実戦での初めて

 暗黒騎士とはデュラハンの固有スキルにして、固有のジョブだった。

 魔物であったものの、彼らは人と対話ができ、戦いにおいては一騎打ちを好む戦闘狂な性格でもあった。



 彼らが絶滅してしまったのは彼らの産まれ方にある。彼らは魔物同士の交わりでも子をなすことができないということ。デュラハン種は純粋に、進化でしか誕生できなかった。



 だからこそ、誕生してきたデュラハンは例外無く強力で危険な存在。

 過去イシュタリカで討伐された魔王にも二人の側近が居た、その片方がデュラハンだったという。



 彼らと戦うならば、決して一騎打ちは受けてはならない。

 彼らと戦うならば、決して奴の間合いで戦ってはいけない。



 接近戦おいて並び立つ者はいない。魔王からも絶大な信頼を得ていた魔物こそ、デュラハンなのだから。




 *




「仕事なのはわかるけど。相手が納得できるかどうかは別だよね」


「何か言ったか小僧?……文句を言う暇が、ある……なら……っ」



 アインは今だ暗黒騎士の能力を完全に使い切ることはできていない。

 ただ唯一できていたのが"幻想の手"だ。暗黒騎士にとってあくまでも基本の技。ドライアドが産まれながらに吸収を使えているように、暗黒騎士にとってのそれが"幻想の手"だった。



 魔力を込めて発動させる第三の腕。込めるというよりは魔力を食わせて働かせる。

 その手の強さはさじ加減が自由自在というだけあって、魔力食い虫だ。

 いくらでも強力に硬くすることができ、怒りのままに魔力を食わせると、際限なく強さを求める。



 決して大きな事故にしてははならない、アインはそれを理解していた。ただ脅すだけだ、あの言葉を後悔させるだけだ。

 そう考えながら使う予定のなかった暗黒騎士を発動させる。



「おい小僧お前何をしている!?」



 ステータスに記載される魔力は、何も訓練をしていない人間で200、一人前の魔法使いで500程度が基本だ。

 そんな中アインの魔力は2500を超えているため、5倍の量を保有している。



 アインの体から漏れ出す黒いオーラに、試験官は何をしているか問い詰める。だがアインはそれに対応することは無い。



「こんなことになるなら威力もしっかり確認しておくべきだった。まぁちょっとずつあげればいいか」



 そしてアインが込めるのは、200程度の魔力。

 魔力を込めてさえしまえばそれ以上の出力を求めることは無い。幻想の手が壊されたり、渡した魔力を使い切るまではそれ以上を必要としないのだ。



 そうして魔力を食わせ、幻想の手を出現させる。

 黒く触手のような形をしているが、どこか筋肉質なその腕は、やはり威圧感を与える。

 暗黒ストローを使う予定ではなかったため、ぶっつけ本番ではあるが肩甲骨のあたりからそれを"2"本作り出した。



 出現させた幻想の手は1.5m程度。一般人一人分の魔力で一本の腕、アインはどの程度の強さになるのか少し楽しみだった。



「なん、だそれは……っ!貴様なにを!」


「別に炎飛ばしたりとかしてませんから、いいですよね?」


「説明しろと言っているのだ!」


「そんなことルールにないでしょう。怖いならやめますから早く合格出してもらえますか?」



 煽り返し。試験をしてもらってる立場としてはしてはならないことだ。

 だがアインはもう我慢ならないことになっていたため、いつもよい強気になっている。



「っ……はっはっは!まだ生意気をいうか、どんなスキルかはしらんがまぁいいさ。たかが腕が増えたぐらいで強くなるなら、虫はお前より強いだろう……なっ!」



 そう口にした試験官がアインに向かって走り出す。

 先程よりも力を入れている試験官が、加速した速度で一気にアインの間合いに入り込み、剣をアインの頭に向けて振るう。



「っ!?随分と器用な腕だな!チッ!」



 片側の幻想の手で、試験官の振った木剣を握り抑えた。

 アインにはまだ使える手が3本残っている。今度はアイン自身の両腕で、木剣を試験官に向かって振る。



「ふん!手が増えただけとはいえ、手数は多くて面倒だな」



 最初から考えていたが、試験官は強い。すくなくともアインがいつも相手にしている城の騎士よりかは強かった。

 アインの攻撃は、手甲を器用に使いガードされてしまう。



「さっきと言ってること違いますけど。はぁっ!!」



 もう一方の幻想の手を使って試験官を殴りつける、胴体を狙っていたが体を丸めるようにして、腕で隠されたためクリーンヒットはしなかった。



「ぐっ……ぬぅ。重いじゃねえか、くそが!」



 200の魔力を込めて作られた幻想の手。それは試験官のような実力者でも、ガードの上からだろうがダメージを食らうほどの力があった。だがアインはもう少し力があると思っていた。



「違う。もう少しだ、これじゃ足りない」



 その言葉を聞いて試験官は考えていた。これ以上を求める?何を言っているのだと。

 試験官の中では、アインは最初の攻防で十分合格だった。



 そうしてアインは更に魔力を込める。どうせなら倍にしてしまおう。そうして再度200ずつ魔力を込める。

 この2本の幻想の手に使われた魔力は、合計で先程の倍となった。



「(なんなんだよあれは。おそらく今強化したはずだ、あの奇妙な腕が血管が血を吸い上げるように、腕が脈動して青く光りやがった……!)」



 その吸い上げる動きの後、幻想の手は更に色が濃くなったように見えた。



「今度はこちらから行きますから」



 そしてアインは距離が開いてしまった試験官との間を詰める。

 アインは決して敏捷性が高いほうではない。

 むしろイシュタリカの騎士達と比べても敏捷性は低かった。

 通常、暗黒騎士はそのスキルで身体を強化し戦うため、元々の敏捷性は決して高くないのだ。



「奇妙な技を使うが、貴様の動きは遅くて助かるな……ふっ!」



 アインが両手を使って振るわれた剣は簡単にガードされてしまう。だが勢いをつけて両腕で振るわれたアインの剣、これは試験官としても腰に力を入れ、両腕で剣を横にしてガードせざるを得なかった。



「いいんですかそれ?」



 一瞬ゾクッとした試験官、彼の背後から出ている黒い腕を見る。その黒い腕は試験官がアインの攻撃をガードした後を狙い、動き始めた。



 その危機的な状況であろうとも、なんとか体を回転させ、手甲が付いてるほうの手を盾にし再度ガードしようとする。第三者からしてみれば、試験官の動きはそれだけでも超人的な反応と動きをしていた。



 だが強化された暗黒騎士の腕は、ガードすらも意に介さない。

 ベキベキィッと試験官の装備が割れる音がした後、試験官は数メートル後ろにそのまま吹き飛ばされる。



 アインの幻想の手は、一瞬攻撃しようと見せかけたあとに、反対側が攻撃を仕掛けた。フェイントを仕掛けたのだ。

 だがそのフェイントに反応して、防御カ所を動かした試験官。アインはその試験官の動きは純粋にすごいと感じていた。



 吹き飛ばされた試験官が体を起こし、アインのほうを見る。



「はぁ……はぁ……なんだってんだよったく。こんな小僧は初めてだ」


「それは光栄です。さぁ続きをしましょう」


「馬鹿言うな。俺の負けだ、入試で試験官が負けるなんて前代未聞だ馬鹿が……合格だよお前は」



 戦いの最後の方、アインは入試を受けていたことを忘れていた。それと同時に後悔してしまった、暗黒騎士を使ったことも試験官に対しての態度についても。



「試験してもらっているのに、態度が悪くなってしまったことはお詫びします」



 とりあえず謝ることにした。親(オリビア)を侮辱されたことは許せなかったが、それは試験のために言っているということは分かっていたのだ。



「お互い様だろうさ。ったくまだ試験あるってのに、代わり頼まないといけねえじゃねえか。お前は合格だ、手続してから帰るんだぞ」



 目的であった王立キングスランド学園の合格。それを得ることができたアインだったが、まさか幻想の手まで使うとは思ってなかったため、体はぐったりしてしまっている。



「え、えぇ分かりました。それじゃ試験して頂いてありがとうございます」



 終わってしまえば、過剰な怒りによって分泌されたアドレナリンも、その体の火照りもサーッと波が引くように抜けていく。

 残っているのは純粋な疲労感と、激昂してしまったことへの少しの後悔だけだった。




 *




「アイン様。合格おめでとうございます」



 受験者の貰う番号札を提出し、試験は終了した。

 合格者向けの詳しい連絡は合格者の家に届くらしい、アインの場合は城に届くはずだ。

 そんな中、会場を出てすぐそばの引率が控える部屋の入口にクリスは立っていた。



「はいありがとうございます。というかクリスさん俺帰ってくるのよくわかりましたね」


「えぇそれは勿論ですよ。それとお疲れでしょうが申し訳ありません。帰り道は説教……アイン様にお伝えする件がございますので、よろしいですね?」


「……はい」



 クリスが入口に立ってアインを待っていた理由も、アインが合格したとわかった理由もこれだ。

 クリスはアインが暗黒騎士を使ったことを分かっていた。その気配を距離があろうとも感じ取れていた。

 兜をしている彼女の顔は見えなかったが、それでも怒っているのだろうなとアインは思った。



「ねぇクリスさん?」


「はいなんですか」



 歩きながら声をかけたアインへと、いつもより若干冷たい声で返事をするクリス。



「ムスッとした感じに怒ってる?それとも純粋に怒ってる?」


「どちらもです」



 なら大丈夫だなと考えたアイン。若干ムスッとしているならまだ取り付く島はあった。



「試験のために相手を怒らせてるってのはわかってたんだ。でも俺に剣を教えてくれたクリスさんにロイドさんのことまで駄目な師匠なんて言われたらさ、俺も怒っちゃうよ」



 正しくは、その後の言葉が引き金となっていたのだが。嘘はついていない。

 実際クリスたちのことを貶された時もアインは苛立っていた。



「む……むぅ……ですが、それでも駄目ですっ!見せてはならなかったはずのスキルを使ってしまったのですから……いくらそんな気持ちがあっても」



 あと一息な気がする。悪いことをしてしまったのは理解してるアインだが、今は疲れがひどかったので説教は遠慮したかった。



「俺、クリスさんのことは本当の姉って思うほど慕ってるつもりですよ。だから怒るのを我慢できないことはあるんだ」



 これも事実だ。これだけずっと自分の護衛もしてくれて、訓練も付き合ってくれるクリスのことを、アインは大切に思っていた。



「……はぁ。陛下はおそらく事情を学園経由で耳に入れると思いますよ」


「それは仕方ないかなって思います。そういえば試験官の人を怪我させちゃったんですけど、大丈夫ですかねあれ」


「試験官としては怪我をする予定はなかったでしょう。とはいえあの学園には治癒を専門としている人間もいるでしょうし、大丈夫ですよ」



 クリスが今説教をするのをやめたらしく、アインはそれを察して若干安心した。

 疲れた体にクリスの説教は、今の疲労状況では辛かった。



 祖父のシルヴァードがどういった反応をするのか。多少憂鬱に感じていたものの、とりあえずは城に戻ってゆっくり休みたかった。



「(ちゃんと友達できるかな。同年代の知り合いが居なさ過ぎるからなあ……クローネ、いつ来るんだろう)」



 合格したことにより、未来の学園生活に思いをはせる。

 アインは今まで同年代の友人は皆無だったため、それを楽しみにしていた。

