本間南3
心理テストが終わり時刻は、午後8時を指している。まだ雨は降り続けていて南が帰るのには厳しい状況だった。
「マスター。この写真すごく綺麗だねぇ」
南がカウンターの天井から吊るされて剥き出しのまま飾られている写真を見て言った。
「おぉ。気に入ってもらえたみたいで良かった! 実はここに飾ってある写真や絵は、全部こいつが撮ったり描いたりしたものなんだよ」
マスターが俺の事を親指で指差した。
「こいつって! 一応好きなように飾らせてもらってます。
その写真はここから電車で1時間ちょいくらいの場所で撮ったものなんだけど、海がすごく綺麗な青色してるよね。カモメと雲の白色が更に青色を強調していてお気に入りの写真だしお気に入りの場所なんだ。悩んだりした時は1人でもたまに行くんだよね」
湘南で撮った海の写真の説明をした。
上京して初めて行った海が湘南で、自分を見つめ直したり冷静に物事を考えるのには最適な場所だった。
このバー以外では唯一のお気に入りの場所でもあった。
「都会にもこんな綺麗な場所あったんねぇ。あっ、そうだ、拓海くんもし良かったら今度案内してくれねぇ? あたしまだこっち引っ越してきたばっかだから全然わからないっけさぁ。海見ると元気出るんさね」
地元愛が強い南が海に興味を示すのは予想通りだった。南が気付かなかったら俺の方からさり気なくこの写真を見せようと思ったが、今回も順調に事が進んだ。
「いいですよ。じゃあ都合のいい日にでも案内するよ。予定決めたいから連絡先交換しようか」と言って携帯を出した。
敬語とタメ語を使いながら距離感を探っていたが、もしかしたらそろそろ全部タメ語の方がいいのかもしれない。
そんな事を考えながら話していたら案の定、南が言った。
「しようしよう。テカ思ってたんけど、同い年なんだし敬語はやめよ。あと呼びやすくしたいっけ、タクって呼んでもいい? あたしのことも好きなように呼んでいいっけさ」
南も携帯の連絡先を表示させながら見せてきた。
天然な子というのはここまで壁がないものか、順調に仲が深まるので今回も賭けは余裕に思える。
だが相手は本物の天然だ。何を考えてるか慎重に読み取っていく必要がある。
「それもそうだね。じゃあタクで全然いいよ。俺も南って呼ばせてもらうわ」
しばらく趣味の写真や南の好きな作家の話で、盛り上がった。話を続けているといつの間にか外の雨音は小さくなっていて小降りになっていた。
「おっ? だいぶ小降りになってきたみたいだね」とマスターが外を確認する。
「そうですねぇ。じゃあそろそろ帰ろうかな。バイト先も近いっけ、また遊び来ますね。タクもまた連絡するっけ、予定合わせて湘南連れてってね」
帰る支度をしながら南が言った。
「いつでもいらっしゃい」
笑顔のマスター。
「ちょっと待って。俺もそろそろ帰るよ。明日午前の講義だから早めに帰りたいし。遅いし駅まで送るよ」
そう言って俺も会計を済ませた。
「じゃあ一緒に行こっか」
その言葉を最後に俺達は店を出た。
ーーカランカランーー
「小降りになってよかったぁ。これなら急げばそんなに濡れないね」と俺は小降りになった雨を見上げる。
「ほんとだよねぇ。バイト終えて帰ってたら急に強く降り出してどうすっかなって思ってたけどあのバーがあってよかったぁ。タクとも友達になれたしね。東京の事全然分からないっけホント色々教えてな」
雨に濡れないよう2人は駅まで少し駆け足で向かう。乗る電車が違ったので南とは改札で別れた。
そしてお互いのホームに向かい帰宅した。
家に着いてシャワーを浴び、歯磨きをしていると南からメールが届いた。
【今日は楽しかったよ。心理テストとかびっくりしたし! 東京でまだ知り合いもいないからホント色々教えてな。予定分かったら連絡します。おやすみ~】
寝る支度を終わらせベッドの上で返信を送る。
【こちらこそ楽しかったよ。心理テストで黄色って言った時はどうしようかと思ったし!(笑)
俺もそんなに詳しくはないけど教えれる範囲で教えます。とりあえず湘南ね。
こっちも予定わかったら連絡します。おやすみ~】
お互いの都合のいい日と週間天気を考慮して、その週の金曜日に湘南に行くことになった。通勤ラッシュも考慮して午前10時に新宿駅に待ち合わせることにした。
ーー金曜日ーー
待ち合わせた時間の15分前に新宿駅に到着した。先日の雨が嘘のように快晴だ。 どうやら関東も梅雨明けをしたらしい。
良い写真を撮る為、また会話のネタになればと思い愛用の一眼レフを持ってきた。
俺が到着してから5分程すると、白いワンピースに白い帽子を被った南がやってきた。手には茶色いカバンを持っていて、もちろんトレードマークの眼鏡もかけていた。
相変わらずの素朴な感じがなんとも愛らしく見える。
「お待たせ。待たせちゃったかな?」
「俺も今きたばかりだよ! じゃあ乗ろうか」
そう言って俺と南は電車に乗り込んだ。
平日の10時くらいというのもあり、乗客も少なく席に座ることが出来た。
「梅雨明けたみたいだねぇ。ホント晴れてよかったぁ! 逆に暑過ぎるくらいだけどねぇ。でも暑い分、海がすっごく楽しみだなぁ」
南は目を輝かせながら笑顔を見せている。
