天使たちの憂鬱

水野澄朗

第1話 教会にて


アポロ「俺はアポロ。ね、聞いてくれるかい?矛盾と欺瞞に満ちたあの

人間たちの世界に行っちまったふたりの天使の話をさ?

俺はやめとけって言ったんだけどねえ」


Na(SE小川のせせらぎ、小鳥のさえずり)

ここは、天のくに。一面に美しい花が咲き乱れ、緑と小鳥たちのさえずりでいっぱいです。

失敗ばかりの天使「パセリ」は、愛の女神ビーナスさまからいつも叱られてばかりいました。

ある日のことパセリは、大切な大切な天使の試験に落第して、天のくにから地のくにの人間に生まれ変わらなければならなくなってしまいました。

けれどもビーナスさまは、最後のチャンスをくださいました。

ビーナス「(SE)パセリよ!

地のくにへ降りたら、7組の幸せなカップルをつくるのです。

そうすれば、それがりっぱな天使のあかしとなるでしょう」

そして、キューピッドの弓矢を与えてくださいました。

(オープニングBGM)


第一矢(だいいちや)教会にて


(SE街の雑踏)

パセリ「(独白です。かなり不安)あーあ、本当に降りてきちゃった。

どうしたらいいんだろ、心細いな……」

(SE車の通る音、クラクション、バイクの排気音)

パセリ「あっ、危ない!

なんて乱暴なの?

そしてこのひどい匂いに汚れた空気……。

どうして牛や馬たちがいるのに、地のくにの人間たちは、あんな危険な鉄の塊に乗るのかな?

どうしてあたたかくて肥沃な大地にこんなに冷たくて固いものを敷き詰めてしまったのかな?

シナモンが言ってたけど、地のくにの人間は本当に野蛮!

(ちょっと泣き声です)早く帰りたい!

(パセリ、少し自分の境遇を悲観してしまいますが、すぐに切り替えて、気持ちを鼓舞します)

でも、せっかくビーナスさまにいただいたチャンスだもの。

がんばらなくちゃ」

Naそしてパセリは、街はずれの教会までやってきました。

(SE教会の鐘)

パセリ「地のくにの人間でも、神さまを信じるひとは、きっと穏やかで美しい

こころの持ち主よね?

(少し間。思いをめぐらせています)

そうだ!

このひとたちののなかから、カップルをさがしてみようっと」

(SE教会の扉が開く。ひとびとが賛美歌を唱和している。パイプオルガンの音)

パセリ「……ずいぶん大勢ひとがいる……。

(唱和、ゆっくりと止む)

それに牧師さま……」

Na祭壇のまえには、白い服を着た女の人と黒い服を着た男のひとが

ならんで立っていました。

パセリ「……二人で懺悔してるんだ!

いったいどんな罪を犯したんだろ?

(少し間)

この罪深き二人を最初のカップルにしようかな?

ビーナスさま……いかがでしょうか?

うん、決めた!

(弓を絞ります)キューピッドの矢をつがえて……と。

まずは、白い服の女のひとにねらいをさだめて……。

(SE弓をビン!と弾く音に続き、矢がヒュッと飛んでゆく音。白い服の女性の胸にささるブツリという音)

やった!命中う!

ええと、次は羽根がペアになっている矢をと……。ここで間違えたら大変……。あ、あった。

(弓を絞ります)

今度は男のひとね……。

(SEさきほどと同様。弓をビン!と弾く音に続き、矢がヒュッと飛んでゆく音。黒い服の男性の胸にささるブツリという音)

やった!こっちも命中!イエーイ!」

(SEピイーンとか。矢の効果が始まる音を入れてください)

(牧師の声FI)

牧師「(できれば少し英語なまりで)……病めるときも健やかなるときも

決して変わらぬ永遠の愛を誓いますか?」

男性の声「誓います」

牧師「汝はいかがですか?決して変わらぬ永遠の愛を誓いますか?」

女性の声「誓います」

パセリ「そろそろ効果が……」


牧師「では、愛のしるしに」

男性と女性「はい!」


Na二人はゆっくりと向き合いました。


パセリ「男のひとが女のひとの顔にかかったベールをあげて!

