意外とあっけない魔物とロマン武器
アイン達を運ぶ馬車は、数十分程の時間で目的地である王都近くの森へと到着した。
今日は天気が良く空も快晴で、森の空気が心地よかった。
「到着ですぞアイン様」
「お気をつけてくださいね。さぁどうぞ」
クリスに手を取ってもらいアインが馬車から降りる。
そうしてアインが目にしたのは、緑が美しい、鳥の声が聞こえてくる綺麗な森だ。
「綺麗なところですね。魔物がいるように思えません」
「綺麗なところではありますがそれでも魔物はおりますよ。危険がある魔物はおりませんが、それでも警戒するのは忘れないでください」
クリスの忠告を受けて、アインも気を引き締める。
魔物が出現する場所な以上、何が起こるかわからないのだから。
「では私が先導致しますのでアイン様は続いていらしてください。クリス殿、後ろを任せる」
「承知しました」
ロイドが先導することとなったため、アインはその後ろを歩くことになった。ロイドやクリスのことを知っているイシュタリカの人間からしてみれば、これほど頼もしいことはなかった。
「ところでロイドさん。この森ってどんな魔物が出てくるんですか?」
「そうですな。よく出現するのはフォレストラット、大イモムシ、緑スライムといったところです」
名前を聞いてもどんな魔物かはよくわからなかったが、クリスがアインへと情報を補足した。
どうやらフォレストラットは80cmほどのネズミで、集団行動よりも単独行動を好む。
大イモムシは1mを超えてくるサイズのようだが、動きが鈍重で攻撃性も低い。ただ警戒すると玉ねぎを刻んだ時のように、涙が出てくる毒を噴出する。
緑スライムは文字のごとく緑色のスライム。敵と認識した存在へと覆いかぶさり窒息させてくる。ただ体が大きいわけではないため、覆いかぶさられてしまっても手で掻いて抜け出せるし、魔石と核の位置も透けていて見えるため、そこを攻撃すればあっさりと倒せる。
「初戦としては安全でいい感じですね」
アインは決して基本的には無理をしない性格だ。そのため今回のような機会は彼にとっても丁度良いバランスに感じられる。
「アイン様は城の騎士とならば、もうすでにしっかりと戦えるまで成長なさっている。なので我々としても手出しは致しません。もちろん危険な状況となればお守り致します」
「ありがとうございます。安心して戦えます」
*
「う、ううん……ロイド様。どうやら物足りない様子ですね」
「正直多少は予想していたのだ。騎士達とやりあえる時点でな……」
戦っているアインの少し後ろからアインを眺めている二人。彼の目に映っていたのは、大イモムシやフォレストラット達をものともしないアインの姿。
最初めてフォレストラットと対峙したときなんかは、どう攻撃しようか考えていた様子があった。
もちろん大イモムシを相手にしても同じく一手目を悩んでいる姿に見えた。
もうすでにこの魔物たちを相手にするにも、パターンじみた攻撃をしており相手にはならないように感じられる。
「よしこれで終わり。うん、ラットもイモムシもゲテモノだ。ハズレだなこれは」
そうアインが口にしているのはアインの楽しみの一つだった、魔物の魔石たちの感想だ。
ラットもイモムシも正直不味かったのだ。とはいえ緑スライムだけはアインの口にもあったようで。
「メロンソーダ?かな。なんでスライムからメロンなのか、そしてソーダなのか不思議でたまらないけどまぁ味は悪くない」
久しぶりに感じた味にアインは喜んだ。緑色のスライムからメロンソーダなんて出来すぎでは?と考えはしたものの、まずはこの味を楽しみたかった。
「魔石からの味は高級よりなのが多かったけど、緑スライムは違うんだね。スライムだから高級じゃないのかな?」
例えるならば、ファミレスのような店で飲むことができた、着色料の入った子供の好きなメロンソーダ。
いわゆる甘味料の利いたような味がしていて、このジャンク感がアインは心地よかった。
「はっはっは!アイン様!どうやら物足りない様子ですな」
「うーん。人間相手じゃないのでやっぱり感覚は違います。弱点も違いますし、行動に関して言っても似ているとは言えません」
「でしょうな。彼らは生命の危機を感じてアイン様を倒すか、逃げようと考えているでしょうから」
「えぇ。なので結構勉強になってます。城での訓練とは違って相手は命がけなのでこちらとしても対応は変わってますし」
弱い魔物故か、今日アインが戦ってきた魔物たちの狙いが分かりやすかった。
ラットは必ずアインの首元を狙って飛びついてくるし、大イモムシに関して言えば軽度の毒を撒いて木の上に逃げようとするだけだ。
そして緑スライムも、この3種類の魔物の中では最もスピードがあり危険性はあったものの、覆いかぶさってくる攻撃しかしてこなかったので、その時を狙って魔石や核を攻撃すればよかった。
「すでに攻略法は確立されていたようですね」
クリスが言うように、アインは既に自分なりの対処法を完成させていた。
単純な動きの魔物たちだったからこそ、決して難しいものではなかった。
「でも今日はこのぐらいの強さでよかったです。怪我もしないでいい経験になってますから」
「それはなによりでした。次回からはもう少し強いのがいる場所へと行ってみましょうか」
「お願いします。二人のお陰で俺も安心して望めますよ」
アインはそう口にしながら、近くにいた緑スライムを見る。
そろそろ帰ろうとしていたところだったが、最後にちょっとくらい技を試してみようと考えていた。
そうしてアインはカティマ特別製の爪を取り出した。
「あ、アイン様それは」
「折角なのでこれも実践で使ってみようかと思いました。やめたほうがいいでしょうか?」
「いえ問題ありませんぞ。私としても実際に使う姿を見てみたくもあります」
ならよかったですと言い、手に持ったその爪の根元から、黒い触手のような腕を出現させた。
「ほうこれが例の暗黒ストロー」
「こんな外見なのにストローなんですよねアイン様……」
なにやらクリスはネーミングに不満のようだが、アインとしては逆にそれが不満だった。
いいじゃないか、こんなすごそうなストローが一本ぐらいあってもと思っている。
現在ver.2が開発中であり、その方向性についてもカティマとアインの二人の間で議論が続けられている。
「よし。っ・・・・いっけぇ!」
掛け声を上げて伸ばされた"暗黒ストロー"は緑スライムの体、魔石のすぐそばに突き刺さった。
そして人間にとっての毒素を分解しながら、吸収の動作によりその魔石の中身が吸われていく。
「このようなスキルは初めて見ましたな……なるほど、光る泡のようなものが魔石の生命力や魔力か」
緑スライムは暗黒ストローが突き刺さったと同時に、軽く震えながら逃げようとしたものの、突き刺さったダメージも関係してかすぐに動きを止め、ただ吸われるだけとなった。
「やっぱりこの技ちょっと怖いですよアイン様……」
「そうですかね。見た目はたしかに黒くて威圧感がありますが」
「いえどちらかというと魔石を吸ってる様子のほうが」
男の子の手から出ている黒い触手が突き刺さり、倒れている魔物から中身を吸いだしている様子はなかなかに物騒だった。
「まぁ威圧感があるのは否定できませんな。とはいえ強力な技があるのはいいことではないかクリス殿」
「えぇまぁそうなんですが。そうですよねアイン様がお強くなるのが一番ですから」
暗黒ストローを使って吸った魔石は、やはり取り出して吸うよりもどこか味のグレードが上がっているような感じがした。
*
森に来てしばらくが経ち、そして結果としてもアインの狩りも順調だった。すでに日が沈みかけていることもありアイン達はそろそろ城へと戻ろうと話していた。
「ちなみにアイン様。ステータスに何か動きはありましたか?」
「緑スライムをいくつか吸っていたら変わったみたいです。どうやら魔力が本当に少しだけ上がっていたみたいです」
狩りが始まるまでステータスの変動に期待はしていなかった。だが緑スライムを続けて吸っていた時、微量ではあるものの魔力の上昇を確認した。
「さすがに難しいですね。そう考えるとやはりデュラハンの魔石の前にいくつか弱い魔物たちの魔石を吸っていただくのが最善でしたね」
「クリスさんが言う通りではあるのですが、もう仕方がないですからね。どうしても欲しいスキルがあればその魔物の魔石をなんとかたくさん用意することにします」
「それしか無いようですな」
クリスが口にしたように、デュラハンの魔石を吸収する前に弱い魔物達、緑スライムのような魔物でもいいので吸っておけば、今では多くのスキルがあったのではないか。そう考えてしまうのも無理はないが、今となってはどうしようもなかった。
