第26話 三日月と紅茶のフルーツパンチ
この数日、なぎは、リゼとありすとを眺めていた。今までの親子のように微笑ましいという見方ではなく、説明しようのない、もやもやとした思いで。
リゼのありすに対する態度は、これまでと変わったようにも見えないが、見れば見るほど、リゼのロリコン疑惑が頭から離れない。
「カクテルを作るのも大分慣れてきました」
紫庵と交代して夕飯を食べているリゼが、微笑みながらなぎにそう言った。
「あの、それで、……なぎさん」
リゼが少し真面目な声になったので、なぎが顔を上げた。
「もうすぐ、また『三日月の日』が来ます」
「……あ……」
そういえば、つい最近新月だったから、その三日後、つまり明日だ。
「僕も紫庵も弥月も、その時はお店の役に立てないのですが、なぎさん一人で昼も夜もお店を開けるのは大変ではありませんか? 博士とありすもいたとしても。今度はおそらく三日間くらいしのげばなんとかなると思うんです。その間はバーは臨時休業にして、昼間の喫茶だけにしてはどうでしょうか?」
思わず頷きそうになるが、なぎは首を振った。
「いいえ、そんなことしてたら赤字を巻き返せません。わたし、紅茶のカクテル作るのなんとか頑張ってみます」
「『ティーカクテル』以外のカクテルを作るのはそんなに難しくはないけど、店を開けている時間が長くなるから、なぎさんが疲れちゃうんじゃないかと……」
「大丈夫です。わたし、そんなに戦力外ですか?」
キリッと見上げたなぎに、リゼは一旦口を
「そういうわけじゃありませんけど……」
「もし疲れたら、やむを得ず夜は時間を短くするか、もしくは夜だけ臨時休業にしますから。それまでは頑張ってみます」
「でも、ありすのお茶とかもありますし……」
「あ、大丈夫です。ありすちゃんのお茶の時間と、寝る時間に絵本を読むのもちゃんとやりますから、任せてください」
ホッとした顔になり、リゼが言った。
「ありがとうございます。なぎさん、頼もしくなられましたね」
「いつまでも、紫庵やリゼさんに頼って戦力外なのも不甲斐ないので」
少しだけ首を引っ込め、恥ずかしそうになぎは笑った。
「……なんて、カッコ付けなきゃ良かった!」
昼間の喫茶タイム、特に午後三時近くのティータイムには、老年の女性客が団体でやって来ていた。
老女たち全員が紅茶で作る『マハラジャパンチ』を注文した。
「ティーパンチ」というものを弥月がアレンジしたのだった。「パンチ」とはヒンズー語で「五」を表す。
スイカ、メロン、パイナップル、バナナ、グレープフルーツなど五種類以上のフルーツを一口大に切り、グラスに入れておく。
耐熱計量カップに氷を詰め、ガムシロップをかけ、静かにホットティーを注ぐ。赤ワインを入れ、よく混ぜてからグラスに注ぎ入れ、炭酸水を加える。
グラスには、深い赤色をした紅茶にゴロゴロとフルーツと氷が入り、動きのある炭酸の泡も手伝い、見た目にも華やかだ。
赤ワインが入るが少量だからと、弥月が昼間のメニューに入れたいと強く推した。案の定、特に女性客にウケが良く、おかげで、なぎはフルーツを切るのに忙しい。
それでも、ほのかに甘く香るキャンディの茶葉には、つい笑顔になってしまう。
色とりどりのフルーツに赤ワインの芳醇な香りが加わると、紅茶のフルーツパンチは一気に大人びる。
弥月にしては、なかなか大人の味を考えてくれたものだ。
赤ワインのふくよかな味わいの後に茶葉がさっぱりと引き締め、さらに見た目の可愛らしさに、注文した老年の女性たちは感嘆の声をあげていたものだった。
そんな様子を、なぎは忙しくても嬉しく思っていた。
午後三時をしばらく過ぎると、休憩室から、ありすがユウと出て来た。
「すみません、ユウさん、ありすちゃんにお茶を出していただいちゃって」
「いえいえ、こんなことで良ければ。昔、姪っ子の相手をしていたのが懐かしいよ」
「アズサの淹れ方と同じだった」
「自分でも、梓さんに教わった通りにいつも淹れてるからね」
ほくほくとした笑顔の彼の隣では、ありすは普段の無表情だったが、多少上機嫌に聞こえる口調ではあった。
「ユウさん、本当に助かりました!」
「これくらいは別に。ところで、彼ら三人がこぞってここにいないって、何があったの?」
ユウの何気ない問いかけに、なぎはハッとなった。
「あ、あの、……茶葉を買い付けに行ったり、それぞれいろいろ用事があって……」
適当な言い訳でごまかす。
「差し出がましいようだけど、三人とも同じ日にいないのは困るから、皆のスケジュールは考えた方がいいんじゃない?」
「あ、はい。今後はもうちょっとうまく回すように考えます」
なぎには、ユウが祖母の店だからと気にかけているのがわかっていた。差し出がましいだなんて思わない、むしろありがたいとすら思った。
ドアの外までユウを見送ろうとするが、「僕のことはいいから、お店に集中して」と小声で言い、ユウは手を振ってドアを出て行った。
*
たまには薔薇でも見て帰ろうと、ユウは思った。紅茶館に久々に行こうとして、ゴスロリ双子に方向転換させられ、ティールームに連れて行かれてしまい、あの時は薔薇を見られなかったんだと思い出した。
カクテルのインスピレーションのためにも今見ておきたい。
イングリッシュガーデンの方に曲がろうとした時、ユウの足がピタッと止まった。
少しだけ見える中庭から、白いウサギがひょこっと立ち上がり、ユウと目が合った。
白ウサギの後ろを、茶色いウサギが走っているのも見え、白地にグレーのマーブル模様の猫が、庭に入ろうとしている猫をフーッ! と威嚇しているのも見えた。
「……あれ、梓さんが飼ってた猫とウサギたち?」
ユウは独り言を言っていた。
【マハラジャパンチ】
茶葉 6g(クセのないキャンディ、ニルギリ、ディンブラなど)
熱湯 170ml
フルーツ5種(スイカ、メロン、パイナップル、バナナ、グレープフルーツなど)
氷
ガムシロップ
赤ワイン
炭酸水
①フルーツを一口サイズに切り、グラスに入れる。
②茶葉に熱湯を注ぎ、2分半蒸らす。
③耐熱容器に口元まで氷を入れ、②を注ぎ、オン・ザ・ロックにする。これに、ガムシロップと赤ワインを入れ、よく混ぜる。
④①に③を注ぐ。
⑤炭酸水を加える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます