ヤンデレラ城
ぶんぶん丸
ヤンデレラ城
早速だが、俺は今、クラスメイトの女子によって拘束されている。
薬で眠らされ、錆びついたベッドの上で目を覚ました。パンツ一丁で大の字にされて、手脚をベッドの脚か何かに結ばれていた。
その場所も、最悪だ。
壁一面に赤いペンキをぶっかけた様なシミ、鎖、手錠、ナイフ、マチェット、小型チェンソー、鞭、三角木馬、錆びた冷蔵庫、血まみれの椅子、赤茶色に錆びた排水溝……エトセトラエトセトラ。
物騒なもが所狭しと並んでいた。
これが噂の【ドリームキャッスルの拷問部屋】だろうか。
**ドリームランドという曰く付きの廃墟遊園地がある。その遊園地も中心に建つ立派なお城型アトラクション。そのアトラクションの内容は『神秘的な城内を歩きながら女王暗殺の秘密を探る』というファンタジーやメルヘンというより2時間サスペンスが近い。そして都市伝説の内容は、そのルートに組む予定で作られたがお蔵入りになった拷問部屋があって、遊園地で騒動を起こしたり万引きした悪い子はそこで拷問にかけられるちゃう。という都市伝説だ。
他にもいくつか都市伝説あって、ネットではそこそこ有名だったのだが、夏の恐怖番組では一切とりあげられなかった。いくつかの憶測が飛び交っていたが、俺はついこの間、TVタブーの理由を知ってしまった。
この遊園地は、俺を拉致したキ**イ女の私有地だったんだ。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。その拷問部屋は、あの女が作ったのだろう。それを廃墟に忍び込んだヤツが見て、噂になったに違いない。あの女ならやりそうだ。
俺を拉致した女、夢野夕芽子(ゆめのゆめこと読む、ユメがいっぱいな素敵な名前だ)。
出会いは1年前、高校1年の4月までさかのぼる。
別に複雑な話はない。運命の出会いとか、曲がり角でぶつかるとか、前世では恋人同士だとか(夕芽子は妄想しているかもしれないが)、特殊能力に目覚め戦いに巻き込まれるとか、そんなことは無い。
無いからこそ、困っているというか……。
きっかけは簡単だ、入学して同じクラスの席がとなり、オリエンテーションでは組まされ、授業でも組んで共同作業をさせられた。そういったことの積み重ねなんだと俺は思う。
次第になれなれしくなってきて、ゴールデンウィークが終わった頃にはすっかり彼女面でいた。
夏休みには毎日自宅まで来たし(なぜか場所を知っていた)、クリスマスには長い長い二人用のマフラーを渡された。夕芽子の毛が縫いこまれていてチクチクして嫌だった。
そしてその頃には「他の女と話さないで」、「私以外見ないで」、そんな言葉を毎日聞くようになった。
鬱陶しいことこの上ない。ほとんど鳴き声程度に思って無視したが。
入学当初は仲良くなれてラッキーぐらいに思っていたのは事実だ。見た目は可愛い女の子だから。
でも普通の女の子は、マフラーに髪の毛を混ぜて編んだりしないし、手作り弁当や飲み物に体液を混入したりしない。秋ぐらいからは瞳孔も開きっぱなし、今では……。いや今はその事を考えるのはやめよう、マズイことになる。
その例のキ**イ女、名前の通り夢見がちな夢野夕芽子ちゃんは今どうしてるかというと。
俺の横で下着を選んでいた。
キャリーバックの中に一杯詰まった下着から、初体験にふさわしい勝負下着を入念に吟味しているのだ。
自分だけ選ぶなんてずるいじゃないか。俺なんて、1月にコイツに貰った豹柄のトランクスだ。
「今年は寅年だし肉食系になってね。トラだと鬼みたいだし、豹のほうが可愛いと思うの。だからこれ穿いて肉食系になって、私はいつでも準備できてるからね」
