ー終幕の章ー

第?話 神帝暦651年 12月30日

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 ーかの地、かの時、かの場所ー


 幾多の運命が絡み合い、それはひとつの終点へとたどり着く。


 この世界は再び、太陽を奪われた。そう。【千切れの魔女】の出現により、世界は混沌の闇へと戻ろうとしていた。


 滅びへと向かい続ける世界を救うべく、魔女とえにし深きモノたちが対峙する。


 しかし、【千切れの魔女】の神力ちからはニンゲンの存在など、いとも簡単に千切れ飛ばす。そして、またひとり、魔女とえにし深きモノが傷つき、地に伏すのであった。


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「アアアアア嗚呼ハアアアア嗚呼! やっとキミの1番大切なモノを奪えたよーーー。これでキミの1番はアタシになるんダネー! こんなにうれしいと想ったことはないよオオオオオ!」


 ――世界の中心部であるヒノモトノ国の半分以上を侵す【根の国ルート・ランド】が存在した。その地の大神おおかみである【千切れの魔女】が闇よりも深い漆黒の双眸をぎらつかせ、声とも音ともつかない歓喜の雄たけびをあげる。自分が唯一、この世で愛する男を、その手に掴めると信じての歓喜の歌声をだ――


「うるっせえええ! おい、こっしろー! アマノの状態はどうなっていやがる! まさか、死んだわけじゃないよな!?」


「だ、大丈夫でッチュウ。でも、心音がとっても弱まっているでッチュウ。このままだと、アマノさんが危険なんだッチュウ!」


 くそっ! まさか【千切れの魔女】がここまでの強さを持っていたなんて予想外だったぜ! 元がつくとは言え、アマノはB級冒険者だ。そのアマノが1番の得意な魔法である魔法防御用の風の断崖ウインド・クリフを【千切れの魔女】のたった1撃でぶち抜かれ、その身をズタボロにされてやがるっ!


 いや、違う。あれは1撃と言うのは間違っている。【千切れの魔女】による全方位からの連続的な攻撃で喰い千切られたんだ!


「とにかく、治療魔法をかけ続けろ、こっしろー! てめえ、アマノを逝かせたら、ただじゃ済まさないからなっ!」


「そ、そんなこと言われても困るのでッチュゥ。これでも、ぼくの全魔力を治療魔法・水の回帰オータ・リターンに費やしているんでッチュゥ。僕の存在がこの世界から消えるギリギリまで魔力を注ぎ込んでいるッチュウ……。それでもアマノさんを救えるかどうか、わからないのでッチュウ……」


 今、アマノを己の存在を賭けて治療し続けているネズミのこっしろーは、かつての飼い主である【千切れの魔女】の使い魔だった。そのこっしろーが持てる全魔力を費やしたとしても、アマノの状態は良くないってのかよっ!


 俺は【千切れの魔女】の途方もない力に舌打ちせざるをえない。くっそ。どうやったら、アマノを救えるんだ、俺はっ! って、俺たちの頼れる【欲望の団デザイア・グループ】のA級冒険者の団長さんよ!?


「おいっ。そこで何か変なことをしている団長。おい、どこを見てんだよっ! 闘いに集中しやがれ!」


 俺たちの後方やや3メートルの地点で、団長はカタナの切っ先を地面にあてがい、何かの作業をしているようだ。くそっ。アマノが生死の境に瀕しているって時に、団長は何をやっていやがんだよ!


「ああ、先生のことを呼びました? いやだなあ? 別にアブーラを売っていたわけじゃないですよ? 少々、地面に多重魔法陣を描いていたんですよ。ほら、ツキトくん、こっしろーくん。この魔法陣の中にアマノくんを入れてください。そうすれば、少しは治療の役に立てるはずですから」


 俺は頭の中に疑問符を浮かべながらも、きっと団長のことだから、何かアマノにとって良いことが起きるのだろうと思い、団長の言われるままに、俺とこっしろーで、傷ついたアマノをそっと注意深く、団長が地面に描いた幾多の多重魔法陣の中心部に運ぶのである。


「ほ、本当だッチュウ。ぼくの身体の奥底から力があふれ出てくるんだッチュウ。さすが団長さんだッチュウ。これなら、ぼくの魔力だけでも、なんとかアマノさんを死なせずに済むことができるんでッチュウ。ありがとうなんだッチュウ!」


 確かに団長の言う通り、傷ついたアマノを団長が描いた多重魔法陣の中心部に運び入れたと同時に、水の精霊の力が跳ね上がりやがったぜ。しっかし、団長の得意魔法は火と土だろ? なんで、水の精霊の力を増幅できる魔法陣なんか描けるんだ? しかも、多重魔法陣だぞ? 通常では考えられないことだ。やはりA級冒険者ともなると、ニンゲンをやめている以上、世界の常識までもが通じなくなる存在になれるのか?


