どこをとっても特別な移動。

「駅長」


「どうした」



 声をかけられたのは、イシュタリカ最大級の駅ホワイトローズが駅長。

 こうした鉄道関連で働く者達にとって、ホワイトローズの駅長になることは憧れだった。



「5階ホームへの信号が届いておりました」


「申請は受けていない。間違いの可能性は」



 5階ホームといえば、停車する列車は一つしかない。

 そのため駅員も駅長へとわざわざ連絡しに来たし、駅長もそれを問いただす。



「ございません、港のほうから正式に発車している様子です」


「……私が王宮に問い合わせる、到着予定時刻は」


「あと10分程度かと」


「準備を続けていろ」



 基本的には港を発車する前にも、専用の無線機のようなもので連絡をして、万が一に備える。

 今回の場合、その連絡の一つも無く急なことだったため、駅長も不審感を抱いた。



「失礼。こちらホワイトローズ駅長……ご存知の事かと思われるが、今回の王家専用列車の使用に関する情報の提示を求る」



 同じく専用の無線機らしきものを使って、王宮の執事室へと問い合わせる。



「当該案件に関して案内することはありません、ホワイトローズ駅には通常通りの"王族"への対応を心掛けて頂きます。不正利用などはございません、正式な認可の下に運用されております」


「なっ……お、おい待ってくれそれだけでは」



 執事室といっても、外部対応をするのはメイドたちが多い。

 そして駅長に告げられた返事は、あまりにも簡単且つ内容がほぼないものだったが、一方的に通信を遮断される。



「なんだっていうんだ……だが今まで通りの"王族"への対応をしろとのことなら、しない訳にはいかない」



 王族への対応としては、駅では民衆が暴走しないように安全を守ること、専用馬車への道の掃除や整備。

 何か尋ねられることがあれば、それに対しての返答を行う、王族には通常なら騎士や侍従が何人も共に行動をしているので、駅としての業務は、他の雑務に近いものがメインとなる。

 特別やることがあるとすれば、王族専用列車の車庫入れ等のために、運転士とやりとりをすることぐらいになる。



 最大級の駅の駅長とはいえ、勤め人としての悲しい性を感じてしまう。




 *




 たどり着いた駅……ホワイトローズはとても大きな駅だった。



「(ホームいくつあるんだこれ)」



 アイン達の乗った王家専用列車は、他の列車とは別の、一階分ほど高い場所に停車した。

 階下に広がるのはおよそ10のホームの数々。



 だがこれだけでは終わらず、王家専用列車の止まったホームは5階に位置する。

 そのため、単純計算で仮にホームが10箇所ずつあるならば40になる。



 え、なにこんなに人いるの?もうお昼前でしょ!?とアインが考えるのも当然、前世の国にあった首都……そこで"工事が終わらない駅"とよくいわれ評判だった、利用者数トップのあの場所と比べても遜色なかった。



「……めっちゃ下から見られてますけど」


「通常であれば一報ぐらいは入りますので。今回は何一つ情報がなく、王家専用列車が動いている形です。国民の興味を引いてしまうのは避けられませんでした」


「アイン、別にいいの。たくさんの人に見られても大丈夫よ、私は貴方しかみてないから」



「(それはそれで少し問題がございます王女様。でもそんなお母様も愛してる)」



「それではオリビア様、アイン様。私がお二人を先導致します、先にでている騎士達が、周辺の警備等を行いますが……先ほども申し上げました通り、国民の興味を相当に引き付けております」


「えぇそうね」



 そのぐらいどうとでもないと、当然のようにオリビアが返事をする、その様子には怯んでいる様子も狼狽えている様子も全くない。



(すごい慣れてるなあお母様)



 やはり人に見られることに慣れていたんだろうなと、アインは考えた。



「ですので、それなりの喧騒の中を進むこととなるかと思われます、もちろん何があっても我々がお守り致しますのでご心配はいりません、お近くに寄せることも致しません」


「信頼しているもの大丈夫ですよ」


「光栄です。アイン様、専用馬車への乗り場までも勿論、我々しか通れない道を進みます」



 専用、特別……昨日から聞きなれてきたセリフにあまり"特別感"をちょっと見いだせなくなってきていた。



「わかりました、では先導お願いします」


「承知いたしました、それでは参りましょう」



 そうしてクリスに先導されて出口へと進む、出口近くや出入り口まで高級なのは恐れ入った。

 アインは手を抜いていないこの感じが嫌いじゃない。



 そしてクリスがドアを開けて俺たちを案内する。



 するとアイン達の耳に入るのは、想像していたよりも数段うるさい多くの声と、誰だ?と王家専用列車を利用してきた人を探っている声だった。



「こちらへどうぞ。オリビア様申し訳ございませんが、民衆へのしっかりとした顔見せは……」


「そうね今はちょっとしないほうがよさそう。アインごめんね、すぐ馬車までいきますからね」


「は、はいお願いします」



 こんな何千も、万まではいかなかろうとも、そんな多くの人たちに見られるなんて初めての経験で、アインは緊張、戸惑い……感情としてはこういったものがぐるぐると回り続けていた。



