第54話 VSジャバウォック
「……え……」
赤のキングの部屋で鏡を見ていたなぎは、何が起きたのか信じたくない思いでいた。
ありすも普段よりも幾分目を見開き、「あ……」と小さく言った。
白のナイトも唖然とし、白のキングもクイーンもソファにクラクラと倒れ込んだ。
ジャバウォックは叫び声を上げ、痛みで無差別に鉤爪を振り回して暴れていた。
「……紫庵がみーくんを助けてくれたから良かったものの……これって、……ドラゴンを怒らせただけ……?」
「……」
茫然と呟くなぎの横で、ありすは何も言わなかった。
信じ難い現実に、もはやパニックになっている兵士もいる。
「……まずい、戦意喪失して逃げ出してるヤツもいるな」
木の上から、紫庵が冷や汗を流しながら、右往左往する兵士たちを見下ろし、おそるおそる恐る弥月を見た。
弥月の戦意喪失が、この戦いにおいて最も致命的だと感じていた。
弥月は刃のない剣の柄を握りしめ、折れた刃をしばらくじっと見つめていたが、紫庵の顔を見上げた。
「オレ、剣って苦手。だから、コレとは相性悪かったかも」
「はああ!? ちょっと、みーくん、何言ってんのよー!? そんなこと言ってる場合じゃないでしょーっ!」
と、そこにはいないなぎの声が空に響いた。
あまりの大声に、弥月は垂れたウサ耳を外側から押さえた。
地上では、傷付いた眼を爪ではない部分でこすっているジャバウォックの周辺から逃げ惑い、兵士たちはなんとか岩陰に隠れたところだ。
「え……。で? お前、どーすんの?」
拍子抜けした声で、紫庵が
「いつも使い慣れてる道具の方が使いやすいんだよ、きっと」
「まあ、確かに……ん? それって……?」
「城のキッチンに戻って、適当な道具
親指を立ててニッと笑った弥月を、紫庵はあんぐりと口を開けて見た。
「道具って……まさか……」
「包丁に決まってるだろ?」
「まったく、みーくんたら! 紫庵のおかげでドラゴンに食べられずに済んだけど、もー! ハラハラさせて!」
なぎは鏡を見ながら冷や汗を拭った。
「ただいまー!」
ドアがバン! と開くと、弥月が平然とした顔で入ってきた。
なぎが声も出せずに振り向いた体勢で固まっていると、「調理場にあるナイフとか包丁取りに来た。今度は失敗しないから大丈夫だぜ! 心配すんな! じゃあな!」
にこっと笑って部屋から出て行った。
ドアは自然にパタン……と閉まった。
「もうダメだ! もうおしまいだー!」
「あああ! どうしたらいいのー!?」
途端に白のキングが頭を抱えて嘆き出し、白のクイーンも泣き出し、白のナイトがオロオロとなだめる。
ありすとなぎは、とにかく戦況を見守るしかない、と顔を見合わせてから鏡を見つめた。
「こんなところにいたのか、アールグレイ」
すぐ横に浮かんで現れた、見慣れたほわっとした笑顔と柔らかい声に、紫庵は滅多に見せることのないほど
「リゼ、無事だったか!」
「白のクイーンのロッドを取り返してきたよ」
紫庵の立つ同じ枝にふんわりと舞い降りたリゼは、紺色のローブの中から宝石の付いたロッドを取り出してみせる。
「やったな!」
木の上で再会を果たした二人は抱き合った。
「それで、ジョーカーは?」
「今回の件のは消滅した。もう出てこないだろう」
よくやったとばかりに、バン! と、紫庵がリゼの背を叩いた。リゼは普段以上の笑顔になった。
「下でもがいている大きいのがジャバウォックだね! 弥月は?」
「それが……」
紫庵がざっと説明し終えると、地面のウサギ穴から弥月がひょこっと顔を出したのが、ちょうど木の上の二人にも見えた。
「ダージリン!」
リゼが飛び降りて、地面に着地した。
着ているローブがふわっと浮かんでから、立ち上がると同時におさまる。
「げっ! リゼ! もう戻ったのか!?」
「ロッドは取り返したから、もう無理に戦うことはないんだよ」
「せっかくここまで来たんだから、ジャバウォックを倒して料理させてくれよ!」