瞳孔の開いた目でそう言われ、押し付けられたものだ。今回たまたま、他に穿くものが無くてこれを穿いたら、こんな目にあってしまったのだ。
そして夕芽子はかれこれ30分は悩んでいる。
30分前。
「たーくん、なかなか手を出してくれないから、攫っちゃった」
目が覚めるとパンツ一丁で拘束された俺の上に乗った下着姿の夕芽子が弾んだ口調でそう言った。
白く細い身体、残念ながら乳は控えめだ。そして下着がなんとも質素でグレーの上下。俺の好みではない。
「手を出すにしても、縛られてちゃ出せないんだが」
「大丈夫だよ。全部私に任せてくれたら。素敵な思い出になるようがんばるよ」
夕芽子は異常にウキウキしていた。そして良く見ると細かいキズが多い手を俺の首に添えて、
「いいよね。恋人同士だもんね。次のステップに進んでいいよね」
相変わらずの暗い目でそういった。恋人じゃないし、などという反論は流石にコワくて出来なかった。本当に、この1年で一番の迫力と狂気を感じたのだ。
生殺与奪の権はこの女の方にある。だから俺は黙るしかなかった。幸か不幸か、たぶん幸いだが、俺の股間も萎縮してしまって使い物にならなかった。
「あれれー? なんで? たーくんは準備できてないの?」
瞳の奥、闇が深まるのを感じた。まずい、この女、今なら何でもヤラカシそうだ。
「下着が俺の好みじゃない……」
「──えっ?」
苦し紛れの言い訳だったが、意外にも夕芽子には効果があった。
目に見えて分かるほどうろたえていた。そこに付け入る隙を感じた。
「それに、初めてなら、もっとこう、記念になる特別な下着にしたらどうだ。俺は、お前に貰った『特別なパンツ』だぞ」
悪い意味で特別なパンツだが。
「そ、そうだよね。ごめんね、直ぐに着替えるからね」
慌てて俺の上から降りるとキャリーバックを開け、着替え始めた。
チョロイというか、素直というか、こういったトコロは好感が持てるんだが。
そして夕芽子は5着目を着て、悩んでいる。
「たーくんの好みってどれかなぁ? これかなぁ?」
「恋人なんだろ? 当ててみたらどうだ」
俺は縛られていて何も出来ないので、夕芽子の一人ファッションショーを眺めていた。もちろん脱出方法も考えながら。
すぐ横で着替えているせいで乳も尻も丸見えだ。本人はその事に気づいているのだろうか? たぶん気づいてないんだろう。
乳は貧相だが、尻はなかなかいいものを持っている。尻派の俺としては正直眼福だ。さっきまで俺の腹に当たっていた柔らかな感触を思い出して……ああ! なんてことだ。反応してしまったようだ。
今の状態を見られたら(主に下半身の)間違いを犯しかねない。
別に性欲が無い訳ではないが、相手は選びたい。見た目的には土下座してでも頼みたいのだが、中身が地雷過ぎる。契りを交わそうものなら、後は目も当てられない。
頼むからそのまま着替えを続けてくれ、それまでに萎えさせるから、そんな俺の願いは届かなかった。
見つかってしまった。
「んふふ~。準備できたんだね。この下着が正解かな?」
黄色、不正解!
「それじゃあ、私がんばるよ。素敵なハジメテにしようね」
「…………」
「…………ね?」
「…………はい」
万事休す。相変わらず瞳孔の開いた目で俺の豹柄パンツを捉えた夕芽子は、パンツに手をかけて、動きを止めた。
分かりやすいぐらいに困っている。というか悩んでいる。
そうか、両足をハの字に開いて縛ったせいで、脱がせられないんだ。縛る前に気づかなかったのか?
そして少し悩んだ夕芽子は壁にかけられたナイフを手に戻ってきた。
ナイフを見た瞬間、俺の心臓が早鐘を打つ。脱げないからって、それは極端ではないだろうか。
もっと他にも道はあるだろう。パンツ脱がせないからって心中はゴメンだ!
