第5話

 第二次世界大戦後、元々任侠の世界に生きていた、火村、水瀬、風祭という三人の男が大陸から復員してきた。

 三人はほぼ焼け野原となっていたこの区画を、食料と歓楽を提供する場所として甦らせた。

 独自のルールを作り三人が実質的な支配者として運営したこの街は、長くいた場所の名を取って『山東街』としたが、口さがない者たちは『三盗街』だと噂した。

 やがて復興が進み、金を貯め込んだ水瀬と風祭は自分の故郷へと帰っていき、火村は改めて山東街をまとめ上げ世間から爪はじきにされた者をも保護してやった。

 ある意味世の中から隔離されたような街を続けていくために、火村はできるだけ不味いことには手を出さぬようにし、警察などが街へ入ってこないように気をつけた。もっとも、そのために追われている者などが逃げ込んでくるという皮肉なことも起きてしまったが。

 大助の父も大助自身も祖父の命令を忠実に守り、組員にも薬などは扱わぬよう徹底してきたはずだったのだ。

「警察は動き始めてるのか……」

 少しの不安を含んだ声で大助が尋ねる。

「今はまだ……でもちょっとしたきっかけで動くことは確かです」

「どうすればいい?」

 救いを求めるように霧氏を見れば、霧氏も真剣な表情でうなずいた。

「必ず……なんとかします。三代目さん、いやこの街になにかあれば困るのは自分も一緒ですから。ともかく今は動かないでください。なにもしないのが……一番です」

 今、頼りになるのは霧氏しかない……大助は頼むと小さく言ってかすかに頭を下げた。

 ふたりそろって店を出るころには、そろそろ日付も変わり始めている。

「あ、思い出した」

 大助はそう言うなり霧氏の胸ぐらをつかんだ。

「ちょ……なんですか、いきなり」

「お前が消えちまってなあ、俺をこれだけ苛つかせたわけだから、一発くらい殴らせろ」

「いや、やめときましょ? 人目もありますし」

「うるせえ」

 霧氏は困ったように言葉を続ける。

「だって自分、避けるようにできてないんですよ。危害を加えられたら反撃……」

 そこでようやく大助が霧氏の過去を思い出した。

 小さく舌打ちして霧氏から手を離す。

「……しょうがねえ。殴るのはやめてやる。それよりお前、今どこで寝泊まりしてんだ」

「まあ、あれです。雑居ビルの空き部屋に入り込んで……」

「鍵かかってるだろうが」

「あんなもん、ピンが一本あればちょいちょいっと……」

「まあ、そんなことだろうと思った」

 頭を下げてその場を去ろうとする霧氏の、今度は首根っこをつかむ。

「あの、まだなんか……」

「うちのビルの住居棟、一部屋空けてあるからよ。さっさとこい。どうせ荷物なんかねえんだろ」

 有無を言わせぬ口調で霧氏を引っ張り、自分の事務所が入っているビルの一室へと連れてきた。

「ここの鍵は俺しか持ってねえんだ。もちろんヤブだって入らせたことはない」

 ドアを開け、普通の玄関を通って本来ならリビングと思しきところへ入って、霧氏はほんの少し眉をひそめた。

 壁いっぱいにあらゆる銃器がかけられており、部屋の隅には金属製のチェストがいくつも置かれている。

「この奥が寝室になってる。家具家電備え付けの部屋だから少し狭いかもしれんが、お前の好きに使えばいい」

 説明する大助を軽く手で制し、霧氏はヘッドセットとなにかの機械を操作している。

 やがて顔を上げ満足そうにうなずいた。

「三代目さんが厳重にしてくれてたおかげで、この部屋には盗聴器とかいっさいありませんね。しかし……」

 悪戯っぽく笑って壁にかかっていた銃のひとつを手にする。

「確かにこれじゃあ警察の手が入るのは困りますね。モデルガンとはいっても……」

「本物だ。弾は籠めてないがな」

「ええっ」

 大袈裟に驚き思わず銃を取り落しそうになった。

「やだなあ、脅かさないでくださいよ」

「お前があんまり役者なんで面白い」

「え?」

 とぼけるなと言いたいのをこらえ、大助は冷めた目で霧氏を見つめる。

「お前の銃の持ち方、素人の持ち方じゃない……ありゃあ慣れた人間の持ち方だ」

「またまた……ネットで検索すりゃ銃の持ち方なんて……」

「俺にはわかるんだよ」

 そう言い切られ霧氏は頭を掻いた。

「肯定も否定もしませんよ」

「別にかまわん。俺が勝手にそう思ってるだけだ」

 大助がポケットから煙草を取り出したのを見て、霧氏はすかさずライターで火をつける。

「うちの組にだって、お前ほど気の利く奴はいねえからな、組に入れよ」

「謹んでご辞退します。自分も拘束されるのは好きじゃないですし、自分のことで三代目さんたちに迷惑かけたくないですからね」

 そう言って肩をすくめたあとで霧氏は思い出したように付け加えた。

「そう言えば……三代目さん、ここまで自分によくしてくれるのって、もしかして自分のこと心配してくれてたんですか」

「お前は便利なやつだからな……別に心配してたわけじゃないが」

 ほんの少し大助の顔が赤らんだのを霧氏は見逃さない。

「……三代目さん、照れ屋なんで……いてっ」

 照れ隠しで一発殴ってきた大助の手を、今度だけは避けなかった。

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情報蒐集家霧氏の散策 @mairymairo

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