魔導巨兵T.C.G.

2-8.ユーレイと前哨戦―①

　自宅のクローゼットを思い出した、というのが第一印象である。

　無論ユーレイの実家が名家のローゼスト家である以上、彼女がイメージするクローゼットは一般のそれよりかなり広い。が、それにしても「一部屋」とカウントするにはやや狭い空間――それが【シルバー・バレット】のコクピット内部である。

　中央には座席。その前方には――デスク。呪符を置くスペースと思しき長方形の凹みが複数見える。シートにふんぞり返ったカラセルが、その凹みをなぞって口笛を吹いた。

　さて。

「や、やっぱり一人乗りじゃないですかぁ……うう……」

　背もたれに縋りつくようにして、ユーレイは手狭なスペースに肩を縮めていた。

「っていうけどね、おれも結構不思議な感覚だよ。今これお嬢が動かしてんの？」

「……私からしても不思議ですよ」その全身は淡い銀色の光を放っている。

　搭乗者の魔力を感知・同期する魔導巨兵の操作は単純、ただ『移動せよ』と念じるだけで銀の巨人は駆動する。

　コクピット四方の壁はスクリーンになっており、映るのは群青色の夜空をそのまま写し取ったかのような暗い海――背部のブースターから白熱する魔力の光を噴き出して、【シルバー・バレット】は海上を飛ぶ。

　前後左右、どのスクリーンを見ても穏やかな水平線のみが映る。

　――これは、兄の見ていた景色。兄が見るはずだった景色、か？

　この場所に自分がいるという事実を、その意味を。ユーレイはいまだに飲み込みきれず、

「で、お嬢」カラセルがふとスクリーンを指した。「この点、なに？」

　機体周辺を映し出すスクリーン。その片隅にポップアップするウインドウ。索敵範囲およそ数十キロのレーダーマップぎりぎりに、赤い点がひとつ――ひとつ、

　だったはずの点が、数十個に増殖した。

「――！」【シルバー・バレット】の遥か前方に、魔力光と思しき緑色の光。

　その緑光を中心として、群れなす蛍のような橙火が闇に広がっている――

「敵魔導巨兵【コンセプター】！　と、……む、無数のミサイルの飛来を確認！」

　背もたれから身を乗り出したユーレイの長い髪がカラセルの鼻先で揺れた。

「ど、どうしましょう。……どうしましょう!?」

「えー……っと。おれにも操縦権あるんだったよね？　半分。攻撃」

「――おそらくは！」

　がばりと振り返ったユーレイの髪が眼前でまた揺れるのをカラセルはそっと払い、デスクの上に置いてあったデッキから、一枚のカードを引いた。

「ふむ。じゃあ……」慌てふためくユーレイの頬を一度ぺちんとはたいてから、

「<トリコロール・バースト>」カード、セット。

　デスクに彫られた凹みに呪符が嵌め込まれると同時。コクピット内の彼らがそれを直接見ることはないものの、【シルバー・バレット】の胸部装甲、その中央に埋め込まれた魔法石――"手番灯"と呼ばれる魔導巨兵のコアが、まばゆく光り輝いた。

　巨人が右手を突き出すと、その前腕部が白光に包まれて――虚空から武器が生成される。

　間抜けに例えるなら、骨折の添え木。巨兵の腕を覆うように三本の銃身が出現し、三角形のガトリング砲が回転とともに砲口を光らせる――

「ほら行くよお嬢！」「は――はい！」掃射開始。

　弾幕を引き付けるように後方へブースト。魚群のごとく一斉に銀の巨人を追ってきたミサイルが、ガトリングガンの砲火によって残らず叩き落とされていく。

　海上に下りる爆炎の幕、いまだレーダーに残る一点。煙の向こうに一瞬だけちらついた緑の魔力光――【シルバー・バレット】の左肩からビームキャノンの砲身が生える。

「そこ！」二枚目、<トップダウン・フレア>が発動。

　もうもうと舞う黒煙に、風穴を開ける熱線が――落雷のような轟音とともに前方の"何か"に命中。鏡に跳ね返る光線のように、"何か"に弾かれて軌道を変えた。

　<トップダウン・フレア>はその一射でミサイルの残り香を吹き払い、紺色の空に光る満月が海面を照らす夜の海――

　海と空の境目に消える、黒とも青ともつかぬ色の魔導巨兵【コンセプター】が。

　蜘蛛のそれに似た四つ脚に満ちる魔力で海水を弾きながら――

　晴れゆく煙の中に、佇む。

「こーやって見ると、アメンボっぽい」

「品のない例え方をしますのね」通信から聞こえてくるのは、つい先日に聞いた声。

「――お里が知れるというものですわ」

　二機の魔導巨兵が対峙する。

「一応言うことは言っておこう。ここはまだハイランドの領海だ！　……領海だよね？」

「ええっと……」モニターに海図を呼び出すユーレイはなにぶん真面目な少女であるが、この間抜けなやり取りは魔導通信によって敵機にも届いている。

「……それはまあ、気にはなりましたよ。俗世の野良犬がパイロットと聞いて、そもそも動かせるのだろうかと、そんなふうに考えはしました。が、まさかまさかの二人乗り。何から何まで、斬新な国ですこと」

