初めての怒り

 アインが初めての狩りをした日から数週間が経った。

 エウロ公国へと向かったイシュタリカの2隻の船、その1隻がイシュタリカへと帰国した。

 2隻のうちの一方は、資材などの必要物資の搬入などがメインの船だったため、所定の作業を終えて先に帰国したのだ。

 その帰国した船に乗った文官からの報告を纏めたウォーレンが、シルヴァード達への報告に臨んでいる。



「では本格的に海結晶の採掘を行えるのだなウォーレン」


「エウロ公国産の海結晶の質も実用に耐えるものであり、採掘についても特に問題がございません。ともなれば計画通り作業に移れます」



 シルヴァード達はウォーレンが持ち込んだ、エウロ公国産の海結晶を確認しながら説明を受けていた。

 魔道具への利用に関して海結晶の質も問題がなく、必要十分なものがサンプルとしてエウロ公国から持ち込まれた。



「これは重畳ですな陛下。海結晶の質まで問題ないとあれば、これから先のことを考えても喜ばしい限りだ」


「うむ。新たな採掘場が見つかることも祈るとしよう」


「……してウォーレン。報告は終わりか?」


「いえまだございますよ。勿論アムール公からの書状も受け取ってますし、陛下に承認の印を頂きたいものもいくつかございます」


「わかっていて話を遅らせているのかお主は……」



 シルヴァードは一つどうしても気になる件があった。

 アウグスト大公達のことである。わざわざエウロを経由して連絡し、イシュタリカへ渡ることを望んできた大貴族。

 アインに貰った花を大事にしていると言っていた、大公の孫娘の件が気になっていた。



「あまり陛下をいじめては後々困りますぞウォーレン殿?」


「はっはっは。ですな、では陛下が気になっているであろうアウグスト大公達に関してもご報告致しましょう」


「いつもながら困った家臣だ」



 少し笑いながらウォーレンは、1枚の書類を取り出しそれを見ながら報告にあたる。



「クローネ・アウグスト。年はアイン様の4つ上にあたります」


「続けよ」


「探った結果。ハイムの第三王子が非公式の場ですが求婚をしたらしいです」


「ほう?」


「それは愉快な話題となってきたな」



 ウォーレンの報告を聞いて、シルヴァードとロイドの二人が嬉しそうな、だがどこか何かを企むかのような笑顔を浮かべる。



「えぇ愉快でしょう?ちなみにそのクローネ嬢は断るような態度だったようですが、その第三王子はどうやらあきらめきれていない様子」


「愉快だ。ロイドこれは愉快な流れとなってきたのではないか?」


「どんどん愉快な話になってきますな陛下。さぁウォーレン殿続きを聞かせて頂きたい」



 二人は続きを急かす。ハイムに対していい思いを持っていない彼らにとって、この話はだんだんと面白い内容になっていたのだ。



「そして、オリビア様たちが帰国なさった前日のパーティ。その日にアイン様と出会い仲良くなっていた、ということです」


「いつもながらウォーレンの情報収集能力はあっぱれだ」


「えぇその通りです。いつの間に情報を探らせていたのかと、私も自分の身が探られないか心配でなりませんな」



 イシュタリカ宰相のウォーレンは、情報収集について他の追随を許さぬ実力者だった。

 別の大陸にあるハイムの情報ですら、エウロとの取引と共に調べ上げていた。

 その情報能力の高さを見て、ロイドも彼なりに賞賛の言葉を贈った。



「……どのような人物なのか、ここに着いたら直接話してみたいものだ」



 シルヴァード達にとって愉快なことをしてくれたクローネ。

 彼女の人となりを、直接確かめてみたいとシルヴァードは考えていた。




 *




 イシュタリカの王城でどのような会話が繰り広げられているのか、そんなことは全く分からない前・アウグスト大公一行。

 前・アウグスト大公ことグラーフは、クローネやアルフレッド、古くからの給仕と数人の護衛を引き連れて、イシュタリカの船へと乗船していた。



「しかし見事な物だなアルフレッド」


「えぇ左様でございます。まさかこれが船の中とは思えませんな」



 グラーフたちが通された部屋は、イシュタリカの貴族向けの部屋であり、設備やインテリアはすべてがグラーフたちにとっても満足のいくものだった。

 クローネとグラーフは部屋は別々だったが、家具などの配置が違うだけでほぼ同じ部屋に宿泊している。



「お爺様。アウグスト家の御屋敷より過ごしやすい気がしますね」


「そうだな。正直いくら貴族向けの部屋があるといっても、船の中だ。揺れを感じるだろうし設備も不便があるのではと思っていたが」


「全くありませんね。本当にお屋敷より過ごしやすいぐらいです」



 グラーフたちは船の中とは言え、揺れを感じず快適に過ごせていた。

 心配事であった、クローネが過ごしにくいという問題もなんとかなったことは、グラーフやアルフレッド、給仕たちにとってもありがたいことである。



「我々給仕の部屋も見事なものですよ。この部屋程の設備や豪華さはございませんが、それでも住むのに不便はありませんし、同じく揺れは感じません」


 アルフレッド達、数人の給仕や護衛は勿論別の部屋が用意されていた。だがその部屋も過ごしにくいといったことはなく、それなりに快適に過ごせていたため、イシュタリカへの伴をしている者達も不満は一つも無い。



「遠い国の、まるでおとぎ話のような話でしたけれど。ここまで来ると実感が湧いてきますねお爺様」



 クローネにとってのイシュタリカとは、勉強しただけのイメージしかなかった。

 父親のハーレイが留学した経験があったとはいえ、その話を聞いても全く想像が出来なかったのだ。

 今乗っている船に乗船するときでさえ、最初船を見つけた時は驚きのあまり声を出すこともできなかった。



「あぁ。そしてもうここまでたどり着いたのだから、ハイムとしても何も邪魔もできぬだろう」



 グラーフの懸念。それは第三王子からの求婚の件だった。

 今回グラーフの療養ということで出国し、貿易都市を経由しエウロに到着した。

 ハイム出国の際には多少の妨害に近いものが予想されたが、特別そういったことはなかった。



 あったといえば、第三王子の近くにいる人間から、クローネへと第三王子のことを再度前向きに検討してほしいという打診。

 まだ強引な手段を使ってきていなかったことは、グラーフとしても僥倖だった。



 通常王家からの婚姻の申し入れともなれば、国に仕える貴族としては素直に了承するのが常識。

 そんな中アウグスト家が簡単に了承せず、問題を先延ばしにできていたのは大公という家系だったこと。そして第三王子としてもクローネを強く気に入っていたのもあり、ゆっくりとでもよいので自分を気に入ってほしく思っていた。そのため強引な手段はとられていない。



「お茶のお代わりをどうぞ」


「ありがとうアルフレッド」


「頂くとしよう」



 アルフレッドが様子を見て茶のおかわりを淹れる。

 グラーフは考えていた。これから、大小問わず何かしらの問題は起きると思っている。

 だがそれが起こるのは近い未来であって、今ではないのは確かだった。今その問題が発生しないことが、最も重要に感じていた。




 *




「学校?」


「そう。学校よ、7歳になったら行きましょうね」



 夜の遅い時間のオリビアの部屋。アインとオリビアが寝る前に軽く茶を飲みながら話をしていた。

 その最中、オリビアが唐突に学校に行きましょうとアインへと告げた。

 よく考えてみればアインぐらいの年齢であれば、学校へいくことなど当たり前の事だった。



「そういえばもうすぐ7歳ですね俺も」


「お祝いしましょうね?」


「はい、楽しみにしています」



 アインはもうすぐ7歳となる。

 イシュタリカに着いてから1年以上の時間が経ち、すっかりとイシュタリカの人間となっていた。

 城の中でもすでに騎士や給仕の者達にとっては慣れた顔で、殿下やアイン様と呼ばれ親しまれている。

 王太子アインのお披露目は、7歳過ぎに次期を見て行われる予定だった。



「どんな学校に行くんですか?」


「そうね……アインは逆にどんな学校に行きたいのかしら?」


「あれ、俺が選んでもいいんですか?」


「いいですよ。イシュタリカに来た時に通った港町にある大きな学園とか、王都にあるイシュタリカでも有数の学園。あとは遠くにもいくつか有名なのはあるけど……アインが行くのは難しいの、立場があるもの」



