たとえ豆粒の様な存在だとしても

第1話

落下の衝撃……は無かったと思う。

無かったのだけれど、奇妙な浮遊感が俺を襲った。気持ち良くも気持ち悪くもない、非常に奇妙な浮遊感だった。

そして、ベッドから落っこちた時の、あのドスンと来る衝撃もないまま、俺は気が付けばどこか見当のつかない場所にいた。


なぜか『夏』が聞こえる。

五感がイカれたのか『ぬるい風』も見える。

挙げ句『猛暑』の味がする。


俺は『死』を悟った。

それは確実に、俺の感覚で、だ。

死後の世界はこんなにもおかしいのか。

いや、おかしいのは俺なのか?

自問自答しつつ、俺は歩く事にした。

でなければ、本当の意味で俺は狂ってしまう様な気がしたのだ。


カチッ。


万歩計がカウントされ始めた。

すると世界は急激にその色を変えた。

俺の五感は全て元の、ごくごく一般的なそれに戻ったのである。


「貴方みたいなのを、ずっと待っていたわ」


突然目の前に少女が現れ、さすがに驚いた。少し幼げな、凛とした金髪である。


地球アスラ人にしては、骨があるわね」

「……君は?」

「説明する暇がないわ、逃げるわよ」


少女が俺の手首を掴み、グッと姿勢を低くする。


「歩数がもったいないけど、仕方ないわ」

「え?」

「――――【兵法ノ壱・翔歩とほ】」


少女がそう言った直後だった。

すぐ後ろの地面から、巨大にもほどがある毛むくじゃらが現れた。

いや――――その毛は良く見れば、全て人の腕の形を成していた……。


「何なんだ、あれ…………」


あまりの異様な見ために、吐き気を通り越して唖然あぜんとするよりなかった。


ばすからしっかり掴まって!!」

「えっ」


少女は俺の両腕を自らの腹あたりに回し、そう命令する。

魔法か何かを唱えたのか、彼女の脚が白熱灯の様に強烈な光を放っていた。

まさか――――嫌な予感はすぐに的中していたと分かった。


一瞬にして、景色がビュンと流れたのだ。

少女の脚が地面を1回だけ蹴り、それだけでジェットコースターなど比にならない速度で移動していたのだ。

言うなればオープンカーで新幹線並のスピードを出して走行しているかの様な、人によっては気絶を禁じ得ない移動――――。

だが俺は思っていたより平気で、そんな俺を見た少女の目は皿の様になった。


「貴方さすがに無理してない!?」

「いいや別に?」

「おかしいわ……絶対おかしい……」


少女は何故かすごく驚いているみたいだ。

と、遠くに街が見えた。

時計塔やら露店やらがあって栄えているみたいだった。


「あの街に一時避難しましょ」

「え、一時?」

「あの街は【仮設前線】よ」

「……へぇ」


仮設、というよりも前線、という単語の方が気になってしまった。


「貴方は知識不足の様だから特別に教えてあげるわ。私達人類は今、歩く事を止めた人類と戦争しているのよ」

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我歩く、故に我在り―ひたすら歩く異世界譚― アーモンド @armond-tree

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