無限迷宮の猟兵
@guritto
パーティーが解散してしまいました
第1話
『Gyaooooooooo――!!!』
「ゼァアァッ!」
熱波と共に襲い来る竜の咆哮が冒険者の
楯の中央に組み込まれた魔法玉晶の機能によって防護魔法が展開され、
「いまだッ!」
「まかせろっ!」
『大海の覇者ナヴァールよ!汝の一閃をわが刃に!ティアーエッジ!』
背後からかかる猟兵の合図に従い。火竜の鱗を切り裂くため、付与剣士は火竜へと走りながら水の力を己の得物に纏わせる。磨き上げられた鋼の刀身は透き通る青に染め上げられ、剣士の振るう斬撃を竜の鱗すら切り裂く一閃と成した。
『GUrrrrr……』
胸部を袈裟懸けに刻まれた竜は、傷の痛みに怯む。
縄張りの中では絶対王者である自分が、群れているとはいえ五人程度の
「出来たぞ!直ぐ撃て!」
「了解!」
そしてこの一党はその迷う間を無為に使うほど愚かではない。錬金術師から渡された「淀み」の力を濃縮した薬液弾が、猟兵のもつスリングショットに装てんされる。
水の力が渦巻く水脈迷宮に生息する肉食カエルの舌を加工したスリングショットは。素早く、そして迷いなく薬液弾を放ち、瞬きする間に標的である竜の傷へと迫る。
前衛の重騎士と付与剣士により牽制され思うように動けない竜は、さっき付けられたばかりの斬傷に薬剤をぶちまけられた。
カエルと同じく、水脈迷宮に自生する毒草などが触媒となって抽出された、闇と水の複合属性である「淀み」の魔法薬。
その効能は直ぐに現れる物では無いが、火竜の弱点である水属性の刃で傷つけられた後に打ち込まれたそれは、再生を阻害し確実に竜の生命力を削っていく。
『GoAroooooN!!』
「無理はするな!血を流すだけ弱る!」
僅かな間にどんどんと不利になって行く己の状況。しかし竜の脳裏に引くという選択肢は存在していない。
この竜が血気盛んな若い個体だという事。それに加えて縄張りであるこの領域を支配した後、外敵により脅かされた事が一度も無かったことが、知らぬ間にこの竜の傲りになっていた。
「たかがヒト風情に」。その考えとそのヒトから受けた傷の痛み、「淀み」の力に由来する倦怠感の進行から竜は判断を誤り。命を拾う最後の機会を逃した。
今日この時まで幾多の獲物を屠ったブレスは騎士の盾に防がれ、強靭な四肢と爪は時間が経つごとに鋭さを失い、長く美しい尾は付与剣士の一撃と打ち合い、あっけなく斬り飛ばされた。
その間、冒険者の一団も無傷では済まなかったが。聖術士の少年が放つ癒しの力は、竜が弱り切るまで一党の命をつなぐことが可能だった。
『Oooooooonnn......guooo……o……』
戦端をきって約半時間。遂に竜は力を使い果たし、最後の嘶きと共にその巨体を地に横たえた。
「ハア……ハア……」
「やったか……」
死闘を制した一党も、体力をほぼ使い果たし、竜討伐の喜びを露わにする余力も尽きていた。
猟兵が慎重に竜の骸に近づき、確実に仕留めている事を確認すると。気を張っていた聖術士の少年は、此処でようやくその場にへたり込んだ。
「はあぁ~つ、疲れましたね……」
まじめでしっかり者の少年から珍しくこぼれた弱音だったが、付与剣士は特に気にすることなく返事を返す。
「ああ、俺ももうヘトヘトだ。コイツの解体が済んだら引き上げよう」
「了解、じゃあさっさと始めようか。ドレン、やれるか?」
「あ”~ちょっと待ってくれ。少し休ませろ。流石にくたびれた」
ドレン、と猟兵に呼びかけられた錬金術師の青年は。あぐらをかいてゼイゼイ息を整えていた。
背嚢にたっぷりと詰め込まれた数種の触媒と、腰のホルスターに入れられた投擲用ガラス瓶という大荷物を負ったまま行われた竜との戦闘は、覚悟していたとはいえ後衛の彼にとってはとてつもない消耗だったらしい。
同じ後衛でも自衛用の盾と聖術士のシンボルである聖杖、防具を纏っただけの聖術士の少年は。もう息が整い猟兵の手伝いをしようとしている事からも、彼の負担が大きい事がうかがえる。
「レビオさん!手伝う事はありませんか?」
「ワーグ、俺はいいからドレンを診てやってくれ」
「了解です!」
聖術士ワーグにドレンを任せ。レビオと呼ばれた猟兵は解体用のナイフを手早く竜の身体に刺しこみ。重騎士は付与剣士と共に周囲を警戒しながら話をしていた。
「アリオス様、とうとう竜退治を成し遂げる事が出来ましたね」
「そうだな……。これもお前も含めた皆の働きのお蔭だ」
付与剣士アリオスは警戒を解かぬまま、腹心のセルビオへと感謝を告げた。
この忠実で優秀な重騎士が竜の一撃を凌ぎ続けてくれなければ、重傷者無しでの竜討伐は不可能であったと、アリオスは一人の剣士として確信していた。
溶岩と熱波うごめく火脈迷宮にて、新たに発見された若い火竜の討伐依頼。
自分達ならやれると信じ、事前の手間と時間を掛けた準備をして行った初の竜狩りだったが。死人を出すことなくやり遂げる事が出来たのは、作戦の出来と慎重な情報収集の賜物だろう。
錬金術師の具合を診ている聖術士の少年も、傷口へ正確に魔法薬を撃ち込みつつ竜の気をそらし続けた猟兵も、戦いの最中にその魔法薬を調合してくれた錬金術師も誰一人欠けようがこの成果は得られなかった。
素晴らしい仲間に恵まれた事を信仰する神に感謝しつつ、アリオスは猟兵に解体の進捗を問うた。
「レビィ!あとどれくらいかかる!」
「ドレンとワーグが来れば十分ちょっとで済む」「俺はもう動ける」「ボクも大丈夫です!」
「分かった、無理するなよ!」
「我々は警戒を続けます」
さっきより大分しっかりした足取りで、作業中のレビオの方へ歩いていく二人の姿を横目に、アリオスとセルビオは付近の警戒に戻った。
帰ったらまず公衆浴場へ行こう。火の魔力に満ちた迷宮内は、そこかしこに溶岩が流れ茹だるように暑く。皆汗と汚れでドロドロだ。
依頼の報告と打ち上げはその後だな。と、考えるアリオスの口元は、子供の頃から夢見た偉業を成し遂げたことで思い切り笑みを浮かべていたのだった。
千年前起こった前代未聞の大人災「崩厄」。
その異変が起こる遥か昔から、星の表皮に張り巡る大地の継ぎ目には、深く広大な迷宮が広がり。人はそこから手にするモノで栄華を極めた。
「崩厄」によりその性質を大きく変えた迷宮には、貴重な資源、鉱石、地に沈んだ古代遺跡に古代都市、そこに眠る宝物の数々がひしめき合っていた。
時の権力者達は迷宮の探索者を広く求め、そうして集まった猛者たちを冒険者と名付け大いに支援した。
そうしてまた時は過ぎ、「崩厄」の記憶が薄れ始めたころ。ある研究者の一説が世界を沸かせた。
「迷宮の資源を掘り出す程に「崩厄」の再発を予防できる!」
それは幾つかの実験を経て立証され、冒険者達へ覆しようの無い大義名文を与えた。
熱狂と共に積みあがる屍に比例して迷宮の謎は解き明かされ。世界は迷宮の産物によって再び繁栄を始めている。
先の一党の者達もまた、各々が持つ願いをかなえるべく命を賭けて迷宮へ挑む冒険者。
世界は夢に満ちていて、野望の種は尽きる事ない。
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