 どうやら限度は港町にある学園らしい。専用の水列車もあるし、何かあった際に城へと戻るのも容易だからだそうだ。

 もう一つは王都にある学園。アインとしてはオリビアと離れたくなかったため、心の中では王都の学園に決めるつもりだった。



「港町の学園だと、やっぱり港町で一人暮らしになりますか?」


「何人か護衛を連れていくとは思うけど、王族としてはアインが一人で行くことになるわ。大丈夫よ、お母様は我慢できるから」



 軽く涙目になりながらオリビアは耐えていた。

 アインとしては一人暮らしと聞いて、やはり却下することにした。



「お母様と離れるのも嫌ですから、王都が今のところの一番ですね。王都の学園なら城からも通えますよね?」


「もうアインったらいい子なんだから。ありがとう、お母様も嬉しいですよ。王都の学園に通うなら城から通えます。ただ水列車に乗って近くまで移動することになると思うわ」


「あれ、ちょっと距離あるんですか?」


「王都にあるのは間違いないの。ただイシュタリカの王都って広いでしょう?だから王都内も水列車で移動すること多いのよ。馬車で移動すると時間かかりすぎて疲れちゃうから」



 なるほどとアインは思った。とはいえ王太子が普通に列車に乗って通学してもいいのか。

 軽く騒ぎになるんじゃないの?とか学園にも専用水列車なのかな、などいくつかのことを考えていた。



「ちなみに王太子が列車に乗って通学って、大丈夫なんですか?」


「誰かしら護衛が付いていくの。いずれアインの専属が任命されるから、それまで待っててね?」



 アイン専属の護衛が任命されると聞いて、アインは納得した。

 王太子を一人で列車に乗せるなんて言う馬鹿な話は無かったのだ。



「でもちょっと楽しみになってきました。あまり同年代の人と関わることってなかったので」


「そうね……ごめんねアイン」



 アインは同年代の友人が0だった。

 クローネを加えるならば1だが、それでも彼女はそばにいない。



 そんな状況にしていたことをオリビアが謝罪する。



「お母様の責任じゃありませんよ。でも……王都の学園ってどういうところなんですか?」



 オリビアが再度謝罪をする前にアインが会話の流れを変える。王都の学園について教えてほしかった。



「そうね!どんな学校か知りたいわよね。じゃあ説明しますねアイン」



 オリビアがアインへと王都の学園についての説明をはじめる。

 学園の名前はイシュタリカ王立キングスランド学園。キングスランドとはイシュタリカ王都の名前で、それをそのまま使っているらしい。

 学校の名前に王立とついているが、国立キングスランド学園もあるらしい。正直紛らわしいので名前を変えてほしかったとアインは思った。



 王立のほうは学園に王立とつくだけあって、最高権力者はシルヴァード。国立はイシュタリカの国としての運営がされている。

 王立のほうが勿論レベルが高く、入学するのも一苦労。そして生徒数も国立の半数に満たないと言う。



 ちなみにアインが入学する予定なのは、もちろん王立の方だ。

 とはいえ何もせず入学ができるわけではないようで。



「試験ですか」


「こればかりは不正できないの。だからアインが頑張らなきゃいけないわ」



 選択式の試験を受けろと言う話だった。

 計算でもいいし、歴史でもいい。あるいは法学など一つの分野に秀でている場合でも入学は可能とされていた。

 勿論魔法で自分を売り込むこともできた。



「うーん、つまり俺の場合強みなのは毒素分解EXと暗黒騎士なわけですが」


「正直暗黒騎士のスキルを使ったとしても、バレないと思うの。実際に目で見たことがある人達がいるとは思えないわ。だから大丈夫だとは思うけど……何かあってからじゃちょっと面倒なことになるかもしれないから、でも毒素分解EXもまだ秘密になってるのよね……」



