本当の始まり
朝になって目を覚ますと、ステラたちは早々に出発した。
まだ完全ではないものの、随分と回復した身体を確認すると、レッドドラゴンたちに別れを告げて入り口へと向かう。
半日ほどで入り口に着くと、まだ昼過ぎではあったものの、ゆっくりと一日休養を取って、また明日の朝に宿を出ることにした。
夕日からにじみ出るオレンジ色で空が染まるころ、ステラたちは宿の一階にある酒場で食卓を囲みながら、今後の旅について話し合っている。
「単純ではござるが、人の多い都市を周っていこうと思うでござる」
オタク忍者の提案に、一同はご飯を口に運びながら、視線で説明を促した。
「フレイム殿のオオマダラドラゴンのように、神々が何らかの目的で『使い』を巣の周辺に置いていることを期待するしかないでござろう。それゆえに人の多いところで、ドラゴンの目撃情報を探すのでござる」
昨夜フレイムに聞いた話によると、神々には、『使い』を置く者とそうでない者がいるという。
フレイムが『神々の丘』への動物の侵入を防ぐ為にオオマダラドラゴンを使役していたように、他の神々も何らかの目的でドラゴンを使役するケースがある。その場合、神々は使役するドラゴンの近くに住んでいるので、ドラゴンを探し当てればその近くに『竜の巣』のような、『門』からこちらの世界に出入りするための神々の住処があるのではないか、という推論だ。
もちろんドラゴンを見つけたところで野生の可能性もあるわけで、それが神々の使いだとは限らないし、神々の使いであったところで、オオマダラドラゴンのように非常に危険である。
しかし、手がかりが何もない今では、神々を探す方法は選べないとオタク忍者は言いたいのだった。
「まあ、そうするしかねえか。だとするとどういうルートになるんだ?ここから西に行って時計回りに大陸一周って感じか?」
「そうでござる。まずはここから北西方向にある『音楽都市』ウインナーソーセージを目指すのがいいでござろうな。あそこは冒険者が多く集まる街の一つでござるから、ドラゴンの目撃情報も手に入る可能性は高いでござるよ」
リッキーが同意を示すと、オタク忍者が具体的な行き先を示す。
少しの間、反対意見の出ないのを確認すると、オタク忍者は頷いた。
「では、決まりでござるな。明日の朝から早速『音楽都市』ウインナーソーセージを目指して街道を北西方向に行くでござる」
行き先が決まると、キャンディが毎度お馴染みの口を漏らす。
「ここからだと馬車も乗れないし、また歩きかあ~」
「まあ、そう言うなよ。歩きだって悪い事ばかりじゃないだろ。風景でも眺めながらのんびり行こうぜ」
「ぼく、歩くの疲れるけど好きだよ」
リッキーの慰めに、ステラも同意した。
すると、オタク忍者が何かまだ言いたげにもじもじとしている。
「あの~それででござるな……」
「その態度、気持ち悪いからやめるでござるよ……お主も男ならばすぱっと言ってしまうでござる」
旨味之介からそう言われ、オタク忍者は居住まいを正してから発表した。
「ウインナーソーセージに向かう途中、忍者の里に寄りたいのでござるが、どうでござるか……?」
「おおっ、それはそれがしからも是非ともお願いしたいでござるよ」
旨味之介もほぼ同じカテゴリの研究をする者として興味があるようだ。
「別に、道の途中ならいいんじゃねえの?」
「少し寄り道する形にはなるでござるが……。同じ方面でござるよ」
「じゃあいいんじゃない?それに面白そうじゃない、そこ」
リッキーもキャンディも特に反対ということはないようで、オタク忍者は胸を撫でおろした。よほど行きたかったらしい。
「感謝でござる!『オタク』と『ニンジャ』を研究する者として、一度は行ってみたかったのでござる!くう~っ」
そう言いながら、ぐっと拳を握るリッケンベルクシュタイン。
行き先も決まり、忍者の里や『音楽都市』にそれぞれが思いを馳せていると、それまで黙っていたアランが口を開いた。
「行き先は決まったようだな。そ、それで……一つだけどうしても教えて欲しいことがあるのだが……」
アランは、ここからはステラたちには同行できず、ソルティアに帰らなければならないので、話に加わることを遠慮していた。しかし何か聞きたいことがあるようで、皆の注目を集めながら口を開く。
「先日、私が意識を持っていかれた饅頭の詳細だ。旨味之介殿、一体あれは何という饅頭で、どこに売っているのだ?」
アランが言っているのは昨日、オオマダラドラゴンとの戦闘に入る直前に、旨味之介から受け取ってアランが食べた饅頭のことだ。
あまりの美味さに、饅頭そのものがアランの前に精霊のようなものとなって現れて、危うくアランは帰らぬ人となる所だった。
その美味さを忘れられず、何としてでもまた食べたいと思っているのだろう。
「頼む……早く、早く教えてくれ!」
何に焦っているのか、アランは旨味之介の肩をガクガクと揺さぶり始めた。
