エピソード27.5《阿賀野と提督と――もう一つの可能性》
午後4時、クラシックガジェットを解除した女性提督はある提督と秋葉原の歩行者天国で合流した。
「拘束されたのが劇場の支配人と言うのは本当なの?」
提督から聞かされたのは拘束されたのは秋元本人ではなく、サマーカーニバル及びフェスティバルの劇場支配人だったという事だった。
これには提督も衝撃を隠せない。他の提督もこの事実が伝わると、衝撃を受ける提督が少数存在していたのだが――。
「この事を知っているのは阿賀野菜月も含めて、ごく少数。阿賀野は最初から拘束されたのが偽者だと言う事を知っていたようだが」
提督の話を聞き、更に驚いた。
阿賀野菜月(あがの・なつき)が偽者の事実を知っているはずがない――と考えていたからだ。
「やっぱり、彼女は何かの異変を知っている」
提督には覚えがないのだが、阿賀野が事件の鍵を握る何かを知っているのは確かなようだ。
その中で、歩行者天国に突如として現れたのは別のARゲームで使用されるガジェットを装着したアイドルグループである。
「こちらの動きが読まれていたのか?」
提督は敵に尾行されていたと考えていたのだが、花澤提督は別の目的で姿を見せたと考えている。
そして、クラシックガジェットを再展開してアイドルグループを瞬時に沈黙させた。
「向こうも焦っているのは確実か。どちらにしても……」
花澤提督は仮に今回の襲撃が別勢力によるなりすましだったとしても、どの勢力も周囲の動きが見えない事に対して焦っていると感じていた。
その後、この提督は別の情報収集もあって、花澤提督とは途中で別れている。
同刻、他のアイドルグループを含めて使用していたガジェットが突如として暴走を始めた。
一体、これには何の狙いがあるのか?
今回の暴走には、一連のハッキングプログラムが使用されている疑惑もあったが、運営には特に報告はされていない。
その為、サバイバー運営は出遅れた事になるのだが。
「全て、こちらの予想通り。後は向こうが潰しあいをしてくれれば――」
ドラゴン型のガジェットに乗り込み、北千住のビル屋上で様子を見ていたのは折りたたみ式扇子を持ったセーラー服の女性――孔明だった。
彼女は、今まではチート勢力にもぐりこみ、隙があれば超有名アイドル勢と潰しあいをさせようと考えていた。
「どちらにしても、下手に全滅されてもらっては特定勢力のネット炎上ネタやステマに利用される可能性は否定できないか」
孔明の狙い、それは一体何なのか――それが分かる者は――。
密かに隠れて色々な策を展開した孔明も、黄金のガジェット使いを初めとした一部には見破られ、遂にはパルクールランカーに追い込まれる事になった。
運営に見破られるのであればチート勢力その物が崩壊の危機に聞こえるかもしれないが、運営は孔明の動きを承知の上で泳がせている疑いさえある。
「お前が孔明か。行動自体がチート勢力のそれと異なっていると分かっていたが、まさか――」
彼女を追いこんでいたのはランスロットだった。それ以外にも無名のパルクールランカーが数名同行している。
今回合流したランカー勢はランスロットの呼びかけではなく、自己判断で集合したメンバーとされているが――?
ランカー勢も孔明を見て驚いている様子はあるが、彼女が真犯人とは考えていない。
「元々、パルクール・サバイバーのパルクール、そこに深い意味などなかった。それを知ってある結論に到達したのだ」
突然、孔明は何かを語り出した。それに対してランスロットは構えるのだが、他のメンバーは何もする気配がない。
様子見なのか、それとも――何か別の目的があっての事なのか?
