2-7.ユーレイと共同作業


 カードゲームにおいて、情報とはすなわち命である。

 今何のデッキが流行っているのか、何のデッキが強いのか。どういう対戦環境が形成されているのかをまず把握して、その中で勝ち残るために自分が手にとるべきデッキは何かを考える。それが全てのカードゲーマーのスタート地点というものだ。

 ごく単純に考えて、相手のデッキに入っているカードがわかれば対戦は有利になる。警戒すべきはどのカードで、考慮しなくていいのはどのカードか――そうした情報を握れていれば、プレイングの精度は大きく向上する。

 要するに。

 国家間の戦争をカードゲームによって行うこの時代――スパイの存在は、もはや前提。


「――こちらの使用するデッキレシピは、盗まれていないと見ていいと?」

「はっ。保護呪文の破られた形跡はなく、当人としてもそのような隙は見せていないとの証言です」

「ふむ」バベルの地下に設けられた"格納庫"。

 湖底の"工場"を模して作られた天井の高い大空洞に、銀巨人は静かに立っている。

 整備員たちが忙しく行き交う中――この巨人の初代パイロットたる国王は、かつての相棒を黙して見上げながら、ユーレイの報告を聞いていた。


 国を挙げてカードゲーマーの養成に取り組んでいるのがハイランドという国で、つまり国内に潜り込んでしまえば拾える情報も多い。ゆえに情報の保護は死活問題、グランピアン市街ではどこに行っても同じ張り紙を見ることができる。

 スパイを摘発、または撃滅した者には多額の報奨金――その額は二度見を禁じ得ない数字で、市井のカードゲーマーが体を鍛えるのはいつ武闘派スパイと遭遇しても取り押さえられるようにという側面があったりする……が。


「話を聞く限りでは、そもそも情報が目的ではなかったように思える。……さて、となると何をしに来たのか」


 岩のような顎をそっと撫で、王は静かに思索を巡らせる。

 まさか本気で喧嘩を売りに来ただけということはないはずだが、では何なのかと問われて返す言葉をユーレイは持っていない。


「何であれ、攻めてくるというなら迎え撃つまでのこと。近いうち戦闘になるのは確実だ。君も、クラインも、くれぐれも準備を怠らぬように」

「はっ」ユーレイは鋭く敬礼して、

「……はい?」"君も"?



 きっかり三日後の話である。ユーレイとカラセルが呼び出されたのは。

 バベル地下の格納庫に屹立する銀の巨人、【シルバー・バレット】。その足元には、巨人の体をぐるりと取り囲むように――巨大な陣が描かれている。


「さて」


 王が指を鳴らせば、背後に控えていた黒ローブが恭しくガラスケースを捧げ持つ。

 その中に収められていたのは、<Emeth>と刻印された呪符。


「三日もあれば、多少は慣れてくれたかと思うが」


 そう言って、王は<Emeth>の呪符をユーレイに手渡した。


「【コンセプター】の出撃情報が確認された。これより君たち二人に迎撃へ向かってもらう」

「お待ち下さい」"君たち二人"の片割れがずびしと手を挙げて制止する。

「あの、やはりその、納得できないところがあるといいますか……」


 国の命運がかかった一戦、その出撃直前とあっては当然緊張感も相当なもので、だからユーレイはすべての礼節を忘れて直球をぶちまけた。


「――どうして私まで乗ることになっているんです?」

「いくつか理由はあるが」


 ユーレイが受け取らないので、王はカラセルに<Emeth>の呪符を渡す。

 カラセルは咳ばらいをひとつした。


 ――魔導巨兵を既存の兵器に例えるなら、『ゴーレム』が最も近い。

 ――魔導士の手も届かぬほどにゴーレムが巨大化してしまったとき、彼らはただ一言、これだけを言う。


「――跪け!」


 天高く掲げた<Emeth>から虹色の光が迸り、巨人の足元に描かれた魔法陣が銀色に発光する。直立不動の【シルバー・バレット】の胸部装甲、その中央に埋め込まれた手番灯ターン・ランプが白銀色の輝きを放ったかと思うと――

