2-10.ユーレイと前哨戦―③
「手札から、攻撃力1! <チェイン・ロブスター>を召喚!」
何かがおかしいことになっている。
【コンセプター】の手元に出現した暗紅色のマシンガンが火を噴き、挨拶代わりの連弾が【シルバー・バレット】のボディに跳ね返って金属音を鳴らす。バランスを崩す機体を立て直し、ユーレイは巨人に回避行動を命じる――
「――どういうことですか、これは!?」
「どうもこうもないよお嬢。……舐めた真似してくれやがる!」
日頃あれだけ飄々とした態度を崩さないカラセルが、肘置きを殴りつけて吠えた。
「流通前の<貿易摩擦>を名指しは舐めてるとしか言えねえよ。――こいつ、知ってやがったな!?」
有名無名の尺度すら通り越し、そもそも社会に出回っていないカード。<貿易摩擦>は、ザイナーズ側に存在を読まれることのない秘密兵器――対策札となるはずだったのだ。
ユカグラから接触があったあのとき、情報漏洩が心配されたのもそのため。カラセルの評判や戦術くらいは事前に調べがついたとしても、このカードの存在だけは見抜けないはずだった。
それがピンポイントで封殺された。
――いったい、どこから漏れたというのか?
揺らぐ思考をさらに揺さぶるように執拗にこちらを狙うマシンガン、銀の巨人は自らの足元にビームライフルを一射する。月明かりの下に水柱がそびえ立ち、それが砕けた後に残る水煙――白んだしぶきの中に身を隠すようにしながら、【シルバー・バレット】は逃げる。
「さて! 対戦相手の研究などカードゲーマーの常識ですが、しかし今回は相手が相手。パイロットになれて舞い上がるあまり予習を忘れた可能性、あるいは読み書きもろくにできないから教科書がそもそも読めなかった可能性! あらゆる線を考慮に入れて、丹念に、周到に、丁重に! わが国の戦術を紹介するとしましょう。――ビット3!」
【コンセプター】の背部から、無数のアンテナが雲丹のように生えて――
「結界呪文、<
赤く光る稲妻の奔流がアンテナ間に膜を張り、アメンボの背に翼を現出する。
血走った赤雷を弾けさせながら水上を駆ける【コンセプター】、闇夜に閃くマシンガンの砲火。薄紙一枚で乱射を避ける【シルバー・バレット】は、その砲火をむしろ目印に――ライフルを一射、敵機手中のマシンガン<チェイン・ロブスター>を的確に撃ち砕くが、
「<食物連鎖>の効果を使用」
――1ターンに一度、自場の<チェイン>を1体破壊することで、
「食われたそれより攻撃力の一点高い、新たな<チェイン>を――デッキから召喚することができる!」
銃の破片は手甲へと変じ、手甲から生える無数の鎖。背部ユニットに迸る雷が腕を伝って鎖に流れ、触手のように枝分かれする鎖を鮮血の色に染め上げる――
遥かに伸びる電磁の鞭が、【シルバー・バレット】の右腕を切断した。
「2/2、<チェイン・オクトパス>。プラス、<チェイン・ロブスター>が呪文の効果で破壊されたことにより、私はカードを一枚ドロー……。<フェイク・ファミリア・トークン>を攻撃」
衝撃に揺れるコクピット内ですっ転んだユーレイが舌を噛む。
握ったライフルごと落ちた右腕が海中深くに沈みゆき、しかし<フェイク・ファミリア・トークン>の魔力残渣を修復に充てて巨人は腕を再生する。カラセルの舌打ち、起き上がるユーレイ、後方へのブーストで距離を取る。
「……<F・F・F>の効果発動。自分の場に使い魔が居ないとき!」
ドローした<きまぐれ泉女神>を<FFトークン>へと変換し、即時逆変換。
<きまぐれ泉女神>の効果。「手札を一枚捨てることで! 捨てたのと同じ種類で違うカードを二枚、廃棄場からランダムに回収する。――正直者のおれが落としたのは!」out/通常呪文<トリコロール・バースト>、in<スクラップ・ディテクター><呪文洗浄>。
「私は、これでターン、エ・ン・ドです」嫌味たっぷりに攻守交代。
「――おれのターン、ドロー!」<スクラップ・ディテクター>再発動、<呪文洗浄>を捨てて廃棄場は七枚。デッキトップから七枚を確認し、<強欲の帳尻合わせ>を回収、即発動。
「廃棄場から一枚と、手札から一枚。計二枚のカードをデッキの一番下に戻し、その後カードを二枚引く!」
select:dust/<バリアント・ボム>、hand/<貿易摩擦>。使い道をなくした不用品をデッキの底へと送り込み、新たなカードを二枚得る。
まだ歯車は止まらない。
「<F・F・F>の効果! カードを一枚引いて捨てて<FFトークン>を生成する!」
度重なる手札交換を嘲笑うユカグラ――「なんとまあ、貧乏臭い戦術! ずいぶん苦労していらっしゃるようですわね?」ユーレイがシートの背もたれを叩いた。
「――どういう理屈かわかりませんが、あの女は<貿易摩擦>を読んでいました! ……ここから、どう戦えば!?」
「どうもこうも、ここが勝負どころ」カラセルは引いたカードを鋭く見る。
<ディスペリング・ストーム>――逆変換。
「<FFトークン>を生贄にすることで! そいつの生成に使った呪文を、<F・F・F>の効果として――この場で発動することができる!」
【シルバー・バレット】の胸部手番灯が白銀の輝きを強め、巨人の左腕が大砲へ変形。海水を吸い上げるかのごとく、群青色の魔力が渦を巻きながら砲口へ吸い込まれる――
「場の呪文一枚の効果を無効にして、破壊する。発、射ぁ!」
彗星のように尾を引く光線が、「――どっちをですか!?」まっすぐに【コンセプター】を襲い――「……捨てた戦術は戻ってこないというのがおれの経験則!」
――激突。
激震に吹き上がる海水と魔力が視界を青一色に満たし、
「――役に立たない経験というのは、ふつう経験のうちに入りません」
青い霧の舞い散る海上に――【コンセプター】は、巨大な盾を構えて立っていた。
「<食物連鎖>の効果発動。<チェイン・オクトパス>を喰って、3/3<チェイン・シールドタートル>を召喚させていただきました。この亀は……」
「……場のカードが破壊されるとき、自身の耐久力を3から1に下げることで。その破壊を無効できる」甲羅を砕き身代わりとなる亀。蜘蛛を守護する鉄壁の盾。
「――驚きました。ちゃんと事前の下調べができているなんて」ぱちぱち、と馬鹿みたいな拍手。「知っていながら、馬鹿正直に除去を狙ってくるなんて。知識は己が血肉になって初めて意味を持つ、といういい例です」
<貿易摩擦>を封印した<名指しの出禁措置>ではなく、狙ったのは<食物連鎖>のほう。
――魔導巨兵とその"工場"は、五大国すべてで同時に発見された。
が、各機・各工場の『性質』は――国ごとに、やや異なった色を見せる。
「ところで、こちらは予習できていました? 呪文によって破壊される場合、<チェイン・オクトパス>は死に際に『足』を二本残していきます」
1/1、<チェイン・テンタクル・トークン>×2。【コンセプター】の両腕に今一度電磁鞭が装備される。
「……敵の【チェイン】は、その展開を<食物連鎖>一枚に強く依存するデッキ。そこが敵の急所となるのは間違いないはず、なのですが……」
だからこそ、簡単には突かせてもらえない。改めてユーレイは下唇を噛んだ。
――敵機が使い、レマイズも持っていた<名指しの出禁措置>のように、二国間で共通して生成された汎用カードもあるが。
基本的に、"工場"で生成されるカードには――国ごとに、傾向の差がある。
ハイランドの"工場"で生成されるカードは、単体での性能に優れるものが多い。
対するザイナーズの"工場"では、特定のコンセプトに沿ったカード群。二枚以上でのコンボによってその力を発揮するカードが、多く生成されている。
<食物連鎖>によって召喚され、<食物連鎖>を破壊から守る<タートル>。明確な役割分担のもとに設計され、互いに強く結びつくカード群。それが【チェイン】というデッキ。
ステータス3以上の『食う側』は手札からの召喚ができないが、引き換えに強大な戦闘力を有する。対する『食われる側』は目立ったパワーこそ持たないものの、死してなお"後"を残す能力――頭数を増やす力を持つ。
デッキ単位で見た場合、単純な出力、爆発力は――おそらく、こちらを上回る。
唾を飲むユーレイの横で、カラセルは手札を一枚切った。
「生きるか死ぬかの勝負の中に、『性急』なんて言葉はない。絶えず迅速な判断を要求されるのが死闘というものだから。しかし……」
通常呪文、<一点探査!>。「軍人である前に、おれたちはカードゲーマー。せっかちを美徳とはいえない人種だよ」自分の場に使い魔がいない場合、発動可能。
デッキからカードを一枚ドローし、使い魔であれば手札に加える。呪文であれば、その場で捨てる。これを使い魔が出るまで繰り返す。
「……あっ」それは明確な嵐の予兆。
他のデッキならともかく。この効果を、他ならぬカラセルが使うなら。
「講釈も説教も結構ですが、――ここまで見てから言えってんだよ!」
思いのほかデッキの上に眠っていたそのカードは、四枚の呪文を捨てた後に顔を出す。
突如として海面に出現した渦潮に、【コンセプター】が追撃の足を止め――
「――来い、<虹のリヴァイアサン>!」
その眼前に食いつかんばかりに飛び上がる長大な体。
舞い散るしぶきと光沢ある鱗を月光に煌めかせながら――虹の海竜が吼えた。
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