第45話 特訓

「ヴォーパル・ソードで……ジャバウォックを……ヴォーパル……ヴォーパル・ソードは、どこ……だ……?」

「……」

「……」

「……は?」


 海ガメもどきのところからグリフォンで戻った弥月を連れて、もう一度キングのベッドの横に行くと、間の抜けた顔で、弥月がありすと紫庵を振り返った。


「なあ、キングは、ヴォーパルの剣ちゃんとしまってなかったのかよ?」

「う〜ん……」


 首を捻り、紫庵も考えこむ。

 リゼ、なぎは直立不動で、言葉を発することも出来ないでいた。


 寝言の後もキングは天蓋付きベッドに目を閉じて横たわったまま、う〜ん、う〜ん、と唸っている。


「……まさか、なくしたのか?」


 ひょいっとのぞいて弥月が尋ねるが、キングは唸ったままだ。


「パパの剣はいつもあの扉にしまってあった」


 ありすが指差したのは、七歳半であるありすの身長ほどもある壁掛けのキングの肖像画だ。


 紫庵とリゼが二人掛かりで肖像画を押すと、ギ イィィ……と音を立てて絵が扉のように開く。そこには、細身の剣レイピアや長剣ロングソードがいくつかあるが、どれも装飾が施されている豪華なものだった。


