第2話
「突然で済まないが、この一党を解散したい」
「「は?」」「えっ」
打ち上げも兼ねた夕飯の場で俺達のリーダーであるアリオスから出た言葉は、猟兵であるレビオが自らの耳の不調を疑う程に突拍子も無い話だった。
彼の右隣に座るドレンも、左側の席で頼んだ果実水を楽しみにしていたワーグも、きょとんとした顔で対面に居るアリオスを見ている。
主であるアリオスの隣でセルが神妙にしている所を見るかぎり、どうやらいつもの冗談では無さそうだった。
「よし、とりあえず飲み物が来てから続きを言え。話はそれからだ」
「ああ、それが良いだろ。ワーグ、其れで良いか?」
「は、はい」
いつもならば黙っていても五月蠅く感じる我らが一党の頭目は、顔をしかめてテーブルの上をにらむ様にして「すまん……」と小さく呟いた。
贔屓にして度々利用している飲み屋の個室だが、一党の頭目を中心に未だかつてない沈黙が支配する空間になっている。
そもそも、ついさっき共に探索を行い帰還していた時と比べて、二人の様子は明らかにオカシイ。
なので一度レビオはここに来るまでの道程を思い返すことにした。注文の品が来るまでには心当たりの一つでも見つかるだろうと考えて。
ここ半年で一番の獲物を仕留めた一党のメンバーは。熱波渦巻く迷宮から無事帰還し、火竜の素材の提出と討伐の報告を済ませた足で公衆浴場に走った。
汗も汚れも酷かったがそれよりも我慢ならなかったのは、体に染み込みそうなまでに付いた硫黄と竜の血の匂いだ。
周りの同業者たちにも白い目で見られたのは勿論、報告を聞いていたギルドの係員も我慢しようとしていた事も申し訳なかった。
一党の中では一番の薄着なワーグが一つくしゃみをしたところで手続きが終わった所で、本格的に体が冷える前にギルドの直ぐ隣りに在る石造りの公衆浴場へと入った。
入口を潜ったのは全員同時だったが、レビオが出ようとしたときはワーグしか浴場に居らず。ドレンが脱衣場で体操していただけで、あの二人の姿はなかった。
おそらく急な解散を告げる必要に駆られる何かの知らせを受けたのはその時だったのだろう。それからここに来るまでの間、妙に静かだとは思ったが。今日の戦果を鑑みれば疲労によるものとしか思わなかった。
「どうもー、ご注文の品持って来ましたー」
軽い状況把握の時間の終わりを告げるウェイトレスの声が回想していたレビオの意識を引き戻す。
部屋の沈黙に居心地悪そうにしていたワーグが率先して飲み物を受け取りに行こうとするのを、ドレンは面白そうに見ていた。
「いや、見てないで手伝えよ」
レビオは思わず口をはさんだ。
飲み物も行きわたり各々の腹を満たすメニューを頼んだ後、彼らは一先ずのどを潤す事にした。
この一党で酒が飲める年齢なのはセルビオ、ドレン、アリオスの三人。最年少のワーグとギリギリ年が足りないレビオは果実水だが、残りの三人は同じ銘柄のエールを頼んでいた。
「一先ず乾杯しようぜ。大仕事の後なんだからさ」
「解散話を控えてか?」
「うるせー、コッチはこの後も素面のままなんだよ。せめて場に酔わせろ」
「ははは……」
ドレンから横やりを入れられたものの、反対する奴もいないので全員で乾杯した。
よく冷えた水に混ぜられた柑橘の香りと蜂蜜の僅かな甘みが、乾いた体に染み入る様だ。一杯目を一気飲みしてグラスをテーブルに置くと、他の奴らも同じタイミングで飲み終えたようだ。
「くはー!四肢の隅まで染み入るなぁ!」
「とても暑かったのでよりおいしく感じるのでしょうね!」
「正直に言うと、あの環境は人の活動する場所ではないと思いましたね」
「セルは特に重装だからな。俺も地肌が出ている所が焼けそうだったよ」
「俺は背嚢の触媒が変質しないか冷や汗かいたけどな」
「大丈夫だったのか?それ」
「何とか無事だった」
飲み干した容器を片手に語るのは今日の出来事。この後に不穏な話を抱えているせいか、口々に出たのはまず迷宮の非常識な暑さの事だった。
このまま平穏に事が進めばよかったのだが。彼らのリーダーはこういう時にこそあえて突っ込んでくるのを、レビオは今までの付き合いで知っていた。
「さて、それじゃあ喉も潤った事だし。食事の前に嫌な話を済ませようか」
「嫌も何もいきなり何を言っている?」
「説明しよう。言いたい事も在るだろうが、一先ず最後まで聞いてくれ」
「良いだろう。これ以上突拍子も無い事は言わないでほしいが、黙っておいてやる」
こういう時にまず疑問を投げかけるのはドレンだ。錬金術師にしては血の気が多いのが玉に瑕だが、その探求心と積極性にチームが助けられた事の方が多かった。