「ああ、それは、先生が土の魔法が大得意だからですよ。【根の国ルート・ランド】、いえ、【千切れの魔女】が侵攻した土地は彼女の力により、けがれてしまうので、水の精霊の力が非常に弱くなってしまいます。だから、先生が土の多重魔法陣で、ほんの一部分ですが、みそぎをおこなったと言うわけですよ」


 へっ。さすが40歳に達しても現役A級冒険者さまを続けているだけあるぜ、団長は。俺みたいな未だに万年C級冒険者じゃ、こんなこと思いついても実行なんて不可能だわ。こいつに無理を言って、【千切れの魔女】との決戦に連れてきて大正解だったわ。


「アマノさんの怪我はどうにか治療できそうでッチュウ。でも、どうするでッチュウ? アマノさんの風の魔法がなかったら、僕らは防御魔法すら満足に張ることはできないでッチュウよ?」


 アマノに治療魔法である水の回帰オータ・リターンをかけながらも、不安気な表情を浮かべながら、こっしろーが俺にそう尋ねてくるのであった。


「そこは俺がなんとかしてやるぜ。【千切れの魔女】と闘うために呪いの腕輪カース・ブレスレットに魔力を貯め込んで、自壊させたんだ。そのおかげで、今の俺は風の魔法がアマノとほぼ同程度までには使いこなせるようになっているしな。まあ、アマノでも1撃でやられちまった以上、ボロボロの傘で台風の中を歩くのと変わらんがなっ! 【風の断崖ウインド・クリフ】発動! 俺たちの身を守れ!!」


 俺は、そう減らず口を叩くと同時に、素早くフードのポケットから呪符を12枚取り出し、それを宙に放り投げ、3人と1匹を守るための風による防御魔法・風の断崖ウインド・クリフを発動させた。くっそ。こっちが会話している時に攻撃してくるなんて、非常識な奴だな! 3重に風の断崖ウインド・クリフを張ってなかったら、全員、吹き飛ばされていただろうがっ!


「アアアアアア嗚呼ハアアアア嗚呼。憎い憎い憎いよオオオオオオ。ツキト、その女を殺させてよオオオオオ。その女がいなければ、アタシは、ツキトの1番になれるんだよオオオオオ!」


 【千切れの魔女】が怨嗟を乗せた声で、俺たちに吼えてくる。その声による重圧はわずかに残った風の断崖ウインド・クリフの効力を吹き飛ばすには十分な威力を発揮するのであった。風の断崖ウインド・クリフは緑の光の残滓を全て、【千切れの魔女】の叫び声により、粉々に吹き飛ばされることになる。


「うるせえって言ってんだろうが! なんで、アマノが死んだら、お前が俺の一番になれるなんて思い込んでやがるんだ! それこそ、大間違いだって言ってんだよっ!」


 俺は呪いの腕輪カース・ブレスレットの自壊によって跳ね上げた自分の魔力の4分の1をもつぎ込んだ風の断崖ウインド・クリフをあっけなく【千切れの魔女】に喰い千切られようが、それでも吼え返したのである。


「そんなことナイヨ? ツキトは僕を10年も大切に育ててクレタンダヨ? あれ? 15年もだったかなあ? あんまりよく覚えてナイヤアアアア嗚呼?」


 【千切れの魔女】がよく聞き取れない音を口から出してやがんな。くっそ。あの声とも音ともつかないモノが厄介すぎるぜ。あいつが口から言葉を紡ぎ出すと同時に、あいつは自分の回りに空間に幾筋もの【神鳴り】を発生させてやがる!