「パルクール・サバイバーと言うステージ自体が、ある勢力を追放する為に仕組まれた物――つまり、道化と言う事だ」
孔明の発言を聞き、周囲がざわつき始める。
ランカー勢も簡単に孔明の話を信じられない表情をしているのだが、ここ最近の超有名アイドルによる襲撃、ロケテスト会場におけるランキング荒らし、更には謎のガジェット暴走等には不審な点が多い。
「むしろ、道化と言うよりは芸能事務所の仕掛けた筋書きに踊らされる――」
これ以降のストーリーはWEB小説内でも公開されていない――と言うよりも、このサイトからは削除されたと言うべきか。
もしくは、書籍化に伴うダイジェスト化――それも最近では行われない傾向である。
5月5日午前9時30分、蒼空(あおぞら)かなではネット上の情報を見て何かに気付いた。
前日は秋元の逮捕と書いていたサイトが揃って『劇場支配人を逮捕』に変更していたである。
実際に逮捕されたのが支配人なので最初の情報が誤報と言う扱い、その後に訂正されたという事であれば一定のつじつまは合うだろう。
しかし、最初の記事では『秋元逮捕』と大きく書いていた新聞社もあった。
急に態度を変えたのか、あるいは未確認情報を鵜呑みにした結果なのか―真相は不明である。
「超有名アイドル……彼らのやってきた事が許されるはずはない」
蒼空は超有名アイドル商法にもトラウマを持っている。
以前にも超有名アイドル絡みの事件は多数起きており、それらの事件で一種のトラウマを植え付けられたからだ。
「アカシックレコードの真意、あの中に記された記述の正体……それを知らなければ、ここまでに組む事はなかったのかもしれない」
阿賀野菜月(あがの・なつき)は北千住で何かを待っていた。
ゲーセンの開店まで時間があるので、その間はパルクール・サバイバーのアンテナショップで時間を潰す。
アカシックレコードの記述、それは超有名アイドル商法に関する物だった。
少し前に発表された謎のサイトとは違い、もっと先の未来を見ているような気配さえ感じる。
それを書いたのが誰なのかは分からずじまいだったが、ただ一つだけ分かった事があった。
それは提督と言うHNを使用していた事。サバイバー運営とパルクール・ガーディアンには提督と名乗る人物は多数いる。
提督を個別に調べてもたどり着けないのは阿賀野には分かった。そして、それをやっている時間もないという事も。
そこで考えたのが、提督の絞り込みであるが――。
アンテナショップでガジェット調整を行い始めた辺りで、阿賀野は蒼空に遭遇した。
必然的な遭遇ではなく、ある意味で偶然だった。
「あなたの行おうとしている事、それはサバイバーのフィールドで行うべきではない!」
蒼空は何故か、この言葉がとっさに出た。
そして、それを聞いた阿賀野は『聞いた風な口を――』と思ったのだが、水掛け論を避ける為に何も答えない。
「パルクール団体と同じ事を言うのね。確かに、その通りよ。本来であればARゲームや別のコンテンツ内で取り扱うべき問題ではない事も」
「そこまで分かっているならば、今すぐやろうとしている事を中止してください」
「悪いけど、だからと言って「はい、そうですか!」と言う訳ないでしょ? テンプレで申し訳ないけど」
「結局、平行線ですか……」
「戦争はデスゲーム、核兵器はチートも同然。だからこそ、日本はデスゲームを否定し続けなくてはいけない!」
「デスゲームを戦争に結びつける……あなたは何をアカシックレコードから知ったのですか? そこまでして、あなたは超有名アイドルを否定するのですか?」
蒼空と阿賀野の論戦は続く。
戦争をデスゲームと例え、核兵器はチートとまで断言する阿賀野に対し、蒼空は阿賀野が何をアカシックレコードで目撃したのか興味はありつつも、それを否定した。
「このフィールドで超有名アイドルを地獄の底へ叩き落とす。政府が国家予算の為だけに存在を許しているような存在は……否定すべきなのよ!」
これ以上は平行線であると判断した阿賀野は、話を速攻で切り上げてガジェットを持ってレース会場へと向かった。