 その中でも、クローネがイシュタリカへと来ることを考えると、不思議とそれを楽しみに感じているアインだった。




 *




 10月を過ぎて少し肌寒くなってきた頃。

 アインの問題の入試から一月とちょっとが経ち、アインの元へと正式な合格通知が届いた。

 その通知が届いたことで、シルヴァード達はアインについての話題を話していた。



「何にせよ無事に合格したのはよいことだ。その中で問題行動があったことは否定せぬがな」



 そう口にするのはアインの祖父シルヴァード。もちろん試験日中にシルヴァードへと例の件は連絡されていた。

 とある受験番号の人間が、黒い腕を出して試験官に勝利。試験官は骨を折る怪我をしてしまったと。

 試験のルールに関しても問題がなかったため、合格の判断になっていたものの、シルヴァードとしては頭を抱えるしかない出来事だった。



 その日ただ疲れだ顔で帰宅したアインは、いくつかのリプルモドキの魔石を吸い疲れを癒していた。

 オリビアは合格の知らせを聞いて当然と思っていたが、暗黒騎士を使ってしまったことに関してはだめよ?と優しく咎めていた。



「ははは。まぁアイン様にとって我慢ならない事情でしたからな、とはいえ褒められた行為ではないですが」


「師としては弟子が師の為に怒るのは嬉しい話です。そのためこの私としてもあまり強くは言えませんな……」



 ウォーレンは褒められたことではないというが、ロイドはあまり強く咎められなかった。なにせ自分のために怒ってくれた訳でもあったため、嬉しい気持ちもあり難しい心境にいる。



「幸いなことに、スキルは膨大に存在している。だからこそ何を使ったかなんてわからぬし、特定される事態には陥っていない」


「それはなによりです」


「ちなみにその試験官の怪我というのは?」


「治癒を使える者に治療させた。ようやく本調子になったと聞いたがな」



 怪我をしたという試験官のことが気になっていたロイド。

 シルヴァードにその度合いを訪ねた。



「とはいえ、同じく武を教える立場から申し上げれば。怪我をしたのは自己責任ですな。結局のところただ負けてしまったという事実が残るのみ」



 彼の考えは厳しかった。騎士団の元帥としてイシュタリカにおり、近衛騎士団の団長も兼任している彼にとって、教える立場であり、試験する立場の人間がそのような醜態をさらしていたのは考え物だった。



「ロイド殿。ですが今回の件に限って言えば仕方ないのでは?何せアイン様が使われたのは暗黒騎士。伝説のデュラハンの技ですから……いかんせん彼、試験官には荷が重いかと」


「余もそれには同意する。とはいえロイドの言うこともわかる、だがロイドにクリスといった我々の最大級の実力者たちが師を務めているのだから、当然の結果と言えるのではないか」



 その言葉を聞いてロイドは納得した。事実アインはスキル以上に自らの努力が著しい。まるで自分の若いころを見ているように思っていた。



「ところでロイド殿。ロイド殿のご子息を推薦なさるのですな?」


「おぉその話ですな。ただ奴はまだ未熟、そのため学内や緊急時のみと条件が付きますが」


「なるほど。では学園への送り迎えはどういたしますか?」


「送り迎えに関して言えば、まだそれほどまでの信用は無いですな。それはクリスが引き継ぐことにしようかと」


「妥当であるな。余もそれであれば認めよう」



 彼ら三人が話していたのは、アインの専属騎士の件だった。

 ロイドとしては学園も同じの自分の息子を推薦した。元帥の立場から言えば、学外での護衛はまだ許せるほどの実力ではなかった。そのためあくまでも学内での護衛を担当し、学外ではクリスが引き続き行うこと。

 彼の息子は、いわば専属騎士見習いといったところだった。



「ではそのように姫にも打診をしておきましょう。後ほどアイン様にもお話をするということで」


「あぁウォーレン殿。頼みましたぞ」


「しかし段々と外も冷え込んできたものだ、余は暑さはよいのだが寒さはどうにも好きになれん」


「えぇ確かに。そういえば冷え込んできたと言えば……そろそろですな陛下」


「む?あぁ確かにそうだ。もうすぐ待望の第一便が到着する」



 ウォーレンが言うそろそろというのは、イシュタリカとして待望の海結晶だ。

 エウロとの取引、それで採掘出来た分の第一便がイシュタリカへと到着する予定なのだ。



「待ち遠しい限りだ。採掘量は想定を超えているのだろう?」


「えぇその通りです。お陰様でしばらくは枯渇の心配はないかと」


「それはいい。まさに姫様様だったということだ」



 ハイムとの取引より安く、そして量を多く仕入れられる状況になった。

 そのためイシュタリカで必要とされていた量の多くを賄える状況となり、しばらくは枯渇の心配がなくなったのだ。




 そしてその第一便はすぐにでも出航するだろう。数多くの海結晶と、ハイムからの客人を乗せて。

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