第4話

 午前中にちょっとした里帰りを済ませた後、レビオは晴れやかな気持ちでプエルタに戻った。


 この町は迷宮の入口を管理する為に築きあげた城壁の中に、冒険者の探索を手助けする施設をたっぷりと備え付けた造りをしており。観光客もあまり近づかない。外から来た客向けの施設があるシングの町とはまた違った活気に満ちている。


 街の人ごみの質もガラッと変わり、其処彼処を武装した同業者がうろつき、種族も年齢も違う人々が活動する風景は、レビオは色とりどりの花畑の様で好きだった。


 昼時の町には探索を午前で切り上げ疲れた様子の一党や、これから挑まんと鼻息を荒くする血気盛んな一団が腹をすかして食堂へ詰めかけている。どこもかなり混雑していて、並んでまで一人飯を食う趣味も無いので、広場の屋台で適当に食べれる物を買った。


「むぐむぐ……うん、うまい」


 円筒形に焼いたパンに汁気が少なくなるほど煮込んだ具材を突っ込む料理は具材の汁がパン生地に良くしみて、思わず包み紙ごと行けてしまいそうなほど美味かった。


「ふう……」


 ついでに茶も買って隅のベンチで一息つけたので広場に目をやると、どうやら新人と思わしき一党が緊張した顔でギルドの方へと向かってゆくのが見えた。


「懐かしいなぁ」


 冒険者になって五年経つ。今思えば、当時の力では危険な仕事をいくつも切り抜けてきたが、いつもその場を打開する事が出来たのは仲間の存在が大きかった。

 技能を身につける訓練だって。一人では資金繰りが厳しいものだったが、その時も一党の共用資金から出してくれた。


 勿論、その恩恵を受けるのは全員な訳だから出すのは当たり前なのかもしれないが。こと金が絡むと集団と言うのは揉めやすい。

 知り合いの一党が金でもめて解散した場面もいくつか見て来たこともあり、仲間たちには今でも深く感謝している。


「しかし、今は俺一人か……」


 竜も仕留め。それまでの活動で、いっぱしの猟兵として名が売れて来た所でこの顛末。あまりにも無残だ。

 流石に三年半も組んできた仲間と同等の人材が直ぐに見つかるとは思っていない。

 だからこそ、一刻も早い行動が必要なのだが。その前に彼にはやるべき事があった。


「よしっ、いくか」

 包み紙と空の容器をくず入れに放り込み。レビオは晴天の空の下、冒険者ギルドへと歩いて行った。




「すいませーん、一党「ネルアドム」担当のナーシェスに取り次いでもらえますか?」


 昼過ぎのギルド舎で、レビオ達五人の一党に付けられた担当職員を呼んでもらうよう、受付のお姉さんに申し込んだ。


「かしこまりました。ギルド証を拝見したいのですが」

「はい、どうぞ」


 ギルド所属の証である金属製のカードを渡す。お姉さんはそれを手慣れた手つきで魔導具にすかし、すぐレビオに返した。


「確認できました。直ぐに向かいますので、六番ボックスにてお待ちください」

「分かりました。ありがとうございます」


 一言お礼を言って、さっさと言われた番号の敷居の中へ入った。


 シンプルに机と椅子が並んでいるだけのスペースを薄緑色の囲いで仕切ってある。一応、軽い防音のルーンが書いてあって。よっぽどの大声で喋らなければ外に音が漏れない様作られている。と、レビオはルーンキャスターの知り合いに話を聞いた事があった。


 入口側の席へ座り、暇なので道で拾った石ころを弄っていると。ダカダカダカ!と此方に向かって走って来る足音を響かせて来る気配があった。


 ガッチャンッ!!バタンッ!!


 ドアを思い切り乱暴に開け閉めして入って来たのは、ギルド職員の制服に身を包むレビオにとって見慣れた顔だ。


「レビィッ………」


 やけにドスの効いた声で彼を呼んだのは、彼ら一党「ネルアドム」の相談役であるナーシェス・カルドラ。名前の通りカルドラ孤児院の卒院生で、レビオのいわゆる義理の姉である。


「朝一番でアンタのところの前衛二人から一党の脱退届が来たんだけど。これはどういうことかしら?説明してくれる?」

「ナーシェ姉。ちょっと大変な事になったんだよ……」


 切れ長の眼でレビオをギロリと見詰めて来る義姉は、大層美人だが凄むとおっかない。ただでさえこの人には昔から上下関係をられたのだから、個人的な用事ならさっさとここから逃げ出したいくらいだ。


 しかし、今日はそういう訳にもいかないので、今にも噴火しそうな義姉をなだめすかしつつ昨日の話を説明する事にした。

 どうか途中で怒鳴りません様に……。レビオは頭の中で話を組み立て、なるべく分かりやすいように伝えようと口を開いた。




「…………つまり、冒険者一党「ネルアドム」は本日を持って解散。サンドロス君とアイデンスさんは帰郷、残り三人は残留するけどネイガーンは移籍でワーグ君は休養を取るのね……」

「そういうことになりますデス。はい」


 アリオス達と話し合い決まった事を伝えると、義姉も少しずつ冷静になってくれて何とか怒りを修めてくれた。


「有望株だった一党がいきなり解散するだけでも厳しいけど。銀ランクが二人抜けて一人移籍とか、私の落ち度じゃなくとも文句言われるわ……」

「アリオスに関してはしょうがないでしょ。親父さんが亡くなったんだから」

「そうね……普通、サンドロス伯爵の急逝なんて予想出来る訳ないわね。それはともかく、ギルドからも何かを送る必要があるわね」

「そういうものだろうなぁ、ギルドも大変だねー」

「他人事みたいに言わないの。まったく……」


 義弟から出た情報について纏める義姉の姿を尻目に。レビオは、取り敢えずここに来た要件の半分をこなす事が出来た。


 この部屋に入ってはや数十分。途中、受付に居たお姉さんが飲み物を持ってきてくれた以外はずっと話をしていたので、流石に気疲れをしてしまっていた。


 彼が普段潜っている迷宮ならば、多少きつくともそれなりの気構えが出来ているのだが。身内とする業務内容に関する会談は、一党結成時から行っていてもなかなか慣れる事は出来ない。

 一口、出されたお茶を飲み口を湿らせて。レビオは自分の今後についての話をする事にした。


「それで俺の今後についてだけど……」

「どうせ新しい仲間のアテでしょ?」


 口を開いて直ぐに、要望を全て言い当てられるとは思わなかった。

 そんな顔をした彼を見て、義姉は更に呆れた顔でこう言ってきた。


「何でわかった?みたいな顔しないの。何年の付き合いだと思ってんの、それ位は顔見たら分かるわよ」


「そっかぁ、わかったかぁ……」


  流石、俺のおしめを変えてくれた人は言う事が違う。そんな義姉に対して、彼はもうそんな返事を返すことしかできなかった。


「とりあえず、この事と一党解散の事を上に伝えたあと探しておくから。今日の所は帰りなさい?」


 話の要点を書き綴ったノートを閉じ、荷物を纏める義姉さん。

 レビオはこの人にはこれからもお世話になるつもり満々だ。


「りょーかい。よろしくな義姉さん、明日また来るよ」


 なのでとりあえずニッコリ笑って愛想よく挨拶してみることにした。


スパァンッ!!!


 義姉は無言で生意気な義弟の頭をはたいてから手を振って退出していった。

 うん。まだまだあっちの方が上手であるな。レビオはそう思いつつ、このあと少し頭の痛みが引くまで六番ボックスから出られなかったのだった。





 

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