petit four(1話読みきり掌編)
petit four1 カメラ越しに移る姿
ある日の午後、ピロートの厨房。
ピロン、と聞き慣れない電子音がして、蒼衣は思わず振り返った。
「ちょ、ちょっと。なに、今の音」
慌ててコンロの火を消す。声変わり実のソース――「ボイスマジック・ロッカー」に使う、赤く甘酸っぱいものだ――の揮発する酸に目をしぱしぱさせながら、後ろにいる八代に声をかけた。彼は、スマートフォンを手に蒼衣をじっと見ている。
「動画撮影のテストをしようと思って」
先日、八代から「作業風景を動画にとって、店のSNSと動画サイトで配信したいんだ」と打診されたことを思い出した。数多くの店が同様のことをしているらしく、蒼衣も有名店のそれをいくつか見せてもらった。各店のシェフパティシエやパティシエールが腕を振るう様は、一般のお客さまには物珍しく映るらしい。
「あのう、それって、手元を写すって話じゃ……なんで僕を写すの。しかも、顔……っていうか近い!」
てっきり、デコレーションの手元か、焼き菓子の仕込み風景でも撮るのだと思っていた蒼衣は、いつの間にか己の顔に近づいてくるスマートフォンに後ずさりしながら言う。
「……いやさ、前々から魔法効果のサンプルとしての動画はアップしてるんだけど。『たまたま』我がシェフパティシエ殿が映り込んだ動画の再生数がえらいこっちゃでしてね」
「はい?!」
八代の言っている意味がいまいちわからない。
魔法効果は、動画で宣伝すると良いと八代が言うので、開店当時から積極的に撮影していた。そのときから、アングルの関係で映り込んだらごめんよとは言われていたものの、こんな結果になっているとは思わなかった。
ほれ証拠、とやっと撮影を止めたスマホの画面を見せられる。
「一つめのがこの数字。二枚目の数字、見てみろ」
並べられた二枚の画像は、SNSの画面だった。
以前教えてもらった「リツイート」「ハート」「リプライ」といった専門用語とマークの数字(八代から教えてもらったのだが、よくわからないままだ)を見る。
一枚目は「プラネタリウム」の星座が現れる動画。二枚目は「ふわふわシュークリーム」。試食した蒼衣の、宙に浮かぶ足もとが写されているシーンなのだが、慌てる蒼衣の顔が少し映っているシーンがある動画だった。久しぶりに自分で食べたこともあって、コック帽がズレて落ちてしまい、ちょっと恥ずかしく思っているやつだ。
「……うん、ええと、プラネタリウムよりも、シューのほうが多いんだね? 二倍の数字だね……?」
ちょっとだけだからいいよと許可した動画だったことを思い出したが、この数字は驚きだ。
「つまり、まあ、そういうことだよ」
「どういうこと? 確かに宙に浮かぶ効果は驚くと思うけど、それと僕が映ることになんの関係があるの……? 帽子が落ちるのが面白いとか? でも、八代の『ボイスマジック・ロッカー」』の歌も似たようなものじゃ……」
「いやそれが俺のと比べると段違いでしてね。というかおまえ、俺の歌、面白かったのかよ」
声を出すのを拒否した蒼衣の代わりに、八代がやった動画もあるはずだ。ボイスロッカー・ロールを食べた後、大層陽気に「静かな湖畔」の童謡を歌う内容で、白い背景で一人朗々と歌い続ける様子はシュールで(失礼ながら)面白い。
「……? 体に出る効果だし、物珍しさでは変わりがないと思うんだけど……あ、シュークリームは人気があるからかなぁ」
ショートケーキに並ぶ、日本の洋菓子界での人気商品であるシュークリームなのだし、と蒼衣が言うと、八代はますますむずかしい顔になる。
「いや、そういうことでは……無自覚って怖いけど、自覚はあんまりしてほしくないというか……逆に自覚して武器にしたらそれはそれで恐ろしいというか……」
「えーと……?」
むにゃむにゃなにかをぼやく八代に首をかしげる。すると、八代は、
「……おまえのその、牧歌的なところ、本当に良いところだよな……欲にまみれた俺が悪かったわ……うんうん、俺は心の汚れた大人だよ……」
と、一人反省会を始めてしまった。そして「また改めて動画を撮るわ。今度はおまえの職人技を……」と言い残し、ふらふらと店頭に帰っていった。
「……?」
最後の最後まで八代の意図がつかめず、蒼衣は一人厨房で再度、首をかしげた。
:::
「ホント、欲にまみれた俺が悪かったわー」
無自覚な素直さは、時にどんな正論よりも効くんだな、と東八代は己の愚かさを反省した。
件の動画はここ最近、ネット上で「美形のパティシエもびっくり! 不思議な魔法菓子の動画!」といったタイトルでまとめ記事が作られ、拡散されはじめているのだった。魔法効果の面白さはさることながら、それを作ったというパティシエ――蒼衣の挙動不審な様子は「面白動画」のカテゴリに入れられている。そして、一部では「イケメンパティシエ」と言われ、アイドル視されているのだった。
天竺蒼衣は、たしかに見目麗しい容姿の男性である。それでいて、柔らかい雰囲気は三十路らしからぬ愛らしさもあるのだろう。ネットの口コミサイトでも、蒼衣のことについて書かれることは珍しくなくなってきた。
SNSのフォロー数も増え、雑誌やWEBメディアの取材打診もある。ありがたいことだと思う一方で、時折心を曇らせるようなこともあるのだった。
カウンターで、SNSの通知を確認する。
すぐに返信出来そうなお客への問い合わせを終え、最後に残った企業からの文面を見た八代は、はあ、とため息をついた。
「……俺が本当に知ってほしいのは、蒼衣の作る魔法菓子だわな」
ぽつりと、自分に言い聞かせるように言葉を落とす。
届いたメッセージには、あの動画をネタにして、魔法菓子ではなく「イケメンパティシエ」の私生活や情報をメインに売りだそうという文句が書かれていた。
「あいつは確かに興味深いけど、そういうことじゃあないんだよな」
先ほど、数字……売り上げと知名度のために、彼を過剰に「消費」しようとした自分を情けなく思う。
本当に蒼衣が輝いているのは、あの手で魔法菓子……小さな幸せを生み出している横顔だ。小窓から見える蒼衣の作業風景を見る。
髪の毛を全てまとめ、帽子の中に入れた姿。ソースを煮込み、粘度や色を確認している眼差しの真剣さは、軽薄な「消費」をしてはいけないものだと思う。
伝えたいのは、彼の腕の良さ、魔法菓子への愛情と真剣さだ。
動画を撮るならば、それが見えてくるようなものでありたい。
「まとめ記事、いい加減削除依頼出すか」
商売になるならなんでも使うのは、うちのやりかたじゃない。
肩をすくめ、八代はスマートフォンの画面をタップした。
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