第2話 オペラ座で

オペラ座の新、支配人、エリック・デスラーは満足そうな笑みを浮かべながら、今夜の公演は成功だ、観客は総立ちになり、割れんばかりの拍手が劇場に鳴り響いた。

 あの瞬間、思い出すだけで体中が震えるようだ。 

 主役のプリマにクリスティーナ・ダーエ、元は群舞のコーラスガールだったが、偶然にも彼女の歌を聞き、レッスンすればものになるのではないかと思ったが、自分の目に狂いはなかった。

 一年以上、誰にも知られないようにレッスンをした結果、大丈夫だと思えるところまで漕ぎつけた、それが今日の成功に繋がったのだ。

 プリマの誕生、だがそれだけではない。

 クリスティーナ・ダーエは彼の恋人でもあった、それは決して珍しい事ではない、体の関係もある、だが、結婚には踏み切れなかった。

 理由は一つ、エリック自身の顔だ、生まれつき左半分だけが歪んでいた、生まれたときに母親の所行のせいだ。

 ガキなんて欲しくねえ、おまえが勝手に産んだんだ。

 男の言葉を聞いた瞬間、突きつけられた現実に女は自分の甘さを改めて知り、運命を呪った、愛する男から捨てられる、自分だけは、そんな事にはならない、他の女たちのような惨めな人生とは無縁だと思っていた。

 子供ができれば男は自分と結婚してくれると思っていたのだ。

 あっさりと捨てられた事が信じられなかった。

 「化け物じゃねえか」

 男の最後の一言に気持ちが砕け、女は狂った。


 鏡を見るとエリックは何故と思う、こんな顔に生まれたのは己のせいではないのだ、それなのに世間は言う。

 母親、父親は薬をやっていたのではないか、教会で禁止されている錬金術で生み出したホムルンクスではないかと、そんな声に耐えきれなくて家を飛び出し、戻らないと決心するのに時間はかからなかった。

 そして、今、オペラ座の支配人という役職に就く事ができた。

 決して簡単ではなかった、相手の弱み、金や女を使って、正直に綺麗事だけで世渡りをしようとしていたら、どれだけの時間がかかったか。

 

 クリスティーナと結婚はできない、彼女も望んではいない筈だ、恋人とというだけで十分、その為にも十分注意してきた、特に体の関係を持ってから避妊には十分すぎるほどにだ。

 外国のゴム製の避妊具、成金の金持ち、商人が使う羊の腸を紐で縛っただけのものを自分の肉棒に被せてなど、抜けば、すぐら破れてしまうだろう、もしそれで妊娠したら。

 堕胎すれば、彼女はすぐには舞台に立てないだろう、それに手術で亡くなる可能性もあるのだ。

 私娼の死体を町外れの裏通りの界隈で見つける事もある。

 恋は人を幸せにしてくれるものだと思っていた、だが、そうではないのだ、少なくとも自分にとっては。

 そんなことを考えながら、仕事部屋、支配人室から出る、この陰鬱な気分をなんとかしたいと思いながら男は外に出た、そして。

 


 正門、玄関前のポスターは次回の公演のものだ、熱心に見ている女性の姿に男は目を止めた、茶色というよりは濃い赤色のドレス、袖口やスカートの部分にひだや膨らみはあまりない、変わった仕立てのドレスだと思ったのは無理もない。

 外国人だろうかと思ったとき、相手が振り返った、その瞬間、足が止まった、そして驚くことに、男は自分から声をかけた。

 

 女の顔は似ていた、誰に、クリスティーナに、いいや、もしかしたら、昔、見た、いや、読んだ本の挿し絵の中の、そんなことを考えてしまった自分にエリックは驚いた、

 色素というものが抜けたような真っ白な髪は後ろ一つに束ねられている、その顔は、この国の女たちとは似ていない、異国の顔立ちだ。

 

 オペラ座は今、休みなんです、ゆっくりとした口調で驚かせないように声をかける。

 仮面を付けているので、不振がられなたらと思ったからだ。

 だが、女は顔から目をそらす事もなく、じっと自分を見る、そのことに男は何故か自分の方が恥ずかしさを覚えた。

 頷きながら、公演がないことは知っていた、だから建物だけでも見たかったのだと言葉を続けル静かにな。

 「オペラではなく、建物に興味が」

 「楽しみにしていたんです、芸術を見せてあげるからって」

 建物を見上げる女の横顔を見ながら、男は自分でも驚く言葉を口にした、自分はここで働いている関係者で、外国の方が来ることは珍しいからと。

 

 「もし、よろしければ、オペラ座の、建物の中をごらんになりませんか」


 

 


 

 

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オペラ座 Fan Fiction 今川 巽 @erisa9987

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