恋した相手はゲイカップル

今川 巽

第1話 相談

 「こんにちは」

 図書館の中姿を見つけると静かに近寄り声をかける、すると振り返った相手は、少し驚いた顔をしながらも、にっこりと笑った。

 「仕事は、どうしたんだい」

 「今日は休みなんです、というか、まあ、休みました」

 理由を聞かれないことに女は、ほっとした。

 「それで、もしかしたら彼に会えると思って来たのかな、ここに」

 「いえ、そういうわけじゃないんです、まあ、なんといいますか」

 口ごもる女に催促をせずに返事を待つのは年寄りのなんとやらだ。

 「貴方に会えたらと思って来たんです」

 「ホワイ、何故、どうしたの」

 「いえ、もし暇で時間があれば、良かったら、デートしませんか」

 このセリフに老人は内心ずっこけそうになった、いや、三十年ほど若かったら、いいよと答えたかもしれない、しかしねわからない。

 「いや、君はディヴィが好きなんだよね」

 何故、好きな相手でなく、その恋人の自分にデートを申し込むのか、日本人は分からんと思いつつ、老人は相手を見た。

 「恥ずかしいじゃないですか」

 人生七十年近く生きてきて、こんなセリフを聞くとは思わなかった。

 老人は、内心呆れるというよりも驚きを感じた。

 「断られたらショックですから」

 「それで私とデートを」

 駄目ですかという返事に、あまりにも消極的すぎて返事がすぐには見つからなかった。

 正直、これはどう答えればいいのだろうか。

 「子供みたいだなあ」

 「この歳だと、臆病になるんです、凄く」

 確か彼女は自分の半分ほどの年齢だったと思い出しながら、迷ったのは少しの間だった。

 「では、行こうか」

 「いいんですか」

 言い出したのは君、誘ったのもだよと言いながら老人は席を立った。



 恋愛は自由だというが、老人が正直、彼女の事を気の毒に思い突き放した言い方ができない理由は一つだ。

 普通なら、こういう場合、自分は怒ってもいいのだ、自分の恋人に近づくなと牽制してもいい、だが、それができない理由は色々とある。

 まず年齢差、彼女は正確には三十五歳で好きになった相手は七十二歳だ。

 もう一つ、彼女が恋する相手、ディヴィ・ハーマンは自分の恋人だということだ。

 

 

 「何故、ディヴィの事を好きになったのか聞きたいね」

 「前にも話しましたよね」

 「顔とか声、見かけだけ」

 「ほら、他にも」

 「ああ、君が困っていて助けて貰ったから」

 凄く恥ずかしかったんですよという言葉に老人は、まあ確かにと頷いた。

 「お茶どうです、奢りますよ」

 不意に女の足が止まった。

 

 今まで付き合っていた相手とのセックスがなんとなくうまくいかない、その不満を言葉にするのが、億劫になってしまい、自分から言い出せない、なし崩しに会わない日々が続いていると聞いて老人は気の毒にと肩をすくめた。

 「初体験は」

 「三十路手前の時ですか、相手はバイセクシャルの女性でした」

 「それは、それは」

 「実は終わるまで殆ど目を閉じていて、あまり、よく覚えていなかったんです、でも相手は機嫌の悪くなかったみたいで」

 「いい体験をしたんだ」

 「それは自分でなくて、相手がですか」

 「ちなみに年上かい」

 「五十は過ぎていたんじゃなかったかなあ」

 ふむ、それは凄い、だが、言葉には出さずに珈琲に口をつける。

 「喫茶店で、こんな会話、普通に話します」

 「日本人はしないのかい」

 店内の若い女性達と目の前の女性を見ていると老人は、ほんの少し、彼女が可哀想に思えてきた。

 器用ではない、恋愛の経験が多くはない、初体験が良すぎたのかそうでないのか。

 彼女が普通の男性と恋に、いや、並んでいる姿を想像してみた、なんだか、少しだが、しっくりこない、では、自分の恋人はどうだろう。

 (ディヴィは)

