3.ここからは彼女自身の話

3-0.ローゼストの兄妹



 このところ濃密な日が続いたので、もはや正確な日付は思い出せないが。

 何気ない会話の中で、ふとカラセルが言った台詞をユーレイは覚えている。


『お嬢のお兄さんってさ、その……どういう感じの人だったの?』

『どういう、人……と、言われても』

『いや、いろいろ評判は聞くけどね。実の妹の口から語らせると、どんな感じになるのかな、って』

『……』


 回答には、多少の間が開いた。


『ええっと、ですね。……まあ、わたしがこんな感じじゃないですか』

『うん』自分の顔やら身体やらを手で示しながら、しばらく首をかしげて。

『今のこの私を、四年ほど賭場に監禁すれば。たぶん、雰囲気は近くなると思います』

『うん。……うん?』


 ユーレイ的には、わりと的確な表現ができたと思っている。

 カラセルの予想とか期待とか、そういうのからは完全に外れたものの。



 つまりは、そういう人間である。

 四年間の賭場ごもりで乱れに乱れ切った髪を、とりあえず短くはしたもののボサボサなのはどうにもならなかった……という具合の銀髪がボーレイである。きちんと手入れの行き届いたユーレイの金髪とは正反対、ごく稀に正装が必要なときのみ髪をきちんと撫でつけるのだが、髪だけを見て二人を兄妹と認識できるのはそのときのみである。

 纏う雰囲気も、推して知るべし。「この妹にしてあの兄がありかよ」というちゃらんぽらんがボーレイなわけだが、しかしこの男はわりあい女顔、二人並べば言われずとも兄妹とわかる面影がそこにはある。


 ぼろきれを着せて路地裏にでも放り出せば、すぐに浮浪者の中へ溶け込んでしまう――パッと見の風貌はそういう男だ。が、妹と均等に受け継いだ美貌のためか、このたとえを本気で実行に移してしまうと、おそらくはなんともいかがわしい色気を醸し出すことになるであろう――どこか只者ではない男。

 よく似た兄妹だと言われたのは、ほんの幼い、子供のころだけだったが。

 昔も、今も。別段、兄妹仲が悪いわけではなかった。


『――ルーコントっていうのはな、昔っから妙な国だった。が、最近じゃあ輪をかけて変な国になってるらしくてな。聞いてる?』

『……いえ。何の話です?』


 ユーレイが入室するや否や、兄は視線も向けずに声だけをかけてきた。

 豪奢なソファに堂々とふんぞり返って、虚空に投影した魔力スクリーンを見ている。


『や、おまえ昔好きだったでしょう。舞踏会にやってきたお姫様が、デッキだけを残して姿を消した。一目でその娘に惚れてしまった王子さまは、そのデッキの構築と、舞踏会で見た彼女のプレイングの癖のみを頼りに、姫を探し出すべく東奔西走する……そんな感じの昔話、しょっちゅう聞かせてやってた覚えがあるよ』

『よく聞いた覚えはありますが、……あの話は、たしかお兄様の創作……』

『そりゃガキからガキへの読み聞かせだもん。雑な替え歌みてーなもんだな』


 いつも妙なところから妙な知識を仕入れてくるのがボーレイという男で、その性質は子供のころから変わらない。ルーコントという国に昔から伝わるらしいおとぎ話――毎夜毎晩兄の口から語られるそんな昔話を、幼いユーレイはとても楽しみにしていた。

 それが実は兄の改変が入ったオリジナルと知ったのはそれなりに大きくなってからで、「みんな一度は聞いたことのある昔話」くらいのイメージで友人に話を振ってみたら本気で意味がわからないという顔をされたあの日以来、ユーレイは兄の言葉を信じていない。

 モデルとなった話は存在する。が、元の話には当然デッキだのプレイングだのという単語は出てこない。少女が残していったのは魔法の杖と、舞踏会で見せた光の魔法――七色の虹を自在に操る美しい姫をもう一度見たくて、王子は国中を駆け巡るのだ。