 普通であれば人に宿ることのない暗黒騎士。それを試験に使うのはやはりだめだった。

 そうなると毒素分解EXを使うこととなる。だがその毒素分解EXもその特異性からまだ公開する予定は立っていなかった。



「じゃあもう剣でやるしか……?」


「お母様としては折角のスキルを使えないのは残念でしかたないのだけれど、しょうがないわよね」



 何かに秀でた強さをみせろと言われて、アインは仕方なく剣技で勝負することにした。

 いつも城の騎士との訓練をしているようにその強さを示せばいいのだ。

 修練の賜物を得たほどの彼の努力、そしてそれを生かしての訓練の成果は、同年代どころかただの正規騎士程度であれば十分渡り合える実力を持っていた。



「お母様としては、剣の強さで競っても悪くないとは思うの。アインはもう城の騎士にだって勝てるようになってきてるのよね?」


「えぇそうですね。であれば合格できるでしょうか?」


「勿論よ。イシュタリカの騎士達だって、それなりに選ばれてあの場所にたどり着いたのだから」


「なら当日までに訓練で仕上げておきますね。ちなみにその入試っていつなんでしょうか」


「受験者数が多いから、7歳以下の子達向けのは毎月やってるはずよ」



 毎月やってるなら、ぱぱっと終わらせてしまおうとアインは考えた。

 後々になってから余裕がなくなってしまうと面倒だと考えていた。



「もうすぐ次の試験もあるし、アイン受けてみる?」


「えぇ。すぐに終わらせておきたいですし申し込みしてもいいですか?」


「わかったわ。それじゃ朝にでも必要な物は用意しておきますね」


「ちなみにその次の試験日は何時でしょうか」



 朝にでも用意をしておくといったオリビア。アインはそれを聞いて試験日は近いのだと考えた。



「あと1週間ないわね、大丈夫アイン?」



 想定よりも大分早い時間、だがいつも通りに剣を振るだけだから問題ない。当日までに体調も整えておけばいいのだ。



「大丈夫ですよ。来週の試験ということでお願いします」


「わかりました。アインなら大丈夫だと思うけど、お母様は応援してますからね!」




 *




 アインはこの数日間、入試を待ち遠しく思っていた。

 城の騎士との訓練同様に行えば良いと思っていたものの、それでも外部の人間にそれを示す機会であり、学園を自分の目で見てみたかったからだ。



 試験の当日。まだ専属の騎士が決まっていないアインは、クリスに護衛されて試験会場の王立キングスランド学園へと足を運んだ。

 前回魔石の店に行った時と同様、クリスは騒ぎにならないよう自分の顔を兜で隠し、近衛騎士の鎧ではなく個人所有の物を装備していた。

 余談だが、クリスの個人所有の装備のほうが、近衛騎士の鎧よりも0が増える程高価らしい。



 2人は城を出てから、王都最大の駅であるホワイトローズへと向かう。

 今回乗ったのは王族専用列車ではなく、普通の列車。

 学園が立ち並ぶ地域は、王立キングスランドだけではなくいくつかの学園が立ち並ぶ学園都市のようなもの。

 そこへ向かう列車に乗り込む。



 15分もしないうちに到着した場所は、多くの学生で賑わい混雑している。

 王立キングスランド学園の受験は毎月行われており、数多くの受験者がイシュタリカ中から集まってくる。

 だがそれを差し引いても、他の学園の生徒たちもかなりの数が歩いており、アインはそのことに驚愕していた。



「こんなに人いるんですね」


「ここは王都の中にありながらも、学園都市と呼ばれる地域です。生徒はもちろんですが研究に関わるものや教師、保護者も訪れるのでいつでも混み合っていますよ」