 開いたドアのそばに下へと降りる階段があった、そのためすぐに多くの人の目と声から逃げることができたので、アインは少し落ち着く。



「あんなにもすごいとは思ってもみませんでした」


「申し訳ございませんアイン様。時間としては最も混み合い時は過ぎているのですが……ここホワイトローズは、どの時間帯もこのぐらいは混み合ってまして、これ以上空いている時間帯となると、深夜から早朝ぐらいになります」


「いつもこんなに人いるんですか……って、え?これで空いてきてるんですか」


「最も混み合うのは、今からちょうど一時間程前です。そこから徐々に空きはじめるといった形ですね」


「(時間にして10時頃が一番混むのか、てっきり7時とかもっと早いかと思ってた)」



 仕事に出る人たちや学校?とかにいく人で混み合うと思ったが、おそらく始業等の時間が違うのだろう。



「なるほどそうだったんですね。ところで階段降りるだけで結構静かになるので驚きました」


「それは何よりです、列車に設置しているほどのものではありませんが、それでも強力な空間制御装置を配置しているので、騒音も軽減できるんですよ」



 アインは心の中でこう思った。

 ここにも例の不思議装置置いてるのか、すげえなイシュタリカ王族。




 *




 階段を下りて少し進んだところに出口が見えてきた、ようやく外か久しぶりだな。



「オリビア様。今回は状況を勘案して、馬車門を閉じております。お二人に搭乗して頂いた後に、門を開放して出発致します」



 馬車門?



「クリスさん、馬車門とはどのようなものでしょうか」



「ホワイトローズにはいくつかの入場口がございます。ですがこれはあくまでも国民……一般利用者向けですのでオリビア様たちにはそこは利用していただくことはございません、中央口に王家の馬車の停車場を設けてあります。馬車門とはそちらに設置しております門ですよ」



 まーた王家専用か、このブルジョワ共め。



「お二方のお姿はすぐに移動したとはいえ、それでも多くの人間が確認しております。馬車門近くに人が集まるのは仕方がありませんが……それでも門を閉じて置くことで、誰が馬車に乗ったかを確信させることはありませんので、多少は騒動を抑えられます」



 あくまでももはや多少ですが、とクリスさんが最後に付け加える。

 他の大陸に嫁に出された姫が帰国したのだ、それも急に連絡もなしに……騒ぎになるのは当然だった。



(イシュタリカの人もたまに港町ラウンドハートに来ていたと聞いた。ならお母様の事……イシュタリカの姫だったこととかすぐに情報が流れてたんじゃないのか?)



 どういった形で国民にお母様のことを公表していたのか、この事実も気になってきた。



「ところでクリス。私がハイムに行ってる間、どんな説明をしていたのかしら?」


「多少情報を伏せていることはございます。海を渡れる者への監視、口止めはしました。そのままイシュタリカのために嫁に出た、ということで国民へと伝えてあります」



 監視や口止めと聞いて、アインとしてもどんなのものだったのか興味を抱いた。

 陰謀の匂いがぷんぷんしすぎて空気清浄機つけたくなってきた。



 とはいえ他国へと嫁に出て行った姫が、唐突に帰国すれば騒ぎになるのは当然の話。



「ラウンドハート領の人間がイシュタリカに来ることや、イシュタリカからラウンドハート領に人が行くことによる、情報の漏洩なんかはなかったのでしょうか?ハイムとしてはお母様の素性は隠していましたし」



 これが気になった。

 お互いの民が移動することによる情報の漏洩。

 何かの拍子に、ハイムでオリビアの素性が表沙汰になれば大事になるだろうからだ。



「それは力技でどうにか致しました、そのご説明も城への道での時間を潰せるかと思いますので、馬車の中でお話いたしましょう、さぁこちらへどうぞ」



 力技ならしょうがないよね?



