2-11.ユーレイと前哨戦―④


「耳にしたことがあるか知らないが」カラセルが五枚のカードを引く。

「おれには"虹のカラセル"って名がある」

「存じています、センスのない二つ名もあったものだなと。――それが?」

「虹は雨空の王冠だ。雨上がりにだけその威光を示す」


 海竜、<虹のリヴァイアサン>。

 その巨体と玉虫色の鱗は、二機の巨兵と並んでもなお威圧感を失わない。エースカードの登場に【コンセプター】は警戒姿勢をとって動きを止め、この一瞬戦場が硬直する。


 ――<虹のリヴァイアサン>、効果発動。


 スロットイン:<トップダウン・フレア>/<代用詠唱の代償>/<録音>/<収束錬成術>/<我は秤を誤魔化す者タイム・コントローラー>。

 下に重ねたこの五枚のスペルを、自身の力として使用する。


「水たまりを跳ねるアメンボ風情が――身の程を知れって話だよ!」


 海面が派手に波立つと同時、虹の鱗が紅色に光を絞る。――コピー:<トップダウン・フレア>、海竜:5/5より弱い使い魔を一匹残らず灰に還す。

 弾かれたように後方へ飛びすさる【コンセプター】がシールドを展開し――

 その盾をぶち抜いた業火のブレスが、敵機を爆炎の中に消した。

 <シールドタートル>3/1、<テンタクル>1/1×2――撃砕。


「<食物連鎖>によって使い魔を縦に強化すると同時、被捕食<チェイン>の効果によって横にも戦線を広げるスタイル。この戦術への対抗策は……」

「絶滅させちまえってことですね。――これでおまえの場は空いた!」


 <リヴァイアサン>が泡とほどけて散り、次の瞬間【シルバー・バレット】の手に握られるは紺青の大剣。いまだ炎と黒煙に包まれた敵機を前に、月光を照り返す刀身。

 ――巨人に生えた翼のごとき魔力噴射が瞬く間に距離を詰め、


「<虹のリヴァイアサン>の攻撃。おまえのライフを五点もらう!」


 すべての武装を破壊されたはずの、丸腰の敵機を両断する袈裟切りが――



 重い金属音と、一瞬の破砕音。その二つの音に止められた。

 


「耳にしたことがあるか知りませんが」ようやく煙の晴れたその中で。

【コンセプター】は、己の肩口に食い込んだ蒼の大剣を――むしろ離すまいと言うのか、縋りつくように両腕で抑え込む。

「我がザイナーズは大洋の国。荒波と嵐の試練を代償に、海洋資源を特産とする栄誉を勝ち取った国です。人と人との争いなど些事、もっと大きな……もっとも大きな敵と、絶えず戦ってきた国」

