本間南4
海岸沿いを歩いていると【湘南のウインド】というお店が目に留まった。
「これまんまパクってんじゃん。本人達に許可とってるのかなぁ」
有名なアーティストに、もじってつけられたと思われるお店があり、それを見て俺達は少し笑ってしまった。
「アハハッ。ホントにそうだねぇ。これまんまだっけ、ダメなんじゃない? でも少し気になるねぇ」と癖の強い訛りで南が言う。
たまに訛りが凄すぎて何を言っているか分からない時があったが、前後の言葉でなんとなく推測した。
「ちょっと気になるから入ってみようか」
店内に入ると外観で見る以上に全体的に広く、各テーブルの距離も十分で開放的なレストランだった。
そんな広さのレストランだが店主とその奥さんと思われる女性の2人で営業していた。
平日の昼という事と近くに会社がないという理由から客もあまりいなかった為、ほぼ貸切状態でくつろぐことができた。
外のテラスからは海も見え、眺めも良かったので俺と南はそこに座ることにした。
温度は高かったが大きなパラソルで日陰になっており、浜風が心地良く吹いている。
2人でメニューを見て何を注文するか考えた。
「うーん……俺これにしよ。南は?」
俺はシーフードカレーを指差した。
「あっ! それ美味しそうだねぇ。あたしは冷やし中華にしよっかなぁ。暑いしサッパリしたいっけな」
南も注文するものを決めた。
「すみませーん。注文いいですか?」と呼ぶ俺の声に
「はぁい。どうぞ」とオーダー用紙を構えた店員が答える。
「えっと、シーフードカレーと冷やし中華をお願いします」
注文を済ませると店内に飾ってあるサインが目に入った。
そのサインには【湘南のか◯】と書いてあり、思わず店員に話しかけてしまう。
「あのサインて、【湘南のか◯】のですよね? 本人達も来たことあるんですね」
「よくいろんな人に勘違いされるんだけどね、本人達も来たことあるっていうかあの子らが昔からウチの客だったんだよ! それでグループ名に使わせてくれないかって言われたの。だからウチが元祖なのよ」
そういって【湘南のか◯】のメンバーと思われる子供達が笑顔で写っている写真を見せてきた。
「えぇー、すごいんですねぇ! じゃあ有名アーティストを育て上げた店って事ですね」と南が言うと、女性の店員もまんざらではない顔をしていた。
10分程待つと注文したシーフードカレーと冷やし中華が運ばれて来た。
「うわぁ超うまそー!! じゃあ食べよっか。頂きまーす」
「ホント美味しそうだねぇー! 食べよ食べよ。頂きまーす」
丁寧に両手を合わせ、頭を下げながら南は言った。
暑い時に食べるカレーはまた絶品だった。魚介の風味や香辛料の辛味もしっかりあり、額や首からは汗が流れた。
南も美味しそうに冷やし中華を食べている。酢のツンとする香りがこっちまでサッパリとした気分にしてくれた。
食事を終え、再び海岸沿いを歩いた。
時刻は午後2時前で、暑さもピークを迎えている。
ちょうど岩場の小さな洞窟を見つけたので、そこで涼むことにした。
「ふぅー暑かったねぇ! 休憩しないと倒れちゃうなこれは!」
額の汗を手の甲で拭う俺。
「うん。今日ホントに暑すぎるねぇ! あーでも、ここ涼しくて気持ちいいなぁ」
岩場に腰をかけ、海に足をつけながら南が気持ちよさそうにしている。
「南はさぁ、なんで作家になりたいの? 何かキッカケでもあるん?」
南の表情や仕草に注目しながら質問した。
ここからのやりとりは南の性格を知る為に重要になる。
「えっとね、うちの実家ね、おじいちゃんとおばあちゃんとも一緒に暮らしてたんけど、昔から絵本の代わりに小説を読み聞かせてくれてたんね。それがうちでは当たり前で、小学4年くらいの時からは1人でも色々な小説を読むようになったんさぁ。小説を読むと頭の中に登場人物や世界観がブワァーっと鮮明に広がってな、喜怒哀楽全ての感情を感じる事が出来たんよ! それで気付いたら夢中になってたんさぁ。
今は自分で書いた本をな、おじいちゃんとおばあちゃんに読んでもらいたいってのが夢で作家を目指してるんよ。来年までに絶対書籍化してやるっけなぁ」
普段見せる天然な一面とは別に、今見せている真剣な表情からは、その夢を必ず実現するんだという強い気持ちが感じられた。
「そうだったんだね。すごくいい夢だと思うし、そう言い切れる南がカッコイイよ! 俺なんてなんとなく心理学を勉強して講師してるわ。本当は絵や写真の道を仕事にしたいのに若干諦めてしまってる……自分には才能がないってね。南みたいにまっすぐ情熱を持てたらいいんだけどなぁ」と下を向きながら言った。
「諦めたらそこで試合終了って誰か言っでたよ。諦めない限りチャンスはある! まだ26だよ! なんだって出来る!
下なんて見てたってなんも落ちてないよ。前見なきゃだめだっけねぇ。それにタクの写真や絵、すごくいいよ。その一つ一つに伝えたいものがしっかり詰まってる感じ。あたしには伝わったし、きっと沢山の人に伝わるよ」
南が真剣な表情と優しい笑顔を交互に見せながら熱い気持ちをストレートに伝えてくれた。
一見地味そうな外見だが、その中身は底無しに明るく、南の笑顔はきっと沢山の人を救う事が出来るとその時感じた。
そして南が続ける。
「なんか、偉そうに説教みたいになっちゃったなぁ。ゴメンゴメン!
てかな、この前のバーの時から思ってたんけど、タクは人に気を遣いすぎだよ。人の顔色伺うんじゃなくてな、心と心でぶつかったらいいんよ。しっかり目を見て、自分の意見や思いをぶつける。これが大事な事だと思うんさぁ。あんまり気を遣われるとこっちまで気を遣ってしまうからそういうのやめよ。
あたしはタクともっと仲良くしたいから気持ちぶつけるよ!」
南は顔を近づけ、濁りのない綺麗な目で、まっすぐ俺の目を見てそう言った。
普通の人が言ったら、臭くなってしまう言葉も南が言うと全く臭くなく、まっすぐな気持ちだけがストレートに伝わった。
そしてその濁りのない目で、俺の行動一つ一つが見透かされているような気がした。南には心理学やメンタリズムは通用しないのかもしれない……その感覚は初めてで、戸惑いを感じたものの、それ以上に興味も湧いたし魅力的に思えた。
しばらくは南に言われたように思った事を素直に言葉にし、観察するのではなく、まっすぐ南にぶつかってみようと思った。
「そうだね……心理学を勉強してからの悪い癖だね。俺も南ともっと仲良くしたいし、知りたい! これから沢山南の事教えて」
まっすぐ南の目を見て言った……が、臭いセリフは少し恥ずかしかった。
演技で言う分には全く恥ずかしくないのに……
「うん。これからもよろしくお願いします」
その後もしばらくお互いの事を話し合った。まだまだ知らない事も沢山あったが確実に2人の距離は縮まっていった。
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