撤収
東京という街は実に一方通行の多い街です。知らない道にうっかり入ると、一方通行だらけでグルグル回ってしまうことも珍しくありません。
それと抜け道ですね。これもまた多い。でも、車がよく入っていく路地をなんとなく入ってみて、「ああ、ここに出るんだ」なんて道を発見した時は、何だか得した気分になり、嬉しいものです。
環状八号線、通称「カンパチ」から国道1号線に掛かる「多摩川大橋」へ抜けるショートカットの道なんてのもありまして、国道1号線のこの辺りは必ず信号に引っかかり、また長いので、中々便利な抜け道です。しかも、広い道なのに一方通行なので、対向車の心配をせずに走れるんで、楽でもありますね。
その日もその道を通りました。時間はてっぺん回って結構経った頃でしたかね。人も車もほとんどいません。
途中に急なS字カーブがあるんですが、そこの最後のカーブに差し掛かったところで、左前に二人の警官と白いコートを着た人が立ってたんです。コートの人はこちらに背を向けてていくつくらいの人かも男か女かも分かりませんでしたが、警官の方は向い合って激しく手を上げたり伸ばしたりして話し合っておりました。
ん?こんなところで何をやっているんだ?
と、思っていると、カーブを抜けたところで、十人以上の制服警官がぞろぞろいるのです。警察車両も三台以上停まってました。
所謂、飲酒検問というやつです。
私は一滴でも呑んだらハンドル握らない質なんで、別にどうってこと無いんですが、こう警察がゾロゾロいると流石に嫌な気分になります。目の前の信号も丁度青だったところで止められたのにも、ムッと来ました。
ライトセーバーみたいな懐中電灯持って、制服警官が近づいてきます。
仕方なく、パワーウインドウを下げると、「すいませ~ん、飲酒検問です。申し訳ない、はぁ~ってして貰えますか?」と聞いてきた。
「はぁ~」
「あっ、結構です」
結構です、というが、ソイツのせいで目の前の信号は赤になってしまったから、進めない。何が、「結構」だ。
私はなんとなく、初めに見た三人が気になりましてね。身体を助手席の方にねじりました。その時にはもう三人は私の左後ろで、サイドミラーの死角でしたので、そうやって助手席の窓から振り返らないと見えなかったんです。
二人の警官は相変わらず熱心に話し合っていました。白いコートの人も小刻みに頷いて熱心に聞いてましたが、捕まったというわけではなく、通りすがりの一般人という感じでした。
信号がまた青に変わったので、私はアクセルを踏みました。すると交差点の向こうで、こちらに向かってくる警官がいたんです。
歳は四十代から五十代くらいのベテラン警官という感じでした。
その警官が停まるようにと合図してくるので、仕方なく交差点を渡りきったところで停車させ、窓を開けました。
「どうしました?」私はあからさまに迷惑そうな顔で言いました。
「今、あちら見てませんでした?」
警官は三人がいた方向を手で指しました。
「見ましたけど…」
「何人いました?」
「?」
「えと、、、白い服の人と合わせて三人ですけど…」
すると、その警官はサッと手を挙げて仲間に合図しました。
後ろのほうで「撤収〜!」と誰かが叫ぶ声が聞こえました。
「えっ?どうしたんですか?」
「あっ、時間なんで、撤収します。ご協力ご苦労様でした」
「はぁ…」
「今日は気をつけてお帰りください。スピードは出しちゃいけませんよ」
そう言うと、中年の警官は小走りに仲間の方へ駆けて行きました。
バックミラーを見ると、さっきの会話していた二人の警官が車の方へ早足で歩いて行くのが見えました。
すると警官が立っていたところの向こう側が低い土塀になっているのが見えました。いつも夜にばかり通るので気づかなかったんですね。塀の向こうはお寺のようで、斜めに傾いだ卒塔婆がいくつも見えました。
白いコートの人ですか?
勿論、ちゃんといましたよ。
あの場所で、相変わらず、私に背を向けたままで、小刻みに首を振り続けておりました
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