 幼いころからカードゲームに親しんできた世代の兄が、戯れに改変した童話。


『が、賢い人間というのは意図せず未来を見てしまう。今のルーコントの恋愛事情、マジでそんな感じになってるらしいんだよね』

『……というと?』

『デッキでお見合いをするらしい。当人同士が会うより先に、まずはお互いのデッキを相手方に送る』


 国土の大半が砂漠というその苛烈な風土が手伝ってか、ルーコントという国に根付いた文化は、古式ゆかしくストイックな色が強い。

 顔が完全に隠れるフードを男も女も常に被り、素顔を見せて良いのは伴侶にのみ。そして顔を隠し口数も少ない彼らが伴侶を選ぶ基準は、個人個人の魔法の技量。

 同じ魔法を使っても、そこには微妙な癖が現れる。言葉ではなく扱う魔法でその人個人の人柄を語る――ルーコントというのは、そんな国だ。


『それがカードゲームになったってだけだな。時代に適応してるっちゃしてるが、今も昔も古臭いままって言えばそれだけの話』

『……』


 デッキ構築とプレイングを見れば、その人のすべてがわかる。

 という思想のもと、デッキ構築の腕によって人生の伴侶を決定する――


『……デッキくらい、レシピさえあればいくらでも他人の真似ができます』

『そこはほら、手合わせすればわかるっていうやつですよ』ボーレイはため息をついて立ち上がった。『本物なのか、偽物か。メッキなんて一発で剥がれる』

『……で、この話をまとめると?』

『ルーコントという国では、許可なく人のデッキを見るのは大変な無礼にあたるらしい。それが嫁入り前の娘だとなおさら。ほとんど犯罪者同然の扱い』

『そうですか。ところで、兄さん』ユーレイはそこで咳ばらいをすると、


 を、ぐるりと見まわしてから――じっとりと。


『――わたしの部屋で、何をしているんです?』

『見ての通り、書類読んでる』


 嫁入り前の娘の部屋に無断で上がり込んでいたボーレイは、悪びれもせずに空中の魔力スクリーンを指さした。


『……なんの書類です?』

『えーっとね……』ファイル名を確認して、『"昇格戦準決勝使用デッキ決定版ver1.45"……"決定版"をなんでこんなに何回も更新してるわけ?』


 その問いは無視し、『デッキレシピですね』そうだね、とボーレイは答える。

『わたしの作ったデッキの、レシピですね』うん、とボーレイは答える。

『おまえの人生設計がどんな感じか俺は知らないが、いつかどっかに嫁に行くことがあるかもしれないのはそうだろう。となると、まあ兄としては、な』

『なるほど……』ここまでの話を総合して。

『自分は犯罪者同然の人間だと。そう主張していたわけですか?』

『レシピの管理が甘いのはこのご時世あんまよくないよって言いたかった』

『――わたしは、ちゃんと鍵をかけました!』


 腕をぶんぶん振り回し、ユーレイは全身で不満を表明する。

 これでユーレイも年頃の娘、家族に見られたくないもののひとつやふたつはあって当然である。だから彼女は部屋の扉にもともとあった鍵とは別に、個人的な魔法によって何重ものプロテクトを施した。この年代の魔導士には別に珍しくもないことである。

 ただ、そんなものボーレイにとっては何の障壁にもならないというだけで。

 親ですら手を焼く思春期の防壁を、この男は容易く突破する。

 逆に、ユーレイがボーレイの部屋へ忍び込めたことは今まで一度もなく――


 他愛のない日常にすら、"差"を実感する機会は転がっている。


『……この程度のデッキで出るつもりか、と。叱りつけにでも、来たんですか』

『いや? デッキは悪くない』さらりとボーレイは言った。『だから、気にするなら、むしろ……構築よりは、プレイングのほうだな』


 ユーレイは複雑な表情をしていた。

 褒められた。褒められはしたのに、それを素直に受け取れない――拗ねた子供のような、表情。


『どうもおまえは変な癖がついてる。カード出す前に一回深呼吸するだけでだいぶ違うと思うぞ』


 自分で言って納得するように数度頷いたボーレイは、口をつぐむユーレイの肩を軽く叩いて、部屋を出ていった。

 



 闘いの場に立つ人間は、必ず、品定めをされる。

 横で見ているだけの聴衆から、目の前に向かい合って立つ対戦相手から。

 等しく、同じ視線を向けられる。



 ――――こいつの実力は、どの程度のものか?



 そして、人生とは闘争の連続。

 であれば、『生きる』ことはすなわち――『見られ続ける』ことと同義。

 だから彼女はずっと見られてきたし、自分自身を見続けてきた。

 兄が去っていったドアをしばらく苦々しく眺めてから、その戸にしっかりと鍵をかけ直す。


 兄が放り出していったスクロールを起動、デッキレシピを呼び出す。

 三日三晩悩みに悩み抜いて組み上げた、ユーレイ自身のデッキレシピを呼び出す

『悪くない』と兄に太鼓判を押された、何一つとして恥じるところのないデッキレシピに、目を通す。



 スクロールを床に叩きつけて、ユーレイは早足で書架に向かった。

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魔導巨兵T.C.G. 胆座無人 @Turnzanite

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