アリオスもそれが分かっているので、口調については特に問題にしていない。寧ろそのズケズケと物言う気性を気に入っているくらいだ。
「ありがとう。では、解散と結論付けた理由についてだが。簡潔に言えば俺の父が急死した」
先に飲んでいてよかったとレビオは思った。口にものを含んでいたら正面の二人に中身を吹き出すことになっていただろう。
「えっ……アリオスさんのお父上というと……」
「ああ、そうだ。クゾークス・レア・サンドロス伯爵。この国の貴族だ」
「成程、それは確かに一大事だな」
ワーグの言葉に何でもないかのように答えているが、アリオスの両手は隙間も無いほどに握り締められている。ドレンもそれがわかっていて必要以上に問いかけようとしていない。
血のつながった実の父親の死がどれほどの衝撃なのか、孤児院育ちのレビオには慮る事しか出来ない。
「今は母が家で葬儀の用意を取り仕切っているらしい。俺も後継者として至急領地に戻らねばならない」
たとえ貴族だろうが夫を亡くしたばかりの母を一人にしたくないというアリオスの気持ちはレビオにも理解はできた。
しかし、だからと言って解散までする必要はあるのだろうか?
確かに今までどうりの活動は難しいだろうが、実家に帰る頻度を増やせば済む問題だと思うのはレビオのわがままだろう。
それを自覚しているからこそ。レビオは口をはさむことはなかった。
「一応一人息子なものでな。その後はまあ、家を継ぐことになる。冒険者としては廃業だ」
「それはしかたないな。むしろおまえ長男だったのか、そっちの方が驚いたわ」
そんな重要な立ち位置で何で冒険者になった。と、レビオは口から出そうになるのを喉に引き戻し。一応の理解を示すと、今度はセルビオが疑問を口を出した。
「おや?アリオス様は伝えた筈とおっしゃっていましたが、話されていませんか?」
「聞いた覚えがないな」「ぼくも聞いてません」「同じく」
「アリオス様」
「……マジか」
これは本人だけが言ったつもりになって全然伝わっていなかったパターンだな。
そう思った彼らにとっては見慣れた主従漫才だが、これも見納めになってしまうのだろう。
流石に本人の落ち度がない上に、実家の都合で引退するのを無理に引き留める訳には行かない。
ドレンもこれは説得も無理だと思ったのか、早々に引き下がって料理を待つ始末。
ワーグはまだ状況の展開速度に追いついていないが、もうすぐ飲み込めるだろう。残念だが、彼ら五人がこの面子で冒険する事はおそらく二度とないのだという事に。
「まあ、そんな理由が在るのなら仕方がない。二人もまあ異議はないだろ。具体的な分配についての話はメシの後で良いか?」
「そうだな。俺も腹ペコだ」
「俺達の最後の相手が竜とはな、おとぎ話ならめでたしで終わるんだがなぁ」
「ふっ……」
「さて、俺も身の振り方を考えねばな」
「錬金術師はつぶしがきくだろ」
「猟兵のお前には言われたくない」
「ボクはどうしましょう?」
「この前里帰りがどうこう言ってたろ。一回帰ってみればいいんじゃないか?」
「そうですね……そうしてみます」
「セルは付いて行くんだろ?」
「勿論です」
一度決まれば話が早い。それから彼らは出てきた料理をむさぼるように腹に収めると、一党の解散に向けた話し合いをして宿に戻った。
装備は各人の持ち物にしておくことで一致したので問題なかったのだが、一党の共有財産の分配については少し話をつめる必要があった。
アリオスたちが頭目の一方的な理由による解散だという事で、自分たちの取り分の受け取りを遠慮していたが、あらかじめ解散時には五等分するのが契約だったと三人が説き伏せて受け取らせた。
ドレンはこれを機に拠点を別の町にするらしい。確か自分の店を持つのが夢だと言っていたので、それが叶えばいいなとレビオは勝手に応援している。
ワーグも一度故郷に戻ると言っていた。一党の中では最年少で、レビオは勝手に弟の様に思っていた。同じ孤児だという事もそれを後押ししている。
そして、最後に残ったレビオだが。この迷宮の入口がある街が故郷の為、今の所拠点替えの予定は無く。一党解散の後もここで活動を続けるつもりだった。
つまり……また一から迷宮に挑む仲間を集める必要があるという事だ。
明日からの予定がすべて変わってしまった事を忘れる為。レビオは借りている部屋へ帰ると、さっさと寝床へと飛び込むのであった。
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