※この感想は下線以下に重大なネタバレを含みます。ネタバレを抜きに言うなら、一見するとこれは王道スポーツものテイストのする、魔女の箒レースです。田舎上がりの主人公は十三歳の少女ユアで、とある箒レースに参加するため使い魔であるベルと共に街へやってきます。ところがそこは、魔法という技術が一般に知れ渡り、かつての秘術めいた香りは完全に薄れ、堕落の一途を辿っていた世界でした。さてユアとベルは、この世界でどう戦っていくのでしょうか。という、表面だけなぞってもとても熱いお話であり、より深く読んでいくとますます熱いものがあるお話であります。
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この主人公には一見、ライバル関係となる相手がいない。少なくとも同世代の魔女はこのレースに参加しておらず、一般エントリーしている多くが三十になんなんとする魔女であり、それが一般的に独り立ちする年齢だという。そしてせめてその一般魔女がそれなりに強くあればまだライバルたり得たものであろうけれども、事実は魔法の堕落した世界において彼女たちもやはり堕落の産物でしかなかった。
そしてマゴーラスカ氏。十三歳で師匠よりレースで勝ってこいと遣わされた少女を目の当たりにして、「古式ゆかしい、正真正銘の魔女」が現れたと色めき立つ。かの老女をして年甲斐もなくレースに参加せしめるのだから、この「正真正銘の魔女」と呼ばれる存在がいかに少なくなったか、想像もされる。
さて、マゴーラスカ氏がユアのライバルと言えるかどうかというと、これまた相当に怪しい。なぜならば、明らかに彼女のライバルはマギウィルスカ氏であるからだ。偏屈で派手嫌いだがすこぶる性格が悪い。かつて出会った魔女の中でも最高と手放しで褒めておきながらこの悪態のつきようであるからにして、やはりこの二人はライバルであったとみるのが正しい向きだろう。少なくとも、格付けが済んでしまった関係性ではこうはなるまい。そう考えると、当てこするようにユアを遣わせたマギウィルスカ氏の意図も分かるというものだろう。「王宮への痛烈な皮肉」は、王宮に雇われた身であるマゴーラスカ氏への痛烈な皮肉にもなりえるからだ。
戦争が終わって早三十年。ユアを育てるのにかけた十余年を割り引いても十五年以上の歳月、マギウィルスカ氏はどう過ごしてきたのか? かつてのライバルたちをどういう目線で眺めてきたのか? そこには色々と想像する余地があるけれども、確実なのは、その歳月の中でユアを育てようと決めた、ということだ。何とも壮大な計画ではないか。
このように、非常に爽快な読後感を提供してくれる作品なのだけれど、僕は二つのことを願ってやまない。
一つは、今後ユアが良きライバルに恵まれますように、ということ。
もう一つは、ほぼ失敗作と断じられてしまった新世代の中途半端な魔女たちに、何かしら活躍の場面が訪れるように、ということ。
白昼夢の異名をとる(というかその異名しか出て来てないけど)ユアが、その名の通りその夢を具現化する存在になることを、マギウィルスカ氏はマゴーラスカ氏に託したのかも知れない。
レビュー表題、なにひとつ嘘はついていないのですが、感覚的にはもう完全な嘘です。
といっても、別に捻ったお話ではありません。お話の筋はものすごく真っ直ぐで、しかも丁寧に描かれていて、そのうえ盛り上げどころを外しません。読んでいて気持ちがいいです。読後感もとてもよくて、なので読み終えてもずっと気づきませんでした。
――このお話、お婆さんが主人公なのでは、と。
いやこの「主人公」という言葉がある意味嘘なのですが、でも詳しくは最後の方で触れます。ネタバレというか、物語の核となる部分に大きく触れてしまいますので。
主人公は十三歳の女の子、ユア(ユアリアス)さんです。どこかから大きな街へとやってきて、宿を取ろうとしている場面から始まります。街はなにやらお祭りの直前で、そしてユアさんは何者なのか、過不足なく丁寧に語られていきます。
どうやらユアさんは魔女でした。いままで森の奥でずっと魔法の修行をしてきて、初めて大きな街にやってきた女の子。お祭りは箒での飛行大会で、彼女の目的はそれに参加することです。
魔女というもの。魔法とはなにか。大会の意義とは。それらの詳細はしかし丁寧かつ細やかに、そして個性ある人々との掛け合いによって詳らかにされて、その自然さが読んでいて実に心地いいです。物語世界そのもののありよう(要は設定)も、その世界に暮らす人々も、つっかえることなく自然と脳内に想起され、そして膨らんでいく。物語の語られ方、組み立て方が実に丁寧で、勢いの早すぎるところや間延びすることもなく、それが本当に面白いのです。
出来がいい、なんて言い方だと、どうしても偉そうに見えてしまいますが、本当に丁寧に組み立てられた物語。ストーリーの進み方が気持ちよくて、こればかりはもう「読んでみて」としか言えません。
ひとつのお話としての、とてつもない完成度の高さ。見習いたい、という気持ちもありますけれど、でも単純に面白いです。読後、読めてよかったー、となったお話。おすすめです。
[以下ネタバレ、あるいは物語の核心みたいなところに触れる部分]
以下はもうレビューというかただの感想文です。
最初の方、「お婆さんが主人公なのでは」と書きました。実はこれ、若干嘘というか語弊があって、主人公は間違いなくユアさんです。ただその主人公ユアリアスのあり方と、このお話でお婆さん(マゴーラスカ)が担っているものが面白いのです。
あえて語弊しかない言い方をするのであれば、このお話はある種の「最強主人公もの」として読めるのではないかと思います。
たぶんお話としては違うと思うのですが(特にこの続きを想像するなら)、少なくともこの一話に限っては、そう読むことも可能な気がします。
このお話の軸、テーマやドラマ性のようなものは、たぶん全部マゴーラスカお婆さんが担っています。多くの話ではおそらく主人公が担っているであろう部分で、かつ結びの部分は完全に彼女の視点です。ユアリアスの役割は、主人公として物語の真ん中にいながらも、でも語り部かラスボス的な立場のようにも読めます。
もちろんユアリアス自身も十三歳の女の子、初めて街に出てきたばかりの、まだなにも知らない少女です。出会いや経験の中で何かを学び、成長する姿も書かれています。彼女の成長物語、その要素は確かにあるのですけれど、ただ少なくともこのひとつのお話の中では、『魔法の実力』という点において彼女に並ぶものはありません。ひとりだけぶっちぎりです。
最初から、最強の障壁として存在するユアリアス。彼女と関わり、そして立ち向かう人々の物語。もしこのお話に続刊があったとするならば、それは彼女に挑む人々のお話かもしれない。なんとなく、そんなことを考えました。
ユアリアスに思い入れて読むもし、マゴーラスカの視点に共感するもよし。とても強いキャラクターがいながら、でもドラマやロマンがたくさん語られている。とても好きなお話でした。面白いのでぜひ。