「だったら誰も犠牲にしないでやるんだよ。誰かが巻き添えを食ったり襲われそうになったりしたら、ぼくが直ちにロッドを使ってジャバウォックを止めるからね。きみがやられそうになっても同じだよ」
「わ、わかったよ。一回で仕留めるから、待っててくれよー!」
「ホントに?」
「ホント、ホント!」
首を縦にこくこく振ってから、弥月が睨むように空を見上げると、辺りは暗くなり始め、少し風が出始めた。
空には黒い雲がどこからか集まって来ていて、地面でもがいていたジャバウォックが、傷付いた右目から青い血を流したまま、鉤爪付きのコウモリのような羽を羽ばたかせ、ゆらりと舞い上がった。
地上の兵士たちはますます困惑し、物陰に隠れた。
「な、なんか、空までがおどろおどろしく、……ラスボス登場にふさわしい景色に……! ジャバウォックもラスボス感ハンパないし……」
恐々と鏡に見入っていたなぎが心配そうにありすを見るが、ありすは何も言わず、じっと戦況を見守っている。
弥月は、ちらっとリゼを見て頷いてから走り出した。
リゼも慎重な面持ちで、弥月を見つめている。
雨雲の中がビカビカと光り始め、空にはゴロゴロと低い音が鳴り響いた。
低空飛行したドラゴンが口を開いた。
炎が噴射され、それをよけた弥月は急に斜めに方向転換して走り続け、長く太い尾に飛び移ると一気に駆け上がった。
その間にもバッサバッサと羽ばたいたジャバウォックが空高く浮かんで行き、木々の高さをも超えていく。
「みーくん! 危ない!」
鏡を通して響き渡るなぎの叫ぶ声に構わず、弥月はドラゴンの尾から背に飛び上がった。
ぐるんと首をひねったジャバウォックの黄色い目が弥月の姿を捉え、爪を振りかざす——!
が、巨大な爪をよけた弥月はそのままドラゴンの前足の甲を踏み台に蹴り上げ、さらに高く舞い上がった。
「これでキメてやる!」
弥月が包丁を振り下ろした時だった。
バリバリバリバリ……!!
光と
空と大地を揺らすほどに鳴り響いた凄まじい音と強い光が走り、ジャバウォックの頭から身体全体を包んだ。
「か、雷!?」
なぎがそう言った時には、鏡に映る兵士たちも騒ぎ立て、慌てふためいていた。
「偶然……なの?」
「ううん」
なぎの呟きに、ありすが首を横に振り、いつも通りの平淡な声で答えた。
雷を発動させていたのは弥月自身であったと、なぎは知った。
金色に輝きながら放電しているようにバチバチと火花を散らし、ジャバウォックに跨っているが、弥月はダメージを受けているようには見えない。
バランスを崩したドラゴンの身体は落下していき、地面に叩きつけられた。
地響きと衝撃で、地面を覆っていた石が剥がれて飛んでいき、
ジャバウォックの元から黒ずんでいた身体は、尋常ではない熱で一瞬にして焼かれ、ローストされていた。
弥月はちょうど木の上に落ち、枝につかまり、立ち上がった。
「……みーくんの本名ダージリンて、前に言ってたけど『雷』を意味するって……。みーくん、実は雷属性だったの……? 黒雲を呼び寄せたのはジャバウォックじゃなくて、みーくんの力……?」
放心状態のなぎは、自分でも気付かないうちに独り言をもらしていた。
その時、城の陰に隠れていたジャブジャブ鳥一羽が飛び立ち、逃げていったが、すぐに見つけた弥月がビカビカと放電しながら「逃がさねーぜ!」と、指先を鳥の方向に向けた。
ガラガラガッシャーン!!
弥月の指と黒雲から発射された強い光に打たれた怪物は、ひゅ〜〜と黒焦げになって下降していくと、ドサッ! と地面に墜落したのだった。
「なんか上手い具合に雷が出てくれて、激レア食材も手に入ったぜーっ!」
誰もが身動きも取れず、物音も立てずにいる中で、木から降りた弥月ひとりが放電しながらぴょんぴょん飛び跳ね、浮かれていた。
「いいからそのビカビカしてるの早くしまえって! 危ないだろ!」
地面に降りて見守っていた紫庵が、ロッドを手にして唖然と立ち尽くすリゼの横で、感心を通り越し、呆れながら叫んでいた。
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