 もう馬車についてしまったので、とりあえず乗り込むことにする。

 10畳ぐらいはありそうなでかい馬車に乗り込みました。

 白くてでかい馬が二頭で馬車を引いてくれるようだ。



「私が護衛、給仕を兼ねて同乗致します。ほかの騎士たちは護衛に回りますのでご安心を」



 馬車の中は大きなキングベッドに、3人ほどが座れるサイズのソファと一人用ソファが並んでいた。

 隅っこのほうに小部屋のようなスペースがみえる、おそらく給仕がお茶とかを用意する場所だろう。



 では話の続きをお願いします。



「とはいえ新たに力技を講じた訳ではないのですが、アイン様は港町ラウンドハートとイシュタリカ……この間を移動するのにどの程度お金が必要かご存知でしょうか」


「そういえば考えたことありませんでした」


「海にも強い魔物たちは多く存在しています。そのため護衛や防衛手段……生存するために必要なことを考えるときりがありません」



 たしかにそうだ、誰しもプリンセスオリビアみたいな、化け物じみた船に乗ることができるわけじゃない。



「そのために両国で輸入輸出をすることはあまりありません、採算がとれませんので」


「確かにそうですね」


「結果を申し上げますと、片道の費用でも……アイン様に分かりやすくいうならば……ええと」


「アイン?ラウンドハートの御屋敷がありましたよね?」


「はい昨日まで住んでました」



 すでに自分が住むことができる屋敷じゃないが、お母様が例をあげてくれそうで助かった。



「往復で移動するとあのお屋敷の四分の一は無くなっちゃいます」


「それは一大事ですね理解しました」



 ラウンドハート邸はそれなりの大豪邸だった、まあ大公さんのお家に比べたらごめんなさいするレベルではあったが。

 往復するだけでお金がそんなに消えるか。



「普通の船で2,3日かかると聞いていましたが……その短い期間でもかなりお金がかかるんですね」


「アイン様。旅費の大部分は護衛関連の費用です。ハイム近辺……陸近くの魔物は大きな問題はありません。漁師がモリで突いて倒せるぐらいには」



 なにそれ雑魚い。

 食えるのかな?



「ですが海底が深くなってくる海域になると、一気に大型の魔物たちの住処になります。有力な戦闘スキルを持つ人間……その中でも魔法系統を持っていなければ、船底からかじられ放題となります」


「あぁなるほど、そうなると強い冒険者達を雇うお金も高くなると」


「左様でございます。ギルドを通す仲介費用や、特別加工をされた遠距離航海ができる船の準備。これを考えるとそれなりの貴族以上でなくばまずスタートラインにすら立てませんし、立てても実行する人は稀でしょうね」


「稀ということは前に居たんですか?」



 そんな猛者がハイムに居たのか。

 どれだけのお金持ちなんですか。



「最近ではアウグスト大公家のご子息ですね、その方が留学に来ていたのが最後だったと記憶しています。短期の留学期間でしたが多くの場所を見ていかれましたよ、もちろん監視……いえ、案内の者がついていたので、問題はありませんでした」



 監視付きならまあ大丈夫だろうね、とはいえやっぱりあの家は別格でした。



「クリス。ここ10年のイシュタリカから、ラウンドハートへの出航申請はどのぐらいあったのかしら」



「4件です。ですが全て申請不許可となりました」



 力技使ってるじゃねえか。



「不許可理由としては、1つが純粋に不許可……これには特に理由は付けてません、軽く嫌がらせになります。もう一つは申請してきた家の周りになんとか手をまわして、強引に縁談をさせ、それをまとめさせました。その後新婚ということでお流れに、残り二つの申請に関しては、陛下が新たな事業を行い、それに従事させることにより、話は無かったことに」



 力技しか使ってないじゃないか。

 嫌がらせされた可哀そうな貴族もいるし。



「ちなみに冒険者達はどうやって口止めを?」


「大陸間を渡るほどの実力者となれば、数が多いわけではありません。ですが船も個人で用意するのは難しいですからね。そのためそういった方々には、税をしばらく取らないということで緘口令を敷きました」


(有力な冒険者達なら儲けもすごそうだし、税がないのはメリットが大きいだろうな)


「……私としたことが、お飲み物を先にご用意するべきでした……もう道のりもわずかですが、ご説明の終わりにお茶で少しリラックスしていただければと思います。少々おまちください」



 丁度喉が渇いてきたところだったところで、クリスの提案は嬉しいものだった。



(イシュタリカ王城……ホワイトナイト、覚悟を決めておこうかな)



 今までも伯爵家という、高位貴族の子とはいえ、城なんてものとは無縁だったアインは、少しの緊張と不安を胸に秘めて、クリスが淹れてくれる紅茶を心待ちにする。




 *




「こちらホワイトローズ駅長、運転士殿へと指示を求める」


「……こちら運転士。規定により整備士の召喚を要求する」



 オリビア達が去った後の列車に駅長が到着した。

 利用後の確認作業につかなければならないためだ。



 あまり多くはないが、清掃作業等とは別に整備士を呼び出す場合もある、安全を確かめるために重要な作業だ。



「了解した。ついてはいくつか不具合と思われる内容の説明を頂きたい」


「水槽の過熱層に不具合の可能性がある、魔石の変換効率が通常と違い2割程度下落……緊急のトラブルとしては扱わないが、安全性の面から点検・整備を求める」


「了解。では車庫入れ後に点検作業に移る」



 運転士は不思議に思っていた。

 今日の水列車は、蒸気を発生させる部分が、あまりよいパフォーマンスを見せてくれなかったからだ。



 何か管がもう一本増え、そこから吸われているような錯覚を覚えた、不良魔石でも多く混ざっていたかと考えたが、まず初めにするべきは点検作業だろう、万が一機械部に異常がなければ、魔石の納入元を調べてみることにする。

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