想い
アインにとっての怒涛の一日が終わった。
離縁騒動から始まり、イシュタリカにやって来る。
到着してからも多くのことがあった。
濃密すぎる一日だ。
「つ、疲れた……」
「ふふふ、お疲れさまでしたアイン」
「いえお母様もですからね?」
時間は夜の10時頃。
ハイムでは夜の勉強の後寝ていたため、ベッドに入るにはいつもより少し早かった。
だが体の疲れに耐えられず、アインはオリビアの部屋で共にベッドに入った。
「お母様。少し寝る前に聞いてもいいですか?」
「えぇ勿論ですよ」
「ならまず一つ、俺は……アインは人間なんですか?それともドライアドなんですか?」
アインが考えたのは自分の種族。人間のようにしか見えなかったが、ドライアドの種族スキルを引き継いだと言われて混乱していた。
「人間の男の遺伝子と、私と言うドライアドの遺伝子から産まれた"ハーフ"です。半分人間で半分ドライアドですよ」
「では俺はお母様のお腹から産まれたんですよね?」
「うーん……ええとね」
アインは扱いとしてはハーフだという。
つまり俺は"半分だけ人間"ということになる。
だが、オリビアの腹から産まれたという言葉には少し違いがあるようだ。
「根分けや株分けという言葉を聞いた事あるかしら?」
「初めて聞きました。でも言葉の通りなら根を違う場所に分けて、そこから発芽させるということですか?」
「うんうん。大凡そんなイメージで大丈夫ですよ。アインの産まれ方はまさに根分けなんです。確かに私の体の中で育ちましたよアインは」
「そうだったんですね……。では、普通の人間のように分娩されて産まれたんですよね?」
オリビアの体の中で育った。
これを聞いたアインはようやく自分の産まれ方を理解し始める。
「あぁそれは違うの」
「え?」
「産婆さん達がたくさんいたけど催眠で隠したもの。産むときだけドライアドの体を出したの。じゃないと産めなかったから。アインのことを15歳とかの大きな子として産もうとしたら、しばらくドライアドでいなきゃいけなかったのだけどね」
「正直お母様が今ドライアドの体じゃない理由がよくわからないです……お母様はドライアドなのに、なんで人間の体なんでしょうか」
「ふふふ。それも後で教えてあげますね?……アインは私のドライアドの体、その足元から伸びる小さな木にできた、木の実から産まれました。その小さな木はアインのドライアドとしての姿ですね」
アインは思った。
なにそれすごい、そんなファンタジーなことあるの?と。
とはいえここはそういう世界だったことを思い出して納得した。
しょうがないよねモンスターまでいる世界なんだし、産まれ方なんてたくさんあるよ……と。
「それはなんというか。自分が知らない世界の話みたいで言葉にできません」
「交わってできた子は、ドライアドの体の時でもきちんと人間と同じ場所から産まれるのよ?足元とかに木が巻き付いてるだけだものドライアドなんて」
だけだものと言われても、それがアインにとってはすごく感じられる。
「もうそういうものだと理解することにしました」
「アインはいい子ね」
「それで体が人間なのはどういったことなんでしょうか?」
「ドライアドは半分妖精みたいなものだもの、草木を隠すことぐらい別になんともないのよ」
なんというご都合主義だとアインは考えるが。
実際魔法はあるわ魔物はいるわで、そういう世界なのだから納得せざるを得なかった。
「だって足元が木だったら歩きにくいと思わない?」
「まぁ確かに……」
「アインもきっと成長すればドライアドみたいに木を出したりできると思うわ」
「どちらかというと俺は人間よりなんですね」
「えぇそうですね。木になれなくても何も困ることなんてないのよ?むしろ木の体のほうが不便というか……」
オリビアがぶっちゃけてしまう。
実際、木の体になったからといって特別何かが優れているとかではなかった。
「では最後に一つ。いいでしょうか」
そういってアインが真面目な顔になった。
それまでベッドに横になりながら話していたが、体を起こす。
オリビアもそれに合わせて体を起こし、アインのことを見た。
「えぇ。もちろんよアイン」
「お母様は、俺の能力をラウンドハートの人に……父上達に伝えられましたよね?」
「……えぇ」
「まだあります。お母様は優秀な人だった。それもイシュタリカで死活問題であった海結晶について、単独で調査をして見つけることができた程に」