「……いきなり観光案内ですか。まさかまさかの和解案?」


 傷を修復せんとする魔力が火花のように弾けては散り、刃を押し込もうと力む【シルバー・バレット】の両腕が不穏に軋む。その胸の手番灯が出力を増して白く光輝き、

 呼応するように、消えていた【コンセプター】の手番灯が仄暗く灯る。

 蜘蛛の足を持つ金属の巨人、その両肩周りの空間だけが一瞬モザイク状に歪んだ。



「――夫を海で亡くした妻は、喪が明けるまで魚を食べません」



 突如出現したバルカン砲、という認識の追いつく間もない砲火が【シルバー・バレット】を仰け反らせる。あまりに高密度の弾幕、二門どころの騒ぎではない。


「去年、ルーコント行きの客船が嵐に遭って沈没しました。犠牲者も相当数が出ました。けれど不思議ですね、その年その海域では例年より良質な魚が獲れたそうです」


【コンセプター】はその肩から翼のような鉄板を張り出させると同時、葡萄の実を吊り下げるような形で五門の機関砲を展開。

 ――通常呪文:場の使い魔が破壊されたタイミングでのみ発動が可能。


「食う食われるは絶対の掟、誰の異議も許さない。――クイックキャスト、<群がる者ども>!」


 1/1<チェイン・スモールフィッシュ・トークン>を、使い魔の攻撃力合計値と同じになるよう――3/<タートル>、1/<テンタクル>×2――五体生成する。

 反撃に火を噴く小魚の連打を、蒼剣の腹を盾にして弾く。わずかに削れる刀身にしかし魔力の青い燐光を纏わせ、弾雨を縫って振り抜いた刃が三日月状の光波を飛ばす――

 それで砕けた機関砲は一門。トークンはいまだ四体残り、敵本体に攻撃は届かない。

 カラセルが舌打ちと共にターンを終え、反発しあう磁力のごとく二機の巨兵が瞬時に距離を取る。ターン開始の宣言も惜しく、ユカグラは引いたカードを唱えた。


「通常呪文、<デッド・スィーパー>。――死体分解!」


 廃棄場の<チェイン>使い魔一体をデッキに戻すことで発動、それと入れ替わりに、デッキの<チェイン・プランクトン>一体を廃棄場に送る。そして、


「<チェイン・プランクトン>の効果。このカードが廃棄場に送られたとき、デッキから結界呪文一枚を手札に加えることが許される!」


 "マリンスノー・ブレッシング"、深海に降り積もる分解者たちの恵み。掘り出した結界呪文の名は――<魚影群ファントム・スイミー>、即時発動。


「一ターンに一度、場の<チェイン>を三体以上選択して起動。それらすべてを一体に束ね、<チェイン・バハムート>として扱う!」

「――虚仮威しです!」ユーレイが鋭く叫ぶ。

 ただでさえ暗い夜の海面に、さらに黒い巨影がふと過る。神話の怪物もかくやという、あまりにも巨大な魚の影――それが二機の足元を泳いでいる、が。


「<チェイン・バハムート>のステータスは、束ねた<チェイン>の合計値と同じになる。ですが、この<バハムート>は攻撃することができないただの見せかけ――」

「――じゃない! じゃないから早く離れて!」

「……はい?」


【コンセプター】が不自然にバックジャンプ、不可解に【シルバー・バレット】と距離を取る。

 そこでユーレイも気づいた。足元に、大魚の影は二つ。

 ――巨大魚が、なぜかいる。

 ただし、それが何なのか正しく理解することができたのは――


「<食物連鎖>の効果を発動」蜘蛛の背で弾ける雷光の翼が、赤く閃いてからの話。

 ここまで下級しか見せてこなかった【チェイン】の頂点、ビット5:5/5。

 4/4の巨大魚を形成する小魚の群れが、その一瞬完全に統率を失い、散り散りになって逃げ出そうとする。より大きな――より強い、何かから。



「――<頂点捕食者チェインクラッシュ:マッドキラーホエール>!」



 そんな雑魚どもをすべて丸飲みにして。 

 とっさに飛び退った【シルバー・バレット】をあわや食い千切らん勢いで、派手に海水を巻き上げながら――海面へと躍り出る、巨大なシャチ。

 黒と白の特徴的な体色に、稲妻のような傷がいくつも浮かぶ。白く抜かれたアイパッチは左目のそれだけ肉が抉り取られており、赤く、生々しく露出した筋肉が血色の瞳となって、異様な眼光を放つ。

 傷口から盛り上がるに任せた肉、赤く湯気立つ魔力の血霧――片目の潰れた狂気の鯱。

 その目が【シルバー・バレット】を捉えた。


「効果発動。山札の海を鯱が泳ぐとき、あらゆる魚は場へと逃げ出す……<マッドキラーホエール>、潜航!」


 狂った鯱が海中に消え――【コンセプター】の足元で、海面が不意に赤く染まる。

 一ターンに一度、<マッドキラー>は自身の効果でデッキに戻る。その後、


 ――【コンセプター】の両腕に装着される、巨大な誘導弾。


「デッキから、三体の<チェイン>をランダムに召喚することができる。<ロケットセイル>、<ブレードシャーク>、<ロケットセイル>――逃げろ雑魚どもフルアーマード!」


