城に着いてから[前]

「承知致しました、それではどうぞお進みください」



 なんかもうすごい、本気ですごいところに着いた。

 端が見えないほど大きくて高い……純白の城、なるほどこれがホワイトナイト。



 馬車に乗っているときは窓を開けていなかったから、外部の状況があまり理解できなかった。

 城の門番達から見えない部分の窓をチラッと開けて、様子を窺うと見えたのが、このホワイトナイトというイシュタリカの城。



 今はクリスさんが入城するための会話をしていた、王族の馬車ならそのまま入るのかと思ったら違うのね。

 会話が少し聞こえてきたけど『近衛騎士団副団長クリスティーナ・ヴェルンシュタイン。護衛の任務を終え帰参した、引き続き入城する』……なるほど。



 近衛騎士団の副団長ですって、かなりのエリートでした。



「お母様、クリスさんってかなりの実力者なんですね」


「昔から強い子だったけどすごい昇進してるみたいだわ。あんなにポンコツ……いえごめんなさい、ドジな部分もあったのだけど、副団長にまで上り詰めたなんてすごいわ」



 ポン、コツ……?

 あんなに仕事できますオーラだしてる綺麗なお姉さんが……?

 嫌いじゃないですね。

 今はもう治ってしまったのだろうか、いずれ化けの皮を剥いでやると誓う。



「さぁそろそろ降りますよアイン。忘れ物はないかしら?」


「お母様。実際荷物はないようなものですよ」


「あらそうでしたね、うっかりしていたわ……ふふ」



 それもそうだろう、離縁騒動からラウンドハート領に戻っても、家には戻らずそのまま素通りしてここまできてるんだから。

 荷物と言えばステータスカードとか、身分を証明する書類がはいった小さな財布ぐらいだ、でもこの身分証も既に意味がない気がしてならない。



「それではオリビア様……いえ、姫。そしてアイン様、足元にお気をつけてお降りください」



 姫?あぁほかの人もいるからってことなんだろうか。

 今までオリビア様だったから、急に姫になると少し違和感ある。

 昔から護衛をしていたと言うし、仲がいいとかなんだろう、公式の場ではきちんと姫と呼ぶあたり分別をつけているようだ。



「えぇありがとう……久しぶりね、やっぱりいいところ。帰ってきたって感じがするもの」


「……すごい」



 至る所に模様づくられた水路に、美しく生えそろった芝生、作りとしては石材?がメインだ。

 土がある場所といえば芝生の裏にあるぐらいだろう。



 その美しい姿が長く広く続いている、また近くでみる城の大きさは本当に首が疲れるほどに巨大。

 中央にある城内部へと続くであろう道、そこに止められた馬車から降りた俺が見たのはそんな光景だった。



「キレイでしょうアイン?さぁこれからたくさん……いくらでも見られますよ、だから先にお部屋に行きましょうね」


「は、はいわかりました。付いていきます」


「姫このまま真っすぐお部屋へ?」


「えぇいいでしょう、私の家だもの。問題あるかしら」


「ございません。ただ驚く者が多いかと思いますので」


「そんなことに目くじらなんて立てません。それじゃもう何もないわね?」



 オリビアはもう早く部屋に行きたいのだろう、今までにない勢いでクリスを急かす。



「えぇお待たせ致しました。ですが勿論私は護衛は続けますが」


「昔から言ってたのに、城の中なんて安心ですよって」


「ではこちらも申し上げましょう。昔から言い聞かせて参りました……万が一があってからでは遅い、と」


「はいはい覚えてます……じゃあ一緒に行きましょ」


「お供致します」




 *




「これはクリス副団長、昨日からどち……ら……に……?」



 騎士がクリスを見て事情を尋ねた。

 その際に隣にいた女性に気が付き、見覚えがあるなといった顔をした後……一気に驚いた顔に変わる。



「護衛任務だ、何か問題はあったか」


「い、いえ何一つございませんでしたが強いて言うならば……護衛対象のお方についてなどは」


「私よ」


「や……やはりオ、オリビア様っ!?いつお戻りに……っ!?」


「今朝ついたのよ、あぁそうねついでに頼み事してもいいかしら?」


「え、えぇもちろんでございます何なりとお申し付けください」



 城の扉を開けてすぐそばにいた騎士が驚く、驚くだけではなく戸惑いどうすればよいのだという視線をクリスに送った。

 クリスは静かに俯き、騎士はとりあえず王族の方に対するご対応を……という風になんとか意識を向け持ち直す。



「誰に頼もうかと困っていたの。マーサを呼んでください、私の部屋にくるようにと」


「承知致しました、至急でございますか?」


「えぇ早い方がいいわ、お願いしますね」



 最後に返事をして騎士がマーサという人を呼びに行った。

 足取りを見ると、少し焦っている様子だ。



「さぁ行きましょうアイン」


「たくさん驚かれそうですね」


「仕方がないですね、急に帰ってきちゃいましたし」



 他国へと嫁いでいった王女が急な帰国をしたのだ。

 驚かないはずがなかった。



「姫がハイムへと嫁いだことはイシュタリカの民は知っています。とはいえそれ以上のことは城内の騎士達にも発表しておりません。イシュタリカのためということしか伝えていないので」