……顔を寄せてる!」

男性と女性、くちづけを交わす。(チューのSE入れましょうか)


パセリ「(大喜び)やったあ!大成功だわ!

あの罪深き二人が愛のくちづけをしてる!」


Naパセリは嬉しさのあまり、教会の外へ駆け出しました。

(SEパセリ、教会の扉を開き元気一杯に駆け出して教会の外へ)


パセリ「(空に向かってややおおげさに)ビーナスさま!天のくにからさっき

降りてきたばかりなのにもう幸せなカップルが誕生しました!

この調子なら、もしかしたらすぐに天のくにに帰れるかもしれません!聞こえますか?ビーナスさま!」

Naそのとき、シナモンが教会の屋根から声をかけてきました。

(声、少し遠い)

シナモン「おーい、おまえさー、今、言ってた幸せなカップルって、

まさかあの二人じゃねーよなー?」

結婚したばかりの二人が祝福のライスシャワーの中、教会から出てくるところ。

(できればウェディングマーチBGM)

(SEガヤ。大勢のひとびとが結婚した男女を祝福する声)

パセリ「(びっくり)シ、シナモンじゃない?ど、どうして?」

シナモン「ビーナスさまがどうしてもパセリのことが心配なんだってさ!

おまえのことを見てて欲しいっていうから……。おれ、やだって言ったんだけど、ビーナスさまには逆らえねーから、地のくにまでわざわざ降りてきてやったんだ」

パセリ「(素直です)ごめんなさい。シナモンにまで迷惑かけて……」

シナモン「べ、別にいーんだけどさ!

それより、おまえ、幸せなカップルって、まさか……」

(SEガヤ。大勢のひとびとが結婚した男女を祝福する声)

パセリ「(得意げ)あの罪深き二人よ。とっても幸せそうでしょう?

わたしがさっきキューピッドの弓矢で二人を結びつけたの!

大成功でしょう?」

シナモン「罪深きって……おまえ、なあんにも知らないんだなー!

あれは『結婚式』って言って、もともと愛し合ってる二人が行う地のくにの儀式なんだ!

だから、おまえの弓矢はなんにも役に立たなかったってこと!」

パセリ「えーっ?それ本当?」

シナモン「本当だよ!あーあ、キューピッドの矢、2本無駄にしちゃって!

また、ビーナスさまに叱られるぞー!」

パセリ「シ、シナモンのいじわるー!(泣きじゃくる)」

シナモン「(ちょっと動揺)な、泣くなよ。ほら、これやるから」

パセリ「(少ししゃくりあげながら)なに?これ?」

パセリ「『電話』っていうんだってさ!

これ使うと遠くにいても話すことができるんだ!

天のくにでは、ジュピターさまとかビーナスさまのような神さましかできないことを、地のくにの人間にはできるんだ!生意気だよなー」

パセリ「ふーん。これでお話ができるんだ」

シナモン「うん、おれもひとつ持ってるから、なにかあったらおれに連絡しな!」

パセリ「ありがと。やさしいね、シナモン」

シナモン「違うよ。

ちゃんとおまえのこと見てないと、おれがビーナスさまにしかられるからさ。やだけどしょーがないじゃん」

パセリ「ごめんなさい……」

シナモン「べ、別にいーんだけどさ」


(SEまだ祝福の声薄く続いている。おめでとう。早く子供つくれよ。おまえに先を越されちまったな。次はあたしの番よ。などなど)

(SE印象的な教会の鐘の音)

エンディングBGM


(コーダ)

女性の独白「わたしの子をお父様の後継ぎに!って思ってただけなのに、

……どうしてかしら?彼がこんなに素敵なひとだって今までぜんぜん気がつかなかったわ……」

男性の独白「社長への近道だ!と思ってただけなのに…どうしてだろ?

彼女がこんなに魅力的な女性だなんて、今までぜんぜん気がつかなかった……」


ビーナスの声「ときとして『みせかけの幸せ』が『本当の幸せになる』

こともある。

ほほほ。(上品かつ楽しげな笑い)

パセリ、おまえはひとつ大切な仕事を終えたようだ。

けれども、慢心せぬようおまえには黙っていよう。

……あと六組。楽しみにしているよ」

(第一矢おわり)

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天使たちの憂鬱 水野澄朗 @takeshi_kamei

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