第5話

 数日が経ち新進気鋭のパーティーがリタイアした事は、シングの港とプエルタの入口双方でちょっとした話題になった。


 上昇志向の強い者は上の席が空いたことを喜び、安定を望む者は優秀な働き手の喪失を惜しんだが。すぐに自分たちの冒険に戻った。


 残ったレビオ達も友人知り合いに事情を説明して回った事、発端が貴族の不幸であったこと事から、噂に余計なものがつく前にとるに足らない話題として消費された。


 入口の町プエルタの空は快晴。住民はいつも通りの日常を謳歌し、活気あふれる街並みは人々の雑踏に包まれている。

  

その中で町の中心に立つのはギルド会館だ。重厚な石造りの小城は町で一番最初に建てられたもの。迷宮の入口を囲むように建てられた石造建築物は、町の中心になるように開拓当初から計画されて建てられたものなのだ。


 シングの町が在った場所に上陸した島の第一次調査団が、迷宮探索用の前線拠点として作った砦を幾度も増築した結果が始まりとなっていて。とにかく古いし、かなり大きい。

 入口は三つ存在し、正面から右には武具屋、左には道具屋、中央はギルドの受付カウンターや依頼掲示板などに繋がる扉が在る。

 ギルド会館の内部に様々な店舗が連なっている理由は。かつての前線城塞だったころの名残だ。


 今では会館の外を少し歩けば、道に沿って結構な数の専門店が所狭しと並んでいるが、昔のこの島にそんなものがある筈もなく。連れて来た職人に全ての人員の装備を作って貰っていた。と、エルフの知り合いが言っていたのをレビオは覚えていた。


 現在の会館では初心者向けに安価な探索装備を一式販売していて、彼もかつてはお世話になっていたのだ。


「それで?新しい仲間は見つかったのか?」

「いや、それが全然」


 そんな会館前の広場に面したカフェテラスのテーブルに掛けるのはレビオとドレン。いくつかの書類に目を通しながら食事をつまむドレンと、すっかりくたびれた様子のレビオは対照的だ。


 四人掛けの丸テーブルの空いた席には二人の荷物が置かれている。書類の詰まったファイルがいくつも押し込まれたドレンのカバンと、迷宮帰りと思わしき素材がはみ出たレビオの探索用の背嚢だ。


 カフェには二人のほかにも冒険者と思わしきグループがそれぞれの時間を過ごしている。迷宮産業で成り立つこの島では飲食店でも武装したまま入れる店が多いので、作戦会議や反省会などにも利用される事が一般的だ。


 一目置かれる銀ランクであること、先日の話題の中心だった一党でもある二人には同業それ以外を問わずそれとなく聞き耳をたてられているが。この場で一服していることには疑問をもたれていない。


 二人も注目されることには慣れてしまい、好奇の視線には反応すらしなくなっていた。


「猟兵はつぶしが利くと自分で言っていただろう?お前ほどの腕なら食いっぱぐれは無いと思ったがな」

「それがさぁ……」


 レビオは話を始める前に果実ジュースでのどを潤した。ドレンも特に気にせず、書類を見ながら何かを書き込んだりしている。


「ちょっと前に穴師が来たろ?俺たちが潜っている間にあの調査の結果が張り出されたらしくて、それによるとここら辺のラインはしばらく変動が無いんだとさ」

「ああ、そういう事か」


 レビオの言う事にドレンは少しだけ思考を傾ける。


 穴師とは世界に張り巡らされる迷宮の仕組みと成り立ちを解き明かすことにすべてを捧げている学者たちの総称で、冒険者にとっては身近な存在だ。

自ら危険な迷宮に潜ることも、そのために冒険者を雇うことも日常茶飯事で、ドレンたちも彼らの依頼を受けたことがある。

その知識量は莫大で、国家の管理のもとに集積されたそれらは迷宮にかかわる全ての者たちに利益をもたらしていた。


 それゆえに、彼らが言う事には一定の信用があり。新人の冒険者でも真剣に聞く価値が周知されているのだ。


「「猟兵は部屋が動かないと仕事が減る」か?」

「そう!前の流動から変化なし!調査必要なし!仕事なし!」


 猟兵は冒険者の兵科では最も重要なものの一つだが、その優先順位が下がる時がある。

 一定周期で全ての環境が変化する迷宮内部では、その階層の情報を知ることは直接自分たちの安全と成果に繋がる重要なものだ。

そのため冒険者ギルドは円滑な冒険を推奨するために志願者を募り、私財を投じて教育を施し、探索の専門家を育成する。それがレビオを始めとした猟兵たちだ。


 しかし彼ら猟兵は初見の領域を調査することに長ける代わりに既知となった迷宮ではよくいる斥候でしかない。


 もちろん迷宮探索において斥候は重要だが、それはもともと組んでいる猟兵に任せればいい。

未知の階層に挑むのであれば知恵を合わせるために雇い入れることもあるだろう。しかし、しばらくの間迷宮が変動しないことが周知されていれば、わざわざ分け前を減らす選択はとらない者のほうが多かった。


