2-12.ユーレイと前哨戦―Final
上級使い魔はその顕現に多大なる魔力を要求し、ゆえに破壊されたときの被害も甚大。手元で起こった魔力の大爆発――吹き飛ばされた【シルバー・バレット】のライフがビット分5点減少、やかましく響くアラートと、赤い警告灯に染まるコクピット。
めちゃくちゃに揺れる操縦席で、半分転げ落ちながら唱える。
「クイっ、クキャス、ト、……<朧げな記憶>!」
【シルバー・バレット】の手番灯が不安げな明滅を繰り返し、
「――フィールドを、<リヴァイアサン>が破壊される前の状態に戻す!」
再度、ビットを五連結。破壊される直前の――三枚のカードを下に重ねた状態で、<虹のリヴァイアサン>が復活。銀色の巨人が、刃こぼれした大剣をその手に取った、が。
「私がもう少し優しければ、ここで手を止めてあげるところですけど……」
ユカグラは短くせせら笑った。「聖女には、なれないものですね?」
【コンセプター】のチェインブレードが不自然にその形を歪ませ、より太く、より大きく、より禍々しく伸びたその武器は、鎌。飛び散る鮮血のような紅雷を黒光りする刃に纏わせた、大きな、大きな漆黒の鎌。
鎌は死神の持つものであり、死神は冥界を本拠とする。であれば、この地上における神――魔導巨兵に大鎌を渡すのは、冥界より来た使者に他ならない。
「――場の<チェイン>をすべて破壊することで! このターン潜航した<マッドキラーホエール>は、再びフィールドに浮上する!」
生と死を積み上げた三角錐、その頂点から振りまく一方通行の死。
<マッドキラー>がデッキに戻ると、デッキ内の魚は場へ逃げ出す。
そして、追い出した魚を食うために、<マッドキラー>は場へ舞い戻る。
「このとき食った<チェイン>の数だけ、<マッドキラー>はその力を増す。まあ、<ブレードシャーク>が一匹いただけではあるのですが……それでも、6/6にはなりますね?」
血を吸った鎌が稲妻を閃かせ、
「<虹のリヴァイアサン>の効果を――」
「――使ってどうするつもりです!?」
蒼剣が鎌を受け止めた瞬間の、そのインパクトの凄まじさたるや。
大気を引き裂く衝撃波が一瞬のうちに水平線まで駆け抜け、海水が雷を混ぜて噴き上がる。
「覚えていますよ。残っていたのは<録音><収束錬成術><我は秤を誤魔化す者>! あなたの手札は既にゼロ、この攻撃を防ぐ呪文など<リヴァイアサン>は持っていない!」
「なるほど覚えていますときたか。態度のわりには抜け目ないやつだな」
一手前とそっくり同じ攻防、上級同士の鍔迫り合いにまたも<リヴァイアサン>が悲鳴を上げる、が。「でも……残ってた三枚って、ほんとにそれで合ってます?」
ほんの半秒にも満たぬ一瞬、【コンセプター】の動きが止まった。
パイロットの揺らぎを如実に反映した、その僅かな隙に――【シルバー・バレット】は、眼前の蜘蛛にとっさの膝蹴りを食らわせる。
「<虹のリヴァイアサン>の効果発動。<溺れる者の借りる猫の手>をコピーする!」
「――えっ!?」いやなんでお嬢が驚くの、という視線を一度挟んでから。
やや体勢を崩しつつも即座に第二撃を繰り出してきた鎌が、【シルバー・バレット】の纏う光のバリアに阻まれて跳ね返る。このターン、カラセルと彼の従える使い魔はダメージを受けない。
数拍きょとんと間を挟んでから、やっと事態を飲み込んだユーレイが咳払い。
「<朧げな記憶>、自分のカードが二枚以上廃棄場へ送られたタイミングで発動。それと同じ枚数ぶん、廃棄場にあるカードを選択し、損失を補填する……」
「記憶を頼りに破損を修復する。とはいえ、記憶なんて頼りないもんだ」通信から聞こえる舌打ち、カラセルは煽るように続ける。「元通りになったとは、限らない」
呪文を三枚保持していた<リヴァイアサン>が廃棄場へ送られたので、<リヴァイアサン>と三枚の呪文を廃棄場からフィールドに戻す。
ただし、その三枚の内訳が同じかまでは保証しない。しれっと防御札を拾っていたカラセルに、【コンセプター】は手番灯の明かりを落とした。
「……まあ、いいでしょう。ターンエンドですが、……今の状況、わかっています?」
カラセルのライフは7点減って残り13。手札はゼロ、発動条件の都合現在は使用不能な<F・F・F>を除けば、場に存在するカードは<虹のリヴァイアサン>ただ一枚だけ。
対するユカグラはといえば、ライフはクイックキャストで1点消費したのみの19点。そして何より、今なお彼女の場には<マッドキラーホエール>がいる。
敵は<マッドキラー>の潜航によっていくらでも頭数を増やせるし、それら小魚を多少処理しても<マッドキラー>が入れ替わりに現れる。
この不毛ないたちごっこを制するには、どう見てもこちらのリソースが足りない。
押されているのはこちらのほう――なんて悠長な話で済む場面ではない。敗北の二文字がすぐ目の前まで迫ってきている状況だ。
――そんな状況であるというのに、だ。
――そんな状況下、ユーレイが心細げな視線を送っているというのに、だ。
「おれのターン、ドロー……の、前に。さてお嬢、ちょっとしたクイズをひとつ」
「え、はい?」
「このドローでおれが引くカード。どっちだったか覚えてる?」
「…………?」
時に沈黙は何より雄弁で、質問の意味が理解できないとユーレイは無言で表明する。にやにや笑うカラセルの目はユーレイを試すような色を帯びていて、それも無性に気に入らなかった。
結局、口を開いたのはユカグラだ。
「降参のつもりなら、もっとわかりやすい態度で示してほしいものですが」
「はいはい急かさない急かさない、ドロー。じゃ、これでこの勝負も終わりだ」
「……は?」
一年前の古新聞でも読むような、心底淡々とした口調だった。
「通常呪文、<バリアント・ボム>を発動。おれの場に存在するカードをすべて破壊する。ターンエンド」
「…………はい?」一連の台詞が、あまりにもあっさりと発せられたものだから。
誰も口を挟めなかった。
誰も口を挟めないまま<虹のリヴァイアサン>は爆発し、場に残っていた<F・F・F>もついでとばかりに四散した。それぞれ、ビット5とビット3。
誰も口を挟めないまま――【シルバー・バレット】は、自爆した。
自ら起こした大爆発に飲み込まれ、巨人は爆炎の中に姿を消す。その間一切微動だにせず、ただ立ち尽くしたまま炎に飲まれる、淡々とした立ち姿であった。
「……あらあら、これはまた酔狂な――」
「――――――――あなた何考えてるんですか!?」吠えた。
世界の終わりが来たような勢いで赤色灯が明滅を繰り返し、ひどく不安を煽るサイレンがありえないほど高速で鳴り、コクピット内のディスプレイがひび割れてあちこちから煙を噴き出す。そんな中でユーレイは吠えた。脊髄から直接出た叫びだった。
8点分のライフを失い、カラセルの残りライフは5。手札はない。場にも何もない。もはや恥も外聞もクソもない。
「あなた、あなた本当に……いや、あなた本当になんなんですか!? 今の本当になんなんですか!? 『これでこの勝負も終わりだ』って、――これ決めの台詞かと思ったら遺言ですか!? ずっと遺言考えてたんですかまさか!?」
「……私のセリフがないわけですけど、もしかしてそのための二人乗りでした? いや、骨身に染みる気遣いですこと」
という嫌味すらもはや耳に入らず、目の前の自爆男の胸ぐらを掴みあげて揺さぶりながらユーレイがぶっ壊れるのを、カラセルは目を回しながら制する。
「ま、まあ、落ち着いて、落ち着いて聞いてほしいんだけど……。あのさ、今おれらの持ち札ってどうなってる?」
「何が持ち札ですか、何が!」
とはいえユーレイは追い詰められると極度にテンパる性質であり、その程度で収まるはずもない。「ライフはなくて、手札もゼロで、フィールドにだって何もない!」びしり、びしりとひとつずつ盤面を確認していく人差し指が、「それどころじゃない、デッキのカードだって……」
――デッキを指差そうとして、止まった。
やや表現が正確ではない。
机上、本来ならカラセルのデッキが置いてあるはずの位置を指さして、止まった。
「……デッキの、カード、すら……」
取り乱すときはこれでもかと取り乱すその性質上、説得力はあまりないが――
基本、頭は悪くないのがユーレイだ。だから、冷や水を浴びせられたように冷静になったこの一瞬で、彼女はとっさに計算した。
カラセルのデッキは、全部で三十枚。