「なら安心だわ……万が一がなさそうだもの」



 なるほどとアインは理解した。

 そしてもう一つ新たに分かったことがある。



「ではお母様、俺と同じく城の人間たちもお母様がハイムに嫁いだ"理由"まではご存知ないのですね」


「そういうことですよ」


「アイン様。その理由を知っているのは、イシュタリカでも多くても両手の指で収まるほどの人数だけですよ」


「(そんなに機密情報だったのか、どんな密約を交わしてわざわざあんなことをしたんだろうか)」


「夕方お父様と会う時にでもお話ししますね。だからまた待たせてしまうけど……もう少しだけ待ってね?」


「大丈夫ですよお母様、まずは部屋でゆっくりしましょう」


「アインは本当にいい子ね……うんうん、根をつけたくなってきちゃうもの」


「(根……?根っこ……?イシュタリカ特有の言い回しか、おそらくくっつきたいということだろう。

 はっはっは、いくらでもどうぞお母様)」



 暴走し始めたアインはふと考えた、そういえば。



「そういえば見事にお母様の家族に会いませんね」



 正直城に入ったらすぐに見つかると思っていた、そろそろ話も少し回っているだろうから。

 メイドと思われる格好の人たちや騎士はちらちら見かけるが、類に漏れずに驚愕の表情を浮かべていた。



「えぇそうね。何かしているんじゃないかしら」



 ね?とクリスのほうを向いて返事を待つ。



「陛下は特別な用事はありませんので、通常通りの執務に当たっているかと。王妃様は近くの町に視察に行っております」


「お母様はいらっしゃらないのね」


「はい。ですがカティマ様……第一王女殿下は陛下同様に、城内で執務中かと」


「(つまり俺にとって伯母さん。伯母様と呼んでも怒らないかな?お母様と同じく若い方なんだろうか……あ、俺お母様の年齢知らねえや)」


「お姉様ね、もう気が付いてるかしら?」


「執務というのは語弊がありました。研究室に行かれてる様子です。なので外の様子には気が付かないんじゃないかと」



「(お母様のお姉さんか、あとであいさつしなきゃ)」



 ところで研究室とか言ってるけど、王女が研究室に籠るってなにしてるんだろうか。

 こう考えていたアインを見て、クリスが何かを考えついた。



 そして俺のほうを向いて問いかけてくる。



「ところでアイン様、急に不躾ではありますが、何かお食事をしたいといったことはございますか?」



 唐突に食事の話をされたアインだが、正直腹は空いていた。



「(うん、そりゃ水列車に乗ってからは特に何も食べてないし……育ち盛りだからお腹は減りますよ?)」



 オリビアはアインが気遣われたのを知って、また少しご機嫌になっていた。



「そうねアイン、マーサが来たら軽食をと思ってたけど……ちゃんとしたの食べましょうか?」



 アインが返事をしようとしたところ、先にオリビアがクリスへ返事をする。



「ご迷惑でなければ是非」



 城の料理と聞いたら食べないわけにはいかないよね?と考えたアインは、それを楽しみにすることにした。



「えぇそうしましょう、私も食べたくなってきましたから。クリスがそういうことも気が付いてくれて嬉しいわ」


「光栄です姫様。少々気になったもので」



 だがアインがショックを受ける。

 そんなに空腹そうな顔していたのかと、少し恥ずかしそうな顔になった。



「い、いえアイン様っ!そのような顔をなさらないでください、しばらく口に入れている物も多くありませんでしたから……勘違いさせてしまい申し訳ありません」


