ガチ恋だって捨てたもんじゃない

青葉ちゃみ

Disc 1

「最近どう?彼氏出来た?」


 幼なじみの柚里ゆりと会うと必ずと言っていい程この話題が出る。

 柚里はなんだかんだ彼氏が居ない時なんてあったっけ?

 ってぐらいのリア充っぷり。


「特になし!」

 答えはいつも決まっていた。

 彼氏って、どうすれば出来るんだっけ?

 思い出せない。


『好きな人は居るよ!!』

「え!嘘!どこで出会ったの?職場?」

『えっと、アイドル?』

「アイドルね。笑」

 バカにされたー。

「それは芸能人でしょ?現実の人で好きな人は居ないの?」

『現実ねー。』


 もうお気づきかもしれませんが、

 あたし江口えぐち 柚子ゆずは、いわゆるガチ恋というやつ。

 もう三十路みそじだっていうのに!

 男性アイドルグループMemoriesメモリーズ真島ましま ともくんの大ファン。

 男性どころか女性からも敬遠されがちな、アイドルに本気で恋してる痛いやつ。

 だからと言って年齢=彼氏いない歴ではないし、それなりに恋はしてきたと思う。

 ただ、智くんに出会ってしまったから。笑


『智くんより好きな人なんて出来る気がしない!智くんだって現実で生きてるよー!』

「はいはい。怖いから。マジやめて。」

 幼なじみだけあってガツンとくる一言。笑

「好きなのは良いけど、現実的に叶わない相手でしょ?早く本当の恋バナ聞かせてよね。」

『うん、頑張る。たぶん。』

「たぶんかーい。笑」


 柚里、呆れてたなー。

 現実に出会いないし。

 いや、求めてない?

 好きにならない?

