2-9.ユーレイと前哨戦―②


【シルバー・バレット】の手番灯に銀白色の魔力が灯り、【コンセプター】の手番灯からは逆に光が失われる。先攻は――ハイランド。


「――おれのターン!」開いたデッキホルダーのハッチから手札を三枚抜き出して。

 闇に溶けるように水上を滑り後退する【コンセプター】を――背部ブースターから魔力を噴き出し、【シルバー・バレット】が追走する。

 初手は三枚。素早く視線を巡らせたカラセルは、まずは軽口を叩く間もなく。


「<ブタへの施し>を発動。手札を二枚捨てて二枚ドローし、さらに追加で二枚ドロー!」


 out:<ミラーリング・シールド><録音>、in:<スクラップ・ディテクター><呪文洗浄>。被りが発生しなかったことによる追加ドロー二枚――に、加え。

 巨人の腕が光を纏い、小型のパラボラアンテナが虚空より出現。左手に装備する。


「スペル発動、<スクラップ・ディテクター>! <呪文洗浄>を捨てる!」


 手札を一枚捨てて発動。自分の廃棄場にあるカードの枚数分、デッキの上からカードをめくって確認する――<ブタへの施し>、それで捨てた二枚、かつ手札コストの<呪文洗浄>。デッキの上から四枚めくり――カラセルは、背後のユーレイに視線をやった。

 指でOKサインを作るユーレイ。確認した中から一枚を選び、プレイヤーはそのカードを手札に加える。残りのカードはそのまま戻す。


「ライフビットを三連結。結界呪文、<F・F・F>を設置する!」


 素早く手札を切ると同時、銀の巨人の背中が発光。歯車を模したエネルギーパックが生成されたかと思うと、背負ったそれがすぐさま回転を始める。

 デッキからカードを一枚引き、それが呪文ならトークンを生み出す――

 通常呪文<バリアント・ボム>。「<フェイク・ファミリア・トークン>を召喚!」

 掛け声と共に武装を創出、小型のビームライフルが右手に握られた。



 ――魔導士本人に代わって、呼び出した使い魔同士を戦わせる。

 それが従来の決闘、従来の呪符戦である。が、魔導巨兵の決闘においては、何よりもまず巨兵という戦闘兵器が行為者として存在する以上――

 ここで召喚される使い魔は、巨兵の"武器"という形をとる。



 <FFトークン>で武装した【シルバー・バレット】が、その銃口を【コンセプター】へと向ける。が、先攻に攻撃は許されない。


「おれは、これでターンエンド」巨人の胸から光が消えて、闇夜に沈む獣の眼光――

「私のターン。ドロー!」【コンセプター】の手番灯が、弾けんばかりの光を放つ。


 ――魔導巨兵のコアたる手番灯は、相手ターン中に消灯する。ターンプレイヤーである【コンセプター】はいま魔力を潤沢に扱うことができ、非ターンプレイヤーの【シルバー・バレット】は遮断された限りある魔力でそれを捌かねばならない。

 それだけの圧倒的優位を手にしながら、しかしブースターのひとつも吹かすことなく――【コンセプター】は、"間"を置いた。


「さて。手札の交換のみに終始した、窮屈な一ターン目です。となれば、開戦の挨拶はわたくしのほうから述べさせていただくのが礼儀というもの。ですが……」


 海上にどっしりと静止するアメンボは――

 小口径の、スナイパーライフルを生成した。


「なにぶん、相手が田舎の野良犬。少々、心配なのですよ」

「もしかしてデッキが回らないから口を回そうって腹ですか?」

「"挨拶"の、作法というものを。どうもご存じないのではと思いまして。――結界呪文、<名指しの出禁措置>を発動」


 カラセルの茶々をまるで無視して唱えられたビット1結界。ユーレイは小さく眉をひそめた。

 カード名をひとつ宣言して発動。<名指しの出禁措置>が場に存在する限り、お互いのプレイヤーは宣言されたカードを発動することはできず、その効果は無効となる。

 特定のカードを名指しで狙い撃つ、明確な意図をもって唱える呪文、である。

 現在、開幕二ターン目。『これを潰せば勝てる』という敵デッキの急所など、まだまだ何ひとつ見えていないはずのタイミング、なのである。


 ――四つ足の巨兵が狙撃銃を構える。




「宣言するカード名は――<貿易摩擦>」




【シルバー・バレット】の左腕に装着されたアンテナが、音もなく砕け散った。



「え――――」「――んだと!?」


 ユーレイは思わず身を乗り出して、カラセルまでもが声を荒らげた。

 あざ笑う声にはいっそ満足げな響きすら満ちていた。


「挨拶代わりの一枚、というやつですが。挨拶代わりでしかないんですよ」


 <スクラップ・ディテクター>で手札に加えたカードが何なのかという情報は、ユカグラには公開されていない。推測材料など、ひとつも与えられていないはずだった。が、


「挨拶程度でいちいち慌てふためかれては――やっていられませんので」


 現状、カラセルの手札は二枚。うち一枚、<ブタへの施し>と<スクラップ・ディテウター>による度重なる手札交換で引き込んだそのカードの名は――<貿易摩擦>。


  *  *  *


 <鎖状の牢殻>が禁呪になる、という話を王から伝えられた後のこと。


「――で、最後の話ってなんなんです?」

「……え、最後とは?」

「悪い、おおむね悪い、おれ次第。話、三つあるって言ってなかった?」


 "損得勘定"の一点において、カードゲーマーというのは相当に目端が利く。

【コンセプター】の襲撃が近い、<鎖状の牢殻>が禁呪になる。悪い話ばかり伝えられるものだから、ユーレイなどはすっかり忘れていたが――そのあたり鼻の利くカラセルは、三つ目の話を目ざとく催促した。

 そうして王が持ってこさせたのは、クリスタルケースに厳重保管された一枚のカード。


<貿易摩擦>/結界呪文:ビット2

 発動中、お互いのプレイヤーが「デッキからカードを手札に加える」または「デッキからカードを場に出す」効果を含むカードを発動するたびに、そのテキストの最後に以下の文章を書き加える(どれを加えるかは、そのカードの発動者が選ぶ)。

 ●その後、相手はライフを3点回復する。

 ●その後、相手はカードを1枚ドローする。

 ●その後、自分は手札もしくは場のカードを1枚破壊する。


 ユーレイにはまるで見覚えのないカードで、カラセルも知らないカードだという。


「ええ、と……。仮に、このカードの発動中、相手が『デッキからカードを1枚手札に加える』のような効果を発動したとして……。そのときライフを回復したり、カードをドローしたりするのは、こちら側ということですよね」

「そうなる。三つ目を選んだ場合、相手は自分のカードを破壊しなくてはならない」


 デッキからカードを引き出すごとに、何かしら相手が得をする。そういう特殊な状況を作り出し、そこにお互いのプレイヤーを放り込むカードである。


「<鎖状の牢殻>の代わりにしろ、ってことですか。これを」

「どう思うね?」

「まあ、あれよりはだいぶ落ちますよね」カラセルは渋い顔で首をかしげる。

「いろいろ書いてるけど、どれ選ぶかの選択権が相手にあるってのがどうしても気に入らない。結局その状況で一番痛くないデメリットを選べるってことでしょう?」

「おおむね、私も同じ見解だ」

(えっ)そう悪くないカードなのでは、くらいの第一印象を持っていたユーレイはそこでひっそりと口をつぐんだ。この二人の実力から考えて、余計なことを言うと火傷するのはおそらく自分である。


「だが、この手のメタカードというのは……机の上でいくら話そうと、実際使ってみないことには使用感がつかめない。そういうものだと思わないか?」

「事前情報出た段階では微妙とか大したことないとかさんざん、さんっざん言ってたのに、いざ出てみれば大流行! とか。……しょっちゅうですもんね、本当に」


 やけに実感の込もった台詞を吐き――ところで、とカラセルは目の色を変えた。


「――このカード、なんなんです? こっちのお嬢ならともかく、おれが見たことないってなると、妙な話になりますよ」

「なにひとつ妙な話ではない。知らなくて当たり前のカードだから」悪びれる風もなく王は続けた。「量産ラインに乗るのは来月。世間一般に流通するのは……さらに翌月くらいになるか」


 ――おおよそ、三か月に百枚。それが、"工場"の新規カード生成ペースである。

 "工場"で生成された新たな呪符は、まず呪符課の手によって解析が行われる。この新たな呪符に刻まれているのはいったいどんな呪文なのか、どんな効果のカードなのか――その解析が済み次第、呪符は複写されて市井の印刷工場へ回り、量産が開始される。

 一般のカードゲーマーが手にできる呪符は、あくまで量産品にすぎない。が、


「まだ、一般には流通していない。量産ラインに乗っていないカード……」

「いわゆるフラゲってやつかな?」カラセルは悪ぶった声で笑った。「"ジャイアント・レギュレーション"の改訂内容も、事前に教えてもらえちゃったわけだし。おれもすっかり業界人だな……」

「使用に問題がないことは確認している。忘れてもらっては困るが、これは戦争だ」


 お行儀の良さなど犬も食わないと、王は不敵に口角を吊り上げる。


「敵のデッキは、デッキサーチを戦術の主軸に据えた【チェイン】。まったく無用の長物と貶すほどのカードではないはずだ。無論、生かしきれるかどうかは、君の実力にかかっているわけだが」


 他人事のように言う声色は、カラセルを試すような響きを帯びていて。

 当のカラセルはと言えば、にやりと笑って応えたはずなのだが。


  *  *  *

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