 祖父と孫には見えない、だが、父親と娘なら多少は見えなくもないだろうが。

 彼女はディヴィがそばにいると緊張した顔になる、それもひどくだ。

 「彼を、を呼ぼうか」

 「えっ、な、何故」

 会いたいんだろうと聞くと彼女は無口になった。

 「用もないのに呼ぶというのは、ほら、忙しいかもしれないでしょう」

 言い訳にもならないよと思いつつ、だが、本気で思っているんだろう、顔を見ていれば分かる、なんだか楽しくなってきたと老人は壁の時計を見た。

 (今の時間なら家かな)

 「好きだから会いたいというのは理由にならないかい」

 口ごもる相手に理由はなんだっていいからと言葉を続けて、ふと思う。

 一人で会うのは緊張するなら自分も一緒、そばにいるよと言葉を続けた。

 「ほ、本当に」

 「君はねえっ、本当に」

 「呆れてますか」

 老人はポケットから携帯を取り出した、そのときだ、コンコンと音がした。

 思わず二人は同時に窓の外を見た。

 一人の老人が笑みを浮かべながら、そっちへ行ってもと指を動かした。

 「ほら、顔、表情が硬くなっている、笑って、はい、ディヴィって声をかけて」

 「い、いきなりで、その」

 「もうすぐ来る、落ち着いて」

 

 



 まるで、思春期の初恋ドラマのようだ、見ている自分の方が恥ずかしくなってくる、いや、それだけではない。

 なんだか楽しくなってきていることに、老人は気づいてもいなかった。

 何故、こんなことになってしまったのか、鍋の底を覗きこむと、ゆらゆらと揺れているのはパスタだ、イタリア人ならパスタは好きだろう、でもイギリス人でも食べるんだ、いや、それは偏見だなどと思っていると背後から声をかけられた。

 「ソースは何がいい、ペーペーロンチーノ、ジェノペーゼもあるんだが」

 「ど、どちらでも」

 いいですと言いかけて女は、はっとした、これではいけない、駄目だ、日本人は優柔不断、何でもいいというのは主張がないと思われてしまう。

 「じぇ、ジェノペーゼがいいです」

 白髭の老人は頷きながら、驚いたよと言葉を続けた。

 「いつもは二人きりだからね、来てくれて嬉しいよ」

 「い、いえ、こちらこそ、突然、お邪魔してしまって」

 「君なら歓迎するよ、飲み物はワイン、ビールかな、ウィスキーもあるけど」

 「み、水割りで」

 「ほおっ、イーサンはワインの方が好きみたいだから、バーボンは」

 「飲みます」

 「嬉しいよ」

 私もです、会話がスムーズにできて、なんてことを頭の中で思いながら、成り行きで二人の老人のアパートに来てしまったことを最初は後悔したけど、今は一言、嬉しい、これに尽きる。

 

 テーブルに並んだパスタの皿とパン、飲み物、なんだかおしゃれな映画のシーンみたいだと彼女氏は思った、それは決して気のせいではない。

 しかも、向かいの席には素敵な老紳士が座っている二人もだ。

  

 

 「ところで、その後、彼氏と進展なしかい」

 いきなり話題を振ってくるのはイーサン

 「多分、自然消滅すると思います、連絡もないし」

 「君から連絡すればいい」

 髭紳士ディヴィの言葉に女は、顔をわずかに強ばらせて天井を仰ぐように見上げた後、グラスの水割りを一口飲んだ。

 「電話番号を消したので、こちらからはもう」

 「なんとまあ、思い切りのいいことだ、そして後悔しているんじゃないのか」

 「いいえ、もう綺麗さっぱり、忘れます」

 少し声がトーンダウンする、そんな様子に二人の老人は顔を見合わせた。

 口を開いたのはイーサンだ。

 「器用じゃないなあ、経験不足からくるんだろうが、まあ、安心しなさい、今日から私が先生だ」

 このセリフにディヴィは驚いた、焼き餅、嫉妬以前に感じるのは不安、それもかなりというか大丈夫なのかというくらい。

 イーサンは若い頃からモテた、だが、その恋愛ときたら自分から、いや、周りから見ても決して褒められたものではなかった。

 周りで二股三股で話を聞くと、自分なら、そんな間抜けな事はしないと笑い飛ばしていたくらいである、知り合った頃の自分は、その修羅場に巻き込まれて酷い目に遭ってしまった、それも、かなり酷い目にだ。