「……そうね、その通りです。恨まれても文句は言えません」
オリビアが静かに頷くのを見て、アインは続ける。
「だったらなぜそのことを伝えなかったんですか!それが伝えられていれば……っ」
アインが思うのはなぜそれをしなかったのだという思いだった。
オリビアがアインの能力の使い道を黙っていたこと、オリビアが自分の優秀さを発揮しなかったこと。
「ごめん、なさい……」
「えぇそうです。お母様がこれをしっかりと話してくれていたら……きっと」
「……うん。アインのことも違ったことになっていたと思うわ」
オリビアはアインの考えること。それがしっかりと理解できた。
自分がこういう道を取らずに別の道をとっていれば、また違う結果だっただろう。
アインが父にも見放されず、ラウンドハート家でも"それなり"に幸せに生きられただろうと。
「俺?俺じゃないですよ……俺が嫌だったのは、お母様まで蔑まれていたことです。俺は別に耐えられた、でもお母様があんな扱いを受けるのは耐えられませんでした!」
だがアインが考えることは違った。
アインにとっては、母であるオリビアが幸せそうにしてくれるのが一番であり、そのために自分は努力をしていたのだから。
「ア、アイン……?怒っていないの?」
「見てわかるでしょう。怒っていますよ!あんなにお母様のことを心配していたのに……全く」
「ごめんねアイン、だってあの家にいるよりイシュタリカに来た方がアインが幸せだと思ったから。だからアインに辛い思いさせてしまっても、こうしようって……」
「だったら普通に過ごしてから、お母様についてきてましたよ。今回みたいな強引な帰国だろうとも、ラウンドハートからの逃避行だろうとも」
「ほ、ほんとに?」
お母様も不器用なところがあるのですね、と。
アインは病的なまでといってもよいほど、母のオリビアを愛していた。
その"理由"を知る者はここにはいないが、それでも今この気持ちは本当だった。
「全く……お母様程頭の良い人なら、もう少しあったのではないですか?お母様が蔑まれることなく過ごせた方法も」
「でもそれだと、時間がもっとかかったから……早くしたほうがいいと思って」
「そうですね。まぁいいですよもう。これに関しては価値観の違いだと思います。俺にとってはお母様が、お母様にとっては俺が大事だったというだけのことです。そういうことだったのでしょう……すれ違いだったと思うことにして、今回だけは許します。次はだめですからね!」
そうアインが口にすると、オリビアはきょとんとした顔をしていたが。
涙を浮かべながら微笑んだ。
「うん。ありがとねアイン……ごめんなさい」
「いえ大丈夫ですよ。ただ今度からいろいろ相談してくださいね」
はたから見ると随分と達観した五歳児だが、オリビアの子だと思うと周りの人間も特に不信には思わなかった。
オリビアとしても頭のいい子、としか考えないほど溺愛していた。
そしてアインは、自分が前世の記憶があると伝えるべきか迷っていた。
*
「やっぱりリプルは美味しいですね。これモドキの魔石ですけど。味はむしろ濃厚な気がします」
「ふふ、それはよかったわ。ねぇアイン?」
「はいなんでしょうか?」
「お詫びにしては弱いけど、一ついいことを教えてあげますね?」
先程のアインの気持ちを伝えるやり取りから30分程度後。
なんとなく寝付けなくなったアインはオリビアと紅茶を飲んでいた。
勿論用意したのはマーサだが。
アインのそばには、リプルモドキの魔石が用意されていた。
もうすでにおやつのようなものとしており、リプルの瑞々しい香りと少しの甘酸っぱさが、喉をスッキリさせるのに丁度良かった。
アインはそれを手に取り吸収していく。
「いいことですか?」
「えぇいいことです。デュラハンの魔石は美味しかったのよねアイン?」
「それはもうすごい美味しさでした」
デュラハンの魔石、たしかにコーヒーのよう良い味だった。
だがその味の質は、まさに並び立つ物が無いほど感動的に感じた。
麻薬といってよいほど甘美な、中毒性を引き起こす味。
「……謁見の間の天井にはね、あれよりもっと大きな魔石が埋め込まれているのよ」
「もっと大きな魔石ですか?それって一体……」
「魔王よ」
オリビアが言うには、謁見の間には魔王の魔石が埋め込まれているという。
これがイシュタリカにとっての、一番の秘宝にして国宝。