「これ全部儀式用の剣。この中にヴォーパル・ソードはないわ」


 ありすが平淡な声で告げた。


「ええっ!? ホ、ホントにないのかよ?」


 弥月がびっくりして跳ねた。


 リゼもなぎも再度驚き、紫庵が長い艶やかな黒髪を耳にかけながら、キングの耳元に口を近付ける。


「キング、ヴォーパルの剣はどちらにあるんです?」


「う〜ん……う〜ん……クイーンの塔……かも?」


「『かも?』とはどういうことでしょう? クイーンの塔とは何のことでしょう? クイーンのお部屋ではないのですか?」


「クイーンの部屋ではない」


 赤の王はやたらにはっきりとそう答えた後、何度尋ねても剣の在処ありかを語ることなく、ある言葉だけを繰り返した。


「お前たち……は、……ありすの護衛……親衛隊ボディーガード。……ありすを、護衛しながら進み……怪物ども……を、倒すの……だ!」


「親衛隊……?」


 なぎが皆を見回すが、三人の男たちは顔を見合わせた。


「……え? オレたち、そうだったの?」

「どうりで、お茶係なのに剣の稽古とかもあったわけだ!」


 紫庵が弥月に苦笑いで応えると、リゼが驚いて二人を見た。


「ありすが生まれた時、クイーンにそう言われたでしょう?」


「ええ〜っ!?」


 弥月の耳が立ち、紫庵は気怠く「ああ、そうだった」と言った。


「ちょっと〜、大丈夫なの!?」


 なぎは一気に心配になり、ありすを見るが、ありすは普段と変わらない様子だった。




 ヴォーパルの剣は見つからず、仕方なく騎士の持っていた予備の剣を借りた三人は、騎士ナイト司教ビショップ、ルークたちと訓練となった。


 城の外で剣の基本のさばき方をおさらいしているのを、近くでなぎとありすは見守っていた。


「何とか思い出してきました!」


 剣を両手で正面に構えたリゼが、晴れ晴れと笑っている。


「お前はクイーンがプリンセスの頃に仕えていた時から、護衛も兼ねられるようにと人一倍稽古に励んでおったからな。勘を取り戻すのも早い」


 赤のナイトたちが感心した。


「まあ、結局は、お前に剣術は必要なかったがな」


 馬に乗った赤い鎧の騎士が接近し、振りかざす剣をリゼが受け止め、素早くはじくのを繰り返す。


 その姿は、思ったよりも様になっている。


 だが、黄色いスモックに赤いリボン……である。


「せっかくカッコいいのに、残念過ぎるわ!」


 苦笑いするなぎに、ありすも少し笑った。


「たーっ!」

「ぐはぁっ!」


 何事かとなぎが振り返ると、剣を持ってはいるものの、弥月は背後に回った鎧姿のルークに回し蹴りやジャンプ・キックを決め、大きく吹っ飛ばして喜んでいた。


「こら! ちゃんと剣を使え!」

「えっ? ……ああ!」


 手に持った剣を見て、弥月は思い出したような顔になった。


 ビショップの一人はジャバウォックの弱点を、分厚い事典をめくりながら探していて、もう一人が、ジャブジャブ鳥の性質や動きなどを図鑑を見せながら説明しているが、長い髪を紅茶館で働く時のように一つの三つ編みにし、片腕を腰に当てている紫庵は、片刃の剣の背を肩にトントンとしながら欠伸あくびをしていた。


「ホントに大丈夫なのかしら?」


 心配そうに見守るなぎは、隣の岩に腰を下ろしているありすをしょっちゅう振り返っていた。


「シアンたちは本来なら剣は使わないから。使えるとしたら、みーくらい」

「え? みーくんが?」

「調理で刃物に慣れてるから」

「あ、そういう理由?」


 特訓とは到底言えたものではないものが続いていると、いきなり、弥月が両耳を立て、遠くを見据えた。リゼも同じ方向を向いた。


「静かに! ジャブジャブ鳥です! 早く隠れて!」


 逸早くリゼがそう言うと、弥月、紫庵、ナイトたちも近くの岩に身を隠した。

 ありすを抱きかかえて岩から下ろしたなぎを、更にリゼが庇い、岩陰に隠れた。

 遠くからギャアアア!と空気をつんざくような異様な声が聞こえる。


 本当にいたんだ……!


 なぎが見た馬のような大きさのグリフォンよりも小柄ではあるが大型犬ほどの、先が南米に生息しているオオハシのような長いオレンジ色のくちばしに、赤い目をつり上げた、巨大な黒い鳥が数羽。


 岩陰から目を凝らし、よく見ると、羽は黒とオレンジのチェック模様であり、その色合いはなぎにはスズメバチを思わせ、恐怖を連想させるには充分だ。


 なぎの手と足が震えた。


 不気味な鳴き声は上空で旋回して喚き散らされていたが、そのうち去っていった。


「大丈夫。もう行ったみたいです」


 リゼが二人に小声で言ったが、しがみついてなぎから離れないありすを、なぎは更に抱きしめた。


「ありすちゃん……」

「大丈夫ですよ、ありすのこともなぎさんのことも、ぼくが守りますから」


 ありすの頭を撫で、リゼがやさしく言い聞かせる。

 無責任な慰めではなく、リゼには強い意思があるようになぎには見えた。


「ぼくがなんとかしますから」


 自分に向けられた真っ直ぐな視線に耐え難くなり、なぎは俯いた。




「おお、ありす、なぎ! さっきジャブジャブ鳥の集団が飛んでいたのが窓から見えたが、大丈夫じゃったか?」


 ありすと手を繋ぎ、一緒に城に戻ったなぎは、廊下を走ってきた博士に出くわした。博士が自分たちを心配するのは初めてに思う。


「はい。なんとか見つからずに済みましたから大丈夫です」


「特訓も終わったかの?」

「終わりました。わたしたちは見てただけですけど」


「こっちは解毒剤が完成したぞ!」

「そうなんですか! わぁ、良かった! おめでとうございます!」


「海ガメの代用スープでは美味しそうな匂いが漂ってしまい、怪物どもをかえって呼び込んでしまうかも知れない」

「え……」


「だから、海ガメもどきの『涙』と紅茶で溶き伸ばした。紅茶には殺菌作用があるから効果は倍増なのだ! しかも、前回の薬よりも鎮静効果がUPし、痛みも軽減するはずだ!」


 ……だったら、最初から紅茶だけでも良かったのでは……?

 わざわざみーくんがグリフォンに乗って海ガメもどきを泣かせに行かなくても……?


 と、思ったなぎであったが、今となっては遅いので黙っておいた。

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