あなたを離さない

あきはる

第1話


 俺はおっぱいが好きだ


 だけど、でっかいのじゃなく

 小ぶりのおっぱいが好きだ


 つまり、おまえはとんでもない巨乳であるけど

 俺はそんなに大きいのが好きじゃなく

 おまえの体が目的じゃないってことだ


 俺は、そういう他の下劣な連中とはちがう


 胸とか、そういうとこじゃなく

 おまえの声とか、優しいところとか


 いや、そうじゃない


 全部が、全部、とにかく好きなんだ



好きな女の子の家で

しかも、彼女の父親の前で告白する

そんなことは人生で最初で最後だろう


彼女はおっぱいとか巨乳とかいう単語が出るたびに

体を震わせていた


彼女はとても綺麗で、胸が大きくて

男たちにそういう視線で見られ続けてきたのだから

そういう言葉を耳にするだけで嫌なんだろう


彼女の父親だと紹介された男は

苦虫にがむしを噛み潰したかのような

ひどく怒ったような、難しい顔をしたままだ


殴られるかもしれない

嫌われるかもしれない


それでも構わなかった


彼女が引っ越して

自分の想いを伝えないで終わるなんて嫌だった



その状況に耐えられなかったのか

彼女のうしろに立つ父親が動いた


なにかが光って眩しい



 お父さん、やめて



静かだが、強い意志のこもった声で


彼女は慈愛に満ちたやさしい微笑みでくちびるを開いた



 うれしい

 ありがとう


 あたしのことが好きなのね?




 身体からだだけじゃなくて

 あたしの全部が好きなの?


 あなたの知らないけがれた部分や

 悪いところもあるのに?


 それをあなたがすべて受け止めてくれる?


 ほんとうに?



 あたしのことがどれだけ好きなの?

 

   命を賭けられるぐらい?


       命を捨てられるぐらい?


     命を捧げられるぐらい?



ゆっくりと彼女は崩れていく


彼女の中身が出てくる

脳が痺れるような

甘い、とても甘い匂いを放って、彼女自身が



 ねぇ

 この子、あたしのことが好きなんだって


 だったら、食べちゃっても良いよねぇ?



人の形に擬態ぎたいすることをやめた彼女は

彼を逃すまいとおおうように広がっていく


彼の顔は恐怖で引きったまま、腰を抜かして倒れ込んだ

ズボンが黒ずみ、床に水たまりができる




静かな音がする


彼女が咀嚼そしゃくする

なにかをくだき、体液をすす


起きていることに比べて、音は驚くほど小さい


彼女の食事姿はあまり見たくない

だから、背を向けて壁を見ている


彼は苦しまずにけたのだろうか?


こんなタイミングで銃を出すつもりではなかった

動転して出してしまったが誤魔化せるだろうか?


 引っ越しを急がないといけない


 この子で4人目だ

 さすがに、ペースが早すぎる



彼女は私の言葉には応じない



 どうするつもりだったの?



隠した拳銃をとがめて問うてきた



 いつの間に、そんなものを手に入れていたのかしら?



 きみを守るために

 今回みたいなことが起きないとも限らないから



 そうなの?

 あたしは大丈夫なのに


 あなたはやさしいのね


 それとも嫉妬かしら? うれしい



なにかを言い返そうと

振り向いた私の目の前には

美しく潤んだ双眸そうぼうがあった


こちらが思っていることを

すべて見透かすかのような深い深い黒が広がる


やわらかく白い手で

ぺたりぺたりと、私の顔をぜた


彼女は元の姿に戻りながら

私の反応を楽しんでいるようだった



少年の姿はすっかり消え

わずかに残った小便の染みだけが

彼がすこし前まで生きていたことを伝えていた



 この服、気に入ってたのに

 悪いけど、また新しいのを買ってね



切り裂かれ、汚れた服をつま先で退けながら言う

とても、やわらかくて、耳に心地のよい声



 でも、懐かしいね

 もう、30年も前になるのかな?


 あなたもこうやって、あたしに告白してくれたでしょう?

 おぼえてる? あたしはおぼえているよ?



覚えている


後悔もしている


だから



 あなたは特別だからね


 愛しているわ



嘘だ、彼女は嘘をついている

彼女にとって、私との生活はたわむれにすぎない


おもしろがっているだけなのだ

たまたま、気が乗ったから、私を生かしているだけ


銃をそのまま

彼女の胸に突きつける


雪のように白い肌に、無機質な黒い銃身がなまめかしい


彼女はやさしく笑ったままだ



 どうしたの? 駄目よ?

 そんなものじゃ、あたしをどうにかできない

 わかっているでしょ?



引き金に力を込め

衝撃と火薬がぜる音がした


だが、それだけだった


普通の人間であれば

その身を貫いていたであろう弾丸は

彼女が指先でつまんで、もてあそんでいた



 危ないなあ、悪い子だね



彼女はその場に崩れた私を引き寄せ

やわらかな胸で包み込む



 あなたを 離さない



とても、甘い匂いがして

私は泣いた


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