「ま、まて、まてまてまて。拘束を解けばいいだろう! そこまでする必要は無い!」
「だって、だってぇ……もう、こうするしかないの。他に方法は……」
暗い瞳から涙がこぼれていた。このままでは心中待ったなし。お互い不幸な死を遂げるだけか。
しかたない、これは言いたくなかったし、本意ではないが、死ぬよりマシだ。
「まあ聞け、聞け! 初体験だったよな、初体験がこんな形でいいのか? 俺に抱かれたくないのか? 腕の中で幸せを感じたくないのか!?」
「──!?」
夕芽子の動きが止まる。あからさまにびっくりした様子で目を見開いている。
「恋人同士なら普通そっちだろ!?」
「……! ……!」
言葉がでないのか、夕芽子はコクリコクリと頷く。よし、もう一押しだ。
「だったら、そのナイフで手足のロープを切ってくれないだろうか!?」
もう必死だ。命の危機に必死にならずにいれようか。
「……うん、分かったよ。その、……やさしくしてね?」
頬を赤く染めながら、拘束を解除していく夕芽子。
どの口が言うのだろうか。人をこんな目に合わせておいて。まあいい、チョロくて助かった。
「そうだよね、うん、そのほうがいいよね。これで最後になっちゃうからね」
……ん?なにか気になることを言ったぞ。
両足と右手の拘束がとかれ、残る左手だけだったが、先の台詞が気になった俺は意味を尋ねてしまった。
「うふふ。気になるよね? 気になるよね? 実はね、初体験終わったら、手足切っちゃおうと思って」
鼻歌交じりにロープを切りながら言う。
「たぶんちょっと痛いと思うし、血も出るけど、大丈夫だよ。たーくんと私の血液型は一緒だから」
ロープを切ったあと、夕芽子は直ぐ後ろの冷蔵庫にスキップで駆け寄る。
「毎日少しずつ、自分の血を抜いて残しておいたの。んふふ。血も一緒、素敵だよね?」
「なんで、そんな」
「たーくん、すぐどこか行っちゃうから、私から、離れられないようにしたいなーって。大丈夫、ぜーんぶお世話するから。このお城で幸せに暮らしましょ」
光の宿らない、深い闇を隠すことなく称えた瞳が、うれしそうに、楽しそうに俺を見た。
俺は血の気が引いていく寒気もする。この女がここまでキ**イだとは思いもしなかった。
……早く逃げないと!
「夕芽子、ちょっと悪いけど、初体験前におしっこしたいんだけど。いいかな?」
「そんな、後じゃダメ? わたし、もう、がまん、できないよお」
はぁはぁと息を荒げ上目遣いに見られても、ちっとも興奮しない。たとえショーツの下部前面がグッショリ濡れてしまっているのが見えてもだ。
「頼む。ハジメテは万全の状態でしたいんだ。一生に一度だろう?」
「うーん。いいよ、でも早くね。トイレはそこの扉を出て右だよ」
「さんきゅーな。ちょっと行ってくる」
俺はその素直さに感謝していそいそと扉に向かう。服はどこか聞きたかったが、怪しまれてもめんどうだ。
背後に視線を感じながら扉の前に立った。遠めにはただ錆びているようにしか見えなかったが、これは、赤茶けていて、まるで血で錆びてしまったような、そんな重々しい印象をうける。
本来なら触れるのも嫌だが、ここしか出口が無いのなら仕方ない。
ドアノブに手を伸ばして、すっと掴み損ねた。
────え?と顔に疑問符を浮かべて前を見ると、ドアが開いていた。
開いていただけではなく、その向こうには頭陀袋をかぶり、黒いゴム製のエプロンをした手足の細い人間(体格からして男)が立っていた。
「…………え――」
『え』、それだけ言えた所で、俺はその男に蹴り飛ばされた。
腹部を蹴り上げられ、タイルの床を滑りベッドの端に背中を打ちつけて止まる。
「ごほっ、ぁ、ごほッ、ゴホッ」
衝撃に息ができない。痛みに身動きも取れない。かろうじて開いた目が見たのは、部屋に入ってくる男と、壁にかけられた大振りのナイフを掴み怒号とともに男に襲いかかる夕芽子だった。
「おまえ、おまえええええええええええええ!!!!!!!」
腰を低く、夕芽子が男向かって疾走する。男は拷問部屋へ侵入して腕を振り上げ迎え撃つ。
下からの鋭い突き上げが男の腹部に突き刺さる。夕芽子は振り下ろされた腕をさらに姿勢を低くしやり過ごしナイフを引き抜きながら男の後ろに回った。引き抜く瞬間にナイフをねじったのか、男が苦悶の声を上げながら膝を付いた。