 アインの疑問にクリスが返答をする。

 アインとしては、いつもこんなに混み合っていると聞いて少しげんなりしてしまう。



「混み合うのはあまり好きじゃないですけど、とりあえずは合格目指して頑張りますね」


「アイン様なら合格できると私も信じておりますよ。さぁこちらへどうぞ王立キングスランド学園はこっちの方向ですよ」



 そうしてクリスに連れられてアインは試験会場を目指す。

 周りを見てみれば、騎士を護衛として連れている人を何人かみかけた。

 貴族の子もこの学園都市の学校へと通っているのが基本らしく、給仕や騎士をつれているのは当たり前の光景だとクリスが説明した。



「たしかロイド様の子も王立キングスランド学園へと通っているはずです」


「……えっ!?」



 何やらクリスが重大な事をサラっと口にした。

 アインもあまりの事実に反応が出来ない。



「ロイドさんの、子……?え?ロイドさんって結婚してたんですか?」


「あ、あれ……ご存じありませんでしたかアイン様。てっきりもう聞いているものと思っていました」


「いえ全く。微塵も聞いてませんでしたが」


「う、うぅん……どうしよう」



 クリスがどうしようかと悩み始める、このことを自分が説明していいのかと悩んでいるようだ。



「アイン様だからいいよね……問題もない、うん。アイン様、実はロイド様の奥方にはアイン様もお会いしてますよ」



 小さな声で問題ないと確認したクリスが説明を続ける。



「っ!?嘘だ。嘘ですよね?」


「オリビア様に毎日お茶を淹れている方ですよ。ロイド様の奥方は」


「ま、マーサさんがっ!?あの小さなマーサさんと大きな獣みたいなロイドさんが夫婦!?」



 あまりに事実に、いつもの落ち着きを失うアイン。

 小さな可愛らしいマーサと、野獣のようなロイドが夫婦と言われて全く理解できなかった。



「落ち着いてくださいアイン様。その様に思われる人は多……確かに、皆がそう思いますが」


「ですよね?微塵も夫婦っぽさを感じなかったのですが」


「二人とも城内ではそういうスタンスのようです。お二人とも立場がありますから、城内では節度を保ち夫婦のような姿を見せないようにしているようで」


「そ、そうなんだ。うんまあ……いいよね。仲がいいなら」



 夫婦と見えるような会話もなし、行動もない、それで全くアインはイシュタリカに来てからずっと気が付くことがなかった。

 今思えば、アインは基本的に城内で生活しているため城外で皆がどう過ごしているかなんてわからなかった。



「お二人が休暇の日なんかは、一緒に買い物に出ている姿も見かけられますし。夫婦仲はいいんじゃないかと」


「俺が知らない所でそんなにいろんなことが」



 若干混乱して、テンションも下がってしまったアイン。



「ちなみにロイド様の前で野獣みたいと言うと、ロイド様簡単に落ち込むところあるので注意が必要です」



 そんな会話を続けてるうちに、試験会場である王立キングスランド学園へと到着した。

 アインとしては衝撃の事実を知った後ではあるが、切り替えて試験に臨もうと気持ちを引き締める。

 受験者が進む場所には護衛は入れないようで、途中でクリスと別れアインは中へと進んだ。




 *




 アインが臨む試験は戦闘に関するものだ。武器の使用はどういった武器であろうとも許可。ただ刃の部分などの危険なものは潰したものを利用するのが条件。そしてスキルの利用も可能、ただし炎を出したりといったような、空間に作用する魔法は禁止とされている。