「ああ。これは困りましたねえ? まさか【千切れの魔女】が【神鳴り】をここまで使いこなすなんて思ってもいませんでしたよ。大体、【神鳴り】はイニシエの大神おおかみでも一握りにしか使えない魔法だと禁忌書庫タブー・アーカイブの書物に載っていたのですよ? いや、魔法って言う表現自体がおかしい気もしますが。この場合は神力ちからと言うべきですかね?」


「ああ、団長。確かにそうだな。だが、あいつは以前にも俺の眼の前で【神鳴り】を使ったことが幾度かあるんだ。あの時は何が起きたのかさっぱりだったが、禁忌書庫タブー・アーカイブで古い文献を読み漁ってみて、そのあとに、この眼で再び、あいつが【神鳴り】を使っているところを視て、推測が確信に変わったんだ」


「ふむ。だからこそ、あの娘の【神鳴り】に唯一対抗できそうなほどの風の魔法が使えて、さらに支援方向に特化している、ツキトくんの奥さんであるアマノくんを連れてきたと言うわけですか。先生、ツキトくんが先生への当てつけで連れ回しているのかと思っていましたよ?」


「そんなわけねえだろ! それよりも、そのアマノの風の断崖ウインド・クリフを簡単に引き裂きやがった方が大問題だぜ。俺の数段劣る風の断崖ウインド・クリフで、さっきのあいつからの攻撃を防げたのが奇跡ってもんだぜ!?」


 魔法は普段からイメージ力を鍛えておくことが大切だ。俺は今、呪いの腕輪カース・ブレスレットの効力により、アマノ以上には魔力の桁と出力は跳ね上がっている。だが、もともとが魔力C級しかなかった俺には、今の底上げされた魔力は手に余る状態なのだ。そんな状態だからこそ、さきほどの【千切れの魔女】からの攻撃で、五体満足だったのは奇跡だと俺は言ったのである。


「まあ、なんとかなるんじゃないですか? 【千切れの魔女】はアマノくんを殺すと言うよりは、ツキトくんを手に入れることのほうが大切そうですし。ツキトくんの風の断崖ウインド・クリフで、先生たちが無事なのがそのあかしとも言えるでしょうね。どうです? ここはアマノくんや先生たちの命を助けると思って、ツキトくんは【千切れの魔女】と一緒になったほうが良いんじゃないですか?」


「へっ。ごめんこうむるぜ。俺の女はアマノなんだ。アマノだけが、俺がこの世で一番大切な女なんだ。こればっかりは【千切れの魔女】相手でも譲る気はないぜ?」


 アマノは俺にとっての生きる希望だ。俺をこんな地獄のような世の中でも変わらず、俺の隣に居続けてくれたんだ。【千切れの魔女】相手でも、そこを譲る気は全く無いぜ?


「アア、ソウナノ? アタシはどれだけガンバッテもツキトの一番にナレナイノ? じゃあ、ツキトはもう要らない。シンデ? シンデ? 死んでエエエエエエ?」


 こちらを黙って見つめていた【千切れの魔女】がそう口から音を発したと同時に、俺の周りにだけ幾千もの【神鳴り】を発生させやがったっ! くそっ! こんなのどうやって回避しろってんだよっ!




「エヘッエヘッえへへっ。ツキト、死んじゃった? シンジャッタ? シンジャッタ?」


――【千切れの魔女】は口を三日月状に歪め、愉悦の表情をその顔に浮かべるのであった。幾千もの【神鳴り】が地上に降り注いだことにより、土埃が舞い上がる。その舞い上がった土埃も数分後には収まる。しかし、ツキトは【神鳴り】により千切れ飛ばずに済んでいた――


「お生憎さま。俺はまだ生きてるぜ? 【千切れの魔女】って言っても、たかだかC級冒険者ひとり殺すのにどんだけ時間をかけてんだ? さっさと殺してみろよ?」


「ツキトさん、左腕がもげているッチュウ! 【千切れの魔女】に喰い千切られてしまったんでッチュウ!?」


「ああっ? 神鳴りってのは高いところに堕ちるって言うじゃねえか? だから、左腕を自分で叩き切って、宙にぶん投げた。おかげで、【神鳴り】が左腕だけに集中して、俺自身は喰い千切られずに済んで助かったってとこだ。ああ、さすがに死ぬかと想ったぜ」


 俺は【千切れの魔女】が発生させた幾千もの【神鳴り】が自分をゆっくりと包囲しながら接近してくる間に、自分の左腕の二の腕部分に呪符を3枚貼りつけて、さらには自分の使い魔である火のトカゲファー・トカゲを押し付けた。


 そして火の魔法である【炎の柱ファー・ピラー】を発動して火のトカゲファー・トカゲを自爆させて、自分の左腕をもぎ取ろうとした。それでも筋組織ってのは丈夫だったので完全には左腕は千切れず、右手に握っていた勇者の短剣ブレイブ・ダガーによって、左腕を叩き斬ったわけである。


