川瀬省吾4
茜さんからお金を借りて数日が過ぎた。
俺はお金を返す為に、自分からクライアントを探して裏の仕事をいくつかこなした。自分からクライアントを探すなんて事は今迄した事はなかったが、茜さんに早く返したい一心でその行為に至った。
そしてお金が準備出来たので茜さんに連絡をとることにした。
ーープルルルプルルルーー
「もしもし、省吾くんどうしたぁ?」
「もしもし茜さん。借りていたお金返せそうなので、また会ってもらえませんか? 茜さんの都合の良い時で大丈夫なので」
「もう大丈夫なの? じゃあ明日にしようか。待ち合わせは前と同じ場所で時間も同じにしよう。大丈夫そうかな?」
「わかりました。じゃあ明日またあの場所で待ってます」
「じゃあまた明日ね」
電話で会う約束をした。
ーー翌日ーー
この時期の東京にしては珍しく、今日は雨が降っている。天気予報が外れ、雨を予想していなかった人達が店の屋根下や駅に沢山いた。
俺も急な雨だったので傘を持ってきていなかった。茜さんが来るまで、また近くのコンビニで待つことにする。
雨が降っていたので待ち合わせ場所を近くのコンビニに変更し、待っていると待ち合わせ時間ピッタリに茜さんが傘をさしてやってきた。
「お待たせ。いやぁ急に雨降ってきたねぇ。会社に傘置いておいたからなんとかなったけど」
「本当に急に降りましたね。まだやみそうにないですしね」
茜さんとコンビニでどこに移動するか相談しているとコンビニの屋根下で困っている老婆がいた。
60~70歳くらいのその老婆は両手に荷物を持っていて、この雨の中1人で移動するのは難しいように見えた。
それを見つけると茜さんはすぐに話を聞きに行った。
そして俺も付いて行く。
「どうなさいました? 何かお困りですか?」
少し屈んで老婆の目線まで顔の位置を下げ、茜さんが尋ねた。
こういったさりげない仕草や、気遣いは誰にでも出来る事ではない。
「急に降ってきたでしょう。コンビニなら傘売っているかなってきたんだけど、売り切れていてねぇ。家は10分くらい行った所なんだけど荷物もあってねぇ。困ったわぁ」
老婆の話を聞いた後、茜さんが俺の方を向いた。
「家近いみたいだし、この人を先に送ってもいいかな?」
茜さんの表情からは、どうしてもこの老婆を助けたいという気持ちが伝わってくる。
「もちろんです。俺も手伝いますよ」
困っている人を放っておけない茜さん。そして俺はそんな茜さんを放ってはおけなかった。
「私達が家まで送りますので案内をお願い出来ますか?」
再び老婆の目線まで顔の位置を下げ、茜さんが優しく微笑みながら言った。
「ほんとかね。それは助かるねぇ。じゃあお願いしようかな。若いのに優しいねぇ」
老婆は申し訳なさそうにしながらも、優しい笑顔を見せて茜の親切を受け入れた。
老婆の荷物を俺が持ち、茜さんが傘をさした。老婆を挟むようにして3人で1つの傘に入りながら、老婆の家に向かう。
茜さんの持っていた傘では、当然大人3人が濡れないようにするのは無理で、俺と茜さんの半身は雨でずぶ濡れになった。俺に悪いと思った茜さんは、老婆に気付かれないように、表情で『ゴメン』と伝えてきた。俺も口パクで『大丈夫』と笑って返した。
10分程歩くと店が並ぶ商店街が見えてきた。
その商店街を進んでいくと、一軒のお店の前で老婆が足を止める。
看板には【中村屋】と書いてある。
「ここです。本当にありがとうね。濡れたでしょう? とりあえず中に入りなさい」
店の中に入ると老婆がタオルと温かい緑茶を出してくれた。
雨で冷えた体にこの温かい緑茶は染み渡り、心まで温まるようなそんな感覚を味わった。
「お婆さん、これ凄く美味しいです!」と茜さんがあまりの美味しさに少し驚いた表情をしている。
「そうだろぉ? この店は100年以上続いているお茶屋だからね。茶葉にはこだわっているのよ」
店の中を見渡すと沢山のお茶が売られていた。その中でも1番人気の緑茶を俺達に振舞ってくれたようだ。
雨が止むまでしばらく老婆を交え、会話をした。老婆は先代がその店を開業したきっかけなどを嬉しそうに話してくれた。
話を聞くと、老婆の父親と母親は幼馴染でお互い恋仲にあったが、母親の方が近くの地主から縁談の話を持ちかけられて、それから逃げるように2人で駆け落ちしたらしい。老婆の父親の実家がお茶屋の名店だった事もあり、2人で店を開く事にした。そうして開いた店がこの中村屋というお茶屋だった。
「素敵です。なんだか少し憧れてしまいます」
茜さんは優しい笑顔で老婆に言った。
「まぁね。時代が時代だったからそういう事も珍しくなかったんだよ。あんた達も付き合ってるんだろ? 大事にしなきゃいけないよ」
老婆が少しニヤつきながら俺の方を向いて言った。完全に勘違いをしていたが状況的に無理もない。
そんな話をしているといつの間にか雨は止んでいた。
老婆から御礼という事で、さっき振舞ってくれた1番人気の緑茶の茶葉をお土産に頂き店を後にした。
「付き合わせちゃってゴメンね。かなり濡れちゃったよね」
「全然気にしないでください。お婆さんも喜んでくれてたし、お土産まで頂きましたしね」
申し訳なさそうな顔をしている茜さんをなんとか笑顔に変えたかったが、気の利いた言葉は思いつかなかった。
ただ今回の事で1つ思った事がある。
俺が茜さんに返そうとしている、裏の世界で稼いだ汚いお金は、茜さんには相応しくないと。
本来お金に綺麗も汚いも無く、その価値は不変であったが、俺には茜さんが汚いお金を使うのがどうしても許す事は出来なかった。
「茜さん、返す予定だったお金なんですけど、やっぱりもう少しだけ待ってください。必ず返しますんで」
頭を下げた俺に茜さんが優しく答えてくれる。
「いいよ。無理して焦らなくても大丈夫だから! しっかり働けよー」
いつでもこの人は本当に善意の塊だ。茜さんは喜ばないかもしれないが、世界中の全ての人が不幸になっても、茜さんだけには幸せになってほしいと心から願った。出来る事なら俺の手で……
そして、また茜さんの家でご飯を2人で作って食べ、楽しい時間を過ごし終電で帰宅した。
老婆の一件以来、俺は裏の世界での仕事を減らした。
そして心理学の知識を活かし、企業や学校のカウンセラーとして仕事をこなしたり、企業向けに営業マンの人心把握術のセミナーなどでお金を稼いだ。
それ以外にも空いた時間でレストランなどのキッチンでもバイトをしながら、料理の腕を磨いた。
茜さんが料理出来ない分を、補ってあげたいと思ったからだ。
そしてちゃんとした仕事で稼いだお金で茜さんに借りていた3万円もしっかり返した。
裏の世界で稼いだお金は全て貯金に回し、それ以外で稼いだお金で茜さんと遊んだりご飯を食べたりする。俺の中でこのルールを設けた。茜さんと過ごす時は出来るだけ綺麗な自分でいたかったから。
茜さんとは週に1回くらいのペースでご飯を食べに行ったり、茜さんの家に遊びに行ったりを繰り返し、付き合うとかではなかったが俺達の関係は親密になっていた。
そんなある日、新規のクライアントから依頼の電話があった。
「もしもし、川瀬さんですか? 私、斉藤組の田辺と申します。依頼をお願いしたいのですが……」
声を聞くと少し低めで威圧感があった。斉藤組と名乗る事からも暴力団関係者だと思われる。
この手の人を相手にして、下手をすれば命に関わる危険性もあるので、慎重に対応する必要がある。
「依頼と言いますと、どのような事でしょうか」
「えっとメンタリストって聞いたんだけど、嘘とか見破れたりするんですか? 今少し困ってまして……」
「会って簡単な質問さえさせて頂ければ可能だと思います」
心理学を勉強していなくても、洞察力さえあれば嘘を見破る事は容易かった。その事を考えると依頼の難易度は低いと思ったし、困っていると聞いて力になった方がいいと思った。茜さんなら困っている人を助けると思って……
「では、明日の夜7時に〇〇ビルに来てください。また連絡します」
「明日、夜7時に〇〇ビルですね。承りました」
裏の世界での仕事もある程度実績はあったが、暴力団関係者からの依頼は初めてだったので少し緊張していた。
気持ちを落ち着かせる為、明日のイメージトレーニングをしながら眠りについた。
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