森の絶対王者 後編

「フレイム!」


 ステラは、その姿を認めてすぐに笑顔を見せる。


「あれが……『召喚』!?」


 奇跡の魔法を見たアランは、驚きを隠せない。

 喜び、驚きと、それぞれ別の感情で胸を埋め尽くされた二人には、知る由もなかった。

 あれだけかっこよく登場したフレイムが、召喚された瞬間に振り下ろされていたオオマダラドラゴンの右腕を、もろに頭にくらっていたことに。

 何とか真剣白羽どりの要領で両手を使い、挟んで受け止めようとしたものの、間に合わなかった形だ。

 一緒に召喚されていたアルフとレッドは、フレイムの周りをからかうように飛びながら、キーキーと笑うように鳴いている。

 頭に敵の右腕をもらった状態で顔だけステラの方に向けていたフレイムは、空を切っていた両手でそれを押し戻し、アルフとレッドに怒鳴る。


「うるさい!しょうがないではないか……出てきたら目の前に腕があったのだぞ?むしろ反応できただけでも我を褒めるべきであろうが!」


 オオマダラドラゴンはそんなやり取りの間にも、フレイムの両手から自身の右腕を引き抜こうとしているが、びくともしない。体格は倍近くもの差があるように見えるが、小さいフレイムの方が遥かに力は強そうだ。


「ステラ、我の背中に乗るが良い」


 フレイムがそう言うと、アルフがひょいっとステラを持ち上げて、そのままフレイムの背中に運んだ。ラグナロクはステラの手を離れ、ステラの側を離れないように浮いている。


「わあ……ありがとう」


 フレイムの背中に落ち着くと、ステラは下にいるペロの方を見た。


「ペロ、みんなをお願い」

「お前たちもついていってやれ」


 わん!と吠えて了解の意を示すと、ペロは気絶しているパーティーメンバーの様子を確認しに駆けていった。フレイムの声掛けで、アルフとレッドがそれについていく。


「フレイムも、来てくれてありがとう」

「まだ礼を言うのは早いぞ。我のかっこいいところはまだまだこれからだ!」


 打ち切りになる漫画の最終回のようなセリフを吐きながら、フレイムが右腕だけを相手から離して拳を握る。すると、フレイムが身に纏っているオーラのようなものが、一層強く光始めた。


「『神パンチ』!!!!」


 名前そのまんまのパンチが繰り出されると、それを受けたオオマダラドラゴンの巨体が後ろに吹き飛んだ。彼の通過した場所に生えていた樹々はばきばきと音を立てながら左右に折れ、窮屈に狭められていた空が広がりを見せる。


「ガッハッハ!どうだ!」

「名前はダサいけど……すごい……!」

「えっ、そうであろうか?我は結構いいと思うのだが……」


 ダサいと言われた技名をすこし気にしながら前進すると、起き上がり体勢を立て直したオオマダラドラゴンは尻尾を横なぎに振ってきた。

 フレイムは自身の左側からやってきたそれを左腕一本で受け止めると、地を蹴り翼をはためかせ、やや前傾姿勢で突進し、急速に相手との距離をつめた。

 左足を軸にして右足を持ち上げ、後ろにひく。


「『神キック』!!!!」


 名前そのまんまのキックが飛び出すが、少し手加減したのか、相手は吹き飛ばずに後ずさった。そしてそれを見越していたかのように、立て続けにフレイムは技を繰り出す。


「『神尻尾ブン』!!!!」

「尻尾ブン!!??」


 身体を左に向け、反時計回りに尻尾を振り回すと、直撃を受けたオオマダラドラゴンは少し斜めに後方へと飛んでいく。遂に気を失ったのか、オオマダラドラゴンはもう起き上がらない。気づけば、戦いの舞台となった場所の樹々は立て続けに折れて、ステラたちの周囲には陽光が差し込み、神秘的とも、幻想的とも言える雰囲気を醸し出していた。


「倒したの……?」

「いや、気を失っているだけだろう。だが、それで充分だ」


 おずおずと尋ねるステラにフレイムがそう答えると、むくりとオオマダラドラゴンが起き上がる。すると、あっ、先輩おざっす!こんなところでどうしたんすか?いや~今日もいい天気っすね!じゃあ俺そこのコンビニで買い物して行くんで!お疲れっした!という感じでペコペコした雰囲気を出して去っていった。

 その背中を見送りながら、フレイムが説明する。


「あれは私の部下だ。普段は奥の方にいてラグナロク殿のいた丘に侵入しようとしたものを排除するのが主な仕事でな。たまに入り口付近などで寝てしまってヒトガタと遭遇してしまうことがあるのだ。しかも一旦戦い始めると正気を失ってしまうのでな。ああやって気絶させてやる必要があったというわけだ」

「そうだったんだ……あっそうだ、みんなは!?」


 戦闘が始まった場所に戻ると、アルフとレッドがみんなを茂みの中に運んで一ヶ所に集め、護衛もしてくれていた。ペロはその横で身体を丸めて寝転んでいて、回収してくれたらしいペンダントを二つまとめて側に置いている。