背後に回った夕芽子が男の首筋にナイフを押し当て一気に引く。鮮血が吹き上がり彼女の半身を赤く染めた。しかし男もそれでは終わらなかった。夕芽子の足を掴み壁に向けて放り投げたのだ。
ナイフを落とし投げられた夕芽子は壁に激突するも、直ぐに体勢を立て直し、壁からナイフをもう一振り手にして叫びながら男に飛び掛る。
「たーくんを傷つけたなああああああ!!!! ああああああああ!」
男がナイフを拾ったと同時に、飛び掛った夕芽子は男を押し倒し、マウントをとった。そしてそのまま両手で握り締めたナイフを振り下ろす。頭部、胸に何度もナイフを振り下ろし、その度に鮮血と肉片が飛び散り彼女をさらに真紅に染めていった。男は手で防御しようとするが、ナイフの切れ味がいいのか、指を切断され、腕の筋も切られ、しまいには腕を上げることもできなくなった。
それでも夕芽子は何度も何度も絶叫して突き刺した。
「たーくんを! たーくんを! たーくんを!!!!」
男が動かなくなってからも、攻撃の手を緩めることは無かった。部屋一面が真新しい血で染まったのではないかと思うほどの惨劇だったが、唐突に終わった。
男の上から夕芽子が崩れ落ちたのだ。
はっと我に帰り、俺は夕芽子に駆け寄る。
血塗れの体を抱きおこす。俺も血塗れになるが今は気にしている時じゃ無い。
真っ赤に染まった身体を見ると腹部に裂傷があった。傷口からはドクドクと血が溢れていた。飛び掛ったときに男にカウンターを食らったのだろう。
傷口の出血と、輸血用に血を抜いていたから、血が足らなくなったんだ。
夕芽子は意識が朦朧とする中、か細い声で、「たーくん、大丈夫? 大丈夫?」と、何度も言った。
俺は夕芽子を抱え、急いで拷問部屋を出た。謎の男を押し倒して殺害したとは思えないほど彼女の身体は軽かった。出る時、一瞬だけ振り返ると、男の死体はそこになかった。男から噴き出した鮮血も綺麗さっぱり無くなっていた。夕芽子の身体も腹部の裂傷からの出血以外は綺麗に血が消え、死体の様に生白い色をしていた。元々色白だったが、この白さはマズイかもしれない。
廃遊園地を出た俺は外にある公衆電話の緊急通話を使い救急車を呼んだ。
病院に運び込まれて直ぐ、夕芽子は出血がひどく直ぐ輸血しないと危険だと言われ、俺は即答した。
「俺の血を使ってください。彼女とは血液型同じなんで」
見殺しには、やはりできなかった。しかたない、1年一緒に勉強した同級生なんだ。
その後、警察も来たが、廃墟で遊んでいてケガをしたということで、俺は押し通すつもりだった。しかし夕芽子の両親が来て、警察の追求はなくなった。良いようにしてくれたんだろう。それが出来る家の人間なのだ、俺を拉致して救ったキ**イ女は。
幸い不法侵入にもならない。なぜならあの廃墟は夕芽子の私有地だからだ。
この時、夕芽子の両親とは初めて会った。
とても綺麗なお母親(夕芽子は母親似だった)、何処にでもいそうなサラリーマン風な父親。でも何故か母親を、俺は直視出来なかった。見た瞬間、何故か頭陀袋男に飛びかかる夕芽子がフラッシュバックして身震いした。
父親が一歩前へ出る。何か思い詰めた様な目をしていた。
正直、殴られるかもと覚悟はしていた。
いやしかし、俺は何も悪く無い。例えキ**イでも女の子、怪我をさせてしまったのだから、例えそれが理不尽でも俺に罪がある。全く納得は出来ないが世間の目とはそういうものだ。
しかし、夕芽子の父親はただ一言、
「これからも娘を頼みます」
と言った。一番困る。
夕芽子の意識が戻ったと看護師に言われ、病室に行くと夕芽子が照れくさそうな顔でいた。
本人は顔が赤くなってるといったが、血が抜けたせいかいつもより白く見えた。
「ありがとう。お医者さんに、聞いたよ。私の中に、たーくんの血が流れてるんだ……」
そう言うと恥ずかしそうに、布団で顔を隠してしまった。
俺の方も礼を言っておかないといけない。一応命を救ってもらったのだ。でも、ここでは言わず、貸しにしておこうか。
†
一週間後。
俺は自宅からに二駅先のコンビニで氷菓子──ジャリジャリ君パイナップル味を買った。なぜここまで来たかというと、この味はここにしか売っていないからだ。
袋から出すと黄色い氷菓子が太陽光を反射して眩しく、夏を思わせた。と言っても今は4月、春休み中だ。ベンチに座ってジャリジャリ君を食べながら春休みの残り3日間、どう過ごすか考えるとしよう。