「そこの心配は別にいらないよ。アドバイス役で雇ったわけじゃない」

「心配は別にしていませんし、アドバイスも何も……。こちらとしても把握しています、妹のほうにそんな実力はないと」

「……」顔は見えずとも声だけで伝わる慇懃無礼なこの態度。

　思わずシートの背もたれに爪を立てたユーレイを、カラセルがそっと制する。

「よっぽど二人がかりでボコられんじゃないかって心配みたいだけど。なにせこちらのお嬢様は、おれのことをちゃんと信頼してくれてるからね。いらん心配してる暇があるなら……初手の引きでも祈っとけ、って話だよ」

　落ち着いた声の中に、確かな鋭さを含ませた台詞。さしものユカグラも口を閉じた。

　ね、とカラセルが振り返るのに、ユーレイは拳を握りしめて応じる。

「そういうわけで、最初に戻る。ここはたぶんまだハイランドの領海だ！　とーぜん、そんな物騒なもんで乗り付けてくるって洒落になんない。だから一応聞くだけ聞くが」

　無からライフルを一丁創出。銃口を、眼前の【コンセプター】の頭部へと向ける。

「何をしにきた？」

「あなた方のその機体を壊しにきました」

　四脚のアメンボも呼応するように二振りのビームサーベルを構えた。

　衝突回避はもはや不可能。海には波も風もなく、しかし二機の魔導巨兵の間。水面に、不自然なさざ波が立ち――

　見えない何かが爆発したかのような衝撃波が両機を襲う。

「わ……っ！」

　ライフルとサーベル、互いの生成した武装が突如光の粒子になって霧散。地震のごとき揺れにユーレイはたたらを踏み、コクピット内のモニターはすべて一様に同じ文字列を表示する――[ Enemy Giant Detected ]、

　[ Duelmode:ON ]。

　――魔導巨兵は大気中の魔力を吸収して動く。

　その効率は異様の一言を誇り、事実、この場の二機は当然のように無から武装を生成する。世界に満ちる無限の魔力を無限の動力に変換し、無限の動力は無限の破壊を生む。

　ひとたび戦場に出れば、その活躍は"史上最悪の大虐殺"として後世の歴史に残される――どころか、歴史書そのものを消滅させかねない。国家を、人類を、世界さえも滅ぼしうる力を秘めた、太古の超魔導兵器。

　が、同じ場所に二機以上の魔導巨兵が揃った場合、この兵器は著しく弱体化する。

「わかっちゃいたけどさ」<ライトニングボルト>のカードをドローしたカラセルが、その呪符をデスクにセットした。「ほんとに、やるしかないわけだ……」

　先の攻防とは異なり、銀の巨人は一切の反応を示さなかった。コクピット内の彼らがそれを直接見ることはないものの、【シルバー・バレット】の胸のコア――手番灯は今、完全に消灯している。

　呪符を読み込ませても武器が出ない。動けと念じても動かない。スクリーンに表示されているのは、『Duelmode:ON』のワンフレーズだけ。

　ユーレイが静かに息を呑む音、カラセルが神妙に息を吐く音。裏路地上がりの少年は、その指でデスクの端をそっと叩き――呪符格納庫（デッキホルダー）のハッチが開いた。

　この日のために組み上げた三〇枚のデッキをその中に収め、閉じる。

　――【シルバー・バレット】の手番灯が今一度白銀に光り輝くと同時、

　真球状のその宝石に蜘蛛の巣のような亀裂が走り――魔導巨兵の核たる魔法石を、二〇個の小片に分割する。

「たとえ相手が馬の骨でも、礼儀だけは尽くせというのが教えです」

「相手がカスであればあるほど、こちらは丁寧に振る舞うべきだ。だって……」

「そうしておけば、負かした相手に一層の屈辱を与えられるから」

「勝利がより完全なものとなるから。どこの国でも同じなんだなー……」

　冷たく笑う二人が交わした"いざ尋常に"の掛け声は、いっそ清々しいほど上滑りしたが――

　銀の巨人と四つ足の蜘蛛、国の未来を賭けた決闘が始まる。