 の猟兵というのも引っかかる。例えそのつもりが無かろうとも、駆け出しに混ざるには強すぎて、既存の一党の加わるにも先任の猟兵との兼ね合いが難しくなるのだ。命を預ける相手は慣れ親しんだ方が選ばれやすいのが冒険者の性質だった。


 ドレンは書類を見ていた視線を対面に座る仲間に向けて口を開く。


「つぶしがきいてねぇじゃねぇか」

「ぐふっ!」

「少し前の無駄に根拠のない自信はどこから来ていたんだよ」

「うぐっ」

「もう何処かに入れてもらうんじゃなくて一人で潜れ」

「俺に死ねとっ!?」


 口さがないドレンの攻撃にますます落ち込むレビオは頭を抱えてしまった。当の本人は再び手元の書面に意識を移し、テーブルは沈黙に包まれた。


「……確かにそれも考えたんだけどな?」


 頭を抱えていた両腕を組みなおしレビオは言葉をこぼした。


「けどなんだ」

「儲けが悪い。報酬総取りでも足が出る程度には割に合わん」

「一人で潜る範囲なら道具の質を落とせんのか」

「俺は無理。浅くても粗製の道具じゃ怖くて潜れない」

「……そうか」


 この町でも上から数えた方が早い技量を持つ猟兵にしては弱気を通り越して臆病ともとれる発言だったが、ドレンは特に気にすることはない。


 この腕のいい同僚がそうとうな用心深さを持っているのはよく知っているからだ。実際、その慎重な行動で命を救われたこともある彼としては、レビオの発言の内容で気にする所はそこではなかった。


「一人が無理なら。俺たちが潜って帰ってこれたルートがしばらく固定化されているのなら、其処への案内でもしていればいい。覚書でもそれなりの値でさばけるだろ?」

「めぼしい知り合いにはもう掛け合ったよ。でも、信用できるところはとっくに潜っていってるとさ……流石だよなー」


 半ば愚痴に近づいてきたレビオの言葉をしり目に、ドレンはテーブルに広げていた紙片をまとめ始めた。

そろそろ席をはずそうという意思を感じたレビオも、荷物をとって席を立つ。


 会計を済ませた二人は申し合わせたかのように同じ方向へと歩き始めた。

 二日ほど前にワーグが町を出たのを見送り、かつての仲間はお互いだけになってしまった二人だが。特に引き留める気も止められる気もなかった。


 これは無関心なわけではなく一定の信頼に基づいた放任に近いものだったが。それを知らない周囲からすると、この二人の間には契約以上の情が無いようだと認識されていた。


「ところでさっきから何見てたんだ?移籍先でも探してたのか?」

「そんなものはとっくに決めていた。これは借家のリストだ」


 ドレンの方は順調なようだった。レビオは更に追い込まれたように感じた。


「へーどこに決めたんだ?迷宮がある所?」

「地価が安くて税金が安くて新規事業者に支援金が出るところだ」

「そんな都合のいい所あったのか?」

「あったぞ」

「本当かよ……」

「相当な田舎だけどな。まあ、余計なしがらみもなさそうなのが気に入った」


 書類を小脇にかかえたドレンは機嫌よく答えた。石畳を歩く歩調もどこかはずんでいるように聞こえる。

 それなりに付き合いが長いレビオも、ここまでご機嫌な姿は滅多に見ていないことから彼の事業への想いの一端を知る。


「じゃあ俺はまたギルド行ってくるわ」

「ああ。まあ、死なない程度に励めよ」


 そう言い残して別れた仲間の背を見送ったレビオは、踵を返してギルドへと足を進めた。

 少し潜ってみるか……彼の胸中はいまだ見通しが立たないことへの焦りもあったが。それと同じ程度にはこの状況を楽しんでいた。

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無限迷宮の猟兵 @guritto

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