 といっても、それはもう随分と昔の事だ。

 イーサンに言わせれば時効だよなんて笑い飛ばされるのがオチだろう、だが、人間の性格は、そんな簡単に変われるものではない。

 歳をとったからといって、もしもだ。

 「ディヴィ、私にも分別はある、もういい年だよ、それに私たちにとって数少ない友人だからね、彼女は」

 紳士的なセリフ、これに欺されてゲイだ知っても彼に迫る女性が後をたたない、若い頃もだが、今、現在でもだから恋人の自分としては複雑だ。

 このとき、不安が頭をよぎった、今、テーブルで食事をしている彼女はイーサンの事が好きなのではないかと。

 そしてゲイだと公言する割にイーサン自身、女性に手を出す事もあるのだ。

 


 「二人で料理をすることもあるんですね」

 「うーん、私は器用じゃないから殆ど彼任せ、たまに立つ事もあるけど、君は恋人と台所で何か作る、甘いデザートとか」

 「あまり上手でないのか、パンケーキが雑誌で紹介されていて、一度、それを見て作ってもらったことがあるんです、でも、ベーキングパウダーの入れすぎで苦くて」

 「愛は膨らまずにしぼんだというわけだ」

 「イーサン」

 なんてことを、そういうのが余計な一言だと思ったが。

 「いや、うまい言い回しです、確かに一口食べて、アタシの反応はまずかったかもしれません、まあ、終わったことだけど」

 


 「イーサンの事は許してくれ、口が悪いというか、思ったことをずばりとそのまま口にするタイプでね」

 「気にしてません、それに腹が立つこともないです、正直、あの人と真面目に付き合っていたのかと聞かれたら即答できないし、付き合おうと言われて、一人だったので頷いたけど、よくないですよね」


 台所で食器を洗った後、珈琲を淹れてもらい女は、あれっとお意外そうな顔をした。

 「凄く美味しい、特別な豆とか、それともコツが」

 「普通のスーパーの珈琲豆、ペーパーフィルターでね、コツというのは愛情かな」

 「あ、愛情、ですか」

 はははと笑いが返ってきた。

 「愛情が足りなかったから、うまくいかなかったのかも、何もかも」

 「そうだねえっ、まあ、色々とあるからね」


 駅までの道を一人、とぼとぼと歩きながら悩みがあれば聞くよと言われた言葉を女は頭の中で反芻しながら女はがっくりと項垂れた

 「悩みがあれば聞くから」

 笑顔で、あんな優しい声で言われたら自分の気持ちは益々というか、ずんずんと傾いていってしまうではないか。

 どうしよう、好きだけど。

 「言えないよね」

 がっくりと頭を垂れて彼女は一人家までの道を歩き始めた。


 