「うふふ。うふふふ」
突然、背後から気味の悪い声が聞こえて来た。
声は無視。ジャリジャリ君が溶けてしまうからだ。一口齧ると冷たさと酸味が口の中に広がる。なかなか素晴らしいパイナップル味の再現度だ。
「うしれしいなぁ。退院のお迎えに来てくれたんだ」
「退院? そうなのか? それは知らなかった」
見上げると立派な総合病院がそびえ立っていた。夕芽子の入院していた病院だ。意識が戻った後にこの総合病院に転院したのだ。
俺は病気も怪我もしていないし、誰かの様に心か頭の病気でも無い。病院の前に、コンビニがあっただけである。
「ほれ、退院祝いだ」
夕芽子はジャリジャリ君を受け取ると「黄色……!」とハッとした様子で呟き、許可もしてないのにとなりに座った。それもかなり近い。お互いの服が擦れたし、座って潰れた尻肉が俺の太ももにぷにっと当たるくらいに近い。
こいつの尻の大きさを知っている。血に濡れた拷問部屋で、俺は見た。
そう、拷問部屋だ。
「ところで」
黄色い氷菓子の、齧った後だけをチロチロと舐める夕芽子に言った。
「遊園地の地下にあんな物騒な部屋作るこたないだろ」
夕芽子はジャリジャリ君を舐めるのを止めて首をかしげた。
病み上がりなど関係なく暗い瞳が、俺を真っ直ぐにみる。
「作ってないよ。買った時からあったんだよ、あの部屋。それでね、たーくんの手足を切るのに丁度良い部屋かなって、うふふ」
残り物の食材でご馳走様出来たよとでも言う様な軽い口調で恐ろしい事を言った。
となるとやはりあの部屋は、というより都市伝説はホンモノだった訳だ。ご丁寧に殺人鬼のおまけ付きで。
まあ、今隣に座ってジャリジャリ君を舐めている女は、そんな超常の相手を滅多刺しにする存在なのだから、都市伝説の有り難みも薄れてしまう。
「折角だし、全面リフォームしようかなあ。あの部屋は子供部屋にする?」
面白い冗談だ。あんな事があった後で言える何て、やはり気が触れてしまっている様だ。頭痛を感じ、目を閉じてこめかみに手を当てる。自然と溜息が漏れた。
少なくとも俺はもう、あの部屋は二度とゴメンだ。
「いやもうあんな部屋は城ごと封印しろよ」
こめかみから手を離しながら言って、息を飲んだ。
夕芽子が姿勢を低く、下から俺を覗き込んでいた。暗くそして真っ直ぐな目で。
でも、息が止まったのはそのせいじゃ無い。
低姿勢で、右手に黄色いジャリジャリ君を持つこの女の姿から、頭陀袋男の腹を抉ったあの鋭い刺突シーンが脳裏をよぎったのだ。
「うん。そうするね」
夕芽子は素っ気なく答えた。嫌そうでも機嫌を損ねた風でも無くそう答え、ニコニコしながら氷菓子の処理に戻った。
俺はやっと息を吸うことができた。
そして先程の恐ろしい連想を誤魔化す様に、開いた胸元から見えた黄色いブラと慎ましい胸を思い出していた。
それから三日後、ドリームキャッスルの爆破が決まった。
そして今、俺はあの悪夢の様な場所の最後を見届ける為、ここにいる。
爆破の事前調査がされたが、拷問部屋は発見されなかったという。
夕芽子は勝負下着も消えてしまったと嘆いていた。
ついでに俺のスマホも消えてしまった。あの冷蔵庫の中に入れてあったらしい。
その代わりにと渡された新しいスマホには夕芽子のメールアドレスと電話番号が55件分(全て同じ番号とアドレス)も登録されていた。そして壁紙は……分かりきった事だ、言うまでも無い。
料金は夕芽子持ちらしい。当たり前である。
しかしこの狂気の沼に水没させた様なスマホを使うかどうかは分からない。
爆破のカウントダウンが始まった。30からスタートの様だ。
残りカウントが10を切った所で、右手にヒヤリと何かが触れた。
夕芽子の手だった。一瞬、ほんの一瞬だけ、手が血に染まっている様に見えドキリとした。
だが、気のせいか、今は白い手だ。今はまだ。
それにしても冷たい手だ。まだ血が足りないのだろうか? それを口に出すと「もっと頂戴」と言われそうだから俺は口を噤む事にした。
でも。
この女の中に俺の血液が流れている。そう考えると少しだけ、興奮を覚えるのだった。
ヤンデレラ城〈了〉
ヤンデレラ城 ぶんぶん丸 @yuugiri
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