本間南5
時間を忘れ、夢中になって話をしていた。
ふと時計に目をやると午後4時を過ぎている。
「そろそろ帰ろうか。南この後もバイトでしょ?」
「うん。7時半からバイト。帰ろっか」
俺達は小さな岩場の洞窟を後にして、駅に向かった。
駅に着くと電車はすぐに来て、慌てて飛び乗った。
よっぽど疲れていたのだろう。電車が動き出してしばらくすると、南は俺の肩に寄りかかりながら寝てしまった。
これからバイトがある事を考えるとゆっくり休ませてあげたかった。
目一杯遊んで、食べて、寝る。子供のように只々欲求で生きている南は、俺が普段接することのないタイプの人間で、やはり魅力的だった。
寝ている南を見ているとあっという間に新宿駅に着いた。
まだ休ませてあげたかったが、仕事があるので仕方なく起こす。
「着いたよ」と軽く肩を叩いた。
「う……ん? あれ? あたし寝ちゃったんね」
眼鏡をずらし、目をこすりながら南が言った。
電車から降りてそれぞれのホームに向かう分かれ道まで来た。
「今日は本当にありがとなぁ。海ホントに綺麗だったし、タクと沢山話せてよかった。また絶対行こうなぁ」
南は満面の笑みを浮かべていた。
俺のお気に入りの湘南の海は、今日南のお気に入りの場所にもなった。
「喜んでもらえてよかった! 俺も沢山話せてよかったよ。この後仕事だけど頑張って。あんまり無理しないようにな」
「うん。ありがとう。んじゃあ行くね! また連絡するからタクも連絡してきてな」
南は手を振り、自分の乗車するホームに向かった。
家に着くと、どっと疲れがでてきた。
浜風や海水で体がベタついていたが、一度ベッドに横になった体を起こす力は残っていなかった。
ふと気付くと夜の11時になっていた。
携帯を見るが南から連絡はきていない。
今日の事を連絡しようと思い携帯を手にしたが、仕事終わりの南は俺なんかよりも、もっと疲れていると思い携帯を置いた。
翌日、南から海に連れて行ってもらってありがとうという内容の連絡がきた。
お互い何回か連絡を取り合ったが仕事と執筆が忙しいようで中々会える時間がつくれないでいた。
海に行った日からもう1週間会えていない。
いつもの本屋で仕事だと言っていたので少し顔を見に行く事にした。
単純に南に会いたくなったから……
南の明るい性格から繰り出されるポジティブな発言や訛りの強い言葉は、麻薬のように強い依存性があった。
本屋に着くと、南が働いている姿が見えた。生き生きと仕事をしている南を見て少し安心した。
邪魔をしてはいけないと思い、南からは見えない雑誌コーナーで少し立ち読みをした。
しばらくすると
「あれ? タクじゃん!! どうしたん?」と南は少し驚いた後、嬉しそうに聞いてきた。
雑誌に夢中になっていて、南が近づいてきた事に気付かなかった。
「おう! えっと……会えてなかったから少しでも顔見れたらなぁって思って。何かオススメの本ある?」
海の時、南に言われた通り正直な気持ちをぶつける。
そして照れ隠しにオススメの本を聞いてしまった。
「わざわざ来てくれてありがとう。あたしも顔見たかったから嬉しい……オススメかぁ。ちょっと待ってなぁ」
そう言って南は、本を取りに行った。
俺から正直な気持ちをぶつけられた南は、頬を赤く染め少し恥ずかしそうにしていた。
「お待たせ。この2冊はオススメかな。
こっちの【触れる】って本はなぁ、交通事故で亡くした婚約者を生き返らせてもらうんだけどなぁ、主人公の記憶を元に生き返らせてるから触れてしまうと記憶に戻ってしまうんよ。触れたい気持ちと一緒に居たい気持ちとで色々な感情が上手に描かれててオススメです。
そんでこっちの【コンビニの斉藤さん】って本は、主人公の和也って少年がいてな、和也の家の近所のコンビニに斉藤さんって親切なおばさんが働いていて、その斉藤さんとのやりとりや、和也の成長を描いている作品です。これ以上はネタバレしちゃうから言えないけどどっちもオススメだっけ読んでみて。あと1時間くらいでバイト終わるから二階のカフェでこれ読んで待っててよ」
そう言って南は2冊の本を渡してきた。
楽しそうに話す南を見て、本当に本が好きなんだなと思った。
「なるほど! どっちも凄く面白そうだね。じゃあ上で待ってるわ。てかこの本上に持って行っていいの?」
「この本はどっちもあたしのだから大丈夫なんです! じゃあ終わったら呼びに行くっけな」
本を渡すと南は仕事に戻った。
俺は二階に移動してコーヒーを注文し、とりあえず【触れる】という小説から読むことにした。
読み始めるとテンポ良く話が進んでいき、気付くと物語にのめり込んでいた。
物語は婚約者を亡くすところから始まり、南が来る1時間の間に3分の1くらいのところまで読み進んだ。
「お待たせ。どこまで読んだかなぁ」
南が俺の読んでいた小説を覗き込む。
その際、顔の距離が近付き南から甘い良い香りが漂ってきた。
「お疲れ。ここまで」と読んでいるページを見せる。
「おぉ! いいペースだねぇ。面白いでしょ?」
「話が凄くサクサク進むから本当に読みやすいね! あと感情の表現が生々しくて、気付いたら完全に主人公の目線で見てたわ!」
「そうなんさねぇ。分かるわぁその感じ! まぁその2冊は貸すから好きな時に読んでな。
あとさぁせっかくタクが会いにきてくれたからウチで夜ご飯食べていきなよ! ちょうど実家から食材がいっぱい送られてきてなぁ、鍋でもしたいなって思ってたんよ。鍋するにも1人じゃ寂しいしな。暑い時に食べる鍋も意外に美味いから一緒に食べよ」とまだ近付いたままの南が笑顔で言った。
「じゃあお邪魔しようかなぁ。てか夏に鍋かぁ。暑いけど美味そうだね! 楽しみだわぁ」
「そうと決まれば早速しゅっぱぁーつ!」
南の元気よく言ったその言葉を合図に、俺達は南の家に向かった。
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