 「ええっ、それは、まあ、凄い年上だこと」

驚いた顔でBLTサンドイッチの最後の一切れを口に運び、今川辰美は目の前の友人の顔を見ると考えた。

 恋愛相談というわけではない、ただ、話を聞いてほしいと呼び出された喫茶店でまだ十分ほどしかたっていないというのに驚きの連続だ。

 「しかもゲイで恋人がいるとくれば割り込む余地無しか」

 「ち、違うわよ、別に、そういうのは無し」

 その言葉に正直、辰美は、ぽろりと本音を口にした。

 「見ているだけで癒やされるとかいうんじゃないでしょうね、まるで芸能人かアイドルのファンみたいじゃない、あんた、人生に疲れてるの」

 「元気よ」

 そういう意味じゃないわよと、辰美は言葉を続けた。

 「まあ、いいけど、ところでローストビーフサンド、頼んでもいいかしら、一皿じゃ足りなくて」

 朝ご飯抜きで、昨夜の夕食もろくに食べていないのと言い訳をしながら奢りでしょうねと念を押して辰美は追加と珈琲を追加注文した。

 「しかし、その人、ディヴィさん、そんなにいい男なの、若い頃はハンサムでモテたんじゃない」

 「うーん、多分、もてたと思う、物腰が柔らかで紳士って感じで、話していると、あたし、お嬢様になったんじゃないかって気持ちになるのよ」

 「ミヤ、それは普通、七十過ぎて油が抜けたのよ、あんたの話を聞いていると、定年過ぎて退職した白馬の王子様が、突然、現れたって感じがするんだけど」

 「あっ、乗馬が好きって言ってた、そう、少し遅めの王子様かも」

 いや、少しなんてもんじゃないでしょと辰美は腹の中で突っ込んだ。

 そのとき、これでもかというくらいに溢れそうなローストビーフの挟まれたサンドウィッチが運ばれてきた。

 「ちなみに、その人は、あんたが自分の事を好きって知ってるの」

 「ま、まさか、いや、知ってたら普通に話せない」

 「しかし、イーサンって人、根性の曲がったジー様だわ、あんたは遊ばれてるわよ、指南役を買ってでるなんて、ふっ、やるわね」

 ここへ来るまで、辰美自身、多少なりともアドバイスするつもりだった。

 ところが、話を聞くと何もできないと思ってしまったというより、素晴らしく頼れる先生がいるではないかと知った、しかも年上だ、話を聞く限り恋愛敬虔も豊富ではないかと思われる、自分が口を挟むことはない。

 しかも友人の恋する相手はゲイで年寄りとハードルが高いのだ。

 へたをすれば相手は突然、明日、ぽっくりと亡くなっても不思議はない、友人は、それに気づいているのだろうか。

 「玉砕覚悟で告白して、デートでもしてもらったら、そしたら気持ちもすっきりするんじゃない」

 「そ、それ、言われたけど、もし、疎遠にされたら立ち直れない」

 駄目だ、この弱気、なんとかならないものか、それにしても相手は年寄りだとしても、ばれてるんじゃなかろうか、もしそうだとしたらからかわれてるのかも、いや、深読みのしすぎ、会ってみたいなあと辰美はさりげなく呟いた。

 「もしかして、その人、気づいていて知らないふりをしているとか、だとしたらあんたが気の毒だわ」

 「なっ、何を、言ってるのよ、人の気持ちを知ってて、そんな人じゃないわよ」

 (い、いや、そんな真顔で怒らなくても)

 突然、真面目な顔で怒られてもと辰美は慌てた。

 これは恋に恋するのとは違うのだろうか、もし、明日にでもその老人が亡くなったりしたら友人は大泣きして全力疾走、まるで漫画のヒロインみたいに、夜中の街でパンチを繰り出してシャドーボクシングなどしたりして哀しみを吹き飛ばしたりするのだろうか。

 そんな事を思っていると。

 「やあ、ランチかいと」

 辰美が振り返ると外国人の老人が近づいてきた。

 「イ、イーサン、さん」

 

 店の奥から似ている人がいるなと思ってねと近づいてきた老人は辰美を観るとフレンズかいと声をかけた。

 ははあ、これが好きな人のゲイの老人、普通なら恋敵となるべき相手か、しかし、一目で分かる、負けてるよ、ミヤ。

 もしディヴィという人が、もし、ゲイでなくても。

 (完全に負けてる、美夜)

 外国人のゲイというのは年寄りでも見た目が格好いい、イけてるジジイなんだと思いながら辰美は頭を下げた。

 「良かったら御一緒しません、好きなもの頼んで下さい、彼女の奢りです、先生」

 「おや、いいのかい、しかも、先生ときた」

 「見込みのない恋愛をしている彼女を慰めていたんです、ところでデートぐらいさせてあげられないでしょうか、友人が気の毒で」

 わざとらしく、がつくりと肩を落とす友人の姿に。

 「たっ、たっちゃん、な、何を言ってんの」

 と慌てたのも無理はない。

 「美夜、今の気持ちを少しでも速く浄化して次の恋を探すのよ、」

 「それはいいことだ」

 並んで座った二人が自分を見てにっこりと笑う、その笑顔に不安を覚えたのも無理はなかった。


 


