「アイス」
「胃痛が痛いです」
「日本語。日本語あやういって灰崎」
「もはや文法なんてどうでもいいのですっ!!」
ばしゃこーん。
灰崎が爆炎を纏って主張した。
「ああこの胃痛、まるでキリキリと抉り取るかの如く削られてゆくベルリン壁のコンクリ
細片。決壊。遠からず灰崎は決壊する恐れが出て参りましたよ先輩」
「よくわかんないけど。なに、破裂するの灰崎。内蔵系は外でやってね」
「またなんか冷静に正気じゃないですが……違います、私は心のお話をしているのです
っ!」
ばしゃこーん。
灰崎が爆炎を纏って主張した。
「分かりますか、つまりですね。私はストレスフルだと言っているのです。ストレスによる胃痛のあれこれをさっきから語っているのです私は。痛みは心。心の痛みの主張なのであります」
「遠回しすぎて伝わらないっつの」
「そんなわけですので、なにかこう楽しませて下さい。急いで踊って下さい。全速力で歌って下さい。どうにかこうにか私の退屈を解消して下さい」
「無茶振りここにきわまれりなんだけど……はい」
「……」
僕は、手に持っていた物体を灰崎に渡した。
「……先輩」
「うん」
「なんですか、このおぞましい量のペーパーは」
「ただの週刊少年ジャンプだけど」
「読めと? これで目の前の美少女に、1人淋しく退屈解消だけしてろとおっしゃるわけですかあなたは」
「なんかまずいの?」
「それでいいんですか男として。華麗にフレンチディナーやナイトドライブにエスコートするくらいのメンズスピリッツ見せてくれてもいいんじゃないでしょうか」
「はい補正予算。好きに検討していいよ」
「……」
僕は、灰崎に全財産を手渡した。
「……先輩」
「うん」
「500円ですね」
「まごうことなき500円だねぇ」
「貧乏ってますか」
「かなりの割合で貧乏ってるね」
「……すいません。私、ちょっと出かけてきます」
「いってらっしゃい」
すー、と灰崎が部屋から消えた。
「はぁ……」
それを見送って、僕はベッドに倒れ込む。
じーむじーむとセミ吠える。
けたたましい。
汗止まらない。
明朝には液状化してそうだ。
夏。
クーラーのある場所へ逃げ込む資金さえ捻出できず、僕は自室でうなだれるしかないの
であった。
「ただいま戻りました」
「ん。早かったね」
すー、と灰崎が帰還する。
「どうぞ先輩」
「え?」
体を起こすと、灰崎が、300円と2本のアイスを手にしていた。
チョコとバニラ。
「……どしたのそれ」
「駄菓子屋さんで買ってきました。ここだけの話、あのおばあちゃん、生きてる人と死ん
でる人の区別がつかないようです」
「へぇ……じゃ遠慮なく」
チョコを受け取って開封。
いいね。アイスか。なんで思いつかなかったんだろう。
溶けるような空気の中、僕は灰崎と並んで窓の外の景色を静観することにした。
風がうなじを撫でていく。
「暑いねー」
「暑いですねー」
扇風機が首を振る。
アイスの冷たさだけでも結構癒される。
じーむじーむとセミ吠える。
「夏だねー」
「夏ですねー」
何も起きない7月某日。今日も赤木市は平穏だった。
暇潰しの夜 飛鳥 @asuka5959
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