六
しかしこれで、全て無事に終わった。
最後の式神を還し、第一図書室に行って山本先生に掃除の終了を報告した後、二人はそのまま第一図書室で少しばかり休憩をとっていた。
二人の他には誰も居なかった。生徒は下校した後であり、山本先生さえも「適当に休んだあとで鍵を持ってきて」と二人に鍵を渡して職員室に帰っている。まったく、ゆるい先生である。
公継は気が抜けたように、机に伏せていた。瑞葉はその横で丁寧に尻尾にブラシをかけている。色々と動き回ったのだ。毛先が乱れているのだろう。
ふと、瑞葉の手が止まった。
「ねえ、公継君」
「なんだ?」
公継は首を回して、顔だけ瑞葉の方に向ける。
「尻尾、さわってみますか?」
「……なんでそうなるんだ?」
「今日のお礼です」
「なんでそうなるんだ!?」
「だって、さっき式神が尻尾にくっついた時、すっごく羨ましそうな顔してたじゃないですか」
先ほどの心の声がバレていたようである。
「それに、他の人が私の耳とか尻尾を触っているときとか、よく尻尾を見ているの、気づいてるんですよ。見られる側は視線に敏感なのです」
先ほどの心の声どころか、常日頃からバレバレだったようである。
「触りたいんですよね?」
恥ずかしそうに言いながら、瑞葉は公継の目をじっと見た。
とても触りたかった。
しかし、くだらないプライドが邪魔をして、公継は素直に頷けずにいた。もどかしい空気の中、無音の時間が数秒流れ――意を決したように瑞葉が「どうぞ」と、公継に背を向けて尻尾を差し出した。
「ちょっと恥ずかしいですけれど、今日はいろいろと手伝ってもらいましたから。そ、それに、今日はいろんな人に撫でられたり触られたりしましたから、公継君がさわったって今更というか、その……」
しどろもどろだった。
「撫でられたって、お前じゃなくて式神だろ」
「細かいことはいいのです!」
「……そうか。では、遠慮なく」
公継は机から体を起こし、そっと瑞葉の尻尾に触れた。
ふんわりと温かい柔らかさが指先に伝わる。式神のものを触ったときよりも気持ちよい感覚だった。
「もう少し思いっきりでも大丈夫ですよ?」
そう言われ、では、と両手の掌で撫でる。長い毛に手が埋まる。触れているのは掌だけであるのに、全身から疲れのような何かが抜けていく感覚があった。
これが癒しというものだろうか。
気を抜くと口から変な声が漏れそうだった。
この尻尾に顔を突っ込んだら、もっと気持ちいいんだろうな。ふとそんな考えが浮かんでくる。しかし、やれば間違いなく怒られ――。
「ひゃうぅ!?」
怒られるとは思ったのだ。しかし公継の無意識が欲望に負けた。彼が気づいたときには、既に自身の顔を瑞葉の尻尾に突っ込んでいた。
頬を撫でる柔らかく長い毛がとても心地よい。ふかふかで、温かくて、干したばかりの布団のようなお日様の匂いがした。
「触ってもいいとは言いましたが顔を埋めていいとは言ってませんよ!?」
「今度きつねうどんおごるから」
「…………」
瑞葉が少し考えるように黙り込んだ後、はっとなって首を横に振る。
「いえ、そういう問題じゃなくて!」
「稲荷寿司もつけよう」
「うぅ……。いえ、ですからそういう問題でも……」
瑞葉の顔は、今日のうちで最も紅潮していた。
「というか、くすぐったいから喋らないで下さい!」
多分、今の自分はとても見せられない顔になっているんだろうな。そんな自覚が、公継にはあった。
「アイスクリームもつけてくれなきゃ、ゆるさないんですからね。ばか」
おきつね瑞葉のうつしよ留学 みら @mira_mamy
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