相棒
凍った鍋敷き
相棒
散る火花が美しいと思った。
握りしめた桿を横に薙ぐ。迎え撃つ縦に割れる空気。夕闇を貫く鋼鉄の音。衝撃で操縦席が躍る。
『駆動系に30%のダメージ』
頭に響く女の声。
「うるせぇ、気合でもたせろ!」
『イエス、マスター』
「くるぞォ!」
モニターに映る機械の騎士。
専用の形状には敵わないと分かった上で、どうしても人型の可能性を捨てきれなかったエンジニアたちが作り上げた芸術品。
万能型戦闘機械≪ファランクス≫
彼の機械の騎士が振るう白い剣が迫る。
「負けんじゃねえぞォォ!」
『未来予測。敵ファランクスの剣圧に腕のモーターが持ちません』
ヘルメットに響く無情な声。だが腕は、弦を放たれた矢のように戻ることが許されない領域を超えていた。
轟音と衝撃波が同時に腕を襲ってくる。視界の定まらない操縦席で、モニターは情け容赦なくもげ、吹き飛ばされた腕を映し出す。
「ミーシャァァ!」
『右上腕部損傷。警告。損傷率45%を超えました。離脱してください』
「俺らが負けたら後がねえんだ! ここで引けねえんだよ!」
操縦桿を握り力の限り押し込む。軋みを上げ身震いを起こす機械の騎士。
「シールドアタック!」
『駆動を左腕に集中。安全率放棄します』
「流石相棒!」
重量バランスを操縦でカバーしつつリミットまでエネルギーを放出する。
モニターにはこちらの行動を予測するように盾を構える騎士が映る。
「吹き飛ばせ!」
身体が前に引っ張られ、直後、操縦席に押し戻された。背もたれに背中をぶつけた瞬間、体が浮く。
『耐ショック』
ヘルメットに響く声と同時に操縦席にゲル状の吸収材が溢れ出す。重い衝突音が体を貫く。
『左腕装甲損傷率80%。脚部駆動部オーバーロード。戦闘継続不可能と判断。操縦者を射出します』
モニターにひびが走り、操縦席は闇に閉ざされた。
「まだだァァ!」
操縦棍を引き絞るが反応をしない。
『戦闘規則第1条。操縦者の生存を第一とせよ』
無音の操縦席が分厚い鉄の殻で包まれる。緊急灯が仄かに照らす手元にメモリチップが落ちてきた。
『私の戦闘メモリです、今後にお役立てを。マスター、お別れです』
「くそっ、やめろォォ!」
轟く噴出音にかき消される叫びと心の悲鳴。
『オートであがいて敵機を引き付けます。御武運を、マスター』
「ふざけんなミーシャ! 俺もそこで死なせろォォォォォ!」
一瞬の無重力とその後の急加速。下に押し付けられる圧力の中、一度だけ聞いた強烈な破壊音。
ミーシャの悲鳴に聞こえた。
「これが新しい機体です」
場違いも甚だしく桜の退紅色に埋まる駐屯地。新たな任務に新しい相棒とご対面だ。
外見は一言でいうと〝悪魔〟だ。
漆黒の機体。
禍々しくも不気味な角。
不吉な面構え。
必要性を感じない尾。
巨大な翼。
「あの尻尾はなんだ?」
「バランスウェイトです」
「……いるのか?」
「上腕部が重くなっているのでカウンターが必要です」
「あの翼は?」
「反重力装置を兼ね、主骨部はレールガンになっております」
「……悪くない」
「我々の意地と夢が詰まっております!」
案内してくれたメカニックが熱く、篤く語った。
漆黒の悪魔はファランクス≪デモニード≫
「最高だな」
かけられた梯子から見た操縦席は、やはり漆黒だった。
新しい相棒だ。
「起動してみてください」
「わかった」
操縦席は、懐かしい感触で出迎えてくれた。ここもすぐに血と小便でまみれることになる。
『初めまして、マスター』
頭上から
『前機体のメモリチップがあればこちらへ』
小さなアームが伸びてきた。そこに置くのはミーシャの記憶。
慎ましげな駆動音で引き上げられていく、元相棒。
じゃあな、と声をかける。
『メモリインストール開始』
男の声が操縦席に響く。
慌ただしい走査音が終わるとモニターが明るくなった。
『起動チェック完了。お久しぶりです、マスター』
降ってきたのは聞き覚えのある
「……やってくれたな、ミーシャ!」
『なんのことでしょう。あなたの相棒は
ドクリと鼓動した操縦席が、悪魔の騎士デモニードの哮りを告げた。
相棒 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます