2-13.ユーレイと不穏な動き


「勝った! 勝ちました! ――勝ちましたよ!」

「おう。おう。勝ったよ。勝った。だからねお嬢、ちょっと落ち着いて」

「――はっ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながらハイタッチを繰り返していたユーレイはそこで我に返り、きりりと表情を引き締めなおすと、取り繕うように咳払いをして、それが何か変なところに入ってむせた。

 ワンショットキル級のダメージ、それも直撃。パイルバンカーの炸裂によって胸部は半分抉られて、それにより【コンセプター】の左腕はほとんどちぎれかかっている。露出した内部の配線やら何やらが煙と魔力を吹きながらショートしていた、が。

「こっから、どうするかなんだよね……」傷口の肉が盛り上がるかのごとく。

【コンセプター】の破損部位は、見る見るうちに再生していく。

 膨大な量の魔力を蓄え、きわめて高度な呪文を扱う――太古の超兵器、魔導巨兵。破損した部位を自動修復する程度のことは容易い。


「……頭を下げる必要がありそうです。こうも不甲斐ない闘いを見せたことに」


 二機以上の魔導巨兵が同じ場所に在る場合、それら巨兵は共振反応を起こしてデュエルモードへと移行。その能力は平時と比べて著しい弱体化を見せる、が。

 一回。一回だけであれば、平時通りの再生能力を発揮することは――可能。

 ユカグラの吐き捨てるような台詞からものの数秒も経たないうちに、半壊状態にあった【コンセプター】は元通りの姿へと修復された。

 カラセルの座るシートにしがみつき、ユーレイはごくりと息を呑む。モニターの表示を見れば、そこには[ Sideboarding-time ]の文字。

 互いにすべての武装を解除した銀の巨人と蒼黒の蜘蛛が、しかし緊張感は損なわぬまま――夜の海上で、対峙する。


「その場その場の上振れ下振れで、弱者も強者に勝ててしまう。……まったくもって不合理なゲームです。こんなものに国の存亡がかかるのだから余計悪い」

「今ものすごい恥知らずな台詞吐いてるって自覚ありますか?」

「いいえ、ぜんぜん」厚かましいくらい堂々とユカグラは言った。「今のがただの上振れに過ぎないと、これから証明するわけですから」


 魔導巨兵同士で行う『正式な』決闘というのは、つまり、二本先取の三回勝負だ。一度だけなら再生できる、ならば二度破壊したほうが勝つ。単純明快な理屈である。

 とはいえ、過去行われたハイランドvsザイナーズの決闘はすべて、『ハイランド側が一勝した』時点でザイナーズが撤退している。

 魔導巨兵を失えば、その国に待つのは侵略の未来のみ。徹底してリスクを避ける方針のザイナーズはストレート勝ち以外の道を捨てており、ハイランド側も必要以上に深追いすることはしていない、が。


 通信から響く敵パイロットの声は、静かな怒気を帯びており――

 このまま終わるつもりはないと、言葉ではなく示している。


 カラセルが不敵に鼻を鳴らし、ユーレイが小さく息を呑んだその瞬間。

【シルバー・バレット】のモニターに、本部からの通信が入った。


『――決闘はどうなった。勝敗は?』

「心配せんでも、おれらが勝ちましたよ」落ち着き払った野太い声。

 現国王にして先代パイロット、ジェレイン・ラミソールからのものである。


「一本目、取りました。……例年通りなら、向こうが撤退するパターンだと思うんすけど……」ちらりと見やった視線の先、【コンセプター】の手番灯が暗く明滅する。「けっこう、キレてる感じなんで。今日限りで、五大国が四大国になるとこまで……行くかも」


 さすがに緊張感を滲ませるカラセルの言葉を聞きながら、ユーレイは何気なくレーダーに目をやった。地図上に、敵機の反応は二つ。――ふたつ。


【コンセプター】とは別の反応がもうひとつ、猛然と接近してきている。


 その事実に顔色を変える間すらなく、王は切羽詰まった声で続けた。


『もう一機、別の魔導巨兵がその場所に近づいている。ルーコント所有魔導巨兵……【パーミッション】だ!』




 光沢あるメタリックレッドのボディ――【パーミッション】には足がない。腰から下は槍のような円錐形になっていて、重力に反発でもするかのように、常に宙に浮いたまま移動する。

