、ここイシュタリカでは王族令という言葉の意味は大きい。
代わりにアインの功績に対して、褒美は一切与えられない。
随分と罰が軽いと感じられるかもしれない。
だがアインが救ったものの大きさを考えると、大きな罰も与えられない。
長年イシュタリカの王として君臨してきたシルヴァードとしても、何が正解で何をすべきかなんてわからないことはある。
今回も一切の言葉を聞かずディルを処刑するべきだったのか、同じく止められなかったロイドを強く罰するべきだったのか。いくつものことを考えた。
たしかにアインが作った功績はとても大きく、それはディルがいなければ成し遂げられなかっただろう。
とはいえこれでよいのか?と考えないことは無かった。
それでもシルヴァードが選択した罰は今回の事となったのだ。
彼は終わり良ければ全て由という言葉はあまり好まない。それでもアイン達が、このような結果をもたらすことができたことを評価しないわけにも行かない。
シルヴァードは周囲から甘いと言われるかもしれない、王として正しくない判断をしたと言われるかもしれない。
それでもこの選択をしたことに、後悔はなかった。
「オリビア様とクローネ嬢の二人からどういった罰を受けるか。我々は一切関与致しませんからねアイン様」
ウォーレンが言う言葉に少しの恐怖を感じたものの、それでも今回の罰に収めてくれたことを考えれば、少しは気が楽になった。
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