白く深い霧
Vielen Dank für 綾川知也.
この作品は綾川知也氏の伝承を元に作成いたしました。
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「富士山を見に行こう」
そう言ったのは友人のタカシだった。
タカシは免許をとったばかりで、遠出のドライブに行きたがっていた。
僕も暇だったし、交通費もタカシ持ちで日帰りのドライブだったので、僕は断る理由もなかった。
そんな訳で、あまり気乗りしない僕とタカシは富士山近くへの日帰り旅行をすることとなった。
富士山麓まで行くには中央高速と東名高速の二通りの行き方があったが、池尻から首都高に乗り、東名高速を行く道を選んだ。
よく晴れた初夏の朝で、気温も暖かく、助手席に乗った僕は窓を開け放ち、窓から入ってくる風を楽しんだ。
タカシは若葉マークに相応しく、スピードを上げずに左車線をのんびり走らせていたから、高速道路を走る風は丁度良かった。
休日にもかかわらず、珍しく下り車線は空いていた。
やがて、車が神奈川西部に差し掛かると、段々と建築物の数が少なくなってきた。田園地帯が広がり、それは山々の稜線に変わっていき、林や木々の姿が多くなっていった。
道は緩やかな上り坂になっていき、箱根の峠に近づいているのが判った。
道の左右は山となり、山の稜線に沿って山腹を這っていった。
何時の間にか高度を上げたのか、窓から入る空気は冷たくなり、窓を閉めなければ耐えられないくらいになっていった。
道もだんだん曲がりくねり、急なカーブも目立ってきた。
前後の車も対向車もかなり少なくなってきた。道路はV字型の谷の山腹に高架橋で支えられていた。
窓から谷の底を眺めると、薄っすらと小さな雲が眼下に流れていた。
「何時の間にか、ずいぶん高くまで登ったんだな」と僕は呟いた。
やがて、僕等の周りにも薄っすらと白い霧が漂い出した。
眼下に雲が見えるのだから、当然といえば当然だろう。僕等はその時、雲の中を走っていたわけだ。
霧はだんだん濃くなっていき、霧というより靄のようなものに変わっていった。
僕はなぜか視界が悪くなる恐怖の他に何か直感的な恐怖を感じた。
(これはヤバイぞ!)
しかし、僕はそのオカルト的な恐怖をタカシに悟られないように平坦な口調で言った。
「霧が濃くなった来たな。そろそろフォグランプ点けたほうがいいんじゃないか
?」
すると返事が返ってこない。
「おい、フォグランプ!」
「ああ……」タカシは慌ててフォグランプのスイッチを見つけ点灯させた。
免許取り立てで、フォグランプ・スイッチの場所が判らなかったのかな、とその時は軽く思っていた。
しかし、靄は益々濃くなっていくのに、タカシは一向にスピードを落とさない。
運転席のタカシを見ると、遠くを見つめているような、ボーッとした眼をしていた。
「おい!」
声を掛けても返事はない。
道はクネクネとしたワインディング・ロードが続いていた。周りには車は一台も走っていない。
(これは本当にヤバイ!)と思って、サイドブレーキを引いた。それでも車は止まらないので、右足を運転席の下に潜り込ませ、思い切りフットブレーキを踏みこんだ。
キキキキーッ。
車は無事泊まり事なきを得たが、タカシの様子がまだ少し変だった。
ボーっとして眼の焦点があっていない。
僕はタカシの頬を張りました。何度目かの平手打ちでようやくタカシは正気を取り戻した。
「どうしたんだよ、一体?」僕は大声で尋ねた。「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
「霧の中をあんなスピードで走っちゃマズイだろ?」
「えっ?ああ……」タカシはまだ呆けたような表情を顔の隅に残していた。
「なんか、沢山の白い手がグルグル回ってて、その中に居たような気がしたんだけど…」
気が付くと、霧はすっかり晴れ、薄青い初夏の空の色がフロントガラスの向こうに広がっていた。
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