初期手札が三枚。一ターン目、一枚ドロー。<ブタへの施し>で二枚ドロー、さらに追加ドローが二枚。<スクラップ・ディテクター>でデッキから一枚回収、<F・F・F>で一枚引く。ここまで引いたカードが、十枚。
カラセルの二ターン目、一枚ドロー。さらに二回の<F・F・F>、二枚ドロー。<一点探査!>で四枚のカードを捨ててデッキの<リヴァイアサン>を回収、召喚、五枚のカードを重ねる。ここまでで、二十三枚。
<トリコロール・バースト>を<代用詠唱の代償>で発動。デッキの上から三枚を捨て三点ダメージ、<代用詠唱>のデメリットにより与えたダメージ分デッキを捨てる。
ここまでで――二十九枚。
そして、カラセルのラストターン。
「というわけで、もう一回聞いてみようか」
"――スペル発動、強欲の帳尻合わせ。"
『廃棄場から一枚と、手札から一枚。計二枚のカードをデッキの一番下に戻し、その後カードを二枚引く!』
「おれが最後に引いたカード。どっちだったか、覚えてる?」
何の意味のない質問である。
なんといっても、たった今答え合わせが済んだばかりだから。
「――<バリアント・ボム>の効果発動。これは遅効性の爆弾だ!」
銀の巨人が最後に生成した武装は、巨大なパイルバンカー。
さして飾り気もない、武骨な杭打機。それを右腕に装着して――
胸の手番灯に、火を入れる。
「発動時! 自分の場にあるカードすべてを破壊して……ターン終了時! 自分の廃棄場にあるカード三種類につき二点。相手に、ダメージを与える!」
「――――――は?」今度のこの台詞はユーレイではない。
"デッキをすべて使い切る"ことで、あらかじめ底に仕込んだ爆弾をフルパワーの状態で確定入手する。カラセルが引いた図面、この上なく明確な勝ちへの道筋を読み切ることができなかった――敵機パイロットの漏らした声。
【シルバー・バレット】がブースターを点火。銀の炎が翼のように広がる。
「おれの廃棄場にはカードが三十枚。よって与えるダメージですが……困ったなあ、なにせおれは学のない愚か者だから。計算って苦手なんですよねー」
煽り合いはカードゲーマーのお家芸、こうも露骨に弱みを見せた相手を見逃すはずはなく。すっとぼけた台詞を通信に投げた。
「というわけで、お勘定お願いしますね。三十かける三分の二、いくらです?」
「――――種類!」
「お?」悪あがきのような返事が戻ってきた。
「そのカードは! ……墓地に存在するカードの『枚数』ではなく、その『種類』を参照する効果のはずです!」
「はい、そうですけど。それが何か?」
「墓地に三十枚のカードがあるからといって、三十種類のカードがあるとは限らない! 同名カードが存在すればそのダメージはもっと減るはず――」
カラセルはそれを聞いてひとしきり笑った後、ユーレイにちらりと視線をやった。
「我が魂は虹色に。しかし、この虹は?」
「……七色にあらず!」
「よろしい!」
ガッツポーズをとって立ち上がったユーレイをびしりと指さして。
「――――誰の相手してると思ってんですか?」
底冷えのするような声色で、告げる。
その一言を最後通告に、腕のパイルバンカーが鳴動――【シルバー・バレット】が、駆けだした。
今更のように【コンセプター】が逃げた。ブースターから緑色の炎を吹きながら空中を逃げた。黒鎌をランチャーに変じさせ、やたらめったらにミサイルを撒き散らしながら、見苦しく逃げた。
そのすべてを乱数調整じみた最小限の軌道で回避、肉薄。【シルバー・バレット】は、【コンセプター】の四本脚のうち一本を鷲掴みにして――真下へと放り投げた。
勢いのまま、体勢を整えることすらできず落ちていった【コンセプター】が着水するのとほぼ同時。
白銀色の炎を噴き出して、隕石のように降ってきた銀の巨人が――四つ足の蜘蛛の胸部手番灯を、まっすぐに殴りつけた。
「おれの虹は七色に収まらない。三十枚三十色、ぜんぶ一点物だよ」
<バリアント・ボム>、起動。
暗い夜の海、月明りの下で組み合う二機の魔導巨兵が――否。
一機の魔導巨兵と、かつて魔導巨兵だった残骸が――噴き上がる爆炎と水煙に包まれて、見えなくなった。
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