 贅沢な悩みだな、おい。笑

 自分が怖い。

 そうは言っても、ガチ恋と気づいたのは最近のこと。


「アイドルの事が好きだから現実の男性を好きになれないんだよ。」

 この時も諭したような柚里の言葉にグサッときた。

『あぁ。そっか。恋愛対象として好きだったんだ。』

「その思考が本当にヤバいよ。笑」

『本当にね!笑』

 その場は笑い話で終わった。

 だけど、もう痛いとしか言いようのない気持ちを自覚していた。

 するとなぜか、更にブレーキがきかなくなってきた。

 いや、前からか。

 どうしたら現実で出会えるのー!と悶える日々。

 とりあえず会いたいとLIVE代にお金を貢ぐ日々。

『あー。未来が見えない。』


 毎日の仕事にも本当に飽き飽きしていた。

 やりたい仕事についてる訳でもなく。

 特に収入がいい訳でもなく。

 でも智くんのために稼がないと。

 いっそのこと芸能関係に進めば・・

 無理か。真面目に働こう。


『はぁーあ。今日も本当に疲れたっ。』

 今日のお客さんも怒ってたなーなんて物思いにふけりつつ

 仕事を終えたあたしは空を見上げながらフラフラ歩いていた。

 向かう先はいつもの癒されスポット。

 癒されスポットと言っても勝手に言ってるだけ。

 満開の桜の季節なのに、桜が咲いてる訳でもなく。

 大通りから少し外れた、ただの小道。

 人がほとんど通らないにも関わらず、なぜかベンチだけが置いてある。

 駅から近いため電車が通ると、ゴーって音が聞こえる。

 雨が降った後は少し離れたところにある川の流れる音も少し聞こえる。

 まぁ夏になればなんの木かはわからないけど、影になるぐらいの木はある。

 暖かくなってきたとはいえ、今日はまだ肌寒い。

 人通りのない静けさ。

 だけど、人がたくさん集まるであろう電車の音。

 自分でもよくわからないが、その感じがなんだか良くて。

 あたしのお気に入りで癒しスポットだった。

『明日はLIVE。大丈夫。頑張れる。』

 ベンチに座ってボーッと空を眺めてた。


 そうだ小説でも書こうかな。

 智くんとあたしの恋愛小説。

 柚里には内緒にしておこう。

 罵倒される。

 あー。痛い。自分が痛い。

『痛すぎるーっ!』

 と、声に出してしまった瞬間、

 ズサっと後ろで音がした。

 振り返ると男性が転んでいた。


「びっくりしたー。」


 人?珍しいな。

 こっちの方がびっくりしたよと思いつつ。

 なんとなく黙ってる訳にもいかない。

 社交辞令のごとく声をかけた。

『驚かせてしまってすみません。えっと、大丈夫ですか?』

 パタパタと体についた土を払いのけながら彼は振り返った。


 え・・・。智くん?

 そっくりさん?

 あまりの驚きに問うことも出来ない。


「大丈夫です!驚いたんじゃなく、後ろ向きで歩いてたらツマづいただけなんで!」

『後ろ向き?』

 動揺しながら言葉を返した。

「あそこの」

 指さしながら彼は話を続けた。

「桜と川と橋がうつる絶妙なポイント探してて、後ろ向きに歩いてたらツマづいちゃって」

 えくぼを浮かべながら笑う。


 なんだなんだ可愛いな、おい。


 景色に目を向けると少し遠いけれど満開の桜が見える事に気づく。

『綺麗。ここから桜見えたんだ・・』

 ベンチに膝立ちになるよう体を反転する。

「えー!知らずにここに居たんですか?」

『ベンチが反対向きだったので。』

 おーい。もっと気の利いた返答があるでしょーに!


 あたしの気の利かない返答に気をとめる様子もなく、

 先ほどと同じように、えくぼを浮かべながらクスッと笑う。

「隣、座ってもいいですか?」

『どうぞどうぞ』

 放心状態がなかなか解けず、ぶっきらぼうな返答がやっとだった。


 ベンチを膝立ちで反対向きに座ってる私の隣で、彼も膝立ちで座った。

「ベンチ」

『え?』

「ベンチ反対向きに置いてくれたらいいのにね!」

『本当に!』

 あー!もっと気の利いたことー!

 内なる心が暴れるばかりでたいして会話にならない。

 感じたことと言えば良いにおいがする。

 香水かな。せっけんかな。

 ・・自分が怖い。


 何十分ぐらい見てたかな。

 日が長くなったとはいえ、そろそろ暗くなってきた。

 それに少し寒くなってきた。


「あ、そろそろ帰らないと。リ」

『リ?』

「いえ、なんでも。」

 名残り惜しい。それに今さら・・聞けないな。

「そろそろ寒くなってきたし、ひとりじゃ危ないですよ。」

『あ、もう帰るので大丈夫です。』

「ここはよく来るんですか?」

『そこそこ来ます!』

また!素っ気なーい!

「じゃ、また。」

『え?』

「気をつけて!」

 微笑んで、彼は走っていった。


 今日、3回目のえくぼ・・


 帰宅して明日のLIVEのセトリを確認しつつMemoriesの曲を聞きながら、今日の出来事を思い出していた。

 うーん?やっぱ本物だよね?

 あの時テンパってたから気づかなかったけど、帰る時の『リ』ってリハって言おうとしなかった?

 明日LIVEなんだから前乗りしてたっておかしくないよね?

 桜満開だしね?

 関係あるかな?

 智くん、桜好きなのかな?

 またって言ってなかった?

 またってなに?

 アイドルは道行く人と喋っちゃダメでしょ。

 ありがとう。笑

 こんなベタな展開ある!?

 ない。ない。なにかのドッキリ番組?

 一般人がアイドルとベタな展開で出会えたらどんな反応するか!?

 みたいな?

 ドッキリ企画?

 ハマった?

 大ファンなんですーって言わないとダメだった?

 なんだあいつ。ボツだなって思われた!?


 うーあーうー。

 声にもならない。悶える。

 あたしの脳ではキャパオーバーだよ。


 智くん。好きすぎて、吐く!






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