 発射。尋常ではない弾速。【シルバー・バレット】のメインカメラはリアルタイム映像のスロー再生を可能とする時操術式を搭載しており、――それでようやく捕捉できたほどの速度で飛来する弾道ミサイル。ユーレイは死ぬ思いで機体を滑らせた。

 魔力噴射のフルブーストが神速で機体を逃がす中、必死の形相でディスプレイに手を触れる――


<チェイン・ロケットセイル>:3/3

 1ターンに1度、このカードの攻撃権を放棄することで、

 相手の場のカード1枚を選択して破壊する。


 どれだけ加速しても追ってくるミサイルは、当たればカード1枚どころか【シルバー・バレット】本体をぶち抜きかねないほどのサイズを有している。それが二発。

 どれだけ加速しても追尾してくる。

 どれだけ加速しても追尾してくる。 


「ど、ど、――どうしましょう!」

「そうだなあ。いっそ潜ってみるとか?」

「――潜る!」即座に海中へ突入。

 魔力をエネルギー源とする魔導巨兵のブースターは水中でも問題なく使用でき、ゆえに【シルバー・バレット】はカジキもマグロも相手にならないほどの速度で海の中を移動する、が。

 そもそも、このミサイル自体がカジキだ。魔力で生み出された兵器なのだ。

 つまり、


「――普通についてくるじゃないですか! 愚か者ぉ!!」


 それこそ水を得た魚のように、ミサイルは【シルバー・バレット】を追ってくる。

 半泣きで胸ぐらを掴みあげるユーレイを、カラセルが咳き込みながら制した。


「そんなにキレんでもいいじゃんよー。どうせおれら死ぬときは一緒なんだしさ」

「あなたと死ぬなんて真っ平ごめんです! ……メロンが切れない程度のことであんなに人を馬鹿にする人間と一緒に死ぬなんて絶対に!!」

「わりと根に持つタイプだよね?」わーん、と声を上げて泣き始めたユーレイをやんわりと引き剥がし、「<リヴァイアサン>の効果発動、と! クイックキャスト、<傷跡の転写>!」


 蒼の大剣が三色ガトリング砲へと即座に組み替わり、掃射。コピー:<代用詠唱の代償>で唱えられた<トリコロール・バースト>が、直前に発生したのと同じダメージを別の使い魔に与える<傷跡の転写>が、迫る二体の<ロケットセイル>を爆砕。<トリコロール>の<代償>によって計六枚の薬莢デッキ海中ダスト舞い送られ、砕け散るミサイルの爆炎に押されて【シルバー・バレット】は海上へ飛び出す。


 ――そこに待ち構えていた【コンセプター】の右腕には、鮫の牙を模す鋸刃。

「<チェイン・ブレードシャーク>の攻撃!」

 鋭利なチェインブレードの一閃。を、剣の姿を取り戻した<虹のリヴァイアサン>の刀身で受ける。息詰まる鍔迫り合い――の様相を呈したのは、ほんの一瞬だけ。

 ノコギリの刃が唸りを上げる。


「<ブレードシャーク>は無敵の振動剣。使い魔との戦闘でダメージは受けず、他の使い魔の効果も受け付けない」

「……知ってるよ。だから、こいつじゃ三枚おろしにされるだけなんだな……!」


 呪文の効果を自身の、使としてコピーする<リヴァイアサン>。その特性ゆえ<ブレードシャーク>に届く刃はどうしても作れず、先のターン<スモールフィッシュ・トークン>の一体と戦闘を行ったことで、耐久力は現在4。


 熱したナイフがバターを切るように、蒼剣はたやすく両断された。

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