 そのためアインが持ち込んだのは、使い慣れていた訓練用の木剣。それを用意し、自分の番が来るのを今か今かと待っていた。

 試験内容としては、試験官との一対一の戦いにおいて"優秀"な成績を残すこと。

 優秀の定義はなかなかに難しいが、実際に戦う試験官とは別に二人の試験官が様子を見ており、最終的に3人で合否を決める。



「やぁあああ!」


「なんだその振りは!貴様に剣を教えた者の質もたかが知れると言うもの。もうリタイアして帰ったらどうだ?!」


「(なかなか口悪い試験官だなあ)」



 ここ王立キングスランド学園の戦闘試験の試験官は、数多くの挑発を行う。

 挑発された受験者がどう行動するかを見る。落ち着いて行動できればそれもよし、激昂したとしても強さを示せれば勿論合格。ただ涙を浮かべるような軟弱な者は不合格だった。



 彼らとしても多くの挑発を行うが、もちろん本心ではなくあくまで試験のために行っていた。



「くっ……そぉ……」



 そして自分の腕があまりにも通用しないことを悲しみ、涙を浮かべてしまう受験者。こうなればもう試験は終了だった。



「貴様は不合格だ。次の者来い!」



 アインはこのやり方については納得できなかったが。

 それでもこうして実力以外にも精神力なども調べているのは、上位の学園としては仕方がないことだろうと思い理解だけはしていた。



「お願いします!」



 次の受験者が前に出た。ここ王立キングスランド学園では受験者は名乗ることはできない。

 名前を出すことにより、学園運営に関係している貴族が優先させて入学などをできないように、いくつかの対策がされているのだ。名乗ることができないのもその対策の一つ。

 おかげでアインとしても気持ちは楽だった。



「貴様も同じく不合格だ!王立キングスランド学園に相応しくない!次!」



 そうこうしているうちに、アインの番が来てしまう。

 全く緊張していないとは言えなかったが、アインとしてはリラックスしていた。

 試験官は、名門の王立キングスランド学園というだけあってそれなりの実力者だった。



 いつも訓練の相手をしてくれていた城の騎士よりかは強いように見える。だが自分の強さが通用しないとは思わなかった。



「お願いします」


「来い小僧。合格を勝ち取って見せろ」



 そう言われ、アインは距離を詰め木剣を振るう。



「っほぉ……やるじゃないか小僧。今日一番の速さだ」


「それはありがとうございます。続けますよ」



 アインは意にも介さず、攻撃を続ける。

 足を狙い、関節を狙い、首を狙う。狙いを固定せずいくつもの部分を攻撃し、相手に次の攻撃を読ませないようにした。



「ふん。子供の一つ覚えに攻撃カ所を分散させたところで意味はない、通用しないぞ!」


「っぐ……」



 体格にも差があり、アインが横腹に軽く一撃を貰う。

 ステータスは高く優秀なアインだったが、ここで経験の差が出た。



「自分のステータス頼りだな。技術が追い付いていない、どうする続けるか?それともしっぽを巻いて帰るか?」



 一撃食らった物の、軽かったためアインはすぐに復活する。

 試験官の挑発なんて全く意に介していなかった。



「いえ。まだお願いします」


「ふんっ!身の程知らずめ、貴様の師は大した者ではなさそうだな!」



 この挑発にはカチンと来ていたアインだったが、なんとか自制を保てた。

 だがこの言葉に対しては、試験のための挑発と言えど自分の強さを示さねばならないと感じた。

 今まで自分に剣を教えたロイドやクリス、城の騎士達との時間が無駄にされるのはひどく不快だった。



「やってみなきゃわかりませんからね。続けさせていただきます!」


「生意気な小僧が。これだから親の教育がなっていない小僧は嫌いなんだ!」



 ……。

 暗黒騎士を使う、アインはそう決めた。

 それで多少面倒ごとになっても知らない。試験のための挑発とは言え、オリビアを侮辱されたことにアインは我慢することをやめた。

 今日は体も調子がいい。使うことがなかった魔力も十分足りている。暗黒騎士を使うことに何の問題もなかった。

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