 手番灯の明かりはすぐに消灯、魔法陣の光も半分が消えてしまった。

 正円を描くはずの陣は、カラセルの立っている側だけが半円状に光るのみ。


 ――巨大魔導兵器、【シルバー・バレット】。なめらかな魔法金属で構成されたボディには継ぎ目ひとつなく、この兵器の搭乗席に座るためには、<Emeth>の呪符を用いた転移術式の起動が必須となる。

 が、なにぶん超古代のオーパーツ。その術式は相当に複雑かつ難解で――


「最大の理由として、この男ひとりでは【シルバー・バレット】を動かせない」


 スラム育ちの野良犬には、これを起動するだけの魔力量がない。


「これが定例通りの"選定"で選ばれたパイロットだったなら、相応の対処もできただろうが。なにせ異例中の異例だ、履かせる下駄を見繕う時間もない。後は……」

 ふっと視線を冷たくして、「いかに選定されたとはいえ、魔導巨兵は国を滅ぼせる力だ。どこの馬の骨とも知れぬ輩に操縦権を全面委任して……不埒な気でも起こされては、かなわない」

「おれ、そんなに信用ないですか?」

「コクピットに爆弾を積むよりは人道的、ということだ」


 早い話が、燃料とストッパーが要るということである。足りぬ魔力を補う外付けのエネルギーパックと、パイロットが妙な気を起こさぬよう監視する制御装置。その兼ね役。

 装置の役である。

 何ひとつとして、ユーレイ個人の資質を見出されたわけでは、ない。


「……そのような大役を、どうして私などに?」

「呼吸を合わせるだけの時間は、作ってやったつもりだが」

「は……」

「身内の恥は身内でケリをつけると、そのくらいは言うかと思っていたが?」


 あっさりと。

 ハナからそういうつもりだが何か文句でもあるのか、と

 そう言わんばかりの態度に、ユーレイは言葉を失う。


「君が担当するのは、あくまで【シルバー・バレット】の操縦のみだ。直接、戦えと言っているわけではない」


 そして王はただ淡々と続ける。


「兄の代わりに、知略の限りを尽くして敵国と戦えとは言っていないし。君に、それができるとも思っていない」


 言い切られた王の言葉に、ユーレイの口が開きかけて、閉じる。

【コンセプター】の出撃情報を感知、接敵までおよそ一時間弱。この緊急事態にぐずられては困ると、王はただ静かに、自明のことをひとつひとつ並べるように、そう言った。

 苛立ちも、失望も、その声色にはまったく見て取れなかった。

 それが逆にユーレイの喉を詰まらせた。

 あらゆる感情を飲み込もうとして、取り繕えずに場を沈黙が満たす。

 ユーレイの縮こまった華奢な肩に、カラセルがそっと手を置いた。


「……ま、なんにせよ。これが本番だからね、いまさら騒いだところでしょーがないってのはもう動かないよ」


 ぎこちなく振り返ったユーレイの手に、<Emeth>のカードを握らせる。


「もっかい運命共同体ってことだよ。二回目なら、まあ慣れてんでしょ?」


 まじめくさって肩をすくめるその顔を見返して、――ユーレイは目を閉じた。



 白魚のようなユーレイの指に挟まれた<Emeth>の呪符が光を放ち――魔法陣の残り半分を、淡い黄金色に染め上げた。


「――跪け、【シルバー・バレット】!」


 その一連の動作は、主に跪く鎧騎士のごとく。白銀の巨人が膝を折った。

 その胸の手番灯は今度こそまばゆいばかりの白光を灯らせ、それに呼応して魔法陣の外周から光の壁が立ち上る。

 銀と金のごっちゃになった光が渦巻く円柱状の空間。中にいるのはユーレイとカラセル、そして魔導巨兵【シルバー・バレット】のみ――


 光の柱が夢のように弾けて散ったそのときにはもう、【シルバー・バレット】の巨体は、跡形もなく格納庫から消えていた。

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