一体、あそこまで政治に絶望した原因は何なのだろうか。そう言った意味でも、阿賀野菜月と言う人間の考えは常識では判断できない。まるで、彼女が特異点と言ってもよいだろう。
同日午前9時45分、黄金のガジェット使いがランスロットの前に姿を見せる。
彼も今回のレースにかけている物があるようだが――。
「このレースでスコアを叩きだせれば、今月のランカー王決定バトルに参加出来る」
黄金のガジェット使い、この人物もパルクール・サバイバーの元スタッフらしい事がネット上で言われている。
それがランスロットの目の前に現れたのには理由があった。
「ランカー王に出場して、自分は自分でサバイバーの存在意義を問いたいと言う事か」
ランスロットは目の前の人物の考えている事が分かっている。
本来のパルクールは生身で行うのが正しく、ランニングガジェットの様な特殊な道具を使うのはフリーランニング、あるいは別の名称にするべきだろう。
その点で折り合いがつかなかった為、そのまま運営とケンカ別れで離脱……と言われているのだが、真相は不明だ。
本来であれば、一部の有能な提督を含めた人物……それを運営が手放すという理由が不明であり、暴走と言えるかもしれない。
ネット上では離脱した提督に関して色々と言われていたが、その真相は一部の人間だけが知っていた。
「ランカー王に出られなければ、別の方法で存在意義を訴えるが、間違っても超有名アイドルの様なゴリ押しや強硬手段、違法行為で訴えるつもりはない」
言いたい事だけを言い残し、そのままレース会場へと向かった。
結局、メットを外す事も素顔を見せる事もなかった。それは一種の覚悟と言うべきか、それとも別の理由があるのか。
同日午前9時55分、蒼空もガジェットの調整を行う。
あるタイミングで手に入れた特殊ガジェットだが、それでも不安要素はある。
コードネームはエクシアだが、既にいくつかのガジェットで名づけられている為、新鮮味は感じられない。
しかし、今回のガジェットは今まで使用した物よりは蒼空にフィットした物になっているという太鼓版は推してもらっていた。
「阿賀野が言っていた事、それはコンテンツ戦争も同じなのだろうか。金による暴力で全てを制圧しようとする超有名アイドル……」
それ以上に、このような展開へ仕向けたのは誰なのか? マスコミか?
それともネット住民なのか? 全ては何処にも書かれていない。あるとすれば、全ての真相はアカシックレコードにある。
「休止の真相、それは超有名アイドル勢とBL勢や夢小説勢だという話もある。しかし、それは自分にとって関係ない」
そして、蒼空はバイザーを被り、各種ガジェットを装着する。
彼が見つめる先にある物、そこには何があるのか?
今回のガジェットは搭乗型と言うよりは、アーマー装着型にガジェットの操縦と言う形式を採用した物らしい。
「今のままでは、どう転んでも炎上ビジネスの思う壺。そうした流れを断ち切る事こそが、パルクール・サバイバーの未来を決める!」
全ての参加者がスタートとなる交差点に集結し、これからの運命を決めるレースが始まろうとしていた。
「箱根で感じられなかった物、それは本当にサバイバーで見つかるのか?」
観客席には神城(かみしろ)ユウマの姿もあった。彼は、何度も自問自答していた。
箱根で感じられなかった達成感、それをパルクール・サバイバーでならば――と。
そして、別の場所で一連の流れをチェックしている人物がいた。
その場所は草加市であり――北千住からは遠いと言えるだろう。
「そろそろ――動き出すか」
草加駅近くのコンビニに設置されたセンターモニターでサバイバートーナメントの動画を見ている人物もいる。
彼らは、どちらかと言うとサバイバーには興味がある訳ではない。おそらく、新しいARゲームの可能性を――。
コスプレイヤーも混ざるギャラリーの中に、明らかにコスプレイヤーのソレとは違う私服の女性がいた。
彼女が何の為に動き出すのか――?
パルクール・サバイバー《カクヨムエディション》 アーカーシャチャンネル @akari-novel
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