「それでは馬車に戻りましょうアイン様」
「わかりました。二人のおかげでいい狩りができました。ありがとうございます」
そうアインが礼を言い、ロイドとクリスが微笑みながらとんでもございませんと返事をした。
「そういえばアイン様。暗黒ストローですが、あれに使われている爪はなかなかよいものでしたな」
ロイドが暗黒ストローについて思い出した。カティマ特製の暗黒ストロー用の爪、それはロイドから見ても強い攻撃力だった。
「確かにそうですね。カティマ様特製とのことですが一体なにが使われているのか」
「知りたいですか?」
少しの笑みを浮かべ、聞きたいかといったアイン。
興味を持っていたロイドはそれに、もちろんですと返事をした。
「龍種の爪に、ミスリルのメッキが施されてますよ。なんの龍だったかはカティマさんも忘れたと言ってました」
「え、えぇそんな高価な素材で作られていたんですかそれ……」
勿論クリスとしては驚きを隠し切れない。
龍種の爪というだけでも、ピンキリであるもののそれでもかなりの額はする。それ以上にミスリルをメッキにしてしまうという使い方にも驚いていた。
「吸収のような、伝導率を求めるスキルにはミスリルは打ってつけでしょうな。龍種の爪というだけでも驚きですがミスリルまで用意してしまうとは」
ミスリルはイシュタリカでも高価な素材だった。
それで装備でも作ってしまえば一生モノといわれるほどの質と強さがあり、値段も一生ものだ。
レイピアのような細剣を全体ミスリルで作っていれば、素材だけでも1000万Gに到達することは珍しくない。
今回のアインの爪の場合、メッキのため原材料で言えばミスリルの金額は驚くほどではないが。それでも龍種の爪とミスリルの組み合わせにはロイドもクリスも、衝撃を覚えた。
「ロマンをおい求めるニャ!とカティマさんが作ってくださったんですよ。正直魔石とかも含めて結構な金額になってるので申し訳なく思ってます……」
「まぁカティマ様もあれが趣味で生きがいですから、ねロイド様?」
「う、うむそうですぞアイン様。それにアイン様が来てくださって以来、カティマ様も常に楽しそうで我々としても喜ばしい限りです」
「そう言っていただけると助かります。っと着きましたね」
爪の説明をしているうちに、騎士が待つ馬車までたどり着いた。
最後にもう一度アインが礼を言い、今日の狩りは終了した。今日の狩りの結果を考えると、怪我無く良い経験が出来たため、アインとしては成功だった。
*
「アムール公。イシュタリカの船が到着致しました」
エウロ公国に、ついにイシュタリカの大型船が到着した。その数は2隻。
その船はプリンセスオリビアと比べれば小型だったものの、それでもエウロが保有するどの船よりも大型で、力強さを感じさせた。
「わかった。私も迎えに向かうとしよう」
イシュタリカからの客人を迎えるにあたって、失礼があってはいけなかった。
そのためアムール公が直接イシュタリカの人間を迎えることとしていたのだ。
イシュタリカからくる者達は、取引についての最終確認等も行うための文官たち。また護衛の騎士や海結晶を調べるための調査団。多くの人員が動員されている。
文官たちに関して言えば、イシュタリカでも上位の者達が動員されている。
「しかしここまでくると本当に実感が沸いてきますな。まさか我々がイシュタリカと公式に取引が行えるなど」
「うむ。あまり口にはできんが私も実感が強まってきた」
アムール公が住む城のそばに停泊された2隻の船。
その威圧感や、船の作りを目の当たりにして、イシュタリカの強さを理解した。
「アウグスト大公についてはどうなっている」
「はっ。あと数日で到着です。到着なさいましたらイシュタリカの方とお顔合わせをして頂き、船へと移っていただく流れです」
「よしでは特別問題はなさそうだな」
アウグスト大公はゆっくりとではあるが、イシュタリカへの道のりを進んでいた。
「アムール公!イシュタリカの方達がお降りになられています、お急ぎください!」
「あぁわかった!」
まずはイシュタリカからの客人たちを丁寧にもてなそう。
この取引を問題なく終わらせなければならない、そう思ったアムール公は急ぎ足でイシュタリカの使節団を迎えに行った。
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