 付け加えるなら、【パーミッション】の腕部パーツには『手』が存在しない。平べったく伸びたその形状は腕というより翼に近く、総括して、そのフォルムは"鳥"。

【コンセプター】の四脚の横に並んでなお、異形と呼んで差し支えない姿――


「おれさあ、政治のことはよく知らないんだ。だからお嬢に聞きたいんだけど」


 カラセルは特に物怖じするふうでもなかったが、ユーレイは冷や汗が止まらなかった。


「こいつが、おれらの国の事情に割って入ってきたことって……あったの?」


 三体の魔導巨兵が一堂に会するという異常事態――そんな前例はこれまでにない。

 魔導巨兵の発見からは既に数十年が経っている。が、国の行く末がカードゲームの一試合によって決まる異常性――たびたびハイランドに喧嘩を吹っかけるザイナーズがかろうじての過激派という程度で、他四国は魔導巨兵の運用に関して慎重派を貫いている。

 だというのに、この赤い鳥は突如戦場に姿を現した。


「――業務連絡だ。議決がなされた」


 男の声としかユーレイにはわからないが、声の主は淡々と続ける。


「貴国ザイナーズからの申し出を正式に採択することが決まった。その表明に代えて、【コンセプター】の救援に馳せ参じた次第」

「……状況的には、『余計なお世話』と言いたいところなのですが」


 いかにも不機嫌そうな沈黙をたっぷり挟んだのち、ユカグラは深々と息をついた。


「『卓見ですわ』と言葉を変えましょう。そんな報告を持ってこられたとあってはね」


 ――どう出るべきか、静かに状況を読んでいたカラセルが口を挟んだ。


「ずいぶんと仲が良さそうなこと。おれたちも混ぜてほしいなあ」

「我々のどちらにも、この場でこれ以上の戦闘を続ける意思はない。貴官がなおも決闘を望むなら、そのときは二機がかりでの応戦になる」

「『我々』ね。隠そうともしないか」


 舌打ちをするカラセルに構わず、【コンセプター】と【パーミッション】の二機は静かにブースターを点火する。


「今日は未練の残る別れとなりましたが、この調子なら近いうちに会えるでしょう。その時を楽しみにお待ちなさい。――ああ、それと……」


 去り際、最後の最後にユカグラが残していった捨て台詞。それは、カードゲームで自分を負かした好敵手、カラセルに対してのものではなく――


「お兄様の行方を探しているとのことでしたが、それも心配いりません。あなたの兄はいずれ、その名を全世界に轟かせることになる。戦争を終わらせた英雄としてね」


 ――ユーレイに向けられた台詞だった。

 がばりと身を乗り出したユーレイを、カラセルがそっと制止する。

 猛スピードで遠ざかっていく二機の巨兵――なんらかの結託が明らかなその二機を、ユーレイは黙って見送ることしかできなかった。 



 やがて、十分な距離が離れたことにより、【シルバー・バレット】のデュエルモードは解除される。ふう、とそれまでの緊張をすべてため息に乗せて吐き出して――背もたれにどっかと体重を預けたカラセルは、疲労もあらわに首をかしげた。


「ザイナーズと、ルーコント。ザイナーズと、ルーコント……。なんだ? 裏で手組んでた? なんで?」

「……お兄様」カラセルが浮かべるハテナマークの数々をユーレイは完全に無視、頭の中は完全に、兄のことで支配されている。

 いずれ全世界に知れわたる。戦争を終わらせた英雄として。


 ――あの女は、兄の何を知っている?


 うんうんとこめかみを押しながら、カラセルは指を一本立てた。


「いろいろわかんねーことばっかりで、どこから手ぇつけていいかすらわからん。……が、とりあえず、絶対おかしい点がわかりやすくひとつあったよね」

「……そのひとつとは?」

「<貿易摩擦>をピンポイントで言い当ててきたこと。これに関しては絶対におかしい」

「あ、そういえば……」


 戦局が二転三転する中で、すっかり忘れていたカード名。探偵のような語り口にユーレイもしばし兄のことを忘れ、口元に手をやって考え込む。


「<貿易摩擦>は最近『工場』でオリジナルが生成されたばっかの、 一般には出回ってなかったカード。それを名指しで抜いてくるのは、どう贔屓目に見たっておかしい」

「……ザイナーズの工場でも生成されていた汎用カード、という可能性も」

「あるかもしんないけどさ……」はい、と小さく手を上げたユーレイの言葉を頷きながら聞きつつも、しかし。「どっちにしろ、『<貿易摩擦>はハイランドでも生成されたカードである』ってのを知らなきゃできないプレイだよ、あれは。ハイランド国内の情報を、なんらかの形で知ってなきゃならない」

「……となると、つまり――」


 ためらいがちに切ったユーレイの言葉を、カラセルが引き継いだ。

 向こうもフラゲしてたってことだよ、と。



「情報流してたやつがいる。こっちの国の、それもフラゲ情報を」



 そいつ探してどうにかするところからだな、とカラセルは総括した。

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