「あああ。無理しちゃって。さすがに【千切れの魔女】に千切られた左腕を再生させるのは、アマノくんでも難しいですよ? まったく、少しは後先を考えてから行動してくださいよ……。でも、あれだけの【神鳴り】を、左腕1本で凌いだだけでも奇跡ですね」


「俺は奇跡を起こすのが昔から好きなんでね? さあて、【千切れの魔女】さんよ。次は何をしてくるんだ? 今度は、俺の左足でも欲しいのか? 欲しいならどんだけでも俺の身体を喰い千切ってくれて構わんぜ?」


 正直言って、A級冒険者の団長が同じ徒党パーティに居ようが、俺たちには勝ち目がないことなんて、闘う以前にわかりきっていたんだ。あいつが【千切れの魔女】となり替わったあと、ヒノモトノ国の地を次々と蹂躙していったんだ。A級冒険者を含む幾多の一門クランたちが【千切れの魔女】の手により喰い千切られてきたのだ。


 だが、それでもだ。相手がイニシエの大神おおかみと言えども、俺の愛する女を、アマノを殺させるわけにはいかないんだよっ!


「えへ、エヘヘ。じゃあ、次は本気でイクヨ? チギレチギレ千切れ。ひとつをふたつに。ふたつをよっつに。十を百に。百を千に。千切れ千切れ。全てのえにしを千切れ。千切れて千切れ……」


 【千切れの魔女】が錫杖しゃくじょうをその手に持ったまま、両手を頭上に持って行き、アアアアアア嗚呼! と叫びながらその身に宿る神力ちからを昂らせていきやがるっ!


「不味いですよ。これは呪文詠唱と言った類ではありません! これは【呪詛】そのものです! 大神おおかみの力とはそもそもニンゲンとは違うとは禁忌書庫タブー・アーカイブの古文書に記載されていましが、まさか【呪詛】までをも想いのままに操れるとは!」


「そ、そんなでッチュウ。【呪詛】を自在に扱えるモノなんて、今のこの世界には存在しないはずなんだッチュウ。ユーリちゃんは、本当の本当にイニシエの大神おおかみになってしまったんでチュウ?」


 ネズミのこっしろーが半泣き状態になりながら、【千切れの魔女】を見つめていた。かつての主の異形なる姿に思うところがあるのだろう。俺だって、あいつがあんな姿に変わっちまったなんて、未だに信じられない。


 くっ! 【千切れの魔女】を中心に魔力とはまた違った【神力ちから】が凝縮されていくのが、魔力探査の才能がほぼ皆無な俺でも手に取るようにわかるぜ。ちっ。こうなりゃ仕方ねえ! とっておきを見せてやるぜ!


「チギレチギレ千切れ、ひとつをふたつに。ふたつをよっつに。十を百に。百を千に……」


「チギレチギレ契れ、千を百に。百を十に。よっつをふたつに。ふたつをひとつに……」


 俺は【千切れの魔女】の【呪詛】に合わせて詠唱を開始する。たったひとつ残された可能性を信じて、己の言葉に、己の身体に残された力を全て注ぎ込む。


「やめなさい、ツキトくん! あなたはニンゲンの身でありながら【祝詞のりと】を唱えるつもりですか! それは、A級冒険者の先生でも実行するのは不可能に近いのですよ! いくらあなたが神に選ばれた【勇者】であっても無理です!」


 うるせえ。団長、黙ってろ。俺は決めたんだよ。俺は全てを取り戻す。あの幸せだった日々を取り戻す。アマノとあいつと俺とで囲んだ食卓を取り戻す。再び、家族で肉じゃがニック・ジャガーを食べて、笑いあった、あの日々を取り戻す!!


「チギレチギレ千切れ。全てのえにしを千切れ。千切れて千切れ……」


「チギレチギレ契れ。全てのえにしを契れ。千切れず契れ……」


 さあて、イニシエの大神おおかみ相手に【わざわいを転じて福と為す】なんて可能なのかねえ!? まあ、やってみるしかねえか! 俺の存在全てを持っていきたいなら、持っていきやがれってんだ!!


「チギレテ、消えろオオオオオオ! アタシにツキトはイラナイ! 家族なんかイラナイ! 全て無くナレ! 【千切れ】!!!」


「チギレズ、ここに居ろ! 俺たちはここに居る! そして、【千切れの魔女】。いや、ユーリ! お前も俺たちと共に居ろおおおおおお! 【契れ】!!!」

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千切レズ契レの追奏曲(カノン) ももち ちくわ @momochi-chikuwa

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