その強さは尋常じゃないらしく、国の危機のために配置されているらしい。
「魔王っ!?そ、それはまた……なんとも強そうです」
「あらアイン?強そうなだけかしら?」
「とても美味しそうですね!」
アインはしっかり味についても考えていた。
どれほど美味しいだろう、どんな味がするのだろう……メインディッシュかな?それともデザートかな、いろんなことを考えていた。
「でもさすがにあれを食べたらお父様が怒りそうなのよね……」
「確かにそうですね、会議室で話していた時もやめてくれと言われましたし」
「500年ぐらい前に討伐された魔王らしいわ。大陸イシュタルに突如として現れたって……その場所はここからはすごく遠いんだけどね?」
「随分と昔ですね。でも魔王ですか、想像できないけど強そうです」
「当時のイシュタリカの実力者の半数が死んだと伝えられるほど、強敵だったらしいの。きっとアインにとってもすごい美味しいんだと思うけど……うーん、さすがに駄目よね?」
魔王の魔石と聞いてアインは歓喜したが、さすにが食べたらやばいと感じた。
国の防衛の最終手段のようだし、それを食べてしまったらシルヴァードといえど怒るではすまさない気がする。
「今度匂いを嗅ぐだけで我慢します……」
「無意識に食べたら駄目よ?」
「謁見の間に入るときは、満腹にしてから参ります」
「それがいいわね」
クリスが言うには、吸収のスキルに関してもある程度制御できるようになるらしい。
そのための訓練もして頂きますと言われていた。
アインにとっては、無意識に被害を与えてしまわないようにするため、必要な訓練だった。
「ところでアイン」
「はいなんでしょう」
「クローネ様とあと……うーん、もう一人ぐらいまでなら許してあげますね?クローネ様は頭も良くて綺麗だからいいと思うの」
「は……?ええと何のことでしょうか」
「将来のお妃様のことよ。お母様のことは、そうね……しっかりそばでアインのことを見守らせてくださいね?」
「えぇもちろんお母様のことは大事に思ってますが……なんでクローネが」
唐突にアインの将来の嫁について話し出すオリビア。
彼女の中では、許すのは二人までらしい。
「でもクローネだと俺の立場低すぎて……あっ」
「立場ならアインのほうが大分上だもの、気にしないでいいでしょ?」
「確かにそうなっちゃったようです」
「二人目はクリス……うーんあの子はいい子だし綺麗なんだけど、ポンコツだものね……まぁいずれきちんと考えましょうか、それじゃ今日はおやすみなさいアイン!」
何やらクリスの名を口にするオリビアだったが、話を続けることなくそこで終わらせる。
そう言って横になるオリビア。
もう今日の話は終わりというアピールだろう。
「クローネか、今頃なにしてるだろう」
遠い他の大陸で過ごすクローネを考える。
第一印象のすごい女の子だった。
頭が良くて綺麗な彼女は、アインにとってすごく魅力的だった。
*
「母の愛を知らずに育った子、のう……」
アインがこの世界に生を受ける前、ガチャをまわした白い空間で神は一人考えていた。
孤児院で育っていたアインの前世。
前世の記憶はほぼ消去されているが、それでも母の愛を欲しがったのは変わらないのだろうか。
「異常というのは可哀そうじゃが、それでも通常とはかけ離れた母への愛」
アインの前世が孤児院で過ごしたのには理由がある。
産後の母が、出血多量や血圧の低下により亡くなった。
その後、その子を見ていると苦しくなった父が子育てを放棄し、孤児院入りした。
「無意識に残っていたのかのう。母を求める気持ちが……後悔の念が」
自分を産んだことで死んだ母。
その母のことを思うと、どうしても母を誰よりも大事にしようという気持ちが強くなった。
そうなったのではないかと神は考えた。
「赤子がそんな記憶を持っているはずもないし、今のアインその記憶をもっている訳でもないしの。分かるはずがないのだが」
それでも……。
それでも彼のオリビアへの愛は、前世の影響が少なからずあるのではないかと考えてしまう。
魂になにか影響があったのか、それともアインという彼自身がそういう人間だったのか。
これまでアインを見守ってきた神。
彼を見守り続けよう、そう彼女は心に決めた。
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