 先ほど戦闘の際に意識を取り戻していたアランは、負傷が激しいので眠っているようだ。


「アルフ、レッド、ありがとう」


 フレイムの背中から降りてステラがそう言うと、アルフとレッドはキーキーと鳴きながらステラの周りを飛んでいる。


「そういえば、昨日会った時には身体がこんなに光ったりしてなかったよね?これはなに?」


 フレイムばかりか、アルフとレッドまでもが、『召喚』で呼び出されたときからオーラのようなものを身に纏っている。


「ああ、これは『神力』じゃ」

「『かみぱわー』?」

「うむ。我々神には特殊な力があってな。まあ今は力がめちゃめちゃ強くなるくらいに思っていてくれればいい。本来はこちらの世界に来ると失われる力なのだが……ラグナロク殿の能力の影響だろうな。『門』の開く強さ……つまりステラの『勇気』の量に応じて、いくらかあちらから力を持ってこれるようだ」

「そうなんだ……神様はやっぱりすごいなあ」


 言いながら、ステラはペロの隣に座った。


「さて、これからどうする?このまま入り口まで運んでやろうか?」

「気持ちは嬉しいが、やめておいた方がいいだろうな。人目につけば、必要以上にびっくりさせてしまうだろうし」


 フレイムの提案を、ラグナロクが慎重に断る。


「そうか。ではこのまま明日まで野営するか?今回は歩いて帰れる距離であるし、ラグナロク殿に『門』を閉じてもらえばいたずらにステラの『勇気』を消費することもないだろう」

「いいの?ありがとう」


 その後、ステラが光魔法で治療しながら色々と話をしていると、全員が一人ずつ意識を戻していく。するとまず起きた場所が天国ではないことに疑問を感じ、辺りを見ますとフレイムがいることに気づいて驚くというのを全員が繰り返した。

 それからステラたちは他のヒトガタが来ても大丈夫なように、戦闘によって開けた茂みの奥の方に移動し、飯を食べながら談笑した。


「本当に、みんな無事でよかった」

「ステラ殿とリッキー殿の支援のおかげでござるよ。あれがなければ全員死んでいたでござろう。今回ばかりは拙者、本当に何もできなかったでござる」


 ステラの安堵の声に、オタク忍者がお礼とも反省とも言える台詞を口にする。


「いや、見事な飛び膝蹴りであったぞ。あれがなければ旨味之介殿もやばかっただろうな」

「飛び膝蹴りって……お主、今まで何をやってきたのでござるか?まともな魔法の一つも使えぬのでござるか?一応火と水の魔法が使えるはずでござろう」

「くっ……旨味之介殿は今回活躍したでござるからな……反論できぬのが悔しいでござる……」


 アランのからかうような声に、旨味之介の煽りが続き、オタク忍者は拳を握りしめてプルプル震えながら悔しさを堪えている。


「まあまあ、あんなのと戦って生きてただけでもいいじゃねえか」

「そうよ。ステラとフレイムには今度、何かお礼をしなきゃね」


 リッキーがそんなオタク忍者をなだめ、キャンディが賛同した。

 それから間を置いて再びリッケンベルクシュタインが口を開く。


「しかし、フレイム殿の戦い、拙者も見てみたかったでござる。あのドラゴンを吹き飛ばして気絶させるなんて、凄まじい迫力だったでござろうな」

「うん、すごかったよ。でも、フレイムにお願いしなきゃいけないほどのピンチにはもうなりたくないかな……」


 そんなステラの言葉に、リッキーがそりゃそうだ、と言うと、和やかな笑いが起こった。ペロとアルフ、レッドのコンビは疲れたのか仲良く三人で眠っている。


「そういえば、フレイム殿はずっとこっちにいるわけにはいかないのか?今回はもう閉じたみたいだが、『門』を開くための『勇気』は『召喚』を使う際に、ラグナロク殿が行き帰りの分をまとめて確保してあるのだろう?」

「ああ、その通りだ。アランはするどいな。まず、行き帰りの分というが、呼び出された後も『門』は完全に閉じているわけではなく、少しだけ開いたままで向こうから『神力』を貰い続けておるのだ。だから、帰りの分まで閉じて初めてステラの『勇気』の消費が止むのだな」

「なるほど、『召喚』でこちらに居すぎるとステラが危険というわけか。今はもう『門』を帰りの分まで完全に閉じている状態だと」


 フレイムの説明で、アランは納得したようだ。


「さっき身体の周りがぽわ~んって光ってたのも今はないもんね」


 ステラがそう言うと、フレイムは頷いた。


「うむ。そういうことだ。あとはもう一つ、我々は、こちらの世界の食べ物では腹がふくれん。先日飲んでもらった『神水』があるだろう?ああいった神製品を向こうで食すことにより、我らの腹は満たされるのだ。こちらで食べても食べ物に備わる『神力』はついてこないからな」

「へえ~。神様も色々大変なんだね」


 そうして、戦いの後の平和な時間は過ぎていった。

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