 上司の命令は絶対だ、移動というわけではないからといわれたとき、正直なところ木桜美夜は、ほっとした。

 倉庫の管理と整理を手伝ってほしいと言われ、自分にできるだろうかと思ったからだ。

 会社の倉庫は決して大きくはないが、物置同然、おまけに経費節約の為なのか電気も薄暗くて、正直、あんなところで仕事なんて嫌だなあと話している社員の話を聞いた事があるからだ。


 棚におさまらないダンボールの箱が床に、あちこちと置かれている、いや、これは散らかっているのだろうか。

 湿気のせいなのか、箱や乱雑に積まれた紙の束は薄汚れて湿っているようだ。

 (こういうのは我慢できないなあ)

 新しい箱に中身を入れ替えたらどうだろう、だが、倉庫の責任者というのは誰だろうと思い、時計を見た。

 出社時間はとっくに過ぎているのだが、時間を確認しながら待っていると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。


 部屋に入って来たのは責任者なのだろうが、だが、この物置には正直、似合わない。

 髪は、オールバック、ぴしっと後ろへ撫でつけて、スーツもだ、そして顔は、何か、嫌な事でもあったのか、不機嫌、そのものだ。

 「責任者の方ですか」

 じろりと睨まれて思わず息を飲んだ。

 

 「あー、それは大変、お気の毒、地獄の入り口に足を踏み込んだね」

 その日、仕事の帰りに友人の今川辰美と会い、今日の出来事を話す。

 「噂では上司の娘と結婚が破談になって、エリートから落ちこぼれたって噂の男だよ、市村俊秀、顔はまあまあだけど、性格と根性が曲がっているとか、まあ、これも噂だけど」

 噂と言いつつ、その断言、断定するような口調はどうなのだろうと思ったが、美夜は、あえて口には出さなかった。

 「しかし、倉庫の手伝いなんて臭いなあ、首切りの直前とかじゃない、リストラなんて珍しくないからねえ」

 確かにと美夜は内心頷いた、最近は入社したばかりの若い社員、エリートが、突然首を切られるという話を聞くので自分も、そんな目に遭わないという確証はないのだ。

 「まあ、深く考えても仕方ないけど、ところで、その後どう」

 「どうって」

 「年上の王子様と、どうなってんの、報告しなさいよ」

 「いや、ずっと仕事だったし、いつも会えるわけじゃないし」

 「じれったいわね、明日は土曜日じゃない、デートに誘いなさいよ、行動しないと明日には葬式に参加なんて事になるかもよ」

 「ち、ちょっと」

 不吉な縁起でもないことをと言わないでよと返しながら珈琲を飲むが、言葉が出てこない、何を言えばいいのかわからなかったからだ。

 「告白したところで、振られるのは決定だから、でも、逢いたいなあ」

 「あんた」

 「アイドルや芸能人ならよかったのに」

 「ええい、弱気になるな」

付き合いは決して短くはない、だが、友人は、こんな性格だったろうか、正直、情けないというより、これでは進展も後退もあり得ない。

 「よし、そんな、あなたに元気をあげましょう」

 「何、元気って」

 「ここに取り出したのは私の携帯、そしてボタンを一つ押すだけで繋がります、あなたの王子様に、話はつけてある、さあ、進めえい」

 どうしようと慌てたのは無理もない、店の外に出て携帯に耳をあてると声が聞こえてきた。


 

 「イーサンから聞いたんだ、明日の夜の映画だけど」

 外は寒い、冬だから当然だ、だが、気にならない、いや、我慢できる。

 「いいのかい、週末なのに、彼氏とデートとか」

 いませんと答えるのは正直、恥ずかしい、いや、多少の見栄だ。

 「突然なので、駄目ですか、ディヴィさん」

 「実はイーサンは用があるらしくてね、良かったら夕食にも付き合ってくれないかい」

 映画の後で食事、何、この展開、まるでデートみたい、今、人生の幸運を半分、いや全て使いきっているんじゃないのと思いながら冷静になれと自分に言い聞かせる。

 あっという間の会話だった。

 「幸せ、だわ」

 思わず独り言のように呟いたとき、ふと顔を上げたのは視線を感じたからだ。

 目の前には今朝、自分の上司となった、物置の責任者、市村俊秀が立っていた。

 それも、ひどく冷めた目つきでだ。

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