「別にそんな顔してたとしてもいいんですよ、可愛いものじゃない」



 はい、たくさん食べて立派な大人になります、そう考えていたところに、マーサと呼ばれた人を呼びに行った騎士が戻ってきた。



「失礼致します姫、よろしいでしょうか」


「どうぞ」


「マーサ様からでございます、まずはこちらの書を」



 騎士がオリビアに持ってきた小さな手紙を手渡す。



『姫様のご帰国を何よりも嬉しく存じます、姫様をお迎えするにあたって食事やお召し物など、どうやら不備があるご様子。誰よりも早く御傍に行き、お迎えできないことをお詫び申し上げます』



「あら……アインの事がもう耳に?」


「はっ、姫様にお連れの方がお一人いらっしゃると、念のため背丈等についてお伝えしておきました」


「そうありがとう、助かりました。この子がそばにいるのが当たり前すぎて、さっき言い忘れてしまったのよ」



 騎士が左様でございましたかと安堵した。



「そしてマーサ様からご伝言もございます、お湯の用意ができているそうです。このまま浴場に向かってくださっても結構です、お着換えなどは女官がお持ちするので問題はございません」


「マーサは本当によくできた子で助かるわ。クリス?このままお風呂に行きましょう」


「承知いたしました。では引き続きご案内致します……お荷物を給仕の者へと預けて、姫様のお部屋へ運ぶように伝えなさい」


「はっ!……っと、申し訳ありません姫様。マーサ様から一つ、姫様に聞いておいてほしいことがあるとのことだったのですが」



 クリスがオリビアとアインの荷物を騎士に預ける。

 姫の部屋ともなれば、通常男の騎士が立ち入ることは許されない。

 騎士が給仕へと荷物を渡し、給仕がオリビアの部屋へと荷物を運び入れることとなる。



「食事ならお肉が食べたいわ」


「承知致しました、そのようにお伝えいたします。ですが今回お伺いしたいのは別件でございまして、こちらにいらっしゃるお方についてです」


「息子のアインよ、はいアイン初めましてしましょうね」


「初めまして。俺はアイン・ラウンドハート……あれ?お母様、ラウンドハートと名乗ればよいのでしょうか?もうすでに名乗るべきではないのでしょうか」



 イシュタリカに来てから初めての自己紹介、それをするのは構わなかったが一つ疑問を抱く。



「(あれ、じゃあ俺はただのアインとなるわけか。勝手に別の家の家名使うとか処罰されそう)」


「っ!?オリビア様のご、ご子息……ですか?!」


「えぇそうですよ、私が産んだ子です」



 騎士ともあろうものが狼狽える、狼狽える気持ちはよく理解できたアインだった。

 そして急な出来事に困惑した騎士は、クリスにその視線をぶつけた。



「……アイン様は"正統"なオリビア様のご子息だ。そのようにマーサ殿にもお伝えして構わない……姫、問題はございませんよね?」


「えぇございません」



 そう話しかけられたオリビアは上機嫌だった。



「たたた……大変失礼致しましたっ!至急そのようにお伝えして参りますっ!」


「あの様子ではハイムで奉公に来た子を気に入った、と思っていた節がございますね」



 少々慌ただしくはなったものの、雰囲気としてはアインを厄介者には感じなかったようで、アインはそれに安堵する。



「(あ、そうか。離縁したとかいう事情は公になってないんだった)」



 少しの心配事を秘めて浴場へと向かった、俺だけ男湯に分けられないようにと願いながら。

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