「ア、アラン殿!教えるから!すぐに教えるから落ち着くでござるよ!」
それを聞いてアランは両手をすっとあるべき場所へと戻す。
何とか解放された旨味之介は、衣服と、それから息を整えて改まった。
真剣な表情になり、その双眸でアランのそれを捕らえながら口を開く。
「あれは……ドンドコホイサッサ饅頭と言うのでござる」
「ドンドコホイサッサ饅頭だな。わかった」
言うが早いか立ち上がるアランに焦って旨味之介はその腕を掴んだ。
「離してくれ!早く……早く向こう側へ行かなければ……!」
「嘘でござる!そんな名前ではないのでござるよ!」
アランの動きがぴたっと止まった。ステラはペロは自分たちには関係のない話だとばかりに楽しそうにご飯を食べている。
「なぜ嘘をついたのだ……?私は旨味之介殿のことを仲間だと信じていたのだが」
「いや、本当に何でそんな嘘ついたんだよ……」
「最低ね……」
思わずリッキーもツッコミを入れてしまった。気づけばキャンディまでドン引きな表情で便乗している。
旨味之介は、アランが再び椅子に腰を落ち着けたのを見てから喋りだした。
「本当は……『おおきなおともだち』、という名前なのでござる」
相変わらずご飯を食べ続けるステラとペロ、それを見守るラグナロク。
ラグナロクは、パーティー外の人たちが驚かないように適当に布にくるまれて大人しくしている。その内きちんとした鞘を買う予定らしい。
それ以外のものは全て静止画のように止まっていた。
「旨味之介殿、この期に及んでまだそんな嘘をつくのか……?」
「いやいや、今度は本当でござるよ!」
「饅頭の名前だぞ?何だ『おおきなおともだち』とは」
「そんなこと、むしろそれがしの方が知りたいくらいでござるよ……。とにかく饅頭の名前は『おおきなおともだち』。『闘技場都市』アリアスに本店があり、アルミナを初めとして大陸の各地に支店があるでござるよ」
「ふむ……ならばアルミナに行ってみるか。しかし遠からず本店には必ず行かねばなるまい……」
具体的な情報に安心したのか、アランは既に饅頭に関する思案を巡らせている。 ようやく場が落ち着いたので、食卓に乗っている夕飯を一通り、片付けた後に思い思いの時間を過ごした。
◇ ◇ ◇
「それでは、元気でな。アリアスにはイベントや饅頭などで行く用事も多いから、そこで会えればいいな」
「それまでにはムキムキマッチョになっておくでござる。アラン殿の方こそお元気で。バルド殿にもよろしく言っておいて欲しいでござる」
翌朝。ステラたちはオオマダラ大森林の宿屋を出て、右が忍者の里方面、左がソルティア方面となるT字路にいた。
アランとオタク忍者のやり取りで、長い長いオオマダラ大森林への旅は締めくくられた。それに加えてそれぞれのメンバーが軽く別れの挨拶を告げて手を振り合うと、アランとステラたちはお互いに背中を向け合って歩き出す。
ステラたちの行く先に、盗賊団が待ち受けているとも知らずに。
「あいつら結構金持ってそうだったからな、全部ぶんどってやれ。いいか、手加減はすんじゃねえぞ!」
ステラたちが歩いている道は左右が草の生い茂る斜面になっていて、その上には森が広がっている。盗賊団はその中に潜んでいた。その面々は大半が宿屋の酒場にいた者たちであり、どうやらあそこに訪れた金目のものを持つヒトガタたちを、宿屋から離れて油断したところに襲いかかっているようだ。
ステラたちが自分たちの下を完全に通りすぎ、リーダー格の男の号令が上がるのを、全員が息を押し殺して待っている。
「そろそろいいか……よし野郎ども、やっちま」
しかし、号令は最後まで発されることはなかった。
「……『魔弾』」
盗賊団の背後から声がすると、魔法の発生する音と共に、リーダーとその隣にいた男が吹っ飛んだ。二人とも足をやられている。
「な、なんだ!?」
「おい!お前ら待て!」
下っ端が逆側の斜面上にも待機していたメンバーに声をかけて、後ろを振り向くと。そこには一人の男が立っていた。しかし、
「……『魔弾』」
彼の意識はそこで途絶え、その後数分で盗賊団は殲滅された。
気絶し、横たわる盗賊団の群れを避けて歩きながら道に出ると、既に小さくなったステラたちの背中を見ながら、その男はぽつりとつぶやいた。
「……協力、感謝する」
さすらいのTAKAは、少し前から盗賊団の噂を知っていて、彼らが尻尾を出すのを待っていたのだった。元から利益度外視であの宿屋を経営している主人も迷惑していたという。
「……アリアスか……」
意味ありげにそうつぶやくと、さすらいのTAKAは盗賊団を縛る作業に移る。
各地で大規模盗賊団一斉逮捕の報せが流れたのはそれから数日後のことだった。
それゆけ!牛乳雑巾ちゃん 偽モスコ先生 @blizzard
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