本当に海が好きなんだと思う。
電車で1時間以上かかる道のりだが、南が佐渡の話を沢山してくれたのであっという間に目的地の湘南に近付いた。
電車から海が見え始めると南の高めのテンションは更に上がった。
「うわぁ。タク見て見て! 海見えてきたねぇ。早く着かないかなぁ」
「ホントだ。見えてきたね! えっと、次の駅で降りるよ」
電車の窓から見える景色はとにかく絶景で、海、人、空、車、街並みの色は鮮やか且つ鮮明でエネルギッシュなものだった。
目的の駅に到着した俺達はとりあえず海岸沿いを歩き、お気に入りのポイントを目指す。
「都会にもこんな場所があるんねぇ。てか平日の昼間なのにサーフィンしてる人も結構いるんね。みんな仕事してないんかなぁ?」と南が不思議そうに言った。
「こっちじゃ平日にサーフィンは珍しくないよ。みんなそれぞれ色々な仕事してるから結構自由に時間使える人も多いしね。そもそもうちらも仕事してるけど平日に来てるわけだし」
平日に趣味をしている人達を見て、仕事をしていないと思ってしまうほど、南の頭の中は単純で少しぬけているように思えた。そしてその単純さが少し笑える。
「そうなんね。地元じゃそんな人達いなかったからビックリしてねぇ。てかそうだったね。うちらも平日なのに遊び来てたね。あははっ」
自分の発言の違和感に気付き、南は笑っていた。
そうこうしているうちに俺のお気に入りのポイントに着いた。
バーに飾ってあった写真を撮った場所だ。とても見晴らしが良く、目の前の海がどこまでも続いているような錯覚を感じる。
また海の青色も深さによって見え方が違った。海の青色だけでも3種類くらいのグラデーションに見えて、更に空の青色も加わりその配色を見ているだけで十分過ぎるほど刺激があった。そして心の汚れを流してくれるような感覚になった。
「到着! 遠かったけどお疲れ様。湘南の海はどうかな?」
南の表情を見ながら聞いた。そして近くの石の階段に腰を下ろした。
「お疲れ様。本当に良い場所だね。写真で見ても綺麗だったけども生で見たらもっと綺麗なんねぇ。なんか悩みとかどうでもよくなりそうだわぁ」
南も隣に腰を下ろして答えた。南の満足している表情を見て俺も安心した。
「それにしても本当に暑いなぁ。あっ! そうだ! はい、これ作ってきたから飲みなぁ。地元で採れた梅で作った梅ドリンクなんよ。夏バテにもすごい効果あるし美味しいんよ」
そう言って南はカバンから水筒を出してくれた。
「ありがとう。助かるわぁ。丁度喉乾いてたんだよね」
南から受け取った水筒を飲んだ。
サッパリとした甘味があり、梅の風味もしっかりとでていた。確かに夏バテにも効果がありそうだ。
気温30度を超える暑さの中を20分程歩いた体に、その梅ドリンクは染み渡った。
「本当に美味しい。生き返るー。てか初めて飲んだけど梅ドリンクって何?」
コップに注がれた梅ドリンクを飲み干して尋ねる。
みかん農家の俺には梅ドリンクは初めての体験だった。小さい頃から飲んできたのはやはりオレンジジュースばかりだったから。
「梅ドリンクってな、大きな瓶に氷砂糖と梅を沢山入れて、防腐剤としてそこにほんの少しお酒を入れて作る飲みものなんよ。それを1ヶ月くらいな混ぜたりしながら待つと氷砂糖が溶けて、梅のエキスがたっぷりでた原液が出来るんよ。
その原液を水や炭酸水、お酒とか好きなもので割ると美味しい梅ドリンクや梅酒が出来ます。うちでは毎年大量に作って飲んでるんだぁ」
そう言って俺から受け取ったコップに梅ドリンクを注いで南も飲んだ。
その行動が間接キスだなんて事は微塵も意識していない様子に、島国育ちはこういうものなのかなと一つの結論を出した。
そして相手がどうとかではなく、常に自然体な南を見て自分に足りないものを南の中に感じた。
「せっかく来たっけ、少し砂浜を歩こう」
水筒を片付け、南が海に向かって砂浜を歩き始めた。
後ろから見る南の姿は白いワンピースと白い帽子がとても似合っていた。思わず持って来ていた一眼レフで数枚シャッターを切る。
そしてどうやって南を落とすか考えていた。
「冷たくて気持ちいいー。タクも足つけてみなよ」
南はサンダルを脱いで海に足をつけながら俺を誘った。
「うぉー! つめてぇー!! これはかなり涼むなぁ」
しばらく小さな波に足をぶつけ、体を涼めた。嬉しそうな南の姿は水を得た魚のように生き生きとしている。
俺は気付くと無意識にシャッターを切っていた。
「あぁ! 勝手に撮ったなぁ? 許可してないぞぉ。モデル料1000円になります」
冗談まじりで笑顔を見せているが、写真を撮られる事はそこまで嫌そうじゃなかった。
「南と海が凄くよく合っていたからついね。いいなって思ったら撮らせて! 1000円なら払いますんで」
冗談を返しながらまたシャッターを切った。
その後も砂浜で少し貝殻を拾ったり、山を作ったり、童心に帰った気分で時間を過ごした。
そしてあっという間に時刻は12時半になっていた。お腹も空いてきたので近くのレストランで昼食をとることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます