第3話
ガレオーナ侯爵領ぺガナ島はロマーシュ王国の東端。メリネラ海を船で行く、そこそこ大きな島だ。
国内で最も大きな迷宮産業の要地として、数百年の間、王国の冒険者たちの供給先になっている。
N字型の島一つにわざわざ二つの町を造り。それぞれが冒険者の為に必要な設備を備え付けたものと、迷宮の入り口を封鎖できる作りの物となっている。
そして町と町の間を万が一迷宮から魔物が噴出した時に備え、島を横切るように作った要塞で仕切ってあるのだ。
数代前の侯爵家当主の名を関する「テテュス・ゲート」と名付けられた城壁の門を超えると、この島で唯一の港湾施設のある町、シングが見えてくる。
迷宮から出土した資源を加工し、本国の市場へと輸送する為の職人街に加え。船乗り向けに開いた店が軒を連ね、観光客が宿泊する小奇麗な宿も立ち並んだ様相は、真白の壁面に映えた彩り豊かな街並みがこの地の活気を体現している。
竜を討伐した翌日の朝。実家の伝手をもって
ドレンは地価の高いこの島で店を構える気は無く、今はギルドで移籍の為に書状をしたためている頃だろう。
ワーグも本格的に里帰りをするにあたって。身の回りの整理をする為、このあとは別行動を取る。
そうして一人、この地に残るレビオは。降って湧いたこの時間を、自分の育った孤児院へ行く事に使うと決めた。
いつも賑やかな大通りを、人の間を流れる様にすり抜け。少しずつ町のはずれへ歩いて往く。すると石畳もまばらな道の果てに、レビオには見慣れた古ぼけた館が見えて来た。
「しばらく見ないうちに、またボロくなってるな」
迷宮には幾多の危険が存在し、その地を進む冒険者たちは不死身の英雄ばかりではない。当然、志半ばで力尽きてしまい、この世に身内を残していく者は一定数存在する。
そんな子供たちの受け皿の一つがこのカルドラ孤児院だ。
「おーい!誰か居るかー!」
門の外から声をかけると、中庭で遊んでいたレビオの顔を知る子供たちが「あっ、レビ兄だっ!」と気付き。わらわらと近寄って来る。
「よーしよし、お前ら元気だったかー?」
元気盛りの子供達が勢いよく飛びついて来るが。それを担いで回ったりわきに抱え振り回しながら館の入口に行く。途中、露店で買ってきていた土産を、遠巻きに見ていた年長の子へ手渡した。
その子はレビオにお礼を言ってから、手慣れた手つきで他の子供に分配し始め。子供たちは甘味の誘惑に翻弄され、包囲の目標を年長の子へ移したのだった。
「元気だなー、若いっていいねぇ」
その隙にレビオは表の騒ぎ声を聞いて出てきていた、卒院後も孤児院に留まり、運営を手助けしている同期の弟分に話しかける。
「しばらくぶりだなトーレ。先生はいるか?」
「レビ兄、久しぶり。先生なら院長室でお仕事中だけど、呼んでこようか?」
「いや、自分で行く。ちょっと邪魔するぜ」
レビオはそう言って手をヒラヒラ振ると、勝手知ったる我が家の様に院長室に向けて進んで行く。
カルドラ孤児院は大昔の冒険者が一代で建てた館を改装して利用している。その冒険者は老後を孤児救済に捧げ、私財を投じてこの館を孤児院にすると。自分の冒険者としての技術や心構えを子供たちに教えながら晩年を過ごした。
その彼の名にあやかり、卒院者たちは領主の名において「カルドラ」と姓を名乗る事を許されている。
彼の行動で助けられ、彼に憧れた孤児たちは。卒院後、優秀な冒険者としてこの家の活動を支援し、それが伝統として継承される事でレビオを含めた地元の冒険者を輩出している。
今代の院長もこの院で育ち、十数年前は冒険者として名を馳せていた猛者である。
コン、コン、コン。
「先生、いらっしゃいますか?レビオです」
院長室は館の二階、奥まった場所にある。ノックの後に、部屋の主へ呼びかけるレビオ。
「お入りなさい」
中から返事が返って来たので、一言断ると中へと入った。
院長室の中はレビオの記憶に違わず、かつての趣をそのままに月日がたったことを示す使い込まれた家具で構成されていた。
落ち着いた色調の絨毯に、質素な木製の応接セットが馴染み。部屋の主のかつての戦歴を示す鉄槌と、最後の獲物であった魔物の頭部はく製が壁に飾られている。
「お久しぶりです先生。しばらくお顔を見ていなかったので、立ち寄らせてもらいました」
「よく帰って来てくれました。おかえり、レビィ」
柔和な笑顔でレビオを歓迎する壮年の男性こそ、カルドラ孤児院現院長アリナウス・カルドラ。
レビオにとっては父の様な存在である。
「……そうですか。サンドロス殿が」
歓迎され、ここ最近のレビオが行った冒険の話をニコニコしながら聞いていた院長は。今日、レビオがここへ来るきっかけとなった話にまで話題が及ぶと。さっきまでの微笑みが引いてゆき、沈痛な表情でそう言葉をもらした。
「はい。正直、何時かはアイツ等とも別れる事も考えた事は在りました。けど、こんなにも急な事態になるとは思ってもいませんでした」
「そうですね。こればかりは、神にしか知る事の出来ないものです。人の身では知りようがありません」
そういうと院長はテーブルのカップに手を付け、紅茶を一口喉を潤す。
「それで、レビィは今後の活動はどうする気でいるのですか?」
「何分、急な話だったので。まだギルドに正式な報告も出来てはいないのですが。こうなっては今のパーティは登録を取り下げて貰う予定です」
「そうですか。あなたがそう決めたのなら、他のお二方とも話し合ったのでしょう?」
「はい。なのでまた、一から仲間を集めて迷宮にもぐるつもりです」
そう言ってレビオは自分のカップに手を付けた。
口に入れて直ぐに香るお茶の香りは、かつてここに居た時から変わらない馴染みのある銘柄だった。
物心つく前からこの孤児院に居たレビオにとって、その香りは心身共にリラックスできる定番の味に他ならない。
ここに来るまで纏まりきらなかった見通しが、今はある程度筋道を立てて構想を練る事が出来た。
「レビィはしっかりしていますね。貴方は昔からよく考えて行動できる子でしたから、私も安心してみていられます」
その姿を見る院長の表情は柔らかく、言葉通りの信頼をレビオに向けている事を示していた。
「ほめ過ぎですよ!そろそろ行きます!ご馳走様でした!」
そんな空気がむずかゆくなったのか、レビオは飲みかけのお茶を一気に飲み干し。荷物を掴んで立ち上がった。
「これから色々と忙しくなるでしょう。またいつでも帰って来なさい」
「……了解です。行って来ます」
慌ただしく出かけようとする自分の息子に、院長が掛けた言葉は正しくレビオに届いた。
院長室を出て、また群がってきた子供たちを相手にしながら。レビオは自分が知らぬうちにやせ我慢をしていたことに気付いた。
どうやら三年間共に過ごしたパーティの面々との別れは、思ったより堪えていたらしい。
その事に一つの区切りを付けるまでもうしばらくは掛かるだろうが。今の自分ならより良い方向へつなげられるだろう。
「レビ兄、もう帰るのか?」
「悪いなトーレ。これからギルドで手続きが在るんだ」
「そっか。じゃあナーシェ姉にもよろしく!また今度ね!」
「ああ、またな」
弟分と別れの言葉を交わし。レビオは孤児院を後にした。
その背をアリナウスは、院長室の窓から見えなくなるまで見送っていた。
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