第5話 渾然たる動乱の始まり
東京の地下の奥深く、鍾乳洞のように、逆さになった摩天楼が地底に向かっていくつも伸びていた。
伊藤流帝国の総支部センダーヤ、地下六十階にある竜虎の間、そこで二人の男が対峙していた。
「天のサトーが動いたようだな……」
「ワットナーブが敗れた事で、愚民共が反旗を翻そうとしておる。これも名人の計画か?」
畳の敷かれた和室に和服姿で正座をする二人。一人は若く整った顔をしていたが、もう一人の顔は暗くてモザイクが掛かっているようだった。
若い方の男がゆっくりと緑茶を啜る。
「わからぬ。だが、天が動くとき、地もまたしかり。この、地の中村、命に代えても、名人を止めねばならぬ……」
「ふむ、そちらの対応は貴殿に任せよう。わしは愚民共に思い出させてやろう。七冠の恐怖というものを、今度は骨の髄までな」
男達は不敵に笑う。かたや、命を賭ける喜びに。かたや、力を振るう楽しみに……。
孤島アワジ、伊藤流帝国玉ねぎ支部、先程までモヒカンで埋め尽くされていたこの場所が今や屍の山と化していた。
突然、一人の闖入者が現れ、全ての棋士を薙ぎ払ったのだ!
「ふはぁー! 棋聖を名乗る男がこの程度か!! これでは、対局前の詰将棋にもならぬわ!!」
大男が巨大で鋼鉄で出来た歩で棋聖を押しつぶす。棋聖は受けに回るので精一杯だった。
「貴様っ! 我ら、伊藤流に逆らってただで済むと思っているか!!」
「ただで済まぬなら何をしてくれるのだ? 連盟に伝えるがよい! 大橋流の真の後継者が帰って来たとな!! まあ、貴様が生きて帰れたらの話だがな」
大男は鋼鉄製の大きな歩を持ち上げ、裏返す。
この歩は大男にとって、殺さずの逆刃、つまり裏返すとはそういう意味なのだ。
「大橋流絶技! と金!!」
「ぐはぁああああ!!」
派手な音を立て、と金が地面に打ち込まれる。ぺたりと平らになった地面とと金の隙間からは、じわりと血が滲み出ていた。
「ふん。この程度か。待っておれ、コマジロウ」
この日、七冠の二冠目が失墜したことは、瞬く間に全国を駆け巡った。
天丼市、某所、青年は一人で真っ赤に燃える金属を打ち続けていた。
頭に浮かび上がるあの対局と、一つの英字、それは青年が長年探し求めていた答えだった。
「これが完成したら、僕だって。僕だって、戦える。これ以上、伊藤流の好きにさせてなるものか!」
昼夜休むことなく響き渡る、鉄の音。それは、青年の心の叫び声のようであった。
コマジロウは意識を失ったままだった。
「ぐっぐう、名人……」
うなされ、額に汗を滲ませる。
コマジロウは戦っていた、夢の中で、あの名人と。
そして、何度も何度も敗れるのだ。終わりのない悪夢のように。
各々の思いを秘め、歴史の歯車が乱世に向けて回り出す。
この流れを止める事ができるのは、コマジロウただ一人である……。
世紀末棋風列伝 コマジロウ くるる @yukinome_kururu
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